艦隊 真・恋姫無双 130話目 |
【 志願 の件 】
? 司隷 洛陽 都城内 予備室 にて ?
一刀から声が掛かかると、その場に居た全員から注目を浴び、口論していた二人も直ぐに矛を収めて静かになり、一刀の動きを注視した。
ーー
于吉「これはこれは。 しかし、身体は……もう大丈夫なんですか?」
一刀「ああ………何とか───」
ーー
于吉が一刀を気遣う声を掛けるが、当の本人は支障は無いと言わんばかりに答えを返す。
だが、既にガッシリと掴まれ、一刀の両肩を赤城と加賀に支えられていては、全く説得力が無さすぎる。
ーー
赤城「提督ぅ〜? まだ、一人で歩けないのに意地など張って、どうするおつもりですか? 慢心ダメ、絶対ですっ!」
加賀「そうですよ。 どこか打ち所が悪かった可能性もあります。 それに……今の提督は、戦力どころか足手纏いにしかなりません。 大人しくされるのが、本当はいいのに………」
一刀「……………判った、判ったよ」
華琳「………………」
ーー
もし、ここで『大丈夫だ、問題ない』などと返事をしていたら、例の主人公同様に、一刀へ強烈な死亡フラグが立ち並び、一斉に囲まれて襲いかかってきたかも……しれない。
意識が戻た後に変調に気付いたのだが、今の一刀は一人で歩く事ができない。 それどころか、ただ何気無く立ち止まっていても、身体がユラユラと揺れて普通に立つ事さえも困難だったからだ。
それでも、目の前の少女が心配で赤城達に頼み、説明をする決心をしたのである。
★☆★
一刀は知らなくて当然だが、あの『北郷一刀』が居た世界とは、現世(うつしよ)と隠世(かくりよ)の間の中間地点。 亡くなった人の魂が、天に昇るか地に帰るかと思案する空間である。
勤勉なる提督諸兄の中には、『黄泉の国の物を食べると現世に戻れない』という話を御存じかと思う。 ギリシャ神話、日本神話等で見聞する話だが、たいがい現世に戻れない悲話が多い。
どうして、この話を説明したのかと言えば、お分かりであろう。
一刀の不調とは、あの世界で出された物を口に入れた……北郷と共に『茶を啜った』……これが原因である。
お茶を勧めた北郷も北郷だが、北郷としては好意で勧めたのであり、悪気はなかった。 また、一刀も知識としてはあったが、まさか自分の身に降りかかるとは思わなかったのだ。
だが、幸いな事に……北郷の居た場所が中間地点であり、尚且つ、一刀が緊張の余りに湯呑の茶を全部飲まなかったお陰で、一時的な変調で済んでいた。
★☆★
されど、今の一刀は自分の体調より、目の前の少女に目を離せない。
頭に浮かぶのは、昔から一刀が夢に見る……『月光に照らされる中、一刀の名を叫び号泣する女の子』の姿。
その顔は、何時も両手で覆われていて見えていない。 夢の中ゆえ声など聞こえない筈だが、一刀の名を叫んでいるのを何故か理解できた。 見ている度に心の臓が締め付けられる……そんな切ない思いに駆られるのが常だった。
目の前の少女、曹孟徳………華琳とは何回も顔を合わし話を交えた間柄であるが、親しいという訳ではなく、あたり障りのない話だけであり、それ以上の事は何も思わなかった。
だが、此方を見て目に涙を溜めている少女の姿を見て、一刀の身体が急かす。 早く、早くと……あの悲しむ姿を止めたいと、これ以上泣かせたくないと、頭の中で訴える者がいる。
『俺の……大事な………掌中の……華。 愛しき……彼女達を。 北郷提督、貴方に……頼みたいんだ』
『北郷提督、貴方に……頼みたいんだ!』
あの世界で出会った天の御遣い『北郷一刀』から託された記憶。
ーー
一刀『(俺が出ないと………後を託してくれた《北郷さん》に顔向けが出来ないじゃないか。 あの気さくで芯の強い……彼女達を最後まで心配していた……『もう一人の俺』に対して、申し訳が立たないんだ!)』
ーー
こうして、一刀は歩く度に力が抜ける自分の身体に鞭打ち、説明するという名目で近付いて行く。
もう一人の『北郷一刀』より託された願いを成就する為に。
◆◇◆
【 再来 の件 】
? 洛陽 都城内 予備室 にて ?
