世界大戦異聞録 「独立への途」 |
――西暦1909年7月3日 アメリカ合衆国ハワイ準州カウワイ島沖一
低緯度地方といえど、この時期のハワイ周辺海域の過酷さは筆舌に尽くしがたい。
冷たい海水を全身に浴びながらも、アメリカ合衆国大西洋艦隊に所属するフイリス・F・ハルゼー准尉の身体は熱く譲っていた。
「弾だ! 砲弾を持ってこい!」
声を嗄らして叫ぶ彼女に、砲側長を務める曹長は力なく首をふる。
「准尉殿、もう砲弾はありません」
その言葉に准尉は唖然とする。彼女の担当する3インチ副砲の砲弾は、彼女の知る限りにおいてまだまだ余裕があるはずだった。
「きちんと確認したのか? 3インチ砲弾だ。まだ20発と撃ってないんだぞ」
准尉は曹長に確認するが、彼女よりも一回りは年上のハズの下士官が酷く小さく見える程に意気消沈している。
「訓練で使用しましたが、その後の補給は無く、先ほどの弾が最後です」
「馬鹿な! 敵はージャップの艦隊はすぐ目の前なのだぞ! トーゴーに一撃を喰らわすまでは―――」
次の瞬間、ハルゼー准尉の担当する副砲に隣接する砲台が閃光を発し、轟音と共に破片を周囲にまき散らした。
砲側要員に無事な者はいない。五体がある者は幸運だったのだろうか。爆発に巻き込まれた者たちは只の肉片と化していた。
ハルゼー准尉も、爆発の衝撃で倒れ臥し、嘗ての戦友の血に染まったが、不思議と負傷はしていなかった。
「消化班急げ! 衛生兵はまだか!」
3インチ副砲を統括指揮する分隊士が声を上げるが、その必要はないように思えた。
ハルゼー准尉の担当する四番副砲と同じく、敵弾を受けた六番副砲も砲弾を撃ち尽くしていたらしく、誘爆する危険物はない。
ただ厄介な事に、日本海軍の使用する弾薬は可燃性が強く、また有毒ガスを大量に発生させる代物だった。
目と喉に激痛を感じつつ、これこそが世界最強と謳われたロシアの艦隊を破ったものだと実感する。そしてハルゼー准尉は同航する日本艦隊を睨む。
堂々たる艦隊だ。統制のとれた艦隊運動には、高い練度を想起させるには十分すぎる。ゆえにハルゼー准尉はどす黒い憎悪に胸を焼かれる。
「おのれ、卑怯者どもめ。 あの惨事すらなければお前だちなぞ、我が合衆国海軍の敵ではなかったはずなのに‥・」
ハルゼー准尉の声には怨嵯か満ちていた。
彼女の言う「惨事」とは、昨年、1908年6月30日に起こった天災の事である。
常と変らぬ日常に突然降りかかった災厄は、首都ワシントンを襲った宇宙からの飛来物だった。
それは隕石とも彗星とも云われているが、ワシントン上空で盛大に破裂―――爆発した。
推定爆発威力はTNT火薬に換算して5万トン。
首都ワシントンは一瞬にして瓦榛と化し、間の悪いことにその日開催された晩餐会には名だたる政財界の重鎮たちが参加しており、参加者全員が死亡または行方不明という事態。正・副大統領もその中に含まれており、合衆国は混乱の坩堝に陥った。
政治の中枢を失い迷走する政府。
経済活動の停滞。
そして住民の恐怖。
それらが混然一体となって合衆国の治安は悪化し、経済も停滞。社会不安から各地で暴動が起こる始末だ。
なんとか機能していた州兵制度が、被害の拡大を抑えていたが、本来国を守るべき軍隊は、その根底から崩れはじめていた。
アメリカ合衆国の弱体化を衝いて、姦計によりアメリカ領とされたハワイ準州が独立運動を始めた。
アメリカが陰で手引きした革命により、当時のハワイ王家カワナナコア朝の王子が追放されアメリカの準州となっていたものが、災禍を逃れて大日本帝国へと亡命していた王子ハレボウニが日本政府及び軍の協力によりハワイヘ凱旋、再びハワイ王国建設を宣言し、大日本帝国はこれを承認した。
当然のことながらアメリカ合衆国はこれに反発し、即座にハワイ駐留軍を動員しハレボウニの身柄確保に動いたが、アメリカのやり方に反発し不満をもつ現地民が武装蜂起し、駐留軍を圧倒、ハワイ王家の支配基盤が確立しつつあった。
これに危機感を憶えたアメリカ本国は、艦隊を派遣する事を決定した。しかし前年まで「グレート・ホワイト・フリート」として世界を回った主力艦は本格的な整備をする必要に迫られているが国内の政情不安で満足な整備を受ける事が出来ず、補給も滞る始末。乗員も国内不安から士気の低下も著しく、本来の実力の半分も発揮できないような状況だった。
