真・恋姫†無双 〜夏氏春秋伝〜 第百四十三話
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「いよいよ、だな」

 

「ええ……ようやく大陸の掌握がすぐ先に見えてきたわね」

 

一刀と華琳。魏の二大柱が並び立つは魏の大船団の後方、本陣の軍船の甲板。そして見つめる先あるのは、これまた大船団を率いた蜀と呉の連合軍であった。

 

 

 

事の起こりは数日前。

 

間諜からの報告が一つ挙がったことに端を発する。

 

連合に動きあり。魏の動向を掴み、赤壁へ向けて動き出した。到達後、準備次第進軍を開始する模様。

 

それが主な報告の内容。

 

その他、気になる点はいくつか散見されたが、大事の前の小事、この時ばかりは急ピッチで水練の最後の叩き上げに精を出す。

 

霞と鶸にはこの時点で疑似的な追撃を引き上げ、陸上戦の想定地点へと先回りしてもらうよう指示は出している。

 

本隊の一通りの水練を終えたのが昨日のこと。並行して進軍の準備は整えていたこともあり、魏は船団を率いて移動を開始した。

 

両軍が共に長江を進めば出会うのは早い。

 

兵の休養を兼ねたのんびりとした移動であっても、たった一日の後に会敵となったのである。

 

 

 

「さて、と。誰かある!」

 

「はっ、ここに」

 

「小舟を用意しなさい」

 

「はっ」

 

華琳が兵に命じるとすぐさま兵が動き出す。が、一刀がその兵を留めてこう付け加えた。

 

「ちょっとすまない。小舟の用意は二艘にしてくれないか?」

 

「はっ、承知致しました!」

 

即諾し、兵は再び走り出す。

 

それを横目に見ながら華琳は一刀に問うた。

 

「今度は何をしてくれるのかしら?」

 

「俺が何かをするのは確定なのか?」

 

「あら?貴方ともあろう者が変な事を聞くのね?

 

 私の護衛に季衣と流琉を連れて行くとしても、貴方を含めて乗るのは四人。

 

 たったそれだけの人数が乗れないような船は積んでいないわよ?

 

 だったら、貴方がこれから何かをするために使用する、と考える方が自然では無いかしら?

 

 よもや、これから私が舌戦を仕掛けに行くというのに、貴方はそれが分からなかったとでも言うつもりかしら?」

 

華琳は面白い余興でも見つけたかのように口元に微笑を浮かべながらそんなことを言う。

 

そこにはいくつかの前提があった。

 

一つ、華琳がこれから舌戦に行くことを一刀が理解していること。

 

一つ、一刀もまた華琳と共に舌戦に赴くこと。

 

前者は状況を考えれば理解出来るだろう。それは一刀でなくても容易なこと。特段、不思議は無い。

 

後者に関しては事前に――と言っても昨日のことになるが――舌戦に当たって一刀も前に出るように言い付けられていた。

 

つまり、この二つは当然のこととして、その後のことに思考を及ばせてみる。

 

通常であれば一刀は華琳たちと共にここ本陣たる軍船に戻って来るのが定石と言えよう。

 

しかし、小舟を二艘用意させたということは、舌戦後に別行動を取るという宣言に他ならない。

 

そして、それは事前の軍議で一言たりとも言葉にされていないものであった。

 

「ん〜……まあ、鼓舞と見張り、みたいなところか。

 

 その為にあの配置にしてもらった、ってところもあるしな」

 

「なるほどね。分かったわ。桂花と零には?」

 

「伝えてある。策も立ててもらった」

 

「そう。なら心配無いわね」

 

見張り。その対象は敢えて言葉にしなかったが、だからこそ華琳には伝わった。黄蓋である。

 

この戦、黄蓋には最前線の左翼を任せていた。

 

右翼に秋蘭を配置し、左翼には黄蓋を配置する。

 

秋蘭の隣には凪を、そして黄蓋の隣には火輪隊を。

 

飛道具の火力の高い順に四部隊が、魏の最前線を飾っていた。

 

陸上とは異なり容易に機動することが出来ない水上戦故に、飛道具が戦の、少なくとも序盤から中盤までの主体となることは想像に難くない。

 

弓戦力を後ろに下げるメリットが少ない以上、連合もまた似たような配置を取ってくるだろう。

 

この戦、この配置で魏にとって最大の懸念は、いつ黄蓋が魏に対して牙を?くのかという点に尽きる。

 

