紫閃の軌跡 |
〜トールズ士官学院 正門前〜
帰りのホームルームも終わり、部活に少し顔を出して外に出た頃にはすっかり夕焼け空となっており、季節が少しずつ秋らしくなりつつあるのだと思わせる。
「はてさて、どうしたものかな……あいつらだけだと確実に手詰まりになるのは目に見えてるし」
とはいえ、下手に口を出していろいろツッコミを受けそうなのは確実。転生前は一人の学生であったが、この世界に来てからというものの、遊撃士・星杯騎士・軍人の三足草鞋状態で年相応の学生らしいことなど何一つしていない。
だからといってアドバイスしようものならば、最悪転生者であることすら話さなければならなくなる。昨年の経験者であるクロウがあの調子ではより難しいだろう。すると、考え込んでいるアスベルの姿が目に入った一人の女子生徒が話しかけてきた。
「あれ、アスベル君?」
「ん? ああ、トワ会長ですか。ちょっと考え事ですよ…学院祭の」
「あー、一年生は悩むことになっちゃうよね」
この学園の生徒会長でもあるトワ・ハーシェルその人であった。これは渡りに船とも言えるのでは……そう考えたアスベルはトワに学院祭のことの相談を持ち掛けることにした。
「会長さんや。ちょっと相談に乗ってくれるか?」
「え? いいけど、まずは用事を済ませないと」
「なら、手伝うよ。あいにく荷物持ちぐらいしかできないですが」
「それだけでも十分すぎるよ……というか、解ってて敬語使ってるよね?」
「軍人は階級・年功序列の世界ですので」
星杯騎士という括りならばアスベルが先輩なのだが、この学院においては立場が逆転する。とりわけアスベルは特殊な制約が課せられているとはいえ、現役の軍人に等しい。これぐらいの切り替えの早さがないと三足草鞋など到底無理な話だ。
ということでトワの買い物というか生徒会の買い出し手伝いをすることになったのだが……あちこち店を回って、ミヒュトの交換屋で用事を済ませたころには夜になっていた。
「……思ったよりありましたね。買い物」
「まぁ……って、ごめんアスベル君! そんなに持たせちゃって」
「お気になさらず」
付き合っているというかパートナーの面々が荷物を押し付けたりすることがないためか、こういう荷物持ち自体は新鮮な感じがした。ひとまず、中央広場で休憩がてら学院祭の相談を持ち掛けた。ただ、その相談を聞いたトワは悩んでいた。
「そっか……でも、うーん、あれをアスベル君に見せるのは……」
「……」
まぁ、気持ちはわからなくもない。原作を知るものとしては、自分の彼氏にあの恰好をした自分を見せるのは勇気がいることだろう。別に無理にはいうつもりも更々なかったし、最終手段は各地で集めた雑誌からそれ系のものをアイデア参考として提示することも視野に入れていた。
トワは何かをあきらめたかのように、溜息を吐くと……泣きそうな表情でアスベルに向き直った。
「その、見せてもいいけど、アスベル君」
「なんです?」
「あの衣装、アンちゃんとクロウ君のせいだから、勘違いしないでね?」
「………あ、はい?」
もはや説明の時系列自体皆無であった。
次の日、トワから放課後に生徒会室に来るよう伝えられ、その言葉の通りにアスベルは訪れたのだが、その当の本人はというと夢の世界であった。
「すぅ……えへへ……」
「起こすのも忍びないし、起きるまでのんびりしてるか」
制服の上着をトワに優しく掛け、応接用の席に座ってのんびり帝国時報を読み始めた。ここのところ策略考えたり、太刀を握ったりすることばかりでこうやってのんびりするのは久しぶりであった。
(しかし、この時期に条約締結とは大胆な手に出たな)
一面を飾るのはリベール王国とエレボニア帝国の領土条約についてであった。写真はがっちりと握手を交わすアリシア女王とオリヴァルト皇子が大きく掲載されている。もともと一か月程度の猶予があったにもかかわらず、それを半月程度にまで圧縮した手腕は高く評価されてしかるべきだし、帝国といえど真摯に向き合う姿勢を見せられたこと自体褒められることだろうとは思う。
