異能あふれるこの世界で 第二十一話 |
【阿知賀女子学院・麻雀部部室】
≪対局後の新子憧≫
憧『あの見逃しと振り込みで、末原先輩は崩れていった』
憧『一本場。ハルエは十一巡かかってやっと手なりのリーチをかけた。読みやすい、普通のリーチだった。でも、あの時の末原先輩には、何かを仕込んだリーチに見えていたのだろう』
憧『今までずっと展開を操作してきたハルエが、普通のリーチなどかけるわけがない。そんなふうに考えたのかもしれない』
憧『リーチを受けた末原先輩は、長考の末に真っすぐ攻める選択をした。良形ではあるけれどリャンシャンテンの手。私には勝ち目が薄いように見えていた』
憧『二巡後、当たり前のように4,200点を振り込んだ』
憧『二本場。トップに立ったハルエに、またもイーペーコー形の手が入った。捨て牌の一段目までは平和を狙う手順通りに打っていたのだけれど、七巡目から急に七対子へと手を変え始めた。自然と手は遅くなり、十三巡目にテンパった時には場が煮詰まっている時の緊迫した雰囲気が漂っていた』
憧『しかし、ハルエは悠然とリーチをかけた。七対子だと読み切る以外には止めようのない、(1)ピン待ちのリーチだった。結果、小走先輩を一発で打ち取り10,200点を得てトップに躍り出た』
憧『ハルエの親がいつまでも続くような、嫌な感じが卓上に広まりつつあった。絶望的な状況がそこまで来ているような感覚が、後ろで見ている私のところまで伝わってきていた。だけど――』
憧『混乱状態に陥ったはずの末原先輩が、たった二局で復活した』
憧『三本場。第一打から手出しで「一二三四」と切り出した。視線はずっと、小走先輩の捨て牌だった。他家の捨て牌は、ほとんど見ていなかった』
憧『小走先輩は、意図を汲み取ったのだろう。南一局からずっと震えている手に活を入れて、出せない声をなんとか絞り出して、無理矢理すぎる仕掛けを敢行していった。末原先輩は手作りを完全に放棄して、ただただ小走先輩が仕掛けられそうな牌の選択に集中していた』
憧『そして十一巡目。小走先輩は厳しいところを三つ鳴いての片あがり、喰いタンのみの600・800をツモあがった。末原先輩による、会心のアシストだった』
憧『ハルエの親が流れて、オーラス。末原先輩の親』
―南四局―
南家:小走 21,100
西家:戒能 19,800
北家:赤土 40,800
東家:末原 18,300
憧『末原先輩は頑張った。九巡で形にしてリーチをかけた。あがりたい場面なのに仕掛けを捨てたような手順で、面前の最速テンパイを作り上げた』
憧『ハルエの一人勝ち状態なので、子がトップを取るためには大物手か直撃を狙うしかなかった。だから私は、親である末原先輩のリーチには誰も向かってこないと予測していた。跳満には見えないので、次の局に賭けた方がいいような気がしていたから』
憧『末原先輩の手は、点数こそ安いけれどいいリーチだった。サクサクと要所を引いて、これはいけると思わせるような、確信に近い何かを感じるリーチだった。このあがりで何点差にまで詰め寄れるか、そんな計算も始めていた』
憧『でも、そのリーチを待っていた人がいた』
憧『戒能プロが、ツモ切りのリーチをしてきた。一瞬だけ理解できなかったけど、すぐに気づいた。末原先輩のリーチ棒が出たことによって、戒能プロは倍ツモで同点トップになる。上家取りなので、戒能プロの劇的な逆転勝利だ』
憧『でも私には、戒能プロの手が倍満だとは思えなかった。なぜなら、ハルエの手の内にドラが対子で入っていたから。ドラが固まっていない、一色手でもない、三色もなさそうな捨て牌をしている。端手にしてはおかしい。いったいどうしたら倍満を作れるというのだろうか』
憧『この時、ハルエは末原先輩に対して二つほど牌を止めている状態だった。末原先輩は仕掛けを捨てていたのだが、捨てていなければ仕掛けられる牌だった。入り目と当たり牌を止めてしまえば、いくらハルエでも前に出ることはできなくなる』
