紫閃の軌跡 |
〜クロスベル自治州 オルキスタワー 35F国際会議場〜
―――同日、18:30。
「おお、誰かと思えばリグレット警視ではないか。おや、彼らをどうして?」
場所は変わり、オルキスタワー……会議場にやってきたリグレットを先頭にダドリーやアリオス、そしてロイドら特務支援課の姿にディーター市長は声を上げつつ、彼の背後にいる各国のマスコミの姿に首をかしげる。ただの報告程度ならば彼らの存在は必要ないのでは、と。それに対してリグレットは説明する。
「ここにはいらっしゃらないスヴェンド局長ならびにクラウゼル司令にはすでに許可を取りました。今回タワーを襲ったテロリストの顛末は内々にではなく、確りと各国の報道機関にも伝えるべきだという判断です」
「なるほど…」
「それで、テロリストらは?」
リグレットの説明はもっともであるとディーター市長は頷く。下手をすれば各国の記者にも被害が出かねない事態であっただけに。それには同意しつつも、マクダエル議長はその仔細を尋ねた。
「はい。まずは共和国側のテロリストですが……『黒月』という貿易会社を名乗る社員によって殺害されておりました。さらには共和国政府の委任状を持っておりました」
「なっ!?」
(……確かに、嘘は言っていないな)
(………)
二人が現場に駆け付けた時にはすべてが終わっており、黒月の姿は見当たらなかったことにダドリーとアリオスは不思議に思ったが……それと、通路の奥から黒月によって殺されたと思しきテロリストの姿が見つかったのも事実。とりあえずはリグレットの言葉を聞き続けることにした。
「おお、それは重畳。彼らは我々の友人でしてな。身分は保証しますからご安心を」
「………」
その言葉にロックスミス大統領は喜ばしいことのように声をあげ、キリカは静かな笑みを浮かべている。この顛末自体まるで望んでいたかのように。だが、リグレットの説明は続く。
「そして、帝国側のテロリストですが……猟兵団『赤い星座』によって処刑されたとの報告を受けております。彼らは帝国政府の委任状を所持しておりました」
「なんということだ………」
彼女の言葉にアルバート大公は沈痛な表情を浮かべてそう呟くほかなかった。
(えと、リグレットさんは確かに嘘は言っていないんだよな……)
(ああ。あの兵士の傷からして叔父貴のものなのは違いない。つーことは、本格的に嵌めるってわけか)
これにはテロリストの移送を手伝うこととなったロイドらが不思議に感じた。確かに『赤い星座』によって処刑されたと思しき兵士は一人いた。これは間違いないことであるし、彼らのやり口を知るランディもその兵士の死因を作ったのは自らの身内であると断言できるほどだ。すでに袂を分かっている以上、彼らに対する慈悲はないとランディは考えている。リグレットの言葉に対して声を上げたのはオリヴァルト皇子であった。
「宰相殿、帝国政府が猟兵団を雇ったというのは事実なのか? 確かに我が国において猟兵の運用は明確に禁止はされていないが……国外で猟兵を運用したなどというのは、一歩間違えれば問題になりかねないのだぞ」
「ええ、確実を期すために。私はともかく皇子殿下と皇女殿下を狙った罪は万死に値すると言わざるを得ません。背後にいる愚か者たちへの良い警告にもなってくれるでしょう」
「……(成程、概ね彼らの予測通りというわけですか)」
「っ……(ここまで彼らの見事なまでの筋書き通りとは。ホント、絶対敵には回したくない一族というべきだね)」
(よく言うぜ……ま、ここら辺もあいつらの筋書き通りなんだろうが)
ここまで予測通りのオズボーン宰相の言葉にオリヴァルト皇子とアルフィン皇女はそろって真剣な表情を浮かべる。そしてオリヴァルト皇子は内心で笑みをこぼす。この策を考え付いた彼を含め、かの一族の人たちには頭が上がらない思いだ。そんなやり取りを見つめるレクターは呆れたような表情を見せた。
「た、確かに委任状が存在する以上自治州法では認めざるを得ませんが……」
「だが、これはあまりにも……あまりにも信義にもとるやり方ではありませんか!?」
イアン先生は先ほどのやり取りからすれば法的には合法であると述べるが、法的に認められれば何をしようとも構わないこの両国のやり方に、マクダエル議長は怒りの表情で叫んだ。
「おお、それは誤解です。我々は確りと正規の手続きを踏んでいるのですから。それよりも方々……図らずとも証明されましたな? この程度のアクシデントですらクロスベル自治州政府には自力で解決できないという事が」
「……!」
「ふむ、まんまとテロリストを会議の場に近づけた挙句……無様に取り逃がし、結局は我々の配慮によって逃亡を阻止できたわけか。確かに、先程の議案の良い事例と言えるであろうな」