一刀の様子を一目で理解していた于吉は、軽く溜息を吐くとジト目で再び問い質した。
ーー
于吉「そうですか。 でも、その返事に反して……身体の具合は非常に辛そうだと判断しますが、本当に………大丈夫なんです?」
一刀「………はは、隠し事が出来ないな。 実際は動くのがやっとだよ。 出来れば椅子に座って一眠りしたいんだけど………」
華琳「……………あっ……」
ーー
于吉と一刀の会話は、近くに居る華琳の耳にも聞こえる。 自分の為に一刀が説明すると聞いて嬉しい半面、その体調の不具合を心配した。
当然ながら、于吉も眉をひそめて一刀を止めようとする。
ーー
于吉「ならば、最初の計画通り、私に任せて貰えば…………」
一刀「………寂しがり屋の女の子が…………精一杯の虚勢を張りながら、于吉と対峙しているんだ。 俺が力にならないと……また泣かれてしまうよ……」
華琳「─────!」ビクッ
ーー
────懐かしい言葉。
この様な事を言い出す輩は、今の大陸には誰も居ない。
前の記憶がある者も何名も居るが、華琳は数ある国の執政者。 むやみやたらに無礼な真似出来ない。 それに、華琳の記憶が定まるのは……つい先程の事。 例え語り掛けても、逆鱗に触れるだけである。
だからこそ、この場、この時、この人物が掛けた言葉ゆえ、華琳の心を揺さぶり、長年の夢が叶えられた歓喜が、満ち溢れる程に満ちたのだ。
別れ際に少年………北郷一刀が、少女へ最後に残した別れの言葉。
覇王『曹孟徳』と別として評した『華琳』に対する月旦。
自分の目の前に立つ若者が、愛しの北郷一刀の再来である事を改めて確信した華琳は、一刀を抱きしめようと手を伸ばしたくなる衝動に駆られる。
ーー
華琳「…………………………」
一刀「…………」
華琳「─────!!」
ーー
だが、伸ばそうとする掌を拳に変えて力強く下に降ろす。
華琳が声を掛けようとしたが、急な事で心構えも満足にできなかった事もある。 だが、一番の原因は……記憶が甦る前とはいえ、一刀へ直接、または桂花には間接的に、気分を損ねる言葉を浴びせた後悔があった。
『今の私に……まず必要なのは謝罪。 一刀や桂花が許してくれれば、ようやく彼と話せる立ち位置を得る事ができるわ。 特に桂花には……私の精神的未熟さで、何度も迷惑を掛けた。 許しされるかは…………正直、微妙ね』
『だけど、一刀は自らの不調を押して、説明責任を果たすべく自分の前に来てくれた。 ならば、それに応えるのは曹孟徳としての責務。 公私混同しては、一刀に対して、自分の矜持に対して………許される事では無いわ!』
そう考えた華琳は、嬉し涙が流れ落ちるのを辛うじて止めると、覇王としての仮面を付け直し、弱々しげに微笑む一刀の前へ立ち臨むのだった。
◇◆◇
【 仰天 の件 】
? 司隷 洛陽 都城内 予備室 にて ?
