紫閃の軌跡 |
〜クロスベル自治州 オルキスタワー ジオフロントC区画〜
<銀>とルヴィアゼリッタは『黒月』から離れ、開けた場所に到達。<銀>はつかまれている手を無理やり振りほどき、ルヴィアゼリッタと距離をとる。その膂力には流石のルヴィアゼリッタも感心したような表情を浮かべていた。
「おっと……へぇ、そんな細身なのにそれだけのパワーを秘めてるだなんてね。ルヴィアさん、感心しちゃったよ」
「フン……泰斗流を修めた神童の噂に違わぬ力を発揮したお前がそのような言葉を吐くとはな」
「あれま、ずいぶんと余裕そうだね」
「それを貴様が言うとはな……構えないと、死ぬぞ?」
「あー、それに関しては大丈夫だよ。だって」
そう何気なく交わされた言葉の合間にも関わらず、ルヴィアゼリッタは軽く息を吐くと、右の拳を<銀>に向けて突き出した瞬間、
「!?」
「ルヴィアさんは既にトップギアなのですよ……寧ろ、ハンデを負ってる仮面さんが不利なんじゃないかな?」
地面に走る亀裂、それで打ち上げられる<銀>……だが、その姿は霞のように消え、一枚のお札に変化した。だが、ルヴィアゼリッタは相対する相手の挑発を意に介することもなく右足を強く踏み込み、左足で横に凪いだ瞬間、周囲の壁に斬撃が走るかのごとく破壊される。それを見てルヴィアゼリッタが天井に視線を向けると、<銀>が天井に立っているような格好でルヴィアゼリッタを見つめる。
「その破壊力だけでも<痩せ狼>以上……末恐ろしいというべきか。だが、この状況で何ができるかな?」
「……ふーん、成程ね」
気が付けば、<銀>によって四方八方に展開された鎖の結界。ただ逃げるのではなく、闇より一撃決殺を重んじる凶手ならではのやり方。普通の者ならばたじろぐ状況だが、今まで自由に生きてきたルヴィアゼリッタにとっては、
「この程度の鎖でルヴィアさんを仕留められるだなんて甘いね」
「……何を言っている」
「しょーがない。『重し』を外しちゃいますか」
そう言ってルヴィアゼリッタは自らのブーツの隠しスイッチを押す。それを見ている側の<銀>からすれば加速装置でも仕込んでいるのかと警戒するのだが、軽く足を動かして問題ないと理解したルヴィアゼリッタは強く踏み込んだ瞬間、ルヴィアゼリッタがいた場所の地面が強い衝撃波とともに『崩壊した』
「があっ!?」
「いくらお札で身代わりができるとは言っても、人間の反射速度を超えることなんてそう簡単にできないから、ねっ!!」
「ぐはっ!!!」
体感にして0.1秒弱で天井に到達し、強烈な突きと蹴りをまともに食らった<銀>はそのまま崩壊した地面に向かって落ちていく。強引に意識を持ってかれた形となり、<銀>はおぼろげながらも、向かってくる気配に対し、持っていた大剣を投げつけるが……それは結果的に悪手であった。ルヴィアゼリッタはなんと、その大剣をうまく逸らすと同時に、それを足場として加速した。
「泰斗流、奥義―――泰炎朱雀功!!」
泰斗流四大奥義の中で強烈な威力を誇るルヴィアゼリッタの『泰炎朱雀功』をまともに食らう形となり、<銀>はその場に横たわった。ルヴィアゼリッタはその場で<銀>に対して怪我を回復させた。流石に意識はないものの、戦闘を長引かせなかったことで擦り傷ぐらいで済んだ。
「ん、うまくいったみたいだね。ルヴィアさんの腕もなまってなくて安心したよ」
あれだけの戦闘からすれば骨折も免れないはずだが……ルヴィアゼリッタは<銀>の意識を刈り取ることのみを主眼に置いて戦っていた。彼女ほど武術を極めた人間ならば力のコントロールも可能であり……それに、ルヴィアゼリッタは<銀>を引きはがす段階でその人物の正体にも気付いていたし、何より今回の戦いにおいてその人物を生かして引き込めるように仕向けることも目的の一つであったからだ。そして十分後―――
「お、目が覚めたみたいだね」
「………なぜ、生かした」
「どうしてって……そりゃ、君みたいな存在を殺すわけにはいかないしね。『リーシャ・マオ』ちゃん?」
「!?」
「エリィちゃんのような普通の人なら誤魔化せるけれど、天下無敵のルヴィアゼリッタ様を舐めたらあかんぜよ……で、このまま国際犯罪組織となった『黒月』と契約し続けるのかな? 無論、その辺を考えてくれたらろっくん達に正体は明かさないよ」
