紫閃の軌跡
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西ゼムリア通商会議において、今や大国となったリベールの次代を担う者らを闇に葬り、その子らにまで手をかけようとしたエレボニアとカルバードの凋落。だが、エレボニア帝国に関してはそれだけで済む状況ではなかった。

 

<帝国解放戦線>によるガレリア要塞の一時占拠並びに<列車砲>の発射未遂。その停止に関わったのはトールズ士官学院特科クラス<Z組>とオリヴァルト皇子が依頼したリベール王国所属の遊撃士―――エステル・ブライトとヨシュア・ブライト、協力員レン・ブライトによるものであった。

 

その際右翼の列車砲をやむなく破壊することで発射阻止した事実はあったが、それ以上に帝国東部の要といえる要塞がテロリストに乗っ取られたという事実。この事実が明るみに出れば『教団事件』でクロスベルを責めていた宗主国としての立場は欠片も残らなくなる。しかもその事実はリベール王国側に知られてしまっている。それを第四機甲師団経由で知ったギリアス・オズボーン宰相は帝国軍情報局と鉄道憲兵隊で圧力をかけようとしたのだが、その動きを察していたかのようにリベール王国側が先手を打った。

 

なんと通商会議終了直後、オリヴァルト皇子の仲介という形で帝都ヘイムダルのバルフレイム宮をシュトレオン・フォン・アウスレーゼ宰相、クローディア・フォン・アウスレーゼ王太女、そしてカシウス・ブライト中将が電撃訪問したのだ。下手をすれば帝国はおろか西ゼムリア四か国の首脳の命すら危ぶまれたこの一件を“ハーメルの悲劇”のように闇に葬ることなどあってはならない。

 

緊急でセッティングされた首脳級会談の結果、エレボニア帝国側が今回のこれ以上の混乱を避ける意味合いでも<列車砲>の一件に関しては二国間での秘匿事項とすること。ただし、万が一<列車砲>が再び使用された場合にはこの事実も併せて公表すること。その代償としてエレボニア帝国はリベール王国に賠償を行う。その内容に関しては後日リベール王国にて開催する予定の首脳会談で取り決めを行う内容となった。そして、その交渉役―――特使および皇帝名代として白羽の矢が立ったのは…オリヴァルト皇子であった。

 

その二日後、皇子当人が信頼できる護衛を伴って訪れた場所は……<五大名門>でありながらも、中立派を担う貴族。シュバルツァー公爵家の治める街、温泉郷ユミルであった。

 

 

〜センティラール州首都 温泉郷ユミル〜

 

ルーレ市の北西に位置している長閑な場所。二年前にトリスタを、数か月前にケルディックを併合しているが、大きく発展を見せているのは麓側のほう。公爵邸のある山側は昔と変わらないのどかな場所。町の発展自体喜ばしいことではあるが、それで締め上げをするようでは他の<五大名門>と変わらない……という方針を貫き続けている。そもそもユミルの地形自体戦車を投入するには適さない側面もある。まさに自然の要塞ともいえるだろう。

 

ユミルの公爵邸……その応接室にて、テオ・シュバルツァー公爵とルシア・シュバルツァー公爵夫人。そしてオリヴァルト皇子と護衛としてミュラー・ヴァンダール少佐が会談を執り行っていた。

 

「ようこそ、オリヴァルト殿下。態々このような辺境にお越しいただいたのにも関わらず、大したお持て成しもできずに申し訳ありません」

「いや、公爵殿が謝ることではない。元々突然アポを取ったのはこちら側であるし、派手な歓迎だと要らぬ波風を立てかねなかったからね。それを言うならば、エレボニアとリベールの国交に寄与してくれているそなた等に私が謝らなければならない立場だ」

「殿下……」

 

<百日戦役>以後冷え切っていたエレボニアとリベール王国の国交正常化に寄与していたのは、紛れもなく<百日事変>でもその実力を発揮したリィンとエリゼの二人。オリヴァルト皇子からすれば彼らを称賛したり労ったりしなければならない、と述べた。それと先日の会議ではその二人も何らかの形でかかわっていただけに……

 

「それで、態々お忍びという形で訪れた理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「ああ。公爵殿もすでにご承知のこととは思うが、先日の通商会議の一件で我々は深手を…いや、この場合はエレボニアの自業自得というべきだろう。このことを受けて、エレボニア帝国はリベール王国に『誠意』を見せなければならない」