一刀が前に出ると、鷹揚が無い声で華琳より声を掛けられた。
ーー
華琳「……………北郷、いえ………一刀。 貴方は『私』の事を覚えているの?」
一刀「ああ、幾つかは頭に霞が掛かっている状態なんだけど、この部屋に居る人達は……だいたい判るよ」
華琳「……………………」ムスッ
一刀「勿論、君の事も……ね」ニコッ
華琳「……………ふん……」ギュッ
ーー
『華琳を覚えているの?』と問い掛けた筈なのだが、何故か一刀の答えが関係者全員の記憶になり、少し頬をむくれそうになる華琳。
だが、最後に力なく笑顔になり、『覚えている』と言われて、思わず目尻が下りそうになるが、力強く拳を握りしめて興味無さげに装う。
だが、心の中では─────
『せ、せっかく……覚悟を決めたのに、何よこれ!? 何で一々、一刀の言葉に反応するのよ、私っ!? 覇王として対峙するつもりだったのに……これじゃあ、華琳のままじゃないっ!?!?』
─────混乱していた。
実際、華琳は覚悟を決めて前に出てきたものの、長い年月の寂しさは捨てきれなかった。 今も一刀の事を恋い焦がれているのは、明白である。
そもそも、今の生を受けたのは、たかだか十数年程だ。
だが前の世界では、一刀との急な別れから数十年間、自分と同じく一刀を待ち続けた友たちもまた、櫛の歯を挽くが如く逝ってしまい、最後には華琳も倒れた。 桂花に後の事を頼んで…………
そんな、まだ若い人生で得た覇王の仮面を付けたとしても、夜店で売っているお面と同じく壊れやすい物。 素である華琳という少女の寂しさを、隠しきれるほど丈夫な物ではない。
そんな事を高速思考で自己判断した華琳は───
『…………い、いいわよ! それでも私は立派にやり遂げる! 一刀から隠している事を全部吐かせて、私達に納得できるよう説明をさせるわ!』
─────と、再度の覚悟を決めた。
そもそも本来の目的は、味方である華琳達、そして敵である白波賊、背後で見え隠れしている深海棲艦、何やら企む王允達を相手取り、様々な思惑と謀を組み立てた、最大の黒幕『北郷一刀』に問い質すためである。
だからこそ、ここで挫折などしている暇などなかったのだ。
ーー
華琳「まずは、一刀………貴方が無事に生還した事に対する祝いを述べるとともに、記憶が無かったとはいえ、貴方に対し失礼な振る舞いを行った事、深く曹孟徳の名で詫びさせて貰うわ」
一刀「………………俺には不要だよ。 話は赤城と加賀から聞いてるけど、実質の被害は……じゅ、荀……んんっ! ごほんっ!!」
華琳「………??
('='§) ハッ!!」
桂花「 ………………… 」ジィィィ
ーー
一刀が話の途中、桂花の名を改めたのを聞いた華琳が後ろを見れば、頬を少しだけ膨らましている桂花の姿が見えた。
そのまま様子を窺えば、一刀が桂花を真名で慌てて呼び直す。
ーー
一刀「け、桂花……と、加賀だ。 その二人に謝罪して貰えば、それで水に流そう」
華琳「…………」ジロッ
桂花「〜♪ 〜〜?」
ーー
一刀が言い直すと桂花の機嫌が治り、可愛くむくれる仕草を止めると、華琳を見ながら嬉しそうに微笑を浮かべた。
ーー
華琳「桂花! 貴女………」
桂花「華琳様、一刀の謀は大変勉強になります。 ここは、私や冥琳達を含む他国の軍師達も間近で聞かせ、意見を述べさせては如何でしょうか」
華琳「…………うっ」
桂花「私達と違う見解も聞けますし、一刀達にも今後の動きで参考になるかと愚考するのですが………」
華琳「……………………い、いい……」
冥琳「────待たせたな!」
華琳「待ってなんかないわよっ!! その前に呼ぶ許可も出してないのに、私の側へ集まるのが幾ら何でも早過ぎじゃないっ!!」
詠「だったら、さっさと決めなさいよ! ただでさえ話が長引いて御叱り受けてるんだから!!」
華琳「わ、私は関係ないわ! 文句があるなら作者に言いなさい!!」
ーー
ーー
その件は、重々承知してます………だけど、調節が難しくて。
まあ、裏話はさておき────本編を。
ーー
ーー
そもそも、この話は華琳が単独で引き受けた話だった。 途中、于吉から賭けの話も出ていたが、これも華琳が自分の真名を懸けて承諾した事。
しかも、桂花を除けば他国の軍師。