憧『珍しい読み違え。止めているうちに当たり牌になってしまった。ハルエとの戦いに限れば、得意な展開を捨ててかかった末原先輩の作戦勝ちだった』
憧『ハルエにとっては難しい局面だ、私ならどうするだろうかと考えていた』
憧『決着は早かった』
憧『戒能プロのツモあがり。ドラ含みの七対子だった』
憧『リーヅモチートイドラドラ。悪く言えば裏ドラ期待のリーチだが、戒能プロにとってはここしかなかった』
憧『戒能プロは、ハルエからの直撃が期待できないことを知っている。だからまともに逆転を狙うなら、役満か役満よりも難しいと言われる三倍満を作る必要がある。しかし、他家のリーチがかかったこの時なら倍満ツモが許されるのだ』
憧『恐らくは、事前に揃えられる条件が整った場合、次の局に賭けるよりも逆転できる可能性が高いのだろう。でも私では、2ソウ単騎の七対子で末原先輩のリーチに向かってはいけそうにない。ツモあがりで競り勝つのも難しいし、裏ドラに賭けるのも怖い』
憧『なぜ2ソウ単騎なのか。なぜあっさりと競り勝てたのか。全くわからなかった』
憧『これだけ薄い可能性をクリアして平然としている様も、祈るでもなく淡々と裏ドラをめくる心境も、全く理解できなかった』
憧『みんな裏ドラに注目していた。裏ドラは六マン。戒能プロの手牌は、マンズの二・七・九が対子だった』
憧『視界の端で、戒能プロの顔が歪んだような気がした』
憧『えっ、と思って視線を向けると、いつものポーカーフェイスで裏ドラを見つめていた。気のせいだったのかもしれない』
憧『対局は、ハルエのトップで終わった』
……
…
憧『うん。やっぱ思い返してみても、すごいとしか言いようのない対局だった』
憧『対局が終わったはずなのに、誰も席を立とうとはしなかったもんなあ。終盤からぐっと引き締められてた緊張感が続いてて、見てるだけの私さえ動けなかった』
憧『ハルエが気を利かせて、休憩を取るように言ってくれたのはありがたかった。すぐに部室を出ていったのも、気遣いなのかな。それとも講義の用意なのかな』
憧『音もなく立ち上がった戒能プロもハルエに続いて部室を出ていった。対局前のように監督室へ行ったんだと思う』
憧『小走先輩と末原先輩は、ふらふらと部屋の隅に向かった。床に座ってぐったりとしていて、話かけられるような雰囲気じゃなかった』
憧『私も部屋にいるのが辛くて、飲み物の準備なんかを始めてみた。お湯を沸かしながら対局を思い出してみたけれど、頭を整理するには丁度よかったのかも』
憧『さて、何を作ろうかな。対局後は頭を中心に疲れが溜まるから、甘めのカフェオレあたりをすすめてみようか。ついでにお茶や紅茶も用意して、後の講義中でも飲めるようにしておこう』
憧『激戦だったもんね。みんな、ほんとうにおつかれさま』
憧『負けた三人は悔しいだろうな。本気で打てば打つほどに、負けた時の悔しさは膨れ上がるから』
憧『だけど、私だって仲間に入れて欲しいくらいの敗北感でいっぱい。あの場の誰と入れ替わっても、きっと私はラスになる。今の私じゃあ、あの卓に座る資格がない』
憧「結局、私が一番負けってことよね……」
憧『あ』
憧『言っちゃった』
憧『悔しさは噛みしめなきゃいけないのに』
憧『思いが零れ出るのは口からだけじゃない。内に留めるのも強さの一つ。小走先輩や末原先輩だって、きっと歯を食いしばっている』
憧『私は弱い』
憧『わかってる。わかってるのに』
憧『この一滴が私を責める』
憧『私の弱さを見せつけてくる』
憧『悔しさが溢れてしまう』
憧「これじゃ逃げてきた意味ないじゃん……」
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対局想起(新子憧視点) | ||
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