「そうですな。リベールのことは私としても他人事ではありませんから」

 

テオの父親であるバーナディオス・シュバルツァー、オリヴァルト皇子の祖父にして前皇帝ウォルフガング・ライゼ・アルノール、そしてリベール王国の現国家元首であるアリシア・フォン・アウスレーゼU世はかつて共に世界を旅した仲間。その意味合いでもテオにとっては二国間の国際問題自体他人事ではない。

 

「だが、沈黙してきた十年分の賠償金を払えば済むという問題ではなくなっている。<百日戦役>での傷が癒えきっていないところにその追い打ちをしたのだからね。リベール王国の次代を担うはずだった人たちを殺めてしまったことへの怒りを鎮める意味合いで……公爵殿。いや、シュバルツァー家にこれ以上の負担を強いたくはないのだが……私のプランはセンティラール州をリベール王国に贈与する形を考えている」

「なっ!?」

「………成程。これは確かに、公にはできない理由ですな」

「あなた……」

 

オリヴァルト皇子の言おうとしているその意味もテオには理解できていた。今回の一件でリベールの怒りを買ったことは事実。このことに対して大量のミラを積む解決法も確かに存在するであろう。だが、それでリベールの民を納得させられるかと言われたら、答えは否である。

 

「シュバルツァー家は我が国とリベール王国の国交正常化に大きく寄与してくれたことを私も十二分に理解している。リィン君やエリゼ君が通商会議においても大人顔負けの働きを双方ともに果たしてくれた。本来ならばこれ以上の苦労を負わせたくないのだが……万が一、リベール王国に帰属することになってもそなたらの統治体制など基本的な部分の保障をするよう私が責任を負わせてもらう所存だ」

「オリビエ……」

 

下手すれば二人の命が失われていただけに、この決断をするのは本当に苦渋としか言いようがなかった。だが、ここまでしなければリベール王国の王族は許しても国民は納得しないであろう。深々と頭を下げたオリヴァルト皇子に、テオは優しげな表情を浮かべつつ話しかけた。

 

「殿下、頭をお上げください。リィンにしてもエリゼにしても、彼らが自分たちで決断した上で貫きとおしたまでのことです。今回の一件、一度領民と話した上でなるべく早く返事をいたします」

「公爵殿……あらためて、ありがとう。皇族の一人として…帝国に暮らす民として、礼を言わせてほしい」

 

短いようで長い会談は終わり、オリヴァルト皇子とミュラー少佐を見送った後テオはルシアに向き直った。

 

「ルシア、明日からしばらく家を空ける故、郷のことは任せたぞ」

「ええ。貴方のことですから、そう言うと思っておりました」

「はは……見抜かれていたか」

 

 

「オリビエ、なぜあのようなことを……」

 

皇族の専用艦アルセイユ級巡洋艦W番艦<カレイジャス>の執務室にて、ミュラー少佐はオリヴァルト皇子に尋ねた。それに対して、オリヴァルト皇子は真剣な表情を崩してこう述べた。

 

「先ほど言ったことの繰り返しになるけれど、僕としてはこれ以上シュバルツァー公爵家に迷惑をかけるわけにはいかないんだ。いくら皇族の分家とはいえ、二国間の国交正常化に彼らばかり負担を強いるのは僕の本意じゃない。そこに通商会議での一件……そのお詫びも込めて、彼らをいずれ来るエレボニアの内戦に巻き込みたくはない、という僕の我儘なんだけれどね」

「………突拍子もないこととは思ったが、珍しく他人に気を使うとはな。明日の天気は雪でも降って来るやもしれないな」

「容赦ない一言だね、親友。ま、柄でもないことを言ったのは否定しないさ」

 

無論、反対意見が噴出しうることは目に見えている。それぐらい皇子自身も承知していることだろう。それでもなお、そのスタンスを貫こうとしていることにミュラーは笑みをこぼした。

 

「だが、それだけが理由とも思えないな。この先をも見据えて、ということか?」

「ふふ……僕の予想している最悪のシナリオだと、内戦にリベールが巻き込まれる可能性もある。その万が一の際に彼らには和解の橋渡し役として適任。そう考えたときに、この提案が浮かんだというわけさ」

「ふむ。かの御仁ならばなお可能性が高い、ということか」

 

貴族でありながらも中立派という存在の大きさは無視できない。だが、これ以上こちらの身勝手で彼らを振り回すわけにはいかない。とはいえ、このような突拍子もない提案を受け入れてくれるかどうかも定かでない以上、今のオリヴァルト皇子にはどうとも言えないのが本音であった。

