Nursery White 〜 天使に触れる方法 1章 1節 |
1章 第二手芸部の超越怪姫(しゅげーやつ)
1
訂正しなければならないことがある。私はオタサーの姫じゃない。正しくはオタクラブだ。サークルじゃない。
…………もっと他に訂正できるところがあったらよかったのだけど、残念ながら他にはなかった。
話の続きをしよう。
自分自身がお姫様になることを諦めた私は、ある時、ドールというものを知った。
以前から、女児向けの着せ替え人形があったのは知っていたけど、残念ながらそういったものに私がときめくことはなくって。でも、ある時、確かテレビのオタク特集のような何かだったと思う。今からすれば、あんな風に人の趣味を笑うような番組は許せないけど、まだオタクとオタク文化いうものをちゃんと知らなかった私は、そこで初めて美少女ドールというものを知って、そこに「理想のお姫様」を見たのだった。
当時、中学生である私が、いわゆる「オタクのお店」に入るのはかなり勇気がいることだったけど、幸い、見た目は大人のそれだったから、いつもに増して大人っぽい格好で行けば、OLが入ってきたように見える……と思う。
そうやって、私はなんとかドールの専門店に入って、店員さんにこうバカな質問をした「初めてドールを買うんですが、オススメとかありますか?」。
店員さんは、とりあえずカスタマイズドールを紹介してくれて、ドールには1/4だとか1/6だとか1/8だとか、色々なサイズがあるのだということから、懇切丁寧に教えてくれた。
次に、キャラクタードールについても紹介してくれたけど、私は当時、アニメやゲームにほとんど興味がなく、ましてや深夜アニメなんて知らなかったから、既存キャラクターの再現というものには、いまひとつ興味を持てなかった。
でも、初めて見る美少女キャラクターのドールは、私をどきどきわくわくさせて、あの時の。そう、自分自身を着せ替え人形とすることができていた、あの時の感覚を思い出させてくれたことを、今でも鮮明に覚えている。
それから私は、とりあえずこれぐらいから始めるのがいい、と勧めてもらった1/6ドールの素体(自分の体型にコンプレックスがあるので、バストサイズは一番小さいSだった)と、アイデカール。それから、お姫様っぽいドレスを買った。もちろん、ヘッドも買った訳だけど、自分で植毛するのは難しいというから、初めから髪の毛があるもので、王道のお姫様ということで金髪。
――そして、その後の私の人生を一変させてしまうことになる、ドールを持ち運ぶためのケースも買った。色々なデザインがあったけど、小さなトランクのようなケースが目についたので、それを選んだ。一昔前に流行ったドールのアニメのキャラクターは、このトランク型のケースを寝床や乗り物としていたようで、その影響で今でもドールといえばトランク型のキャリーケース、というイメージが業界内外にあるらしい。
全てを買い揃えた私は、それはそれはいい笑顔で帰路に就いた。そして、家に帰ると速攻で、慣れない手つきで、ても店員さんに教えてもらった通りにアイデカール(もちろん、碧眼だ)を貼り、クレパスの粉で頬を赤く染め、一枚一枚、下着から丁寧に服を着せて、しっかりと髪をといてあげて、理想のお姫様を作り上げた。
「よろしくね、姫芽(ひめ)」
今からすると、中学生の残念なネーミングセンスだったけど、私は理想のお姫様に「姫芽」という名前を付けて、完成させた次の日から、色々なところに姫芽と一緒に出かけていった。
さすがに学校に持っていくなんてことはしなかったけど、近所の公園や、少し遠くのグラウンド。旅行に行くことになれば、その旅先まで。
両親にも姫芽の存在は内緒だったから、たぶん家族は私の持つ小さなトランクを、年頃の女の子らしく、化粧品かアクセサリーかの小物入れだと思っていたことと思う。
でも、トランク越しだったけど、私は姫芽と一緒にどこまででも行って、絆を深めていった。
そして、絆が深くなれば、いつまでも同じ衣装では可哀想になってしまう。