だからこその火輪隊配置。

 

火輪隊は元董卓軍ということなので月、詠、梅に恋と四人もの将クラスが隊にいて、文武・攻守に非常にレベルの高い部隊となっている。

 

ここに一刀は合流して黄蓋の動きを見張るつもりだと言っているのであった。

 

現状、最も警戒すべきは戦端が開かれるまさにその瞬間。

 

苦肉の策で寝返っているように見せているとは言え、実際に連合に打撃を与えてまで魏軍に居座ろうとするのかに疑問を覚えるが故の警戒である。

 

「曹操様、北郷様。船の用意が出来ました」

 

「そう。下がっていいわ」

 

「はっ」

 

先程の兵が準備の完了を報告に来た。

 

遂に時が来た。泣いても笑っても、たった今からの戦が今後の全てを決めることになる。

 

そうなるだろうという、確信にも似た予感が魏の皆の中にはあった。

 

「それじゃ、行きましょうか。

 

 季衣!流琉!一度前線に出るわ。護衛に付きなさい」

 

「は〜い、分っかりましたー!」

 

「はい、承知しました。兄様、よろしくお願いします」

 

近くに控えていた季衣と流琉を呼び、四人揃って用意された小舟に乗り込む。

 

船団は既に敵を目視出来た時点で行軍を止めており、小舟はその間をすり抜けて最前に出た。

 

連合の射程距離の外で止まり待つこと数分、連合側からも華琳に呼応するように数名ずつを乗せた小舟が二艘出て来る。

 

一艘には劉備と関羽、張飛、そして魏延の四人。もう一艘には孫堅と程普のたった二人が乗っていた。

 

あちらもまた、魏の射程の外と思われる位置で止まる。

 

ここ最近の蜀や呉が相対した魏の部隊のデータや先日の戦の時のデータ。

 

それらを総合して割り出したのだろうそれは、実に絶妙なラインを弾き出しているようだ。

 

舌戦が始まるまでの僅かの間、一刀はそれを観察していた。

 

一刀の中である一つの結論が出る頃、華琳が先んじて口を開く。

 

「我が名は曹孟徳!蜀国王・劉玄徳、呉国王・孫文台に改めて問う!

 

 汝らは如何なる理由ありて我等の妨げとならん?」

 

まずはジャブ。相手の返答はどう来るか。そこからどう組み立て、返すのか。

 

幾十、幾百通りも考えたであろうそのパターン群からどれに当て嵌まることになるのか、はたまた当てはまらないのか。

 

その流れが決まる相手の第一声は、蜀側、劉備から返ってきた。

 

「曹操さん、私は難しい口上言葉は喋れません。ですが、これだけははっきりと言わせてもらいます!

 

 私はこの大陸の、そして民たちのために立ち上がりました!

 

 今なら、自信を持ってこう言えます。曹操さん、貴女のやり方は間違っています!」

 

その返答には華琳も思わず毒気を抜かれたように多少なり脱力する。

 

「まったく……この大一番くらい堅苦しい形式に則ってあげましょうか、と思っていたというのに」

 

ポツリと呟かれた華琳の言葉に一刀が反応した。

 

「だけど、あれはあれで劉備らしいと言えるんじゃないか?

 

 むしろ、演技であれをやっている方が余程大物で怖いのだがな」

 

「…………まあ、そうね。とにかく、こちらも古めかしい形式なんて棄ててしまうかしらね」

 

華琳は気を取り直し、軽く咳払いを一つしてから連合へ向けた口上を再開する。

 

「あら?言ってくれるじゃない、劉備。

 

 それはつまり、この私に大陸を任せると仰せになった陛下と前陛下を全否定するということかしら?」

 

「もちろん、そんなつまりはありません。むしろ、私の方から曹操さんに問います。

 

 陛下は本当にそう仰られたのですか?ご本人が御座さないというのに、そのような事は到底信じられません!」

 

「陛下がここに御座さないのは少し考えれば分かるでしょう?

 

 あの方をこのような危険な場所まで連れて来ることは出来ないわ。代わりに陛下がしたためられた書があるの」

 

「その話は聞きました。けれど、それも曹操さんが無理矢理書かせたものかも知れないじゃないですか。

 

 曹操さんは違うと言うんでしょうけど、それを証明することは出来るんですか?」

 

「手紙の真贋までは証明出来ないわね。その事情についても、そちらには伝わっているのでしょう?

