Fate Grand Order × NANOHA Side Nanoha Extreme
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 万物、事象という概念は「世界」を前提としている。

 並行世界の事象は「起こりえただろう」事象であり、その時間軸は基本となる世界と共通する。

 確率の事象とはいわば「未来、起こるだろう」事象のことを指す。確率とはそもそも、これから起こりうる事物に対しての推測の意味である。

 可能性の世界。それは幾重数多の世界のなかで、基本の事象とは異なる事象を持つ世界。その相違点は基本の事象よりも大きく、そして決定的でなくてはならない。

 これらの世界、未来の可能性、起こりえただろうIFの世界。

 人はそれをパラレルワールドと呼び、また並行世界とも呼ぶ。並行世界は星の数を優に上回り、その可能性、世界、事象の数は測定の域を超える。

 

 故に。並行世界の事、その世界で一体何が起こり、起こったのか。それを知る存在は指折り数える程度しかいないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 Fate Grand Order × NANOHA

 

 Side Nanoha Extreme

 

 

 

 

 

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 昼下がりの青空は、気が付けば流れる雲とともに動いてしまい、照り付けるような太陽は傾き、西へ西へと向かっていく。白い雲はゆらりと動いては形を変え、大きさを変え、青い空の中を泳いでいる。

 ただいま、午前四時ごろ。昼というよりもそろそろ夕方に入る時間帯。

 天気よどみのない晴天の下では、都会の塊からはじき出されたかのように建っている建物の屋上で、男が一人、偶に吹く風に当たりながら呆けていた。

 

男の名は不知火霊太。

どこにでもいるような、普通の二枚目の顔を持ち、どこにでもいるように年相応に仕事をこなす。

 だが、男の仕事は常に血なまぐさく、彼もただの人間、一般人というわけではなかった。顔は普通、精神に異常があるわけではない。ただ少し、彼は((かつての世界|・・・・・・))での一般人とはかけ離れたある力を持っていて、その生まれも他とは大きく違っていた。

 彼は一度死んでいるのだ。それも本人が鮮明に、今でも脳裏で再生可能なほど確かな映像として、自分がどうやって、どうして死んでしまったのか。人間の最期というのが、どんな感じであったのか。色濃く、離れることのない粘膜のように。

 

 

 「………暇だぁ」

 

 屋上の鉄柵にもたれかかり、ぽかんと口を開きつぶやく霊太は流れる雲と晴天の空を眺めながら、平穏無事な世界に対して退屈さを投げかける。だからといって、世界がなにをするわけでもなかったが、今の彼にとっては、日々の生活、時間があまりにも暇で、退屈で、そして鬱屈でならなかった。

大きな戦いはなく、事件も最近は目に見えて減ってしまい、どうやら((新体制|・・・))の組織がうまく機能しているようで、治安も回復、改善の傾向があるという。旧態の組織が新体制に移行したというだけで、ここまでの違いがあるのだから、どうやら相当((ホコリ|・・・))があったらしい。

平和は大切、とどこぞの大層な正義者がいいそうなことだが、だからといって平和すぎるのも味気がない。特に、ここ最近は彼にとっては暇でしかならなかった。

 

 「なんか面白いことでもないのかねえ」

 

 事件もなく、トラブルも皆無。戦いは……最近は行った記憶はない。それどころか、ここ数日はデスクワークに追われてしまい外出もできていない。外に出るのはこうして屋上で退屈さに耽る時程度だ。

 戦いのない世界を望みはしたが、だからといってここまでの世界を求めたわけではない。適度な刺激、飽きない日々、それでいて平和な世界。贅沢であるとはわかっているが、日常というのはそういうものだろうと、今まで当たり前だった日常を彼は今渇望していた。

彼の中では一つの大きな事件、物語が終わったように思え、それまで自身の中にあった何かが抜け落ちたかのようになっていた。彼の中でもそれが一体何なのかは説明できないが、精気とも意欲ともまた違う、今までは当たり前だったものが、今になって無くなってしまったことに気づいてしまう。

 

 

 「面白いことって、デスクワーク以外で?」

 

 「……願わくば。そうさな、ハリウッド映画張りとまではいかないが、取りあえず外で馬鹿の一人でもぶちのめしたいよ」

 

 「それは難しいと思うよ? 地上本部が勝ち組になってから組織された警備部隊のおかげで、犯罪率はかなり下がってるし、さすがに今の時期に犯罪を起こすって人はいないんじゃないかな」

 

 「世知辛い事実を告げるねぇ。………で、なんか用なのか。フェイト」

 

 独り言のようだが、誰かに尋ねる言い方で返す。

 つい数分前までは霊太だけだったはずの屋上には、いつの間にかもう一人、きれいな金色のロングをなびかせた女性が立っており、黒い軍服のような制服とコートを風に揺らしている。

 前触れもなく会話を切り出したのは、霊太の幼い時からの友人であり、管理局でも有名な空戦の魔導師であるフェイト・T・ハラオウン。執務官として席を置いており、今でも文武両道の麗人としても男女ともに人気の的の一人でもある。

 

「うん? ああ……ええっと、ちょっと実験を……」

 

「お前なぁ、転移系とは言え、都市部での魔法使用はご法度だろうが」

 

「でも、緊急のためにはこう言ったのも試したいって思って……」

 

「はぁ……つか、今の転移魔法。お前、何に影響された?」

 

「えっと……リョウの部屋にあったあの漫画を……」

 

(それ思いくそアレだよな。黄色い閃光だよな。お前アレか。将来火影にでもなんのか)

 

彼女がどうやってここに来たのかは、いうまでもなく彼女が魔導師であることから転移魔法の類であるのは確かだ。だが、基本的に転移魔法といえど飛行系の魔法も管理局が定めた法で違反されている。魔法を扱う者たち、魔導師であっても基本的に移動は徒歩や車、ヘリなどといった科学的な文明の産物を使う必要があった。 

 だが、フェイトの転移魔法は大がかりな魔法陣などを使用せずに自分単身が瞬時に転移し、移動するためのもので、彼女の言う通り、その元となったのは霊太の部屋に置かれていた漫画である。

 

 「フェイトってよ。結構周りとかに感化されやすいタイプだよな」

 

「え、そうかな?」

 

 「そのくせして無自覚。なのはの時もそうだったな。まぁアイツのカリスマみたいのが強すぎたって事もあるかもしれねぇが」

 

 「それは……否定はしないかな。けど、そこまで影響されやすいかな、私」

 

 「自分のことっつーのは自分じゃわかりにくいからな。んで、話を戻しても?」

 

 どうやって転移魔法を使用したとか、そのための準備をいつして、いつの間に隊舎に設置していたのかなど、聞きたいことはあるが、それを後の追及用のネタにしてまずは彼女がここに現れた理由から尋ねる。

 

 「え、ああ。そうだった。はやて、今いる?」

 

 「はやてのヤツなら今、観測所に出向いてる。なんでも、爺さんから直々に呼び出されたらしくってな」

 

 二人の友人であり、フェイトが以前所属していた部隊「機動六課」の司令官を務めていた八神はやて。彼女は六課解散後、功績と特例、そして政治的な判断から存続が許された七課に出向しており、((司令不在|・・・・))となっている部隊の実質的な運営を手伝っていた。彼女が元司令官というもあるが、指揮能力の高さと七課メンバーとの関係性から、七課からも指名で呼ばれたのだ。

 はやて自身も拒絶する気はなかったようで、現在はまるで自分が七課の所属となったかのように部隊に溶け込んでいた。

 

 「そっか……どうしよう」

 

 「急ぎの用じゃねぇんなら、俺が変わりにやってやるぜ?」

 

 「リョウにはやるべき仕事があるでしょ。はやて、偶に愚痴ってたよ」

 

 「ゲッ……」

 