――― 一部の領土は帝国領のままだが、センティラール州はこの条約を以てリベール王国に編入され『センティラール自治州』との形となり、ほかの元帝国領と同様の法治体制が敷かれる予定。これに合わせてユミルとケルディックに遊撃士協会支部の復活を一か月以内に行うと遊撃士協会総本部が発表。 ―――
もともとトリスタはセンティラール州の一部。トールズ士官学院がある関係でセンティラール州から帝国直轄領へと変わるが、税制などの体制は維持する方針を正式に発表。帝国内でいつ発火してもおかしくはない内戦の火種……それを回避したいというオリヴァルト皇子の意向だが、事はそううまくいかない可能性がある。
(ある、というよりは極めて高い部類なんだよな。今までのカイエン公の行動と性格からして)
実はアーティファクト絡みで彼の内情を調べるため、公爵家の執事に変装して彼の周りを徹底的に洗い出したことがある。結果としては黒なのだが、それをわざと見なかったことにしている。元々任務というよりはそのついでに調べた案件というのもあるのだが、その過程で彼の性格もその狙いも見えてきた。
「ん……あれ、この上着……」
と、少し考え込んでいたところでトワが起きたようで、読んでいた帝国時報をまとめるとトワのほうに声をかけた。
「張り切るのはいいけど、根を詰めすぎないようにって入学式の時にも釘を刺したんだけどねぇ…ま、簡単に治る性分なら苦労はしないけれど」
「って、アスベル君!? ひょ、ひょっとして見たの!?」
「約束があることを忘れてたわけとは思えないが、少しは気晴らしとかすることを勧めるぞ」
「むー、こういう時は敬語使わないんだからホント卑怯だよ」
「卑怯といわれてもねぇ……」
何はともあれ、さっそくその時の映像を見させてもらったのだが、実際目の当たりにするのは別の意味で衝撃を受ける。それを見たアスベルの第一声は
「まぁ、あれだな。よく頑張った」
「どうしてその台詞!?」
自分の彼女の過激な姿は人に見せたくない欲というのは理解していたが、こういう形でその気持ちを理解する日が来るだなんてだれが予想したことだろう。その服装は抜きにしても、バンド形式でのステージ発表というのであればその道に詳しいエリオットの存在もいることだし、決して無駄にならないだろう。
「トワが頑張ってくれた分、そのお返しはきっちりと返すよ」
「……なら、学院祭でデート一回分してくれたら許すかな」
「まぁ、それぐらいなら(ここまで体を張って、その代償としては安くないか? というのは黙っておこう)」
彼女が意を決してまで自らの黒歴史に近いようなものを提供してくれたのだ。
それを無駄にしないことこそがパートナーであるものの務めだと。
翌日、早速その映像を見せたところ思いのほか好評であり、Z組の人数と他のクラスの出し物が被らないとのことで出し物自体は『ステージ演奏』という方針で決まった。曲や衣装についてはエリオット、リィン、経験があるクロウの三人に加えて、ここで意外な人物が手を挙げた。
「なら、俺も協力を申し出よう。特に楽器関係を手伝うさ」
「珍しいね、ルドガーが自分から協力を申し出るなんて」
「あのなぁ……ま、否定はできないが」
所属している部活の関係上、ルドガーが中核メンバーに入るのは想定していたが自ら申し出るとは驚きだった。
その理由は本人曰く
『楽器関係はまだしも、下手に衣裳関係手伝ったら鉢合わせしそうで怖い』
とのことだった。それだけで理解できてしまったことにアスベルも苦笑を浮かべたのは言うまでもないが。
そして自由行動日。アスベルは調理部にいた。とはいっても、部活としての出し物はあらかた決まっており、部長のニコラスからは頼まれごとをこなしていた。その内容は
「メニューの参考資料ねぇ……」
一年W組で東方系喫茶の出し物をするとのことで、その系統の剣術を嗜んでいることと先日のコンクールの一件で白羽の矢が立ったという感じだ。とはいえ、実際に厨房に立つわけではないので安心なのだが、本格的なものとなると材料費が嵩みかねないが……その辺は何とか折り合いをつけたので、心配はしていない。