自分の臣下では無いため、集まるのに許可など必要もない。 そして、この者達は正史では名が残る程の軍師だから、機を見るに敏である。
だからこそ、彼女達は動く。
一刀が大事な話をしようとする事に気付き得たのだ。
ーー
冥琳「………ふっ、言っておくが、私には聞く理由があるから来ただけだ。 何故なら、我ら孫呉も天の御遣いを受け入れている国。 華琳の下に左慈があらば、孫呉に于吉あり。 即ち、北郷と強固な繋がりがある国同士だ」
華琳「それは、私と協力関係を結ぶって事?」
冥琳「遠交近攻策と……表向きには思われるかもしれないがな。 今の私達は北郷を通じての知り合いであり、戦乱を越えて友誼を結んだ仲だ。 こんな時だからこそ、助け合いたいと願うのは……虫のいい話かな?」
華琳「…………俄には信じられないわね」
ーー
華琳が冥琳の提案に不機嫌そうな顔をする。
そんな話の中、詠が割り込むように口を挟む。
ーー
詠「まあ、そうよね。 冥琳が真面目な顔して、月や翠に同盟の話を申し込んだ時、思わず頭を疑ったわよ。 こんな戦乱の前兆が訪れてる時に、友誼を信じて同盟を結ぶだなんて、絶対にあり得ないって」
華琳「同盟とは、力ある者同士が互いに不干渉不可侵を決める契約よ。 取るに足らない曖昧な物で、民や国を危険に晒すなんて真似できないわ!」
詠「だけど、月とボクは内密だけど承諾したし、翠も乗り気で当主である母親に上申してみると息巻いていたわよ」
華琳「………どういう事なの? まさか、また……于吉に操られているとか……」
冥琳「いやはや辛辣だな。 だがな、詠にも翠にも伝えたが……この言葉を最後に付けると、皆が同意するんだよ」
華琳「…………!?」
ーー
華琳の答えに曖昧に返答した冥琳は、掛けている眼鏡の奥から真っ直ぐに華琳の目を見据えた。 静寂な湖面を思わせるような瞳に、華琳の強張る様子がハッキリと映り込む。
『─────な、なんて事! 于吉の挑発は陽動で、本命は冥琳を利用して私を操るつもりだった!?』
前々回の時、于吉達の陰謀に巻き込まれた三人が揃うとなれば、確かに心配もしたくなるのは、華琳でなくてもわかる事だ。 たとえ、一刀と手を組んでいようとも、陰湿なやり方は前と変わらないだろう。
冥琳の澄ました顔を見ながら、頭の中で油断した己の慢心に悪態を吐き続ける華琳。 そんな苦虫を噛み潰したような顔を見せる目の前の友に対し、口角を上げた冥琳の口から言葉がユックリと紡ぎだされた。
ーー
冥琳「もし、これが────
『北郷が描いた策の一つだとしたら』
─────どうする?」
華琳「…………ほぁっ!?!? そ、それ、本当なのっ!?」
冥琳「ああ………その臆測の結果を知る為に、北郷の話を聞いて答え合わせしようとしたんだ。 前の歴史との照査、北郷達が起こした数々の事象から判断して、浮かび上がらせた結果───この策に行き当たったんだ」
詠「あくまでも想定よ、そ・う・て・い! だから、ボクも一刀の話を聞いてから月に報告して、正式に決めようと思っていたの。 毎回、諸侯に連合されて攻められる身だから、対応策はキチンと考えないと………」
ーー
華琳の口から意外な言葉が漏れたのを聞き、悪戯が成功した童のような顔で冥琳が笑う。 気が付けば、側に居る詠も苦笑している。
冥琳の口から出てきた意外な話に、またしても華琳は驚愕する羽目になった。 っていうか、それしかできない。
だが、華琳の後ろに居た桂花は………その話を聞き、ニヤリと笑う。
ーー
桂花「ふ〜ん。 じゃあ、冥琳と詠は気付いたの? 一刀の深謀遠慮に………」
冥琳「ああ、私の考えが合えばの話だが、な。 だが、今でも信じがたい。 北郷一人が倒れた事が、まさか……ここまで影響を与えるとは……」
桂花「敵に容赦なく打撃を与えたと思えば、味方を可能な限り護ろうとする……一刀らしい奇策よ」
詠「一見、バラバラに見えていた策が連鎖する事により、爆発的な相乗効果を発揮させて、神算鬼謀を生み出す……一刀の頭って……どうなってるの?」
ーー
どうやら、一刀の言いたい事が理解している三人。
だが、会話に加われず黙って聞くしかなかった華琳は、一刀の方を見て暫しの間、睨み付けるのであった。
◆◇◆
【 笑謔 の件 】
? 洛陽 都城内 予備室 にて ?