私はいくつもいくつも姫芽の新しい服を買ってあげて、でも、それでも足りなかったから、ドールの衣装を自作するために真剣に裁縫を勉強した。手縫いはもちろん、精密な作業のできるミシン。冬にはニットを着せてあげたかったから、編み物まで。
家族は、今まで無趣味だった私が裁縫という趣味を見つけたことを喜んでくれていたけど、私はとにかく、姫芽のための服を作ってあげたくて、どんどん自分の服には無頓着になっていた。背丈があるし、胸も大きいから、自分のおしゃれに幅は出せないし、大きいサイズの服は高い。
私は、自分の服にお金をかけるよりは、姫芽の服にお金をかけたかったから、部屋着は男物のシンプルなシャツを着るようにして、パジャマは男物のワイシャツで、外行き用の服も、三種類ぐらいをローテーションさせていた。
だけれど、家族は裁縫をしているくせに、いつまで経っても自分のための服や小物を作らない私を不思議に思っていた訳で、遂にその時がやってきた。
――オタバレ。
隠れオタクにとっての一大にして、避けることのできない必須イベント。
しかも私の場合は単純で、いつも大切そうに持っているトランクを開けてしまえば、全てが判明する。
お母さんは私が寝ている間に枕元のトランクを開け、全てを察した。
別に怒られるということはなかったけど、ほどほどにしときなさいよ、と割りに冷たく言われて、それきりだったのは幸いと言うのか、不幸というのか。
でも、一度ばれてしまえば、後はもう気が楽な訳で、私はそれからもどんどんドールの服を作っていき、所持しているドールも、どんどん増えていった。
一番が姫芽であることに変わりはなかったけど、姫芽の姉妹という設定のドールや、その友達。更にその妹や、仲のいい年上のお姉さん。色々なドールを作っていき、それぞれに季節とキャラクター性に合った服を着せて、私だけのお姫様の世界は広がっていった。
やがて高校に進学すると、手芸部に所属した。ウチの高校の手芸部は、服飾系というよりはマスコット作りを主にしていたので、私の専門とも合致していたし、暇な時にはドールの服を作ることもできる。
「立木さん、上手いね!前からやってたの?」
「すごーい、何かコツってあるの?」
「えっと、私、前からこういうの好きだったから。上手くやるコツは……なんだろ、愛情を持ってやることかな」
ウソは言っていない。というか、私の原動力は全て、憧れと愛情だった。それは事実だ。
ところが、私が「お人形の服」も作っているという噂は、どう流れて行ったのか、当時実質オタクのための部活と化していた「文芸部」にまで伝わり、なぜかそのオタ男子たちが手芸部の部室にまでやってきたのだ。
「立木さん、ドールの服を作ってるってほんと!?俺、ドールの服を自作するのに興味はあったんだけど、上手くできる気がしなくって……お金は払うから、作ってくれない!?」
「え、ええっと……」
「立木さん!」
「立木さん!」
『立木さん!!!』
「………………やります」
そうして、私の人生は第二の転落を迎える。
私はすっかり手芸部内で、オタクの専属職人という地位(?)を確立することとなり、手芸部のホープから一転、「手芸部のやべーやつ」になってしまった。
そして、運命の時を迎えることになったのだ。
「立木さん。その、申し訳ないんだけど、あなたがいると、その……ね?別に手芸部は男子禁制っていう訳じゃないんだけど、やっぱり、他の部員たちも怖がっちゃうから…………」
家畜に神がいないのなら、オタクにも神はいないのだろうか。
手芸部を自主退部した私を優しく迎えてくれるのは、オタクたちだけだった。
「立木さん。俺たちだけの新しい部活を作ろう。その名も、第二手芸部だ。部長はもちろん、君だよ」
気がつくと私はオタククラブの部長になっていた。
それでも私は一般人に紛れたかった。
だけど手芸部時代を知る人は私に奇異の目を向ける。
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