「(後で、何か見繕っておかないとな…)先輩、こんな感じで大丈夫でしょうか?」
「ふむ……材料面が厳しそうだけれど、これなら行けるかな?」
「その辺は知り合いに頼んでおきましたので、なんとか行けるかと」
正直、その辺を自力で乗り越えてこその学院祭だと言いたくはなるが、別方向とはいえ自分自身も周囲の人々の力を借りてここまで来ている以上反論の余地がないといってもいいことに溜息を吐きたくなった。
時間は進み、実技テストの日。今回はサラ自身が相手ということで一部を除きチームで挑む形となっている。その一部というのは言わずもがな
「解ってはいたが納得できません」
「右に同じく」
「ですね」
「いや、『あの連中』と互角以上に渡り合える時点で学生レベルを逸脱してるからな、お前ら……」
アスベル、ルドガー、そしてセリカの言葉に審判役を買って出たスコールが冷や汗を流しつつ嗜めた。そうして一通りほかの面々がテストを終えたところで、スコールがサラを回復させた。
「ん、これでいいだろう。さて、サラの鍛錬もかねてあいつらと三連戦だ」
「………ゑ?」
引き攣った笑みを浮かべるサラに対して、満面の笑みを浮かべるスコール。その光景に周囲の人間も冷や汗が流れるほどであった。
「いやいやいや、アタシさっき戦ったばかりなんですけれど!?」
「ここいらで鈍った根性叩き直してもらわないと示しがつかないからな。それに、あいつらだけ特別扱いは問題になる。もしやらなかった場合は……200倍だ」
「あー!! もう、いいわよ! 天使でも悪魔でもかかってきなさいよ!!」
「自棄になってるんですが……」
「まぁ、いつものあれだから気にしないでくれ。というわけでまずはヴァンダールからな」
「あー、はい」
ここからセリカ、ルドガー、アスベルとの一対一の実技テスト。その結果はというと案の定であった。
「………モウカエリタイ」
「この後のこともあるから手を抜いたのですが、これでよかったのでしょうか?」
「大丈夫だ、問題ない。ほれ、とっとと起き上がって『特別実習』の発表をしろ」
セリカはともかく、<執行者>はおろか<使徒>クラスと互角に渡り合えるアスベルとルドガー相手は分が悪い。それでも無理やりぶつけたのにはスコールなりの気遣いもあったのだろうとは思う。ともあれ、今月の特別実習が発表された。
―9月度特別実習―
A班:ルーレ
リィン、エリオット、アスベル、クロウ、アリサ、ステラ、セリカ、フィー
B班:オルディス
ルドガー、ユーシス、マキアス、ガイウス、エマ、ラウラ、リーゼロッテ、ミリアム、アーシア
「今回は割と釣り合いが取れていますね……」
「それはいいんだが、そこのガキンチョをオルディス行にしてよかったのか?」
「むー、それってどういう意味さ?」
「(どっちにしても騒ぎになるかもしれないけれど)」
ユーシスの懸念も尤もだろう。海都オルディスはラマール州の首都であり、その州を治めるのは『カイエン公爵家』―――“貴族派”最大派閥の本拠地。そこに“革新派”の中心人物に近い立場にいるミリアムを行かせても問題はないのかということだろう。それを言ったらルーレを含むノルティア州を治めるログナー侯爵家のこともあるので正直『どっちもどっち』と言う他ないのだが。
かなり圧縮した感は正直否めない。
とはいえ、特別実習はきちんと書きます。
旧校舎は忘れてるわけではないのですが、アスベルかルドガーいたら「あいつ一人で(ry」にしかなりませんのでカットした。反省はしている。
閃Vがついに出ましたが、買うのは当分先になりそうです。
いろいろ大きい出費が重なるのがわかっているため節約中です。
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第102話 皆無 | ||
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