一刀「さて………まずは、俺の謝罪を聞いて欲しい。 本来であれば一人一人に謝らなければならないのだけど、この通り……体調が著しく悪くてね」
赤城「提督、無理は禁物です。 まずは、この椅子に座ってから………」
一刀「ああ、助かるよ………赤城。 それでは、失礼して………」
ーー
一刀の様子を見て、四人の反応は其々に別れた。
ーー
冥琳「………………ふむ、今までの疲れか? 確かに激務が続いていたのだろう。 もし、体調が悪いのであれば、無理などしなくてもいい。 また、日を改めるぞ、北郷?」
詠「ちょっと! 何で身体の具合が悪いのに、態々前に出て話なんかしようとするのよっ!? ああ、もうっ! ボクと月が付き添っていたら、絶対無理させないように体調管理してたのに!!」
華琳「──────まさかっ!? また、消えるつも───」
桂花「華琳様、御心配なく。 于吉と左慈の話では、世界から消える前触れではないそうです。 ただ、かなり衰弱しているというのが、于吉と左慈、華佗の共通した意見でした。 原因は不明でしたけど………………」
華琳「……………えっ?」
ーー
冥琳、詠は病だと見て体調を心配し、華琳と桂花は世界の消失を心配した。
それぞれの境遇の差違だが、その差は余りにも残酷だった。
たまたま、一刀の容態を知る桂花が居たからこそ、華琳は取り乱さなかったが、もし、一人だけで居たなら、誰が何を言っても信じる事なく、半狂乱に陥っていただろう。 北郷本人が伝えたとしても、だ。
何故なら、その北郷一刀自身が……皆に隠したまま消えようとした、前科がある。 その事をよく知るのが、皮肉にも華琳だったからだ。
だから、このままの状態であれば。
一刀が深海棲艦に撃たれ、その件で華琳と口論し、部屋から飛び出した桂花と同じ、もしくは………それ以上の酷い結果になっている可能性があった。
しかし、桂花は既に理由を聞いていたため、一刀の正確な容態を教えたお陰で、華琳は取り乱す事もなく済んだのだ。
そんな騒然とした中で、華琳を落ち着かせた桂花は、腐れ縁の赤城に声を掛ける。 聞くのは当然、一刀の事だ。
ーー
桂花「……………まだ………そんなに動くのが辛いの?」
赤城「ええ、原因は判りませんが………この通りなんです。 あの後、華佗さんに再診察して貰ったんですが、首を捻るばかりで………」
ーー
そんな説明を二人でしていると、加賀が虚ろな目をして呟く。
何やら名医との単語を出しているので、華佗の事を示していると思われるのだが、その後に並ぶ単語の意味が桂花達には判らない。
ーー
加賀「名医どころか……土手ね。 いえ、それとも筍(たけのこ)? 雀?」
桂花「な、何よ、その不統一な言葉は? 華佗と何の関係あるのよ?」
ーー
桂花は元より、冥琳も詠、そして華琳さえも不思議そうにしている。
土手、筍、雀………これが華佗と何の関係があるのか?