 どうやら既に密告済みだったらしく、霊太の退路はその一言ですぐに断たれてしまう。はやての密告通り、霊太は部下や零人よりも仕事を溜めてしまうタイプで、その効率は零人たちほどよくはない。一応、彼も溜め込みはするが完全にやらない、他人に押し付けるというタイプではなく、むしろ夏休みの宿題を最後あたりで急いでやるタイプなのだ。

 

 「はやてのヤツ、俺に対しちゃ容赦ゼロだな……」

 

 「っていうより、はやては身内に対しては特に優しいからね。多分、霊太のことをそれだけ信頼してるんだって証拠だよ」

 

 「なら、密告なんざするなよ……明らかスパイとか敵のやることじゃねぇか……」

 

 「スパイみたいなことをして私たちを出し抜いた罰ってことで。やられたらやり返すのは当然だと思うよ。特に、あんなやり方じゃ……」

 

 「お前も相当根に持ってんな……」

 

 「そりゃあね。零人には正体隠されて霊太にはだまされて。マサキにはすかんされて……」

 

 明らかに恨みの節を言う姿が本人のも加わっていることに気づいた霊太は、おずおずと顔色を窺う。

 

 「お前、怒ってる?」

 

 「別に? リョウに対しては怒ってないよ? リョウだけに対しては」

 

 「………。」

 

 どうやらその時の出来事をフェイトはかなり根に持っているらしい。なまじ純粋な彼女のことだ、裏切られたり騙されたりというのははやて以上に傷ついたのだろう。

 だからか、彼女の顔は笑っているが笑っていない。顔色を窺う霊太の眼にはニコニコと笑みを浮かべながらも青筋を立てて体中から電気を発生させて、今にも怒りを爆発させて放電してしまうそうな彼女の姿が見えている。

 おそらく、その第一被害者は自分であろうと、彼はすぐに予見できた。

 

 「……んじゃよ。零人には?」

 

 「………。」

 

 「アイツ、結局はなのはを選んだんだ。あいつに対して、まさかなんも無いってわけはないだろ?」

 

 唐突に振られた話に最初は何事かと思ったが、フェイトも霊太の顔を見てなのか無意識に察する。

 彼が暇だ暇だというのは、何も退屈だけではない。彼という存在、それがどれだけ今まで自分の人生に関わってきたのかが現れていた。

 聞けば彼女がまだプレシアの下に居た時から、零人との関わりを持っていた彼、同じ転生者として思うところもあったのだろうが、何より、なのはのように彼の隣にいたもう一人の相棒、仲間として恨みの念もあったのだろう。

 

 「リョウ……」

 

 だからだろうか、フェイトはその言葉が自分にではなく、霊太自身に向けられた言葉のように思えてならなかった。

 

 「―――まぁ、ね。けど、多分私は零人を選ばなかったと思う。それは、今でも確かだよ」

 

 「なんでだ」

 

 「……そりゃさ、母さんの時も、闇の書の時も、零人は私たちを事あるごとに助けてくれた。本人は面倒だなんだって言ってたけど、本当は誰よりもみんなを心配してた。だから、あんなに無理をして、体を張って、命を懸けて、信頼を、私たちに恨まれても、零人は止まろうとはしなかった」

 

 「………。」

 

 「嫌いと言えば嘘になるよ。けど、やっぱり零人は私を選ばなかったと思う」

 

 「お前が零人を選ばなかったんじゃなくてか」

 

 「そう。私も選ばなかった。零人も選ばなかった。多分、それだけだと思う。

 だって、零人は誰よりもお人よしでしょ。だから、同じお人よしをほっとけなかったんだよ」

 

 だから、フェイトは((選ばなかった|・・・・・・))。彼の隣にいるべき人間、それが彼女の中で既にわかっていたからであり、同時になんとなくだが気づいていたのだ。

 彼の隣に、自分は居られないんだ、と。

 

 「……悔しくないのか」

 

 「……悔しいよ。本音を言えばね。だって―――」

 

 フェイトの脳裏にある記憶がよみがえる。それは初めて彼と出会った時のこと、彼女がまだプレシアに従い、ジュエルシードを集めていたころ。敵だと知らなかった零人が彼女が食べていたインスタントの食品を見て呆れ、自分でもやっとできたばかりのカレーを作ってあげたこと。

 思えば、あの時の優しさに彼女は救われ、そして魅かれた。彼の隣にいることが、うれしくなり、周りにいる友と接することができた。

 だが、何時からだろうか。あの冬の日、少しだがフェイトは理解した。隣にいる人間、それは彼の中では仲間全員なのだろうが、その中で彼の隣、そして自分たちの前にいるのは、自分ではないのだと。

 

 「けどね。後悔はしてないよ。悔しくって、ちょっと辛かったけど、あれでよかったんだって」

 

 「………。」

 

 だって、今の自分は。

 その言葉を喉の奥へと押し込み、フェイトは言葉を言うべき人物から目を逸らした。

 その頬は薄く赤らめ、彼女の顔は熱を帯びていた。

 

 

 

 

 

 「……俺でいいのか」

 

 「……へ?」

 

 次の瞬間。ふと霊太が無意識にこぼした言葉が無風の屋上でつぶやかれる。フェイトが結局として零人を選ばなかった。つまり、それはという意味で行き着くのが自分であると理解していたのか、それとも無意識にそう言ってしまったせいか。

 本人は聞こえないようにしたのだろうが、偶然にもその声の大きさが聞き取れるレベルだったので、伝えるべき相手に伝わってしまい、彼が聞こえていたのかと気づいた時にはすべてが遅かった。

 

 「えっ……っと、それ、って」

 

 「え、あ、いや……そうやましい理由じゃ……」

 

 つまり。つまりは。ということは。様々な可能性、もしかしてという言葉が彼女の脳裏を駆け巡り、回転する思考は次第に熱を帯びて脳内を沸騰させていく。同時にフェイトも顔色が真っ赤になっていき、目線も泳いでぐるぐるとしている。口も顔も、すでに緩んで震えの止まらない彼女に、霊太はまずいことを言ってしまったかと慌てて訂正を加えるが、もう彼女にそこまでは聞こえてこない。

 

 「って、そうだ、お前、なんか用事があってきたんだろ!?」

 

 「うえっ!?」

 

 なにを間違えたのか、気まずい空気だと思ってしまった霊太は唐突に話を逸らし、彼女の本来の目的である要件について尋ねた。フェイトもそれを忘れてはいたが、肝心な話を逸らされたせいで不意を突かれてしまい、彼女の思考も一時的に停止。

 確かに要件はあったが、彼女としても聞きたかった言葉であり、それを逸らされてしまったということで、彼女の中に小さな残念さと悔しさが残ってしまった。

 

 「えっと……ああ、そうだ。はやてに急いでみてほしい資料があったんだった」

 

 「アイツにってことは、ロストロギア関係か」

 

 「だと思う。私も詳しくは聞かされてないけど、ゲンヤさんの言葉を聞く限りは多分」

 

 未だロストロギア関係は彼女の管轄、いや得意分野であるらしく、そういった任務、依頼は一度、はやてのところに届けられてから、推薦された他のところへと回されるというパターンが多くなっていた。彼女がその任を任されていたり、自分から請け負っているわけではないのだが、彼女ほどロストロギアに詳しく、そして積極的な人間は居ないので、専門家の意見という形で彼女のところに送られているのが実情だ。

 

 「それに私、久しぶりに閲覧制限表示を見たし、結構重要なことの筈だよ。だから急いで持って行ってくれって」

 

 「マジか。閲覧制限っていや、二佐からと特定人物以外は見られねぇっつーアレだろ」

 