 

 ともあれ、衝突無くして魏に従うことは無いということね?」

 

「残念ですが、そうなります。

 

 でも、それは曹操さんも分かっていたことでは無いですか?」

 

「ふふ。そうね、その通りよ。最早交わす言葉は残っていないわね」

 

諸葛亮の入れ知恵があったのだとしても、劉備は確かに華琳と堂々舌戦を交わしてた。

 

最早、かつてのような弱さはどこにも見られない。

 

確かな強敵となるまでに成長したと分かるその姿に、華琳は非常に満足しているようだった。

 

「さて、さっきから全く口を開かないけれど、貴女の方はどうなのかしら?」

 

劉備との舌戦に区切りが付くと、華琳はそのまま矛先を孫堅へと向ける。

 

孫堅は軽く肩を竦めてから短く答えた。

 

「前にも言ったろう?私はあんたらを見極めたいだけだ。

 

 言ってみれば、呉の参戦は私の盛大な我儘さ。

 

 だがね、改めてこれだけは言っておこう。

 

 あんたらに陛下のご意志を継ぐ資格無しと判断したら、それは私が奪い取ってやるよ。覚悟しな?」

 

孫堅はそれきり、全てを語ったとばかりに口を噤む。

 

この孫堅の言もまた、華琳を喜ばせるものであった。

 

「ならばその目で確と見極めなさい。

 

 今ここで敢えて強く宣言してあげましょうか。

 

 我が魏国はこの戦で貴女達を打倒し、この大陸を手中に収める!貴女たちこそ覚悟することね」

 

華琳も、それで語るべきことは全て語ったらしい。

 

両陣営ともそれ以上誰かが口を開く様子も無く。

 

つい、と華琳の視線が一刀へと向く。

 

劉備、孫堅の視線も、遠くてはっきりとは分からないが、一刀へと向けられているようだ。

 

華琳が視線で問う。貴方は口上を述べないのか、と。

 

一刀は軽く首を振る。縦では無く、横に。

 

「ここに出ることに承諾しておいて何だが、さっきの三人のやり取りでこの場は纏まったんじゃないか?

 

 この状況で俺が何を言っても、徒に場を掻き乱すだけだろう。

 

 最悪、向こうのやりようによってはこっちの兵の士気に悪影響が出かねない。

 

 だったら、ここはもう退いて、戦端を開いてしまった方がいいと思うんだが、どうだ?」

 

視線は前から動かさず、なるべく唇も動かさないよう注意して華琳に提案する。

 

一刀としては特に相手の二人に聞きたいようなことも無かった。

 

ならば、一刀は口を開かない方が都合が良いと判断した。

 

理由は簡単で、一刀の肩書きに依る。

 

”天の御遣い”としての言葉は、口にした一刀の意図に関わらず重くなってしまう。

 

だからこそ、今この場には不要だと判断したのだった。

 

「ん……それもそうね。貴方は時々――いえ、結構やらかしてくれるものね。

 

 季衣、流琉。戻るわよ。後ろから狙われないよう注意を払っておきなさい」

 

華琳は納得し、一刀の提案を受け入れた。

 

そして、魏の者たちが戻り始めると、それを見て蜀・呉の者たちも戻るべく踵を返す。

 

その刹那、孫堅の面に獰猛な笑みを、一刀は見た気がした。

 

ゾクリと一刀の背筋を震えが襲う。しかし、華琳や季衣、流琉は特に何も感じなかった様子だった。

 

(まさか、剣氣を絞って放たれた……?いや、錯覚、か……

 

 いずれにしても、孫堅の狙いは俺みたいだな。だったら――――)

 

それはそれでやりやすいかも知れない。そんな考えが一刀の脳裏を過ぎっていた。

 

 

 

 

 

華琳が魏の船団の中まで戻っても、それですぐに戦端が開かれる、というわけでは無かった。

 

射程距離外にいる敵に無闇に矢を打ち込むのはただの無駄。

 

理想は相手の射程外でありこちらの射程内である距離を見極めて戦闘を開始することだが――――

 

その距離の見極めは、この戦に限って言えば非常に困難であった。

 

理由は単純に、魏の面々の船上戦闘経験の不足による予測精度の低さ。

 

それでも、地上戦時の予測に則して計算はしてある。

 

魏の船団は号令に従い移動を開始する。

 

陣形を保ち、割り出した理想の距離で最高の開戦とするために。

 