ロックスミス大統領の言葉を聞いたマクダエル議長は目を見開き、オズボーン宰相は頷いた後不敵な笑みを浮かべた。そう、これが帝国と共和国の筋書き通りの結果。警察と警備隊の無能・無力を突き付け、両国の正規軍の駐留を認めさせること。この展開に持っていくことを最初から狙っていた。都合のよい敵対勢力を僅かでも削ぐだけでなく、クロスベルの支配体制を強める一石二鳥の作戦を。
「ええ、失礼ながら実際に命を狙われた皆様方にとって……先程我々が提示した駐留案、もはや真剣に検討せざるを得ないのではありませんかな?」
「……あなた方は……」
「な、なんと強引な……」
「まさかそのために……(彼らの読み通り、最初からそのつもりで動いていましたか……ここから、シオンはどうするつもりでしょう……)」
明らかに都合のよすぎるロックスミス大統領の言い分を聞いたマクダエル議長は怒りに震え、これにはアルバート大公も怒りの表情になるほどであり、クローディア姫はその言葉に静かな怒りを纏いつつも未だに声を発さないシュトレオン宰相に視線を移す。その視線に気づいたかのように、シュトレオン宰相は閉じていた瞼を開いて真剣な表情でオズボーン宰相とロックスミス大統領の方を向き、口を開いた。
「ロックスミス大統領殿、そしてオズボーン宰相殿。先ほどの発言―――『黒月』と『赤い星座』に対してそれぞれ委任状を渡したということは、各々政府として正式にテロリストらの処罰を依頼した、との解釈でよろしいのでしょうか?」
「ええ。先ほども述べましたが、我々の信のおける友人ですからな」
「フフ、シュトレオン殿下のお好きなように、と述べたいところではありますが。概ねその認識に違いはないかと存じます」
彼の問いかけに対してそう答えたロックスミス大統領とオズボーン宰相。その当たり前とも言わんばかりの答えにシュトレオン宰相は一息吐き、真剣な表情をしてこう問いかけた。
「そうですか……なら、疑うという余地はなくなったというわけですか。リベール王国代表として両首脳にご説明願いたい。明確な<不戦条約>違反ならびに国際犯罪組織である『黒月』や『赤い星座』へ依頼した事実に対してのはっきりとした説明を!!」
「!?」
「なっ!?」
「り、両政府が国際犯罪組織の運用を!?」
(ついに火ぶたを切りやがったか……)
「……シュトレオン殿下。<不戦条約>に関してでもですが、その二つを国際犯罪組織扱いされたことや、その経緯についても説明していただけないでしょうか?」
シュトレオン宰相の言葉にオズボーン宰相とロックスミス大統領は揃って言葉を詰まらせ、マスコミとしてその場にいるグレイスも驚きを隠せず、レクターはこの展開になることを想定していたように静かに見つめ、オズボーン宰相は険しい表情をしつつ、その判断に至るまでの説明を求めた。
「我が国は二年前の<百日事変>において結社『身喰らう蛇』による被害を受けました。その際、彼らは様々な組織と契約していました。たとえば、その同時期に帝国内の遊撃士協会支部を襲撃した『ジェスター猟兵団』のように。そして、『赤い星座』と『黒月』も彼らと契約を結び、我が国の都市を襲撃しようとしていたことも既に周知の事実として公表しております。その流れから彼らを『身喰らう蛇』に準ずる国際犯罪組織として認定するのは別段おかしくないと思われますが? 既にこのことはレミフェリア公国・アルテリア法国ならびに各自治州に通達しております」
<百日事変>に関する事実はリベール王国側はほぼすべて公表されている。それと同時期に起こった帝国側の事件に関しては正規軍・領邦軍の被害の件もあるためかなりの情報規制がかかった側面もあるが、今は置いておくことにする。
「その組織らの襲撃があったのは<不戦条約>が締結され、施行された後。そして独自の情報網により『黒月』が共和国のマフィアの末端組織という事実も掴んでおります。確かに<不戦条約>自体罰則はありませんが、その中には国境を越えて活動を行う組織に対しての情報共有義務を負っています。我々は彼らを退けたのち各国の大使館を通じてその情報を伝達しましたが、エレボニアとカルバードは我が国の大使館やリベール本国に対しての返答ならびに越境の可能性がある情報発信すら怠った。それでいて先ほどの発言からするに、エレボニア帝国政府とカルバード共和国政府が明らかな国際条約違反をしたと判断するのは当然のことだと思いますが?」
「!!」
「ふむ、確かにそれが事実ならばそういうことになりますな……」
彼の言葉には虚偽などなく、すべて事実に基づくもの。その説明にはオズボーン宰相だけでなくロックスミス大統領も目を見開き、それを聞いたアルバート大公は納得したような表情を浮かべた。そして、このタイミングを待ちかねたかのように声を発したのはオリヴァルト皇子。
「(なるほど、完璧に彼のペースにもっていった。ここからは僕らのターンというわけだね!)宰相、これ一体どういうことだ! 帝国政府が国際犯罪組織を運用したなどというこの事実、帝国政府やエレボニアの皇族、ひいてはエレボニア帝国全体に関わる一大事だ! 『身喰らう蛇』の危険性は実際に剣を交えた私や隣にいるアルフィンも重々承知していることだ。まさか、『赤い星座』でテロリストの処刑だけでなく、あわよくば私やアルフィンを亡き者にしようと狙っていたのか!?」