 任務内容が法に触れること、非人道的なこと。また最重要情報が添付されていたりと、表に易々と出せないものは、すべて管理局の方で制限が設けられている。

かつては管理局の組織そのものにとって不利益なものは軒並閲覧制限をされ、ひどい時は違法行為をもみ消すために制限された情報もある。組織改編後は多少緩和されているが、表立って公表のできないものはグレーゾーンのものが多い。

 

 「はやて、あの事件の後に三佐に昇格したから制限は問題ないけど、なんだか他の閲覧条件もあるから、ただ事じゃないって感じでね。ゲンヤさんも直ぐに見てほしいって」

 

 「通信でも念話でもなく、か。確かに嫌な予感するな」

 

 「で。急いで来たんだけど、入れ違いだったみたいだね……」

 

 「待てるんなら待つか? 丁度、ティアナのヤツもいるぞ」

 

 「ん……なら、お邪魔しようかな。ティアナにも渡したいものがあるし」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 特務七課の隊舎は基本的には六課と似ているが、内装に相違点が多く開発課専用の地下ラボを始め、メディカルルーム、旧体制時代は秘匿されていた地下格納庫などが存在する。現在ではその存在は公になっているが、司令である零人のことだからと未だに隠された区画がないか調査されることもある。

 しかし、表立っては特に問題はないため、堂々と調査できず現在も内外から疑いの眼を向けられていた。

 

 「ま。そう言うほど疑われてるわけでもなし、単にうちの隊長が「なんか隠してるんじゃね」程度にしか見られてないからね」

 

 「けど、なんか隠してるのは事実じゃない。よくよく調べてみれば、アリの巣のここ」

 

 「隊長もアタシらに黙って色々と作ってそうだからねぇ。つか、あの人のどこにそんな金があるんだか」

 

 「姉さんのところの隊長なんでしょ。そこは身内が調べなさいよ」

 

 「……ティアナさ。偶にサラッとえげつないこと言うよな」

 

 七課の休憩室では仕事を一区切りさせた二人の少女が、互いに向き合って座りながら会話をしていたが、その内容は自身の属する部隊に対してのあらぬ噂から自虐までと、笑い話というより自分たちの傷を抉っているように聞こえてくる。事実その大半があながち間違いでもないのだから、二人は本当に七課の人間なのかと思えてしまうが、会話をしていた一人である茶髪のロングヘアの少女は、自分の属する部隊だからこその指摘と自虐だ。

 

 「そういや、話変わるんだけどさ。ギンガさんからの報告書、アレ見た?」

 

 「謎の二人組の魔導師による無差別襲撃事件……で、犯人像は不明だけど身長から幼少と断定……ね。といって、年齢はあくまで推測であって実際そうとは限らなさそうだけど」

 

 「まぁね。なにせ、うちには若者で百歳超えてるエルフが居ますし」

 

 「そういえばあの二人、七課最年長だっけ……」

 

 エルフというファンタジーの存在なのだから、人間種よりも高齢なのは仕方のないことなのだろうと、苦い顔をして思い出すのは、はやてと同じく七課に出向しているティアナ・ランスターで、現在は執務官になるための勉強をしつつ、はやての部下として活動を続けていた。

 その向かいで彼女と会話をしているのは七課に所属するスカル小隊のリーダーを務める白銀レイ。互いに銃のデバイスを扱うということで、気が合うのか、二人は時折こうしていることが多い。

 

 

 「おう、お前らこんなところに居たのか。探したぞ」

 

 「探したのはこっちのセリフですよ。なに勝手に仕事サボってるんですか。はやてさん行く前にキレてましたよ」

 

 堂々と姿を現し、何事もなかったかのようにしている霊太に彼のデスクに溜まった仕事のことを思い出させるティアナは、彼の顔を見ると後ろに見たことのある人物がいることに気づいて「あっ」と声を漏らす。

 

 「おや、誰かと思えばテスタロッサさんじゃん」

 

 「フェイトさん……!」

 

 「二人とも久しぶりだね」

 

 七課に足を運ぶことができなかったので、中々会うことのできなかったティアナは素直に喜びの笑みを浮かべて勢いよくソファから飛び出した。

 彼女の顔を見るのもだが、執務官志望である自分に色々と工面してくれたり助言、アドバイスをしてくれたという恩師でもあるので、その反応はなお一層純粋なもの。彼女にとってもフェイトは特別な人物だった。

 

 「あれ、車来てたっけ?」

 

 「ううん。私がちょっと転移魔法の実験で。だから車は置いてきてるの」

 

 「テスタロッサさん。偶に斜め上でトンデモなこと言いますね。あの高町さんといい」

 

 「ほ、本当に七課のメンバーからどんな目で見られてるのかなんとなくだけどわかった気がする……」

 

 「な。お前らトンデモないだろ?」

 

 法だなんだと言いたいこともあるが、それよりも転移魔法だと言って平然としている彼女の様子に、レイは彼女とのスペックの差というものを実感する。恐らく、自分はそんな芸当は到底無理だ、と言い切れる行為を彼女は平気でやってのけてしまうというのは、なるほどティアナが実力の差でグレるわけだと納得できてしまう。

 

 「ううっ……そりゃティアナだってコンプレックス感じるよね……今更だけど本当にゴメンね……」

 

 「いや……あの時は私も余裕なかったですし……」

 

 こんなエースが隊長、上司、司令と固まっていたのだ。意識するなと言われても、その実力を意識して次第には劣等感になってしまうだろう。今はそれが解消されたとはいえ、改めて彼女が感じていたことを身をもって知ったフェイトは六課でのティアナに対しての自分からの言動に「どうしてああ言ったのか」と後悔と懺悔をする。

 だが、ティアナの言う通り、余裕があまりなかったことがあの時の劣等感の一因との言えるので、それがなくなった今ではもう気にすることでもない。そしてそれを当人が言うのだから、変に気負ったり気遣いするのはむしろ余計なことだ。

 

 「まー六課の一番のダメな点って主要メンバー全員身内ってことですね」

 

 「だな。それが劣等感と内外からの嫌な目線の理由だな」

 

 「本当に反省してるから、抉るのやめてくれないかなぁ!?」

 

 完全にダメ押しと便乗で古傷を抉るレイと霊太にフェイトは若干泣き顔になってしまう。

 一応、その時の自分たちの考えが浅はかだったと痛感し、文字通り身をもって知った彼女たちだからこそ、六課という組織が良くも悪くも思い出のある部隊であると同時に、今後への教訓、そして活路への道しるべになった。

 ただやはり過去現在と当時のことを抉られ、批判されてボコボコにされて辱めを受けてと自分たちが浅慮だったというが、それでもほじくり返されることもあるので、その主要メンバー陣はそこを言われると頭痛腹痛に襲われる。

 

 「ハイハイ、私も六課に居たんだから、そこはもういいの。つか七課も六課の猿真似でしょうに」

 

 「戦艦とかMSとか持ってたか、おめーら」

 

 「隊舎と部隊については調べついてんだから話逸らすな!!」

 

 情報収集もかねて色々と調べていたら、七課にも色々と弱みがあったことを知ったティアナ。彼女が七課に居るというのも、ある意味ではその理由があるのかもしれないと言われているが、その真意は現在、行方不明の両人しかわからないことだ。

 互いの傷の抉り合いをして、休憩どころか疲れが溜まってしまったかのように感じたティアナは話を変えようと、フェイトに話題を振った。

 

 「……で、フェイトさん。なんでここに?」

 

 「七課、っていうかはやてに用事でね。渡したい資料があったんだけど、はやて、今観測所でしょ?」

 

 「ああ……はやてさん待ちってことですね」

 

 「それもあるんだけど、ハイこれ」

 

 と、フェイトが資料と一緒に握っていた中から、一冊の本を取り出し、それをティアナに手渡す。意外にもミッドの公用語は地球の英語と同じなので読めることのできたので、表紙を見ると執務官の文字があり、それがいわゆる過去問であることを察する。

 