「華琳。俺はそろそろ火輪隊の方へ行く。

 

 季衣、流琉。短い距離ではあるが、気を緩めるなよ?しっかりと華琳を守るんだ」

 

「うん!分かってるよ、兄ちゃん!」

 

「大丈夫です、兄様!」

 

「前線は頼んだわよ、一刀。それと……」

 

季衣と流琉の手前、詳細を口には出来ないが、華琳の視線と話の流れから一刀は内容を読み取った。

 

それに合わせ、詳細をぼかした回答を華琳に返す。

 

「ああ、任せておけ。好き勝手にはさせないさ」

 

それを聞くと華琳は口元に笑みを湛えて首肯一つ、季衣と流琉を率いて本陣へと戻って行った。

 

舌戦前に用意させていた二艘目の船で一刀は火輪隊の船に移る。

 

隊の主要なメンバーは探すまでも無く甲板にその姿は全てあった。

 

「……一刀、おかえり」

 

「ただいま――なのか?まあ、いいや。

 

 恋も準備は――」

 

「……出来てる。大丈夫」

 

真っ先に一刀に気付いたのは、当然と言うべきか、恋であった。

 

恋の声は大きくは無いはずなのに、不思議と戦場の喧噪の中でもよく通る。

 

その声を聞き、残りの面々も二人の下に集まってきた。

 

「一刀さん、お疲れ様です。

 

 火輪隊の皆さんは既に準備万端で配置に着いています。もちろん、恋さんもですよ」

 

「ああ、つい今しがた確認させてもらったところだよ。

 

 本当、恋が味方で良かったとつくづく思うね」

 

月が隊の状態を教えてくれる。自然と視線は恋へと集まった。

 

恋は現在、方天画戟では無く弓を得物にしていた。それも、真桜製のかなりの強弓である。

 

真桜曰く、使い手が恋と聞かされて張り切って作った、とのこと。

 

言うだけあって、余りの弦の張りの強さに並の兵では全くと言っていいほど引けないような代物に仕上がっていた。

 

この大戦に出陣する前、許昌の地で秋蘭と比べた結果では秋蘭よりも飛距離を出したとのこと。

 

ただ、連射速度と命中精度では秋蘭に及ばず、さすがに弓のままで一騎討ちが出来るとまでは言えない状態であった。

 

それでも、秋蘭以上の飛距離はそれだけで使い道がある。

 

今回、一刀はこっそりと恋を使った作戦を考えていた。

 

それは連合の出端を挫くもの。そして、もしこのタイミングを狙っているのだとすれば、黄蓋の思惑を外すためのものでもある。

 

「恋、それに月。開戦時の策についてちょっと変更してもらいたい」

 

「ちょっと、一刀!ボクはそんなの聞いてないわよ!

 

 大体、それは桂花からの指示なの?!」

 

当然、詠が異を唱える。しかし、一刀は慌てることなくこう返した。

 

「必要に迫られてな。大丈夫、華琳に許可は取ってある」

 

半分嘘だが半分本当でもある。最悪、桂花が怒ったとしても直前に話をしていた華琳ならば理解してくれるだろう。

 

詠もさすがに、一刀がこう言っているからといって全てを鵜呑みにする気は無い。

 

せいぜいが、華琳の黙認くらいまでの取り付けだろうと考えていた。

 

しかし、逆に言えば、華琳の黙認があったということは、一刀と華琳の間でその策がより良いと考えたということ。

 

ならば、一刀の言う策を聞いてから結論を出しても良いか、と詠は考えた。

 

「……いいわ。その策とやら、言ってみなさいよ」

 

「変えるのは最初も最初、交戦開始距離の部分だけだ。

 

 恋。予定より二割増しの距離まで迫った時点で第一射を放って欲しい。

 

 月。火輪隊の皆にこう伝えてほしい。第一射に限り、命中精度は捨てて最大射程で射て、と。

 

 それと、初期の距離を延ばす分、始めの内は射撃間隔は長めに取って、徐々に最速へと上げて行ってくれ。その辺りの管理は詠に任せたい」

 

「……ん、分かった」

 

「れ、恋さん、まだ決まったわけでは…………えっと、詠ちゃん?」

 

即答で頷く恋とは対照的に、月は詠に指示を仰ぐ。

 

事前の軍議でも火輪隊の指揮権は月と詠に与えられていたのだから、詠が決定したことを実行するのが筋なのだ。

 