そこヘハワイと軍事協定を結んだ大日本帝国が日露戦争後に解体した連合艦隊を再び編制し、救援に駆けつけてきた。
連合艦隊の士気・練度は日露戦争以上に高く、日本海海戦を戦った彼らは戦場慣れをしていた。
曰く、「実戦が屈強な兵をつくる」のである。
そのような状況で戦火を交えれば、結果は戦いの前に決しているのも同然だった。どんなギャンブル好きでも、このような戦いを賭けの対象にしようとは思うまい。
(ロシアのバルチック艦隊もこのような状況だったのか・・・・)
ハルゼー准尉は自らの掌を見ながら思う。
戦友の血に塗れ、煤煙に煤けたみじめな姿は、アメリカ艦隊の姿そのままのように思えてならない。
事実アメリカ大西洋艦隊の有様はみじめの一言に尽きる。
旗艦であるコネチカットは黒煙を吹き上げながら行き足が止まっている。
二番艦に位置していたハルゼー准尉の乗艦カンザスも各所から炎と黒煙をあげ、そう遠くない時期に戦闘不能となるであろうことは容易に想像がつく。
既に三番艦ミネソタは轟沈しており、威容を誇った「グレート・ホワイト・フリート」の面影はそこにはない。
対する連合艦隊には大した被害はないように見える。
統制のとれた砲撃は確実に大西洋艦隊を海の藻屑に変えようとしており、現在集中射を受けている四番艦「バーモント」も艦容が変わり、撃沈も時間の問題であろう。
だが、それでも。
このような屈辱的な敗退など受け容れるものか。
ハルゼー准尉の瞳の奥では憎悪の焔が燃えていた。 なんとなれば、腰にさしている拳銃でも撃ってやるつもりであった。戦艦相手に拳銃弾などまるで効果はないと解っていても、そうせざる得ない程、彼女の闘志は溢れんばかりだ。
彼女は古の水上戦のように敵艦へ体当たりを敢行し、敵艦上へと雪崩込み白兵戦闘をすることすら考えていた。
一人でも多くの日本人を殺す―――
ハルゼー准尉はそのことを艦長へと上申しようと、露天艦橋へと歩みを進めようとした。
その時、不気味な鳴動が彼女の足元から伝わってきた。
一方、大日本帝国海軍連合艦隊も無傷ではなかった。士気・練度共に米海軍を上回っていたが、主力艦の数が違う。
米艦隊が戦艦16隻を擁するのに対し連合艦隊も主力艦16隻を投入したものの、戦艦と呼べるものは日露戦争で活躍した「三笠」を含めて6隻であり、残り半分は巡洋戦艦および装甲巡洋艦に類別される艦である。備砲こそ戦艦に準じるものであるが、防御力の点で米艦隊に見劣りするのは否めない。
事実、終始優勢に戦闘を進めていたにも関わらず防護巡洋艦「宗谷」は轟沈、同じく防護巡洋艦「音羽」、「対馬」も大火災を起こし船足が止まり戦線から離脱している。
しかし十分に訓練を積み、補給も充実している連合艦隊は疲弊している米艦隊を次第に圧倒してゆく。
装甲巡洋艦「八雲」艦上で15センチ副砲3番砲の砲台長を務めている山本・五十鈴少尉も勝ちを確信している一人であった。
決して慢心しているわけではない。相手は陸軍国とは云え短期間で大艦隊を編成し、世界にその武威を見せつけることまでしたのだ。その実力に疑いはない。
過日干戈を交えたロシア艦隊にも劣らぬ戦力だ。
であるからこそ、叩ける内に叩けるだけ叩く。開国以来研鎖を積んできた帝国であるが、まだまだ経済基盤は脆弱で、国力差でいえば先のロシア帝国に匹敵する。
この時宜を逃せば盟邦ハワイ王国はおろか大日本帝国にも苦難の歴史を刻むことになろう。敗けられない一戦である。今回の戦闘においても旗艦「三笠」の鐘楼にはZ旗が翻り、この戦闘が帝国の運命を左右することを示唆している。
「装填よし!」
「照準よし!」
3番副砲では海戦開始に劣らぬ速さで射撃準備が進んでゆく。 45.3キログラムの砲弾を人力にて装填する方式の砲だ。射撃開始から1時間以上が経とうとしているのに、砲弾の運搬速度はさほど遅くならない。
同じ女人として、砲側要員の胆力に少尉の胸には驚きとも感心とも思える感情が浮かぶ。
「撃ち方準備よし!」
先任下士官の号令が耳に入ると同時、山本・五十鈴少尉は「撃て」の命令を発しようとしたその時、少尉の全身を強烈な衝撃が襲った。
「・ ・ ・ ・ ・ ! ?」
五十鈴はしたたかに甲板に体を打ち付けられた。激痛が走り、呼吸もままならない。
周囲は喧噪に包まれているようだが、それを確認する余裕などなかった。
(敵弾をくらったか・・・?)