四人が頭を抱える前に、赤城が申し訳なさそうに頭を下げて、その内容を説明した。
ーー
赤城「え〜と、提督を診察してくれた華佗さんの腕を疑っているんです。 原因が全然判明しないのは、腕が悪いからじゃないかって……」
冥琳「………それが、あの言葉……?」
赤城「ええ、そうなんです。 私達の世界の話なんですが……医者の地位が幾つかあって、その中に藪、土手、雀……と。 藪は風で動くから、風邪なら行こうという訳で藪医者……」
桂花「…………ふ〜ん、それで?」
赤城「そんな藪医者から一つ下がるのが、土手になります。 藪(やぶ)の下には、土手があるものですから……」
詠「えっと、それで……筍と雀って……どう意味なの?」
赤城「筍は……藪になる前に土手から生えてくるから。 雀は、藪に向かって飛んで来るからだと……」
…………
……………
…………………
華琳「それって、ただの……笑謔(ギャグ)?」
冥琳「普通に考えれば、な。 だが、これは……無視は出来ないぞ?」
詠「そうよね。 この漢王朝の祖で在られる光武帝は、上下の身分に関わらず笑謔を示し吉凶禍福を招いたと伝わるわ。 もし、それが光武帝と同じ天の代理者からの笑謔なら、ボク達の返答しだいで………吉凶が変わるかも?」
華琳「…………だけど、これってボケるとこなの? それともツッコミするところなの? その意味が判らなければ、反応しようにも対処が………」
桂花「…………………」
赤城「……………?」
ーー
聞き終えた華琳達は、言葉を精査して考え始めた。 赤城から見れば可笑しな光景だが、この時代の者なら普通の思考である。
何故なら、笑謔には『光武帝』………その偉大なる皇帝の名が関わっていたのだから。 そうでなければ、華琳達は赤城の話を一笑して、次の話へ進めたであろう。
★☆★
光武帝とは、後漢の祖にあたる人物であり、名君と名高い皇帝。 数々の王朝の中で、一度倒れた王朝を再び建て直したという、前代未聞の偉業を成し遂げた英傑。 『柔よく剛を制す』など名言を残す。
されど、その割りには気さくで、何かとんでもない事をしては臣下より叱責されたという、結構お茶目な面もあった人物である。
そんな光武帝だが、笑謔をこよなく愛した皇帝としても署名である。
あるときは、日ノ本が誇る頓知小僧のような笑謔を繰り出し、難問を解決するときもあれば、あらゆる面で笑謔を口にし、臣下や友人達を(寒くて)震え上がらせた。
ちなみに公式な記録に『ウケた』という記録は…………一回だけ、だという。
しかも、光武帝の正妻『光烈皇后』の記録にある『不喜笑謔』
光武帝の余りに寒い笑謔ばかり聞き過ぎたのか、ツッコミに慣れすぎてしまったのかは判らないが、最愛の奥様は笑謔を喜ばなかったようだ。
★☆★
だが、そんな固まる空気の中、赤城と親交?があった桂花の反応は早かった。 すぐに赤城へ抗議の文句を言い放つ。
ーー
桂花「────ふん、言葉の意味は判ったわ」
華琳「け、桂花!?」
冥琳「お、おいっ!」
詠「─────!?」
桂花「大丈夫です、華琳様。 私が何度も赤城とやり取りしましたが、笑謔を無視しようが、馬鹿にしようが私は無事でした。 つまり、普通に返答すれば問題などありません」
「「「 ……………… 」」」
ーー
三人は唖然とする中、桂花だけは無視して赤城へ問い掛ける。 何故なら、赤城と散々論じているのに、罰など何も感じた事は無いからだ。 それなら、笑謔の返答如きで悩むなど無意味だと考えた。
ただ、加賀に直接問い質しても口数少ない彼女より、話が聞けるのかは判らない。 そうなれば、何時も一緒に居る赤城へ説明を求めた訳である。
ーー
桂花「さて、赤城………貴女に聞きたいんだけど?」
赤城「え、ええ……判る範囲なら………」
桂花「じゃあ、遠慮なく聞かせてもらうわね。 華佗は華琳様も診察を頼む程の名医よ! 確かに何かと熱心で鬱陶しいわ、自分達の流儀名の発音に物凄く煩い男だけど、腕は当代一流であるのは間違いわ!」
赤城「も、もちろん、提督も私達も知ってますし、色々とお世話になりましたから、疑うことなんかできません!」
桂花「じゃあ、なんでぇ────」
赤城「つまり…………これ、なんです」
ーー
両手を握ったと思えば人さし指だけを突きだし、その形のままで自分の頭に付けた赤城。 鬼の角をイメージさせて『御冠』と示したかったらしい。