立場的には完全に詰み。そう<銀>もといリーシャは悟ってしまった。目の前にいる人物は気さくではあるが、秘密に関しては絶対に守るという意思が表情から感じられた。そして<銀>ではなくリーシャの口調でルヴィアゼリッタに告げた。
「……今回の一件で契約は解消します」
「りょーかい。なんだったらいい契約先があるから、ついでに斡旋しておくね」
「フフッ、商魂逞しいですね」
この一件で<銀>は『黒月』から完全に手を引き、別の場所で働くことになるのだが……それはまた別のお話。
そこから時間は遡って、ジオフロントC区画の別の場所。捕縛したテロリストらを見張るマリクら……『黒月』の部下と対峙する<絶槍>ことクルル、ラウと対峙する<剣帝>レーヴェことレオンハルト少佐、そして<黒蘭竜>ツァオ・リーと対峙するのは<調停>ルドガー・ローゼスレイヴ。だが、もはやそれは戦闘と呼べるものではなかった。強いて言うなれば“一方的な蹂躙”そのもの。
「くっ、はあっ!!」
「……それで本気のつもりか? これなら<漆黒の牙>のほうが遥かに速いぞ」
傍から見ればツァオの動きや攻撃動作自体人智を超えているのだが、それすらもルドガーは温いと断じて回避していく。その一合ごとにツァオに傷を与え、詰将棋のごとく一手ずつ確実に追い詰めていく。そもそも、ルドガー自身人智を超えた存在と相対してきたための副次的効果と言われればそれまでなのだが。
「おー、やっぱ<執行者>のトップを務めてただけはあるね」
そうぼやくのはクルル。彼女の周囲には言の葉も発さぬ亡骸の数々が転がっていた。戦闘時間にして約二分……大規模な数を一人で相手してきた彼女にしてみれば数十人程度は一人と変わらない感覚なのかもしれない。すると彼女の隣にアッシュブロンドの青年―――レオンハルト少佐が立ち、ルドガーとツァオの戦いを見ていた。
「フ……しかし、やはり上の壁というのは本当に厚いものだな」
「何を言っているんだか……私と戦った二年前よりずっと強くなったじゃない」
「だが、それでも勝てない存在はまだいる。それを教えてくれたお前にも、アイツにも感謝せねばならん事だ」
「……そう。私はただ叩きのめしただけだよ」
二年前からすれば比較にできないほど強くなったレーヴェ。今ならば<剣帝>の名に恥じない強さであるとクルルは言いたくなったが、それでもなおさらなる高みを目指している彼には無粋と感じ、皮肉めいた言葉を返した。
「それで、相手は?」
「しっかりと仕留めた。後の処遇はそちらに任せる」
「ん。まぁ、今回は相手が抵抗の意思を示したから、仕方ない」
そうこうしている間に、勝負の行く末はほぼ決した。無傷のルドガーに対し、幾多の傷を負いボロボロのツァオ。だが、それでもツァオは止まらない。
「流石は<結社>でも屈指の実力者……だが、一矢報いさせてもらう!!」
そう強く踏み込んだ瞬間、ツァオが二人の視界から消えた。その刹那、ルドガーの姿も視界から消えた。クルルとレーヴェはその動きをしっかり把握している。そもそも、ルドガーはトップギアとはいえ彼の持ちうる全速力をまだ出し切っていない。
「もらったああああああ!!!」
自身の持ちうる全霊の一撃をルドガーに打ち込む。その手ごたえに、ツァオは笑みをこぼした。だが、その瞬間ルドガーの姿が霞のごとく消え去った。勝利の確信から一転しての状況の変化に目を見開くツァオ……そして、彼が聞いた最期の言葉は
―――秘技『((影縫疾走|クレセントドライブ))』
血を掃い、武器を収めるルドガー。それに対して全身から血を吹き出して地に伏せるツァオ。“原作”絡みから思い入れがなかったわけではないが、これも仕方がないことだと割り切りつつ息を吐く。
「お疲れ様だな、ルドガー。っと失礼。ああ、俺だ。そうか……わかった。そちらは任せた。こちらは手筈通りの結果となったことだけ報告しておく」
「レヴァイス司令からですか?」
「ああ。向こうも無事片が付いたようだ。さて、必要な片付けが済み次第引き上げよう」
オルキスタワーでのテロリスト襲撃の少し前……エステルとヨシュア、レンの三人はベルガード門に来ていた。本来ならば彼らはリベール王国の同行員である。どうしてここにいるのかという理由は、レンの一言からだった。