 「あ、ありがとうございます! ちょうど前のをやり終えたところなんで、欲しかったんですよ」

 

 「執務官って過去問とかあるのかよ」

 

 「局内でだけどね。だから、一般では販売されてないの」

 

 「へー……過去問ねぇ。ロクな思い出ねぇわ」

 

 過去問と言えば面倒な勉強ばかりなので、サボり癖のある霊太にとってはある意味で天敵ともいえる存在だろう。零人も類にもれず、そしてはやても実はどちらかと言えばこちららしい。ただ、彼女は一夜漬けでできるほうらしくその点は霊太との差だった。

 

 

 「そういえば、スバルは? 一緒に出向してるって聞いてけど」

 

 「スバルは、リュウガとライラとで任務に出てます。なんでも、事件かなんかの調査らしいですよ」

 

 「事件……?」

 

 「マサキが言ってた話だな。なんか、数日前に聖王教会の近くで戦闘があったらしくってな。しかも、当事者がシャッハらしい」

 

 「ああ……けど、あれって大した話じゃなかった気がするけど?」

 

 「の、ハズなんだが……」

 

 「どうにも、シャッハさんが受けた襲撃ってただ事じゃなかったらしいんです。戦闘の規模も報告されたものよりもかなり広範囲で、のちの調査でいくつもの爆発クレーターも観測されてます」

 

 クレーターができるほどの攻撃というのは、並みの魔導師ができるものではない。それなりに腕の立つ魔導師がそれ相応の魔力を使って放つ、ミッド式の魔法。というのが一般的だが、ベルカ式でもクレーターの一つや二つは余裕だろうと、この場にヴィータが居れば語っただろうと脳裏でつぶやくフェイト。しかし、自身の周りにそういった攻撃をできる人間がゴロゴロいるせいか、彼女の中ではミッド式かベルカ式かでさえもわからない。

 

 「普通の魔導師……それも平の局員じゃ無理な規模だ。それをボコボコ作るんだから、実力、魔力はテスタロッサさん並みか……」

 

 「ベルカ式のカートリッジ持ちか。だな。アレも近年再認されて生産されてるって話だ」

 

 「でも、カートリッジはそれなりに人体に負荷をかけるし、それなりに魔力を保有する魔導師が込めることでやっと使えるものだから、正直ベルカ式ってだけでは判断できないな」

 

 ベルカ式の長所はカートリッジだけでなく、一対一に重視していることだ。はやての騎士、ヴォルゲンリッターであるシグナムとヴィータ。この二人がその代表的な例と言える。そして次世代ならばスバル、エリオもベルカ式の例に当てはまる。総じて一対一、対少数は得意ではあるがミッド式ほどの広範囲系の攻撃などは不得意だ。だが、爆発の威力で言えば広範囲系のミッドよりも一対一で標的が一人であることから、ベルカ式の方がクレーター作成は得意で、ミッド式はむしろ広範囲の表面破壊にとどめられる。

 

 「ミッド式でカートリッジ使ってるのは、俺たちだけだ。つーことは、カートリッジ持ちの魔導師か、なのはやお前みたいなゴリラ魔力のミッド式か」

 

 「ゴリラって……それ前にシグナムさんにも言ってませんでしたっけ」

 

 「俺からすりゃ女の大魔力持ちはみんなゴリラなんだよ」

 

 「……リョウ。あとでちょっとO☆HA☆NA☆SHIしようか?」

 

 「事実だろうがッ!!」

 

 とはいうが、霊太の言う通りミッド式でカートリッジを保有しているのは実はなのはとフェイト、そして零人と霊太、マサキの計五人だけ。しかも、デバイスに直接搭載となれば外付けの専用サブデバイスを使う零人たちは外され、なのはとフェイトだけに絞られる。

 なのはやフェイトのように大量の魔力を保有する魔導師であれば、確かに例外的な可能ではあるが、そんな魔導師は現在管理局が確認しているだけでも彼女たちぐらいしかいない。

 つまり、例外を除けばミッド式である可能性はほぼゼロに等しいのだ。

 

 「……まぁ、フェイトみたいなミッドでもカートリッジつけてりゃボコボコ穴あけるのも簡単だろうけどよ」

 

 「でも、カートリッジシステムは数年前、ベルカの皆さんが入ってやっと再認識されたし、それまでは魔法式は全部ミッド式。局じゃようやくカートリッジのシステムが解明されて量産化に入ったんでしょ」

 

 「地上本部が積極的にデバイス改革を進めてたからの躍進だけど、本格的な量産はまだ二年前。しかも今はまだ上位魔導師の限られた人間にしか配備されてないから、外部犯ではないね」

 

 「わからねぇぜ。案外、俺たち以外にもベルカを知ってるヤツがいるかもしれねぇ」

 

 その可能性を言えば話は無限、可能性もいくらでも出てきてしまう。だが、それでもただ一つ言えることがあるとすれば

 

 「ま。いずれにせよ、やるにしても馬鹿みたいな魔力もってなきゃクレーターの大量生産なんざ不可能だ。向こうの連中からの言質とかを待とうや」

 

 「それもそうですね。けど、それだけの事をするなら最低でもフェイトさんほどの魔力がないとできませんよね」

 

 「つまり、それだけのヤツがいるかもわからねぇし、もしかすれば居ないかもしれないってわけだ」

 

 「……なんか、私が疑われてるみたいで嫌な感じだけど……でも、そもそもなんでシャッハを狙ったのかな……?」

 

 話の根源である襲撃事件。そもそも、誰にシャッハが襲われたのかがわからないが、それ以上にどうしてなのかが彼らにはわからなかった。聖王教会の人間、しかもそれなりに実力のある人間をどうして襲ったのか。それだけのクレーターを作るだけの執念を持っていたのか。犯人像の一つ、犯行の動機。そもそも何故彼女なのか。

 

 「案外、理由は至極単純だったりするかもしれねぇぜ? 聖王教会に意を持つヤツは今も昔も多いからな」

 

 「レアスキルによる強大な発言権、か。まぁお堅い地上とかは難癖つけそうですもんね」

 

 「それに、聖王教会は間接的に六課設立に関与してますし、旧体制時代からそれを根に持つ連中もまだ相当数いるようですから、フェイトさんたちに濡れ衣着せるためのって可能性も……」

 

 「恨みつらみを売られるのは慣れてるけど、目的がよくわからないね……第一、シャッハがそう簡単に外に出るかな……」

 

 四人の談義が、次第に事件の推理に差し替わり、完全な捜査中の刑事たちの会話になってきている。警察組織というだけあって、その姿は違和感もないのだが、未だわからないことの多い現状では推察しか飛び交わない。

 しかも、なまじ多くの知識があるということでその仮説、可能性の話は無造作に膨らんでいき、四人の間では犯人像は何一つわからない。

 そして、推理に夢中になっていたせいで、周囲の気配に気づけなかったのか四人の空間の外から近づく人物に彼らは声が聞こえるまで気づけなかった。

 

 「……なら、こうは考えられへんか? シャッハが外に出る、出てしまうような出来事があり、外に誘われた。例えば、親しい人とか」

 

 「えっ……」

 

 「―――お前、いつ帰ってきてた」

 

 ブラウンのボブカットの髪をしたフェイトと同年代の女性。茶色のコートを羽織り、いかにも上位階級の人物という姿をしているのは、フェイトの友人であり現在七課に出向し運営の手伝いをしている八神はやてその人だ。

 今まで観測所にいたはずの彼女がここにいるということに、何時戻ってきたのかと気づけなかった霊太は若干だが驚きの顔をしていた。

 

 「ついさっきや。みんなが推理談義に花を咲かせてたから、もう少し待ったろとは思ったけど……内容が内容やし、事態が事態やからな。悪いけど、話は打ち切りにさせてもらうで」

 

 「はやて、何かあったの?」

 