加賀が心底から心配しているのに、制止を振り切り華琳達へ赴こうとする一刀に臍を曲げた……などと言えなかったからだ。
だが、それを見た桂花が首を捻りつつ、赤城へ答えた。
ーー
桂花「なんで理由が、あの陸奥って呼ばれる御遣いになるわけ?」
赤城「……………へっ?」
ーー
これは、赤城の思う鬼のイメージが桂花に通じなかったからだ。 そもそも、鬼のイメージは日本特有のモノであり、大陸には無い。
例外と言えば、儒教の『詩経』や『中庸』に鬼神章や鬼神の名が散見する部分がある。 しかし、《子曰く、鬼神の徳たる……》との文章を一読すれば、神とも祖霊とも見なしており、日本の鬼とは違う事が判るだろう。
だから、頭に角がある者、それを近くで捜して見れば………此処に長門は居ないのだから、当然にして当然ながら………彼女へと目が向く。
ーー
桂花「あっ………そう言えば、爆発とか大声で喋っていたけど。 ふ〜ん、感情が爆発……つまり、怒っているって事?」
赤城「シッ! シィ────ッ!!」
桂花「ふーん……あのムッツリな女は、一刀の様子を心配しても自分から言えずに、診察してくれた医者に八つ当りしてるって言いたいのよね?」
赤城「そっ! そんな事! 私は考えた事も────」
桂花「慌ててるって事は、確証を持っているんでしょ? そうでなければ、赤城のくせして、この『荀文若』に回りくどい説明する訳ないじゃない」
赤城「け、けけ、桂花さぁ─────はぁっ!?」
ーー
赤城が桂花の答えを聞き、慌てて遮ろうとしたが、既に遅かった。
少し離れた先より、赤城に見せる冷ややかな視線が二対。
ーー
加賀「そう……赤城さん。 そんな風に……私を………」
陸奥「もう、赤城さんったら! 幾ら私でも、そう何度も何度も爆発なんてしないのに〜! 失礼しちゃう!」
赤城「あ………………あはっ、あははははは…………」
ーー
赤城は二人に睨まれ、既に手遅れだと悟った赤城は、乾いた笑いを上げながら思うのだ。 桂花に問われて、完璧なまでに偽装して密かに知らせた筈が、どうして要らぬ恨みまで、買わなければならないのか、と。
そして、恐ろしい程に紆余曲折した筈の真意が、何で桂花へ華麗に通ったのか。 改二前の艦娘と軍師という専門職の頭脳の差は、こうも違うのか。
ーー
赤城「────はっ! もしかして………これが、胸部装甲の差っ!?」
桂花「今、赤城……アンタの顔を無性に張り倒したい気分なんだけど………何を呟いたのか、正直に話して御覧なさい?」
ーー
この時、進むも地獄、退くも地獄の状態となった赤城は、ミッドウェー海戦以来の苦戦へと陥る覚悟を決めたと、後に述懐。
『慢心』とは別に、『ネコ耳軍師』の知謀と恐怖、そして………禁句事項を鎮守府で待っていた同僚や後輩達へ、熱心に熱心に語って聞かせたという。
説明 | ||
少しずつ終わりに近付けてきました。 11/12 作者の事情により、一部だけ続編追加しました。 |
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コメント | ||
雪風提督 コメントありがとうございます! 正にそんな状況で「言わないで下さい! また、桂花さんにしか………あっ!?」 (いた) 赤城にとって桂花は合肥守備時の張来々と同じ状況?(雪風) mokiti1976-2010提督 コメントありがとうございます! コメントごもっともです。 笑謔の部分は、本来は一刀の謝罪の後で入る文章でしたが、謝罪のところで推敲に苦しみ逆転させて早めに投稿しました。 十月が忙しくて、また二ヶ月遅れになりそうでしたので。 申し訳ありません! (いた) …で、何時一刀の謝罪が始まるのです?笑謔も良いんですが…何か一刀を放ったままのような感じが。(mokiti1976-2010) 未奈兎提督 コメントありがとうございます! 他の皆様の作品では覇王的な華琳様が多く登場する中、ついついギャグめいた華琳を出してしまう作者ですw。 笑いがないとつまらないので。 液晶の件は……おっと誰か来たよう(逃走)(いた) とことん覇王の仮面被ろうとしてその度滑って落とす覇王様にもう笑いが堪えられん、華琳様の顔文字でお茶吹いたじゃないですかこのお茶まみれの液晶どうしてくれる!w(未奈兎) |
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