夏の古いテレビ
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 古いテレビを拾って、映らないかなと思ってチャンネルを変えてみても何も映らないし、こんなんじゃ拾った意味もないなあと思ってふてくされていると、友人が来て、なにこれという。

「拾ったんだよ」

「ブラウン管じゃないの。映らんでしょ」

「映るかもしれないじゃない」

 そういって僕は散々いじくりまわしていたけれども結局テレビは映らずに、テレビを元あったところに戻すことにした。

 友人が付いていくよと言うので一緒に来てもらうことにした。夏の暑い日で、東の方の空に入道雲が出ており、友人が夏だねえと言い、僕もそうだねえと返す。

 夏になるといつも思い出す思い出があるんだと友人が言い、へえなんか聞いたことありそうだけど、なに、と返すと、友人は僕の姉妹が死んだときのことを話し、あの時はお前はさんざん取り乱して大変だったんだよ、と言うと、僕はそんなこともあったかもねと冷たく答える。

 自分のみじめだったころのことなど思い出したくないしもう既に今ではそんなことはほとんど忘れてしまっているのだから、結構だよと言うと友人はちょっと傷ついたように歯の間から息を吸い込んで音を立てる。

 暑くて途中で涼んでいこうと思って喫茶店へ入った。外見よりも天井が高くて二階まで吹き抜けになっているような喫茶店で、冷房が効いていて寒いくらいで、ここならちょうどいいと思った。クッションの利いたソファ(僕は腰痛持ちなのでこれはいま一つよくない)に座ると友人はアイスミルクを頼み、僕はアイスコーヒーを頼んだ。アイスミルクなんて、家で飲めばと言うと、これが意外とおいしんだよと友人が言う。

「夏の記憶はみんな一個の記憶の固まりになってしまう、どこからどこまでが去年の夏で、どこからどこまでが子供のころに栃木の実家で川へ落ちて大人たちみんなから救われた記憶か分からなくなってしまう。多かれ少なかれみんなそうだ。だからお前も、夏の弁別に気を使わないとすぐに、みんな一緒になってしまう」

 と友人が言い、僕は意味を図りかねてそう、と返す。

 友人が黙ってストローでアイスミルクをすする。

 僕は手持ち無沙汰になって、テレビのチャンネルをいじっていると、突然、光が点って、ノイズが走って、ブラウン管に人のようなものが映し出されるところが見え、友人に「おいやっぱり映ったよ」というと、友人はどこか僕を憐れむような眼で見て、そうだねと言う。

 それは知らない女の人が僕と一緒に知らない街を歩いている光景だった。

 僕らは古着屋に入り、雑貨屋に入り、ドライフラワーのお店に入り、僕はその女性のためにドライフラワーの花を買った。僕は覚えていないけれども、それはどうも僕の記憶の一部であるらしかった。

「おい、おい、見えるか、なあ」

 僕は友人に言い、友人は首を振る。それはおれには見えてはいないよ。友人は言い、僕は唖然とする。

 喫茶店を出て、僕らは西のほうにあるテレビを拾ったごみ置き場まで再び歩いて行った。

 ごみ置き場までの道のりは長く、まっすぐな道路がどこまでも続いており、ビルの一階にあるテナントに飾られているショーウィンドウには色あせたマネキンがたくさん飾られていて、そのどれも着ている服は一回り昔の服ばかりで活気というものがない。

 アスファルトは熱を吸い込んであちこちで小さな陽炎を作って、少し離れて歩く友人の後姿を幽霊やブロックノイズのように翳ませて見せた。

 いまここでおれがいなくなったら、と友人は言う。おまえはおれのこともそのテレビのなかに映し出すのだろうな、と、訳の分からぬことを言う。

 まっすぐな道をゆくと東京湾に出て、東京湾は二十年前から死んだ海になって太平洋中のプラスチックごみが流れ着いてきてプラスチックごみを食べた海亀がカラフルな色の卵を散乱しており、カラスがそれをついばんでいた。

 僕が無常を感じると言うと友人はそうでもないよと言って人工の砂浜に降り立って夏の死んだ魚の磯臭さの漂う中を歩いて行った。

 日が陰ってきて歩きやすくはなったけれども、まだまだ暑く息もしづらいような温度で、僕らはだらだらと汗を流しながら砂浜を歩き続けた。

 死んだ海を曳航する持ち主のいない朽ちたヨットが桟橋にぶつかって少しずつ沈んでいくところに出くわして、自然と二人で黙ってそれを見ていた。音もなく沈んでいくヨットはバリ島の影絵のようで僕には神妙に映った。マストの最後のところが沈んでしまうと、僕は友人に、沈んでしまったねと言った。

 じっと見ているうちに友人が膝をついて僕の方に寄り掛かってきて、どうしたのと聞くと「熱射病みたいだ」と言い、友人を地面に横たえると体中が熱くなっていて、額からは湯気が出ていた。

「もうおれもおしまいかもしれない。おれが死んだらおれが裏庭に作ったハムスターの墓の横に、おれの遺骨をちょっとだけ埋めてやってくれればそうすればおれは満足だから、何にも心配はいらないよ」

 僕は救急車を呼びに公衆電話まで走っていった。公衆電話は遠くてどこにもなく、僕はいくつもの公衆電話の廃墟のあとを通り過ぎる。

 公衆電話はすでにほとんどが撤去されていて、今は影も形もなく、公衆電話を置く台だけが残っていて、その台は公衆電話の幽霊みたいだった。みんな携帯電話に切り替えてしまったし、そのあとで基地局の荒廃が起きて、携帯の電波はみんな飛ばなくなってしまったものだから、今となっては少しずつ公衆電話を復活させる計画が立てられているらしいけれども、でも街中には相変わらず電話はなかったものだから、僕は遠くまで走って行かなけりゃならなかった。

 そして、やっと見つかった公衆電話に入り、119番を押そうとすると、すでに電話はどこかに繋がっていて、耳を澄ますと、受話器からは僕の知っている懐かしい曲が流れてきている。僕はそれに聞き入ってしまう。どこかで、聞いたことのある、古い世界の音楽が流れてくるので、僕は受話器を置くことができない。早く救急車を呼ばなけりゃいけないのに。

 その時、ふいにまたテレビが点った。僕とさっきの女性と友人と、三人で遊んでいてそれで楽しかったころの映像だった。もう何年も昔の学生時代の夏休みの映像が流れ、三人でキャンプに行ったこと、車は途中で止まってしまったこと、ガソリンを取りに町へ行ったら、町は真っ暗で、あちこちにお化けが立っていたこと。

 テレビは止まった。受話器から流れる音ももう聞こえなくなった。僕は悲しくなって、泣こうとしたけれども、喉が渇いていてひりつくようだったから泣けなかった。僕は公衆電話の中にうずくまり、テレビを抱えたまま目をつむった。

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