 「……まぁ、色々とな。なんせ、正直今でさえなんて言っていいのやら、ウチにもさっぱりやし」

 

 珍しく頭を抱え、ぽりぽりと頬をかくはやての姿にまた難題の案件が舞い込んだのかと見ていたが、彼女がそこまで深刻な顔をするとのいうのはそう滅多にあることではない。

 大抵、一緒にいるなのはやフェイト、そして彼女の騎士たちによってある程度の難問難題は解決できていたのだ。その彼女がここまで悩んでいるということは、それだけの問題ということになる。

 

 「なんだ。七課の資金について難癖つけられたのか、レジアスの親父に」

 

 「そりゃいつものことや。あの人、ことあるごとにウチに因縁つけて睨んでくるし」

 

 「まだ続いてたんだ……」

 

 「それは正直些末事や。問題でもない。けど、問題は……」

 

 小さくため息をつき、腹をくくったという顔になった彼女の眼は迷うこともなくフェイトへと向けられる。自分に視線が向けられたと感じたフェイトは、私か、とビクつき何か問題となるほどの出来事、理由があったのかと脳裏を探る。

 

 「フェイト……? こいつがなんかしたのか?」

 

 「………。」

 

 「はやてさん……?」

 

 言いたくない。だが言うしかない。まるで死亡宣告でも、戦死報告でもするかのように喉の奥から出ようとする言葉をどういうべきか迷うはやてだが、変に隠したり遠まわしにするのは彼女のためにはならないと考えたのか、彼女の中で決断を下し、声を絞り出した。

 周りの人間が、久しぶりに感じた嫌な予感。それを的中させるかのように。

 

 

 

 

 

 「―――フェイトちゃん。単刀直入に言わせてもらうで。

  今しがた、フェイトちゃんに無条件の拘束命令が下された。拘束後、現職務を中断、フェイトちゃんは次の指示があるまで自宅謹慎をしてもらうで」

 

 「…………え?」

 

 自分が一体なにをしたのだろうか。覚えのない彼女は、親友から突き付けられた事実上の逮捕状に一瞬だが頭の中が真っ白になってしまう。

 それは周りにいた三人も同じ、三者三様の表情で動揺を隠せずにいた。

 レイは目を細め訝しみ、ティアナは口を開いたまま硬直し、霊太は動揺というよりも怒りの表情で宣告者ににらみを利かせていた。

 

 「―――おい。冗談にしちゃタチ悪いぜ、はやて」

 

 静かに沈んだ声で返す霊太の眼は、はやてに対し怒りと疑問をぶつけて言葉にはしていないが巫山戯るなと言いたげにしていた。はやてもその眼を向けられると覚悟していたらしく、逸らすことはしないが直接見ようにも彼女の対象は霊太ではなくフェイトなので、彼女から眼を逸らすことはできなかった。

 現状、今のはやてにとってフェイトは友人ではなく一人の((参考人|・・・))なのだ。

 

 「……そう言われてもおかしくはない。ウチも正直言いたくはなかった。けど、これは本部からの指示や。その証拠に、108とかにも拘束命令と指示書が来てるし、フェイトちゃんのオフィスにも謹慎命令の書類が来てるはずや」

 

 「なっ……」

 

 「―――はやてさん。一応、私たちにも、フェイトさんにも、理由を聞く権利はありますよね?」

 

 自分に対しての拘束命令。それを未だ受け入れられず、狼狽するフェイトを横に霊太だけでなくティアナも驚愕から疑問へと表情を変える。彼女も急に自分の上司が拘束されたと言われては黙っているハズにもいかなかった。

 

 「ある。無断での拘束とか、フェイトちゃんが国家反逆罪とか、そんな馬鹿げた話でもないからな。ウチにも説明する義務はあるし、フェイトちゃんにも納得してもらう権利がある」

 

 「……なら、改めて聞くけど、その理由は何?」

 

 自分がなぜ捕まらなければいけないのかと、戸惑いを隠せないが冷静を保っているフェイトはようやく口を開き、その理由を尋ねる。

 

 「話に出てたシャッハの襲撃事件。実は、その時に彼女を襲った犯人の姿が……

 モロでフェイトちゃんやったんや」

 

 

 「っ……!?」

 

 「もちろん。疑問点は多いし、当人であるフェイトちゃんの事件当時のアリバイはちゃんと存在する。だから―――」

 

 「逮捕ではなく、事情聴取と重要参考人として拘束されると。強制逮捕よかマシにはなったけど、拘束ってのは穏やかじゃないですね。八神さん」

 

 「ま。あれだけ派手にやったからな。抵抗する恐れがあるってことで拘束命令になったんや。けど、さっきも言った通りフェイトちゃんにはちゃんとしたアリバイがある。それに疑問点と不自然なところが多々あるから、即逮捕はできないってワケ」

 

 だが、それでもフェイトが参考人になり拘束されるだけの理由になるか、となればそれもまた疑問点だ。単に彼女の姿に似ていたというだけで、なぜ彼女が拘束されなければいけないのか。そして、なぜピンポイントでフェイトであるのかというのも、よくよく考えればおかしな話だ。彼女に姿を似せた場合には、その理由があるはずだが、それが彼らの中では思いつかない。

 

 「でも、どうしてフェイトさんが? アリバイがあるっていうのに、拘束されるだけの理由がわかりません……」

 

 「ウチも最初は変やって思った。だからシャッハに聞いたわ。なんでフェイトちゃんを指名したのかってな。で、帰ってきた答えがこうやった」

 

 

 

―――彼女、自分から名乗ったんです。「私はフェイト・テスタロッサ」だって

 

 

 

 「………あ?」

 

 「………。」

 

 「霊太君はまぁ気づいたよな。おかしな点の一つや」

 

 「レヴィが化けたとかじゃなくて……?」

 

 「せや、正真正銘、自分の名前をそう言ったって」

 

 まさか犯人がフェイトの名を借りたとは思いもしなかったが、姿と名前が一致したのであればフェイトが無関係とならないわけがない。

 自分からその名を名乗り、姿でさえも彼女とほぼ一致しているのだ。しかもシャッハが殆ど疑いもせずにのこのこと連れ出されたのだから、それだけ彼女に似ていた、もしくは同じだったということだ。

 しかし、だからと言っておかしい点がないわけではない。霊太がその証言を聞いたとき、すぐに違和感に気づいた。

 

 「はやて。犯人は本当にそう名乗ったのか。自分はフェイト・テスタロッサだって」

 

 「らしいで。シャッハもちゃんと覚えてるって言ってるし、聴取の際にその手のことに強い魔導師からのお墨ももらった。間違いなく、そう名乗った」

 

 「……じゃあ」

 

「ま。少なくともフェイトちゃんに関係している人間の犯行ってことは確かやな。けど、犯人も杜撰なことをしたで」

 

「……あの、イマイチ話が分からないっていうか、皆さん何に納得してるんですか?」

 

フェイトの名前を確認したというだけで、何かを察したという三人。

しかしティアナとレイは話の意図を全くつかめず、しかめた顔をして納得げに話している三人に問う。すっかり自分たちの世界で話を進めていたので、霊太は二人にもわかるように問いを投げる。

 

「ティアナ。今のフェイトのフルネーム、言ってみろ」

 

「え。フェイトさんの………………あ」

 

「そ。犯人はフェイト・テスタロッサと名乗った。けど、今のフェイトの名前はフェイト・T・ハラオウンだ」

 

いわゆる旧姓。昔の名前を犯人は使用していたということ。これでフェイト自身が犯人ではない可能性は低くなったが、同時にフェイトに関係した人間が犯人であるという確証は得られた。

フェイト本人のアリバイはあるので、彼女が犯人である可能性も無くはないが、彼女が旧姓を使うというのは、現管理局、組織や敵対勢力への当てつけにもなる。だが、既に母との決着をつけていた彼女にとっては態々そんなことをする意味も得も、ましてや理由もない。