ともすれば失いそうになる意識をなんとか繋ぎ止め、五十鈴は現状把握に努める。
両手足に意識を集中し、それらが自分の意思によって動くことを確認。激痛がはしるが、それが五体に欠損がないことの証明になる。
霞む目を凝らして体を見れば、左腕と左足に金属片が刺さっているのが確認できた。すぐにでも抜いてしまおうと思ったが、部位によっては金属片を抜いた途端に大量出血してしまうかもしれない。ここは専門の軍医にでも任せれば良いと判断した。
そうこうしている内に兵が五十鈴の元へ駆け寄ってきた。
「山本少尉、大丈夫でありますか?!」
まだ幼さの残る上等兵曹は、顔面を蒼白にして語りかけてくる。
(多分、今回が初陣の新兵だな。 そんな貌をしていては、まるで貴様の方が負傷しているようではないか)
場にそぐわないと思いつつ五十鈴はロ元が綻ぶのを止められなかった。
「少尉・・・?」
上等兵曹が怪厨な表情を浮かべる。
「貴官、名は?」
「は! 自分は山口・珠枝上等兵曹であります!」
日頃の訓練の賜物か、山口兵曹はその場で直立、敬礼をする。
「では山口上等兵曹、肩を貸してはくれないだろうか。 わたしは軍務を果たさなければならない」
「肩を・・・ですか? しかしそのお怪我では、直ぐにでも医務室へ行かれた方がよいと判断いたしますが」
又も山口上等兵曹が慌てはじめる。
―――自分はそこまで酷く見えるのだろうか?
五十鈴は内心不安になる。 しかし意識ははっきりとしているし、体のあちこちが痛みはするが、こうして口も利ける。
そうであるならば、分隊長としての責務を果たさなければならないだろう。
「山口上等兵曹、君はわたしに職務の遂行を放棄しろというのか」
「はい。いいえ少尉。 しかしそれは・・・もう」
山口上等兵曹はそこで言葉を濁す。それの意味するところは五十鈴には即座に察することができた。いや、こんなものは仕官ならば理解できて当然だろう。自分の指揮する砲座が被弾した。自分は運良く負傷だけで済んだのだが、兵達はもっと酷いことになっているのだろう。
「山口上等兵曹。わたしを起こせ」
だから確認しなければならない。不幸にも戦死した部下の顛末を遺族に説明するのも上官の役目なのだから。彼ら彼女らの死について責任をとらなければならない。故に白身に意識がある以上、職務を遂行するのだと、五十鈴は歯を食いしばる。
(これ程とは・・・・)
五十鈴は息を呑む。
彼女の担当する3番副砲は敵弾の直撃を受けたのだ。砲身は半ばで折れ曲がり、防循は巨人の手で捻られた粘土ような無残な状態だ。
衛生兵が早くも駆けつけ、兵達を助けようとしているようだが、五十鈴の目視できる範囲内で五体満足な者は居ないように思えた。
とどのつまり第3副砲については継戦能力は喪失したのだ。
「少尉、どうか医務室へ」
山口上等兵曹の言葉には力がこもっている。自分自身では実感がわかないものの、五十鈴の状態は思った以上に深刻のようだ。山口上等兵曹は本気で五十鈴の身を案じているのだろう。
「・・・分かった。貴君に従うことにしよう。後は衛生兵に任せ君は君の任務に戻りたまえ」
「わたしの任務は副砲全体の状況を砲台長へと報告することです。その任は十分に果たしました。今は一刻も早く少尉を医務室へお連れするのがわたしの仕事です」
「そうか、了解した。 それでは手間をかけるが宜しく頼む」
「は!」
五十鈴に肩をかしている為、敬礼は出来ないが山口上等兵曹は大きく頷くと、力強く返答した。
その頼もしい声を聴き終えた直後、五十鈴の意識は漆黒の世界へと沈んでいった。
後に「ハワイ王国独立戦争」と呼ばれる一連の戦闘は米大西洋艦隊は戦艦6隻沈没、3隻大破、3隻が小中破と判定され敗退。
ハワイ駐留軍も2割が戦死した時点で海軍が本国へと引き返しだのを知ると降伏した。
これは米国が軍港として整備中であった真珠湾に、連合艦隊が進出してきた事も米兵に心理的圧迫を与えたことも大きかった。
連合艦隊も無傷とはいかず、貴重な艦を4隻喪ったが、真珠湾の施設で応急修理ができたおかげでそれ以上の艦を喪うことなく無事本国へと帰還させることに成功した。