「お、お待ちください。決してそのようなことは考えておりません! その前にシュトレオン殿下にお聞きするべきことがあるので、少々お待ちください。シュトレオン殿下、ならばなぜ我々エレボニア帝国に対してその通達をしていただけなかったのでしょうか? 我が国との国交正常化を推し進めてきたリベール王国の方針とは相反するものであり、両国の溝を広げるだけだと考えますが」
『身喰らう蛇』の恐ろしさを実際に解っているという事実があるからこそのオリヴァルト皇子の強気な発言。これにはオズボーン宰相も慌てた表情で諌めつつ、シュトレオン宰相に尋ねる。
「通達をしていなかったわけではありません。帝国側はオリヴァルト皇子とアルフィン皇女にその旨はお伝えしておりますし、共和国側に関しましてはロックスミス大統領の娘さんであるルヴィアゼリッタ・ロックスミスに対して伝達しました。その情報を政府に伝えるかどうかは各々の判断に委ねる形としましたので、そのことに対して今更両国政府に改めて通達する意味はないと判断したまでのことです」
「何っ!?」
「!!!……両殿下、今の話は事実ですか? もし事実だとしたら何故今まで黙ってらっしゃったのですか?」
シュトレオン宰相の説明にロックスミス大統領も目を見開き、オズボーン宰相は驚きつつも険しい表情でオリヴァルト皇子とアルフィン皇女に問いただした。それに対するアルフィン皇女とオリヴァルト皇子の表情は冷ややかというほかなかった。
「ええ、まぎれもない事実です。黙っていたのはお父様―――皇帝陛下の全幅の信頼を受けていらっしゃるお方が、帝国の明日のために勤しんでおられる方がこのような愚かな行為をするはずなどないと信用していたのですが……本当に残念と言わざるを得ません」
「私もアルフィンと同意見さ。たとえ国際犯罪組織として認定されていなくとも、過去の例からしてこれほど危険性のある組織を理解しておきながらその組織に依頼したというのは、とても正気の沙汰ではできない所業だと判断せざるを得ない」
「それに付け加える形となるが、貴国は十年前の当時の王太子夫妻もとい私の両親が列車事故によって亡くなった事故……それに帝国政府と『赤い星座』が『暗殺』に関与していた嫌疑もある。一時的な契約とはいえその段階で接点があったのならば、我が国としては帝国政府を全面的に信用できないという判断に至るのは当然のことかと考えますが?」
すでにほぼ確定事項なのだが、『事実』ではなく『嫌疑』としたのは含みを持たせるため。その時に接点を持っていたのならば、今回の一連の出来事にも説得力が増す形となる。とまぁ、ここまで共和国側にも触れつつ強く言ってはいないが……さらに大きな爆弾を共和国側にも投下することになろうとはロックスミス大統領ですら想定していないだろう。なお、ルヴィアゼリッタから情報が伝達しなかった理由は彼女の嫌がった『政治的利用』をしてしまったことに起因するのであるが。
「なっ!? オズボーン宰相、説明をお願いします!」
「オイオイ、リベール側としてもとんでもねぇ事実だぞ!?」
「シュトレオン宰相、詳細をお願いします!」
これには各国のマスコミも驚きに包まれる。特にエレボニア側<帝国時報>の記者やリベールのマスコミとして来ているナイアルもこれには動揺を隠せなかった。そしてグレイスはシュトレオン宰相に対してその嫌疑の説明を求めた。
「……シュトレオン殿下。此度の一件は明らかにこちら側の過失によるもの。許されるのであれば、帝国の正規軍を動かしてでも犯人の検挙を執り行いたいと考えているが、いかがだろうか?」
「いえ、その必要はありません。どうやら、来たようですね」
オリヴァルト皇子からの提案に、先ほどの彼とは程遠いやんわりとした口調で固辞したうえで、会議場の外から感じる人の気配に気付きつつ呟くと、扉が開いて何かを担ぐように入ってくる人物らであった。
はい、公開処刑タイムです。全部一気に行こうかと思いましたが、あまりに長すぎるのもあれなのでここいらで切りました。
<百日事変>における襲撃とその辺の情報伝達は共和国側からするとキリカが移籍する前の話ですからね。むろん知っていたこととは思いますが、いくら<千里眼>と呼ばれている彼女でも一人で多方面の大量の情報をさばききれる保証はないわけで。ギルドにいたときはその情報自体ある程度選別されたうえで入ってきたことを考えれば……との推測から考え出した流れです。
うまく差別化できてるかどうかはわかりませんが(ぇ
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第98話 すべてを崩す | ||
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