 

「しかも、今の名前は闇の書の事件が終わってからだ。なら、名前をわざわざ旧姓にしたっつーことはその名前に意味があるってことだ」

 

「名前に……テスタロッサという名前に、ですか?」

 

「ああ、多分な。で、その名前でフェイトの関係って言や……」

 

「十中八九、プレシアさん関係やろうな」

 

フェイトが関わった事件で大きなものは幾つかあるが、その中で自分に関係したものと言えば闇の欠片の件とすべての始まりと言うべき事件、プレシアの起こした事件のみだ。特にプレシアの事件は彼女の母親であるプレシアが娘のアリシアを蘇生するという禁忌を行い、失敗してしまったということ。その事件の中でジュエルシードを集めるために失敗作であるフェイトを利用した。彼女という存在、そして人生の中では最も重要な事件と言えるだろう。

 

「プレシア・テスタロッサの事件、資料で見たけどアレで今も尾を引いている物って言えば、あのヘボ科学者が使ったジュエルシードと……」

 

「……プロジェクトF」

 

「テスタロッサさんを生み出した、クローン生産、蘇生計画……でしたっけ」

 

プロジェクトの中で生まれたのがフェイトで、クローンということで同じ存在を生み出せると思っていたプレシアは万物で全くの同じ、ドッペルゲンガーを生み出せるはずがないと知った。フェイトとアリシアの差は大きく、その結果フェイトはプレシアによって一方的に失敗作の烙印を押されてしまった。だが、その計画自体はさまざまな所で尾を引き、今も彼女を縛る鎖の一つと言える。

 

「………。」

 

「……すみません、ずけずけと」

 

「ううん。あの人のせいで色々と迷惑とか、因縁をつけるきっかけを生んだのは私もだし……」

 

流石に不躾だったとレイはすぐに謝罪するが、フェイトもそのせいで色々な迷惑や傷跡を残したのは事実で、結果オーライだったといっても自分が何をしたのかは理解していた。

 

「どの道、ジュエルシードを見つけたってことで、スカリエッティの事件に繋がった一因でもあるし」

 

「……けど、あれを掘り起こしたのって全部アイツじゃないですか」

 

「そうですよ……掘り起こさなくてもいい物を……」

 

若者二人が反発するのも当然だが、誰だって使えるものがあれば手を伸ばすのは当然のこと。仮にジュエルシードがなかったとしても、スカリエッティは新たなロストロギアなどを使って事件を起こしていただろう。

 

「けど、プロジェクトの成果が好評であることは確かだし、クローン製造に関してあれほどのものは他にはないからな」

 

「ちゅーことは何か。フェイトちゃんの名を語ったクローンやって霊太君は言いたいんか」

 

「仮説だがな。プロジェクトの内容、人間という生命体を生成するためには何度も実験する必要だってあるはずだ」

 

「……じゃあ、もしかして……」

 

「でも、仮にフェイトちゃんと同じクローンやとしても……」

 

「人体の成長速度は生の人間と同じ、なら見た目はフェイトさんに似てるっつーのが自然じゃないですか?」

 

「なんだよなぁ……」

 

フェイトの成長は年相応で、成長スピードも人並みであることは計画の成果の一つとして確認されている。なので、仮に同じプロジェクトで、近しい時期に作られた存在だとするならばフェイトと歳や見た目が似ている方がごく自然と言える。

逆に彼女が幼少の姿をしているというのがあまりに不自然だ。

 

「いずれにしても、これでフェイトちゃんが無関係であるっていう可能性も無くなってしもうた。悪いけど、フェイトちゃん……」

 

「……うん」

 

「はやてさん……」

 

姿や人物像、背景がどうであれフェイトが無関係であるという可能性がなくなったわけではない。フェイトが拘束され、謹慎になるというだけの理由があるので、はやてが告げた拘束命令は実現する。

今この場で彼女が拘束されるということに、ティアナも悲しげな眼を向けるがそれははやても同じ。

 

「ウチかて弁明したいけどな……ことが事やから、こういったことはできるだけ穏便にしといた方がいい。フェィトちゃん的にも、組織的にもな。今は新体制が発足して間もない。できるだけ、小さなことは今のうちに隠す方がいいんや」

 

「………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し巻き戻され、観測所に居たはやてがフェイトの拘束命令を受けた時にまでさかのぼる。

 

「―――一応、理由を聞いてもいいよな。お爺ちゃん」

 

『お前さんのことじゃ、絶対に聞いてると思っとったよ』

 

観測所にある休憩室で、ただ一人通信用の投影モニターににらみを利かせているはやては画面の向こう側で平気な顔をしている老人、零人たち転生者を転生させた「神」と呼ばれていた人物に、拘束命令について食い掛っていた。彼女も何もすぐに納得したわけではなく、あそこまで冷静になれたのはそれだけ誰かから抑えられ、説得されたからだ。

 

「なら、聞かせてもらうで。なんでフェイトちゃんの名前が出ただけで、当人が拘束されなあかんのか」

 

『拘束と謹慎、いや事実上の軟禁というあまりに大それたことをしたから、か』

 

「当然。犯人がフェイトちゃんの姿と名前を借りれることなんて、この世界じゃ片手間でできることやろ」

 

『ま、旧体制時代に馬鹿な連中がその手の魔法を作り、探し漁っていたからやれることはやれるじゃろうがな。じゃが、そんなことは当然頭の連中はわかっとる。問題は別にあるんじゃよ』

 

「別の問題?」

 

『観測所で次元の歪みが発生しているのを確認されとるじゃろ』

 

観測所とは、新体制になって管理局が設置した特殊機関で次元間の歪みや時空間の異常などを察知し観測、または予報し未然に防いだりするために作られた組織で、神によって作られたその組織は現在の時空管理局の中でも重要なポジションに位置していた。

そもそも次元間については一定のアドバンテージを持っている管理局だが、それが必ず優位に立つという保証は最近では薄くなって来ている。内乱だけでなく、聖王のゆりかごのことや、別次元からの来訪者たち。そして、彼らの知らない世界では精度は高くないものの、次元転移を可能とするところも多く存在している。

旧体制時代では、なおかつ自分たちが時空間を渡れるということで優位を誇っていたが、それも来訪者たちによってズタズタにされたことから、新体制ではそのアドバンテージが失われたと反省し、ならば渡る力だけでなく観測する力を身に着ければいいということで、この観測所が作られた。

 

「ここ最近で六件ほどな。けど、ウチらの世界に干渉できるほどのは……」

 

『干渉するものは、じゃがな』

 

「え……」

 

『見方を変えてみぃ。普段、荒波を立てない次元間の波が、なぜ頻繁に揺れて、六件もの次元間の歪みが発生しとるか』

 

「それは……あの人らが」

 

『奴らのとパターンは一致しとったか?』

 

「………。」

 

『ま。干渉されないのであれば、問題はないというお前さんの考えは間違っとらん。が、干渉されないにしても、それだけの歪みが六件も発生しているという事実は無視できんじゃろ』

 

観測所はそもそも、管理局が次元間の異常を察知し監視、警戒しトラブルを防いだり先手を打つためにある場所だ。なので、自然と考えは「自分たちに関係がないのであれば、不自然程度に考えていればいい」で終わってしまう。それが今回の歪みで、はやても彼の言う通り歪みは不審に思っていたが、何も影響がないのであればと、警戒程度にとどめていた。

 

『逆に考えてみぃ。六件も歪みがあるということは、それだけ並行世界に異常が起こっているということじゃろうに』

 

「確かにそうやけど……なら、今回の件、もう少し前兆のようなものがあるとは思われへん? 仮にフェイトちゃんの偽物としても、こうもアッサリと現れるのって……」

 