「う〜ん……無駄にする矢が多くなる分、退くのが早くなるわよ?」

 

少し考えた後、詠は一刀に問う。

 

それに対し、一刀は問題無いと答えた。

 

「そう。だったら、いいわ。その策で行ってあげるわよ。

 

 どうせ、あんたの方に何か狙いがあるんでしょうけど、それを話さないってことはこっちはそれを無視して進めるわよ?」

 

「ああ、大丈夫だ。すまないがそれで頼む」

 

一刀が持って来た変更は大したものでは無かった。

 

そのため、策を変更する影響はほぼ無しと詠は判断したのである。

 

これで連合の思惑がどこにあれ、先手を打つことが出来る。

 

「ああ、そうだ。月、折角なんで全力でいってみようか。

 

 梅。月の側で防衛に努める手筈だったと思うが、加えて矢の供給も担ってやってくれ」

 

「はい!承知致しました!」

 

「全力で……分かりました。実戦で試したことはありませんが、いい機会だと思うことにします」

 

思いつきではあるが追加の策も加え、これで本当に準備は万端。

 

後はただ時を待つのみとなった。

 

 

 

火輪隊の船上では各々が配置に散らばり、”その時”を今や遅しと待ち構えている。

 

攻撃の合図は詠に任せたため、一刀は今、黄蓋の動向に集中していた。

 

何時動くのか、あるいは動かないのか。黄蓋を囮にして?統が動いてきたりするのか。場合によっては?統が陽動で動いた後に黄蓋が、ということも考えられる。

 

連合軍と彼我の距離が近づくに連れて一刀の中の緊張感も増していく。

 

やがて、それが最高潮に達しようとした時――――

 

「恋!射ちなさい!!」

 

「……んっ!!」

 

開戦を告げる第一射。魏から動く形で遂にそれが放たれた。

 

恋に一拍遅れて月たちからも第一射が次々と放たれる。

 

無数の矢は綺麗な放物線を描いて飛んでいき――――

 

「……命中」

 

恋の矢、それと隊からの矢もいくらかが敵船へと突き立った。

 

予想外に早い攻撃に、連合には動揺の気配が見える。

 

これにどう対応してくるのか、その分析とこちらの対応の決定は詠に任せることにしていた。

 

今一刀がすべきは黄蓋を見張ること。本人のみならず、その部隊員全ての一挙手一投足に至るまで注意を払わなければならない。

 

これだけ対象が多いといくら一刀と言えども長くは続けられない。が、それで十分だった。黄蓋が動くとすれば、第一射から第二射までの間。そのくらいの時間であれば、気力ででもやり通す。その覚悟を持っていた。

 

そして、”その時”は第一射のすぐ後に来た。

 

黄蓋に与えられた船の甲板を慌ただしく兵が行き来し始める。

 

その動きを確認し、一刀の右手が左腰に伸びた。

 

いつでも即、動き出せる。その状態を保ち、更なる観察を続けようとしたところ。

 

「ボサッとするでないわっ!これ以上の遅れは儂が許さんっ!各員その場で構えいっ!

 

 前後の近場の者と即席で組むんじゃ!前列、てぇいっ!!」

 

黄蓋の怒鳴り声が轟いた。

 

一言一句に至るまで一刀のところまで届いてくる。

 

その直後、黄蓋の船から無数の矢が飛び立った。

 

その矢が向かう先は――――――――連合最前線。

 

黄蓋はこの局面で反旗を翻す気は持ち合わせていなかったようであった。

 

しかし、分かりきっていたことではあるが、黄蓋は連合に対して本気で牙を?いているわけでは無い。

 

矢を射ってこそいるものの、間隔は心持ち長く、命中精度も非常に悪い。

 

黄蓋自身の矢は適格に敵船に突き立っていっているものの、よくよく見ればものの見事に敵船甲板上の空白地帯に射ち込んでいるだけなのだ。

 

 

 

連合との船上での大戦、その序盤。

 

この局面で黄蓋からの戦果は大きく期待出来るものでは無くなった。

 

 

 

 

 

 

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「さて、と」

 

黄蓋が暫くは大丈夫そうだと判断し、一刀は次なる作戦へと移ることにした。

 

あれから更に両軍の距離が詰まり、既に連合からの射撃攻撃も始まっている。

 

もう少しすれば最前線では船上の白兵戦も起こり始めるだろう。

 

戦場としての喧噪が高まっていく中、一刀は今いる船にこっそり待機させておいた黒衣隊員を手招きで呼び寄せる。

 