「ねぇ、暇なんだしちょっとベルガード門のほうに行ってみない? 何か面白いことが起こりそうな気がするのよね」
「アタシからすれば嫌な予感しかしないんだけれど」
「勘の鋭い二人が言うと洒落にならないよ……父さん、大丈夫かな?」
「ふむ……なら、行ってくるといい。万が一の場合は緊急発進させることも視野に入れるが」
「……明日は槍でも降ってくるのかしら」
「エステル、それはさすがに……ないと思いたい」
レンとエステルの勘の良さはヨシュア自身よく知っているだけに、これからやってくるであろう面倒事は勘弁願いたいところだが、カシウスの許可が出た以上行くことは確定事項であり、もう溜息しか出てこなかった。そうしてベルガード門へ到着すると、黒煙が上がっていることにエステルが気付いた。
「って、あれ? 黒煙……でも、ベルガード門は何ともなさそうだけれど」
「……まさか、ガレリア要塞が襲われている!?」
「あ、あんですってー!?」
「やっぱりエステルの勘ってよく当たるわね♪」
「いや、レンも大概だと思うわよ」
ガレリア要塞の襲撃。ともかくエステルらはベルガード門内部へと入る。特に襲撃はされていないようだったが……ベルガード門とガレリア要塞を繋ぐ橋の向こう側から帝国兵の装備ではない武装をした兵士らが銃を構えた。
「ちょ、ちょっと!! いったい何なのよ!!」
「貴公らに罪はないが、邪魔立てするなら容赦しない!!」
兵士らはこれ以上の問答は不要と切り捨て銃を発砲する。防御態勢をとるエステルの眼前にヨシュアが素早く移動し、獲物である二本の片刃剣で銃弾を全て弾き飛ばした。
「……エステルは傷つけさせない」
「あらら、ヨシュアのスイッチが入っちゃったわね」
「はぁ……殺さないでよ?」
もうこうなってしまっては戦闘行為を止めること自体不可能だと察したエステルらは実力行使で兵士らを黙らせた。自殺されないように拘束した後、彼らのもとにベルガード門を守っている警備隊の兵士らが近寄ってきた。
「大丈夫でしたか!?」
「ええ、まあ。―――遊撃士です。申し訳ないですが、彼らのほうをお任せしてもよろしいですか?」
「これは、ご協力感謝します。おい、手分けして連中を護送するんだ!」
これでひとまずは一安心と思った矢先、エステルの持っているオーブメントの着信音が鳴り、恐る恐るエステルがその通話ボタンを押すと、聞こえてきたのは馴染みのある声―――オリヴァルト皇子だった。
『ハロー、親愛なるわが友のエステル君』
「なんでアンタがアタシの番号知ってるのよ!? 身内と必要なところにしか教えてないんですけれど!? というか、会議中じゃなかったの!?」
『いやー、実はタワーにテロリストが侵入したみたいでね。今はその追跡の報告待ち。で、その合間に抜け出して通信しているというわけさ』
「サラッと言うことじゃないでしょう!! ああもう……まぁ、ちょうどいっか。オリビエ、実はね……」
オリヴァルト皇子のシリアスが微塵も感じられないボケかましに対してツッコミしか出てこないエステル。気を取り直してガレリア要塞方面から黒煙が上がっていることをオリヴァルト皇子に伝えると、先ほどとは打って変わってのトーンで依頼をした。
『なら、君たちを見込んで頼みがある。ガレリア要塞内部へ入り、原因の解明と事態の収束をお願いしたい。これは僕とアルフィンからの依頼ということで後日正式に通達はする。その際発生した被害など君らに対する責任は取らなくていい。そちら側も今は緊急事態だからね。ああ、一応カシウス中将には断りを入れてあるよ』
「―――ということなんだけれど、受けちゃってもいいかしら?」
「父さんに話が行っている以上、そうなっちゃうよね」
「ふふっ、勿論レンは賛成よ」
『ありがとう。なお、要塞には心強い味方もいる。まずは彼らと合流してくれ』
なし崩し的とはいえ依頼を受けることとなったエステルらは遊撃士としての資格でベルガード門の検問を通過し、一路ガレリア要塞へと急いだ。
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