『なんじゃ。お前さんは、この世界の人間が犯人とは思っとらんのか』

 

「歪みの件が、今回のに関係してるんやったら、恐らく並行世界からの流れ者や。それも、フェイトちゃんに関係しているな」

 

『ちなみにこの世界の人間という可能性は』

 

「無くはない。けど、フェイトちゃんの旧姓を借りて「プレシア・テスタロッサの件は終わってない」って言う理由が見つからん。あれは実際、クローン製造と蘇生のプロジェクトやし。その為の設備とかをそろえるにも管理局ほどの大組織でないと運営と維持も難しい。管理外って称されていた世界の統治組織なら、可能かもしれんけど、まずそんな非人道的なことをするメリットがない」

 

『ま、そうじゃの。プロジェクトFは魔導師のクローンを作り出す計画じゃ。管理局に支配されたり、敗退した組織からすれば喉から手が出るほどじゃが、そのための意地と時間は残念ながら難しい。お前さんの読みは確かに当たっとる』

 

「だから、あえて旧姓を取ったのは「プロジェクトに関することが終わっていない」んじゃなくて「自分はプロジェクトに関係した、人間であり」

フェイトちゃんと同じクローンである、ってところやろうな」

 

一応、プレシアに接近していた仮面の男も候補として挙がっていたが、彼の場合は目的が大きく異なることから排斥される。そして、はやてが知っている中で計画に賛成する組織はあるにはあるが、いずれも管理局に比べて規模は小さく、資金ぶりも思わしくない。

逆に大規模な組織もあるが、その場合は人道的ではなく、また組織としても人員は事足りているのでクローンを作る意味もない。

なので、はやては可能性として自分たちと同じ次元の世界にある人間ではなく、旧姓のフェイトを名乗った少女は並行世界の人間である可能性が高いという答えを導き出した。

 

「並行世界、パラレルワールドは無数の事象、可能性がひしめき合ってる。なら、その中からフェイトちゃんが旧姓のままって可能性もなくはないやろ」

 

『じゃな。しかし、僅かな間でそこまでの推測と仮説を立てるとはのぉ……

ヤツらとの旅で眼を鍛えられたようじゃの』

 

「まぁな。おかげ様で。けど、軟禁はやっぱやりすぎやで。なんとかできひんの?」

 

『無理じゃろうて。レジアスのヤツも似た結論を出したが、やはり外面としてこうせざるえんかったじゃろうて』

 

旧体制時代から地上のトップであるレジアスも頭の回転は極めて速い人物だ。大よそ先ほどのはやての仮説と似た結論を彼も出したが、周りの不安、不満などがまだ収まりきっていない今、下手に優しいことをすれば内外からのトラブルが再発しかねない。

その為、彼も厳格を突き通すしかなく、監視で十分だろうことをここまで大げさにするしかなかった。

 

「…………で。お爺ちゃん。まさか本当にこれでお終い……なんて理由もないよな?」

 

『当たり前じゃろうて。元々「アーク」を作ったのはワシじゃし、ここまでこの世界をゆがめたのもワシの責任でもある。が、この一件、それで済む話でもなさそうじゃからの。

どの道、ワシらには関係のない話でもなさそうじゃ。

なんせ、恐らくこの件は零人の置き土産じゃろうからの』

 

「零人兄ぃの……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……零人の、やり残したこと?」

 

「らしいで。爺ちゃんからの話ではな」

 

七課で拘束命令が言い渡されたフェイトは、はやてが付き添って自宅まで連れられていた。自宅謹慎ということで、彼女の家の周りには既に地上から派遣された局員たちが張り付いている状態で、彼女が逃げようことならすぐに拘束、捕獲できるようになっていた。

そのことをまだ話さないはやては七課隊舎での話の続きである、転生者、零人のことについてを先に語る。

 

「兄ぃが七課を作る前、設立に奔走してた時に受けた任務でな、ウチらと別れた後も何度か一人で並行世界を渡り歩いてたらしいねん。で、その中で一度だけこの世界、っていうかこの次元に来訪者が現れたことがあってん」

 

「……闇の書の後に起きた並行世界の私たちの……じゃなくて?」

 

「うん。規模も小さかったし、そこまで被害がなかったそうなんやけど、なんでも相手が子どものころのフェイトちゃんやったらしいねん」

 

「ッ……!?」

 

偶然の一致か、とまだ話の全てを聞けていないフェイトは言葉を喉の奥にしまい込みはやての話を聞く。

 

「最初は見間違いかって思ってたけど、どうにも本人で間違いないってイクスからもお墨付きもらったらしいねん。しかも、その時に名乗ったのが……」

 

「私の旧姓……」

 

「うん。まぁ性格はかなり違ってたらしいけどな」

 

「そうなの……?」

 

「レヴィ、居ったやろ? あの子も好戦的やったけど、そのフェイトちゃんの場合は輪をかけて攻撃的で、しかも意思疎通もできんかったらしい」

 

「……それ、本当に私なの……?」

 

意思疎通ができないのは、恐らくプレシアの事件の時、彼女に盲目的に従っていたからだ。だから最初から無駄であると決めつけて、交渉すらしなかったと考えるのが普通だったが、レヴィをベースに更に攻撃的となると、単なる戦闘馬鹿になってしまう。

 

「らしいで。見た目も一致。けど、どこかこっちのフェイトちゃんと違ってたらしい」

 

その言葉を聞き、ホッと胸をなでおろす。元からそんな性格だというのは、並行世界の同一人物だとしても違和感どころか同一人物かと疑問視すらしてしまう。

 

「なんか、兄ぃは「憑りつかれたかのような顔してた」って」

 

「………。」

 

恐らく、その原因はプレシアだろう。自分がそうであったように、プレシアに対して妄信的だった自分。それが何らかの理由で彼女をそこまで変異させてしまった。もしくは、それだけの出来事が起こってしまったのだろう。彼女自身が事件の当事者なので、思い当たる節というのは手で数えるより多い。

 

「憑りつかれた……か。まるで狂戦士だね」

 

「母親のために自らの命すら厭わない、か? 精神的にヤバすぎるな、それは」

 

「そもそも、私はリニスとアルフ、そして母さん以外は知り合いとか、顔見知りっていなかったからね。だからすがる人間も母さんぐらいしか居なかったし」

 

「……なのはちゃんが救ってくれたのが、ある意味では幸いやな」

 

「……うん」

 

今回のシャッハの襲撃者の詳細についてはまだわからない点が多いが、もし仮に彼と同じような自分であったらと、フェイトはその自分の姿を想像する。

攻撃的、つまり最初から戦うつもりで、話す気もない。そして憑りつかれたかのようにと言うことは、口数も当時の自分以上にないだろう。そして、当時の自分を反映すれば

 

「……でも、今回の襲撃者と、零人の件、同一人物とは言い切れないでしょ」

 

「そこは観測所からの報告待ちやけど、今回の有様を考えるとな」

 

「わ、私ってそんなに過激系かな……」

 

「いやぁ、あくまで可能性やし、溜まってたストレスが爆発したーってヤツ……はないか」

 

「精神上、あり得なくはないけど……」

 

「………。」

 

冗談のつもりで言ったが、そこまで追い込まれていたのかと改めて知ったはやては、自分の発言が悪かったと気づき申し訳なさそうにする。流石に精神異常まではなかったものの、フェイトが追い込まれていたのはある意味では事実ではあるが、同時にそこまでひどくはなかったので、当人であるフェイトはそこまで気に病むことはないとフォローを入れる。

 

「あ、べ、別にそこまで酷くはなかったよ。ただ、あの人に捨てられたくなかった一心だったし……」

 

「……それって、失敗したら……」

 

「………うん」

 

その先は言うまでもない、とあえてそこから先を口にしないはやてにフェイトは小さく頷いて肯定する。

 