現れた隊員は背格好が一刀によく似ている者であった。その隊員の瞳には確かな覚悟の炎が燃えている。

 

「決行ですか?」

 

「ああ。危険な任務となるが、頼んだ」

 

「隊長ほどではありません。こちらはお任せください」

 

事前に作戦の内容は通達済みであり、手短な会話でその作戦を実行することを告げる。

 

そして、一刀は身に纏っていた聖フランチェスカ学園の制服を脱ぎ始めた。

 

インナーだけは残して上下の制服――――所謂、御遣いの衣を脱ぎ、目の前の隊員に手渡す。

 

隊員は制服を受け取ると迷うことなくそれを着込みだした。

 

服の構造が分からずに少し手間取る場面も交えながら、隊員が制服を着こみ終える。

 

それを一刀は正面から、側面から、とじっくりと眺め回した。

 

「う〜ん…………うん。大丈夫そうだ。

 

 それから、こいつを左腰に佩いておけ」

 

そう言って、一刀は真桜の日本刀模倣の失敗作の内の一本も手渡す。

 

隊員がそれを佩けば、いよいよ遠目には一刀に見える者――――すなわち、一刀の影武者が誕生していた。

 

「それじゃあ、手筈通りに頼む。

 

 お前が率いる部隊を乗せた船もすぐに寄せて来る予定になっているから、そっちで派手に暴れてくれ」

 

「はっ。あわよくば、甘寧を仕留める気概で挑みましょう」

 

「頼りにしているぞ――――蔡瑁」

 

「お任せを。これでも水上戦を得意分野の一つとしておりますので……」

 

一刀と蔡瑁は互いに頷き合った。

 

その後、一刀は踵を返す。

 

一刀が向かう先。それは連合の艦隊犇めく敵陣地である。

 

身に付けるものは最小限も最小限、服もほぼ全て脱ぎ去って愛刀一本以外は何も持っていないようなものだった。

 

その状態で連合軍の反対側へと甲板を周り、河へと潜った。

 

一刀はまず、この左翼よりも更に左の外側へと水中を泳ぐ。

 

時折、手作りの竹筒で息継ぎをしながら決して水上に顔を出すことなく大きく左回りで連合軍へと近づいて行った。

 

但し、当初の予定は少し修正する。

 

正面、甘寧の船は無視し、その背後の船を狙っていくことにしていた。

 

やがて、互いの距離が更に縮まり、船上での白兵戦も生じ始めた頃――――

 

「……ん?…………なっ?!き、きさ――――」

 

連合の兵が水面の微かな違和感に気付いたが、しかしそれが彼にとっての不幸であった。

 

突然、水中からヌルリと這い上がって来た一刀に驚く連合兵は、しかし、その驚きから脱する間もなく現世から追い出されてしまうこととなったのである。

 

 

 

「ふぅ……サイズが合って良かった」

 

仕留めた兵から装備を剥ぎ取り、一刀はこれに身を包む。

 

そうして、見た目にはどう見てもただの連合の一般兵を作り上げた。

 

「さて、と。それじゃあ、いっちょ掻き回してやりますかね、っと」

 

一刀は少し楽しそうに、しかし決して軽薄ではなく、確かな覚悟を秘めた瞳を携え、連合軍の中心部へと姿を消していったのであった。

 

 

説明
遅くなりました。
第百四十三話の投稿です。


遂に”あの戦い”が始まります。


遂に恋姫・革命が発売しましたね〜。
私も買いはしたものの、リアルが忙しくて暫くはお預けです……

ついでなんで、このシリーズを書き終えてから、心置きなく楽しんでやります!
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コメント
>>nao様 この外史の一刀は潜入が趣味であり本領であるような人物となっていますので、やはり最後は潜入からいこうと決めていました。ここからの化かし合い、楽しんでいただけると幸いです(ムカミ)
>>本郷 刃様 秋蘭で開始も考えたのですが、彼女にはもっとかっこいいところを担ってもらいますよ。折角ですし、恋の弓の腕前の披露でも、とw(ムカミ)
まさかの一刀単独潜入か〜かき回す気満々だぜw(nao)
ついに始まった本当の最終決戦の開戦の号砲は恋により放たれましたか、カッコいいですな……そしてこの一刀さんが水中からヌルリと這い上がったシーンを想像して思わず吹いたww(本郷 刃)
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