 

「……例の準備はぬかりなく進んでるかい?」

「ああ。最終調整も済んで、あとはお披露目だけだ。しかし……前々からわかってたとはいえ、リベールから更なる計らいを受けることになるとはな」

「ホント、かの国には頭が上がらないよ。この分なら、どのような未来になろうともアルフィンの未来は安泰と言えそうだ」

「シュトレオン殿下にめった刺しにされても責任は持たないからな」

「そのようなことはしないよ。流石にね……僕とて命が惜しいから」

 

不確定要素の博打……だが、相手が規格外な存在だけに手を緩めればあっという間に呑み込まれる。それこそ、昔リベールにて伝えられたレクター・アランドールの言葉の通りに。

 

「緩める気はない。もう、覚悟は決めているのだからね」

 

 

 

そこから若干遡って……七耀暦1204年9月1日夕方、ガレリア要塞やクロスベルでの特別実習を終えたトールズ士官学院特科クラス<Z組>の面々は第三学生寮の食堂に集まっていた。

 

 

〜近郊都市トリスタ トールズ士官学院第三学生寮〜

 

「サラ教官が話がある、って呼び出されたはいいけれど……そういえば、クロウは?」

「交換屋に行くとか言って出かけたのは見たぞ。そのうち戻ってくるかもしれないけれど」

「というか、あんだけ大変なことが昨日あったというのが未だに夢物語みたいですよ」

「無理もないな……僕もアレは未だに夢では、と錯覚したぐらいだ」

 

ここにいるクロウ以外の面々…クロスベルに行っていたアスベルやルドガーを除く面々は列車砲の発射阻止に関与していただけに、その一連の出来事に現実味がないという感覚は致し方ないと思う。ただ、ここ数か月で偶発的とはいえ<帝国解放戦線>の企みを阻止していたという事実は間違いなく本物である。

 

「フン……確かに、あの一件は実家ですら面を食らっていたからな」

「私の実家も同様であったな。だが、一番は……」

「お気遣いなく。元々無茶なことをしていたのは否定できませんし、今回の嫌疑に関しても今までやってきたことへの報いだと兄は仰っていました。ただ、この件で領民たちが苦しんでいることを思うと、いたたまれないです」

「アーシア……」

 

<貴族派>にとっても大打撃……特にシュバルツァー家を除く四家のうち、その影響を強く受けたのは渦中にいるカイエン公爵家。ラウラの言葉に対して弁明に近い言葉を述べつつも、その表情が居た堪れないことにアリサが心配そうな表情を浮かべた。すると、そんな空気をぶち壊すかのように姿を見せたのは、呼び出した張本人であった。

 

「はいはい、なーに暗い顔してるのよ」

「サラ教官……」

「相変わらず空気をぶち壊すね」

「あんたたちが悩んじゃうのも仕方ないけれど、これはいわば国際問題……末席とはいえ、軍人の端くれならそれぐらいは耐えないとこの先持たないわよ? それじゃ、本題に入るわね」

「サラ教官、クロウがいないんですが……」

「彼なら別件でスコール教官に駆り出されてるから、説明はしなくて大丈夫よ」

 

ここにはいないクロウには別で説明すると言いつつ、サラがテーブルの上に置いたのは一つの大きな封筒。大体特別実習で使用しているものとほぼ同一の仕様。そこから出てきたのは……複数枚のチケットであった。それをよく見ると

 

「なになに、大陸縦断高速鉄道ヘイムダル発ボース行き……これってまさか!?」

「ええ。シュトレオン殿下が計らってくれて、Z組全員をリベール王国に招待する運びになったのよ。しかも、ルーアンで今度オープンするリゾートビーチにプレオープン招待客としてZ組を招待したい、とのことよ」

「ええっ!?」

「ほ、本当ですか!?」

「ええ。殿下本人からの連絡で確認はとったわよ。勿論、参加自体は自由だから辞退してもいいけれど…その代り、たくさん課題を出してあげるから」

「それ、断るほうが地獄じゃねーか……」

「だな……」

 

明らかに断ったほうが負担が大きくなるのは明白であり、リィン達はこれに対して半ば強制という形で参加する羽目となった。

 

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ちょっとした博打というか、展開を考慮しての事象です。次回、水着回。

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外伝〜最悪を変えるための一石〜
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