幽霊の石鹸
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 不治の病を患ってあと何年か何か月か分からないけれども死を待つだけの友人がうちに来てお前んちの霊樋をちょっと貸してくれよというので(霊樋とは部屋の中を霊道が通ってうるさいのでどうせならそれを有効利用しようと思って霊が自動で溜まる桶みたいなものを設置してそこへ霊を流していくための樋である。お金がなくてお腹が減った時にはそこから霊をつかみ取ってレンジでチンすれば多少食いでのある食べ物になるが、カロリーはきっとないだろう)、どうするんだと言うとこれで石鹸を作るんだという。

 というのも幽霊はよく陰干しして絞ると脂に似た成分が採れて、それを煮詰めて苛性ソーダを加えるとよい石鹸ができていいらしいというので、『神州纐纈城』と『ファイトクラブ』みたいだなあと思っていると友人は「まさにそう」と言ってにやにや笑う。

 それで霊樋を貸してやってその間は私の家が幽霊ががたがた通ってうるさいけれども我慢していると一週間後ぐらいに友人がまたやってきて

「霊樋を返すよ」というので「石鹸は作れたの」と聞くとスーパーの袋に入れた石鹸を十個ぐらい持ってきて、「もう大繁盛」と言ってお腹を揺すって(最近出はじめたという)にやにやと笑う。

 霊樋は霊が滑る樒の粉末を塗料に塗り込んである成分で作ってあるので設置すれば霊が採れるのは間違いないけれども、お盆でも彼岸でも正月でもないのにこんなに石鹸がたくさん作れるほど霊が採れるものかしらんと言うと、友人は

「それがいい穴場を見つけたんだ」と言って案内してくれたのは、墓地の隣のぼろぼろの一軒家でもう解体するのを待つばかりであるというのを霊による一大事業をもくろんだ友人がタダみたいな値段で借りたもので、そこに霊樋を仕掛けておくと一晩で物凄い量の幽霊が採れるという。iPhoneで撮ったという幽霊の詰まった桶の写真を見せてくれる。ぎっしりだ。

 友人は私の作った霊樋の構造を解明して勝手に新しい霊樋を作ってしまっていてぼろぼろの部屋の天井付近に迷路みたいに樋をたくさん仕掛けていて、そこには三分に一回ぐらい針の落ちるような小さい音がしてその音が聞こえると幽霊が樋に掛かってスーッと滑っていく音なのだと言う。

 霊樋を作ったのは確かに私だけれどもこれはいくら何でも幽霊の乱獲ではあるまいか、この隣の墓地の幽霊の総数を減らしてしまって霊界の生態系を乱してしまうので毒もみ漁みたいに禁止してしまったほうが良いのではあるまいかと思っていると、友人は平気平気と言ってまだまだ自動でどんどんたまっていく幽霊を横目に本当に平気そうな顔をしてにやにやしている。

 それで一か月ぐらい経って友人宅へ行くと、今度はカツオを自動で運ぶベルトコンベアーみたいなものを作って霊を自動で仕分けしてお精霊さんはこっち新仏はこっち餓鬼はこっちというふうに選別する仕組みを作ってしまったらしく、新仏は人間だったころの不純物が多くてあまりよくない、お精霊さんはそういう汚い成分も浄化されてきていて石鹸に最適などと謳っておりここまで来るともう感心しかしない。

 あとは変なたたりにあって寿命が短くならないかどうかが心配だが、まあ彼ももともとの生命が後は全部余生みたいな生きざまなのでその辺も心配はないというような気がする。

「そうだよ」と友人は言い、今度また手術するんだと言って医者から禁じられているタバコを何本も何本もスパスパ吸った。

 石鹸にタバコの臭いがついちゃうんじゃないの、と聞くと、友人は何も言わずに煙をふーっと吐き出し、あとは部屋の中にベルトコンベアの低い駆動音がずっと響いているばかりの静かな秋の宵。

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オリジナル小説です
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