この戦いでハワイ王国は名実ともに独立を果たし、この日―――7月3日を建国記念日とした。
米国は「ハワイは合衆国の領土である」と強硬に主張したが、イギリス連合王国を含めた欧州各国がハワイ王国を独立した国と認めたため、米国の主張は容れられることはなかった。
これは日英同盟において英国が日本側についたことと、英国にとって米国が太平洋航路を利用して中国へ利権を獲得することを良しとしない意図があったためである。
英国の意図がどうであれ、日本にとっても太平洋側の圧力が減ったことにより、大陸で南下政策を執るロシア帝国への対抗力を最大限向けられる点で利害が一致するものであった。
大日本帝国とハワイ王国は軍事同盟から平時の友好条約「日布修好通商条約」を締結し、両国間の新密度はより深いものとなった。翌年には大正天皇がハワイを訪問し、ハワイ国王ハレボウニはこれを厚くもてなした。
日布両国は太平洋の平和維持を第一義にあげ、米国の覇権主義へ対抗するようになった。
既にアメリカの属領となっていたフィリピンは、中継地のハワイを喪ったことにより経済的な打撃を受けた。太平洋を長躯横断するには燃料その他のコストが嵩み、貿易会社が次々とフィリピンから脱退する。これによりアメリカの影響力は低くなる一方であり、日本の掲げる「民族自立」に感化されたフィリピン人達が武装蜂起する事も多くなった。
武装蜂起といっても火器は拳銃や猟銃を使用したゲリラ的なもので、近代軍にとっては然程の脅威ではなかったが、鎮圧側にも大量のフィリピン人が在籍していたことから徹底を欠くものであった。
遂には軍を抜け出す者も続出し、フィリピン軍は弱体化著しく治安の維持すら難しくなっている。アメリカ人を含む白人への暴行事件は増加の一途をたどり、その不満はフィリピン総督府にまで及んだ。
当初は強権的な態度をとっていた総督府は、「もはやこれ以上の統治は困難」とし、本国への引き上げを決定した。当時フィリピン陸軍元帥であったダイアナ・マッカーサーは、
「日本の卑劣な策謀により、国際秩序は乱されつつある。 彼の国はこの混乱に乗じて覇権を握ろうとしているようだが、合衆国は一世界はこれを許さない。 わたしはここに宣言する。必ずや世界のならず者を退治し、第二の故郷たるこのフィリピンに必ず帰ってくると。 フィリピン国家と国民に栄光あれ」
とスピーチしフィリピンから撤退した。
これをもってして日本は海路の安全を確保する事が可能となった。
アメリカは原油を含む資源の一切を日本へ輸出する事を禁じたが、日英同盟復活後には、南方から安価で豊富な原油や戦略物資の安定供給が担保され、より一層の近代化が進んでいくことになる。
日米の軋蝶が深まるなか、時代は進み、やがてそれは巨大な歯車同士が噛み合って不気味な不協和音をたてつつ、破滅的な状況を引き起こすこととなるのであった。
説明 | ||
18世紀から始まったとされる、男子出生率の低下によって女性が世界を運営する時代―――― 20世紀初頭に発生した大災厄により国力の低下したアメリカ合衆国からハワイ準州が独立し、ハワイ王国が誕生した。 太平洋の牙城を失わない為に艦隊を繰り出す米海軍であったが、同盟関係にある大日本帝国連合艦隊がそれに立ち向かう。 連合艦隊が米大西洋艦隊に勝利した結果、ハワイ王国の独立は盤石なものとなったが、日米間は以後互いを仮想敵として、軍備整備に着手する。 男性の減少に伴う弊害は、女性同士による男性の些細な奪い合いから、紛争、戦争へと発展するに至った。 逆に男性の不足に伴う労働力を代替する手段として動力機関の改良や、それに伴う大規模な産業構造の機械化が始まった。 後に「第2次ルネッサンス」と呼ばれるこの時代の転換点は、人々の生活を便利なものとしたが、軍の機械化も進み、一度戦争が勃発すれば、それは大量破壊による「大戦」へと様相を変え ていった。 そして幾度かの戦争を経て、世界は再び「大戦」へと向かうことになる・・・。 |
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