「あかんなぁ……どうにもマイナスなことを考えて口にしてしまうわ……」

 

「ゴメンね、はやてに苦労かけて……」

 

「気にせんといて。ウチも正直、本音を言えばフェイトちゃんの軟禁はやりすぎやって思ってるし。今回の事件、実態が見えん限りはなんもできひんからなぁ。現れた偽物しかり、零人兄ぃの件もしかり」

 

「結局、零人のやり残したことって、その件なのかな」

 

「やと思うけど、なんや零人兄ぃ、ウチらに隠れてなんか探してたらしいねん。多分、それとちゃうんかな?」

 

「探し物って……まさかロストロギア?」

 

もう一人のフェイトとの邂逅と平行して行われていたと考えられること、はやても具体的に何を探していたと神からは聞かされていないので、答えることもできず「多分」という曖昧なものしか言えなかった。

彼女も食い掛って探りはしたものの、神のガードが厚く真実を聞くことはできなかった。しかも零人の周囲が様々なトラブルも問題の山であったことから、「これが関係している」と言い切れない。

 

「兄ぃは色々と因縁つけられたり、トラブル抱えてたからなぁ……それにあの変人仮面と蛇男もおったし……ロストロギアの一つや二つ、因縁抱えてても不思議じゃないわなぁ」

 

「本当に零人ってトラブル体質だね……」

 

でなければ、彼も《この物語|世界》では生きていけないだろう。転生した者は必ずと言っていいほど、神の遊びとして運命を決めつけられてしまう。その度合いは人によるが、零人の場合は元からの不幸体質もあってなおさらだ。

 

「爺ちゃんの性格もあるからなぁ……案外、今回も兄ぃ絡みが二、三あってもおかしくないかもな」

 

「……ってことは、あの資料」

 

「まだ見てないけど、多分そうやろうな」

 

自宅に戻る前にはやてに渡した資料は、フェイトの本来の用事であったもの。自身の指示の後に渡すに渡せなかったが、どうにか手渡すことに成功し、今ははやての手に握られていた。

 

「閲覧制限にウチしか見られんようなロックもかけられてたし、実質的にウチ宛やな。中身は、爺ちゃんのことも考えると今回の事件とかも絡んでるやろうし」

 

「ってことは、昔みたいに並行世界が?」

 

「観測所では六件の歪みと十五の反応が確認されてた。ウチらの知らん場所、どこか遠くの並行世界で祭りが行われるのは間違いないで」

 

態々ここまで回りくどいやり方で自分に宛てて送ってきたのだ、彼女たちの周りで起こっている事件、そして過去の零人の出来事から考えてそれに関係したものであることは確かだろうと推測し、はやてはフェイトのいる目の前で資料の制限ロックを解除する。

 

「え、はやて!?」

 

「別に他の誰にも見せたらあかんって言われてもないやろ? それに資料が今回のに関係してるなら、フェイトちゃんかて見たいんとちゃうん」

 

「そりゃ、見たくはあるけど……」

 

後が怖いようでならないと消極的なフェイトだが、はやては自分に宛てられたもので、誰にも見せてはいけないと書かれても言われてもいないということで、フェイトに見せるように資料のロックを解除していく。

フェイト自身も見たくはあるが、それをこうもアッサリと見ていいのかという背徳感に深いため息をつく。

 

「よし。解除成功っと」

 

「本当に大丈夫かな……」

 

「心配しすぎやって。悪いのは注意書きしてない爺ちゃんやさかい」

 

ほんなら見よか。と気楽なはやては解除された閲覧制限の資料をフェイトにも見えるようテーブルに置いて、本来は彼女が見るべきではない、見れない資料を曝け出した。

 

「ううっ……昔なら平気だったけど、今はちょっと罪悪感……」

 

「そうでもないで。爺ちゃんが零人兄ぃの話を出した時点でウチだけの話ではないし、少なくともフェイトちゃんや霊太君、元アークのメンバーも関係はしているって事やろうし……」

 

解除された資料の内容は、はやてが思っていた以上にすっきりとしており、文章の羅列の山というより、何か告知かチラシのようなありふれた見た目をしていた。

重要なデータということで、若干は期待していたはやても情報量の少なさに拍子抜けし、小声で文句をつぶやきつつ内容を読み上げていく。

仮にも制限ロックまでされていた情報だ、少ないということはそれだけ情報量が少ないのかまだそこまでした判明していないかのどちらかだろう。

 

 

「えらい少ないなぁ……えっと。これは……証言データか」

 

「シャッハの証言だね。けどなんでだろ?」

 

「さてな……こっちはなんや……聖王教会への保管指示? それも……」

 

「ロストロギア……聖遺物の……!?」

 

最初は襲撃されたシャッハの証言と、事件についての情報。フェイトに似た少女が襲ったなど、まるで犯人がフェイトであるかのように示唆しているが、同時に「それはない」と自ら否定している。

その次には、事件の日に管理局が聖王教会に依頼した「聖遺物」の移送、保管の指示、依頼書の一部コピーと詳細について書かれており、詳細の方には移送された中身が「聖遺物」、ロストロギアの類であることが明記されていた。

 

「聖王教会への保管依頼なんて、なんやきな臭い話やな……」

 

「そもそも聖王教会が関係しているってこと自体が珍しいし……聖遺物が関係しているから、無為にできないのはわかるけど」

 

この場合での聖遺物とは、基本的に言われている聖遺物とは意味合いが異なっている。聖遺物は基本的な意味ではキリスト教での聖母などの遺品がそう呼ばれ、これが魔法や管理外世界からの意味が含まれると過去の魔導師、魔法使いたちが残した魔力的遺物が含まれる。

しかし、聖王教会では聖遺物は聖王と呼ばれた彼らが崇拝する存在の遺物の事を指し、依頼の内容での言葉はこの意味を指している。当然、自分たちが拝する存在の遺品なので保管したいというのは道理だが、ここに記されているというだけでそれだけで済む話ではないのも明白。

 

「……これか。兄ぃがやり残したことってのは」

 

「ほんとだ……零人の名前が……ッ」

 

ここまで来れば勘の鈍い人間でも嫌でもわかるようで、フェイトも鈍かったのか、ようやく小さく声を漏らして気づき、先に顔を上げていたはやてと目を合わせる。

 

「恐らく。そういうことやろうな」

 

「シャッハを襲ったもう一人の私……まさか、狙いはこれ?」

 

「本心はなんにしても、かもしれんな。全く。聖王様は色々と面倒を残したもんやで……」

 

聖王教会に指示した聖遺物の保管。それは管理局に籍を置く彼らの指示と見て間違いはなかった。指示した人間の名を教会でも聞いたことがあり、自分たちのことを他人の名を借りて彼らは聖遺物を移送、保管したのだ。

その聖遺物を教会が保管したその日に、もう一人のフェイトが襲撃、一連の事件になったということだった。

事件の根幹たる聖遺物。どうやら物自体は無事だったようで、荒らされはしたが奪われたものはなかったらしい。なぜフェイトが聖王教会の聖遺物を狙ったのかはわからないままだが、盗まれれば大事であるものばかりであるのは確かで、いずれも下手をすればまた大事件になりかねない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖遺物……名称は……「聖杯の欠片」……」

 

それは、零人がかつて求め、そして危険視したほどの危険な「魔法」。

あらゆる願望を叶え、人の夢という欲を貪り、争いの種へと膨れ上がった代物。

その名は奇しくも、彼女たちの知らない、もう一人の少女が知る聖遺物と同一の名であり、その代物は欠片であることを、彼女たち二人は大分あとで知ることとなる。

 

説明
これは、交わる者たちの物語―――



げんぶさんと面白半分で計画していたコラボの性懲りもないプロローグです。
今回は自分の作品であるなのはEXのサイドとなります。
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