キャベツの塩漬け、幽霊爆弾
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 キャベツを塩漬けにして発酵させて最終的には瓶詰にする工程を繰り返して、こんなことをしなくても缶詰をたくさん買ってくればいいのにと思うけれども、キャベツがないとダメなんだと言ってKは僕にどんどんキャベツの塩漬けを作らせる。ガスがポコポコ湧いてくるので棒で突いて空気を抜くのが僕の仕事で、そんなことを毎日繰り返しているうちに僕はすっかり嫌になってしまってKにお外で遊んでもいいかどうか聞くと、外はまだ幽霊がうろうろしているからだめで、お部屋の中で遊んでいなさいと言い、でもこの部屋で遊べるものはもうたいてい遊んでしまっていて、絵が描きたくても紙もないし外の古紙回収場に拾いに行くのが一番いいけれどもそこへ行くには幽霊の多く出るビルの谷間を抜けて行かなくてはいけないから当然そんなところに行ったなんて知られたらKには怒られて鯨の肉を食べさせてはくれなくなる。なので僕はだんだん時間を使ってぼんやりと空を眺めているほうが多くなって、朝起きてもずっと寝ぼけたような頭を維持しておけば暇な時間も有意義に使えるんじゃないかと思ってそういう頭でいたこともあったけれども、でもだめでそういう頭でいると鼻を通って幽霊が頭に入ってこようとするからだめで、僕はしゃっきり起きて噛み煙草を噛んで頭をはっきりさせるしかない。

 幽霊爆弾は幽霊を詰めた爆弾で通常は風船で吊るして落としたいところまで運んで行って落っことすと爆発して、幽霊は四方八方に飛んで行ってそこにいる人に憑いて頭をおかしくさせたり谷に向かってジャンプさせたりするので、この辺にはちょうど一月前に幽霊爆弾が落っこちてきて、幽霊爆弾は戦時中に機械でばらまかれて今も世界中の気圏の風に乗ってランダムに飛び回っていてレーダーでも発見できないし、だから落ちてきたら一巻の終わりで僕らは春でも夏でも長い冬ごもりの準備をしなくちゃならない。

 Kは僕の親でも友達でもなかったけれども戦争で身寄りのいなくなった僕を拾ってくれて世話をしてくれる唯一の大人で、僕はKのキャベツの塩漬け作りを手伝わされる代わりにパンをもらって暮らしていた。Kはいわゆる兵役拒否者で周りから白眼視されていてというのを僕は結構最近になって知ったのだけれどもそれでもKは僕にとって尊敬できる唯一の大人だった。

 幽霊に遭わないようマスクをつけないと表に出ることはできなくて、子供用のマスクはないからKの大人用のマスクを借りて酸素ボンベを背負って外へ行くと、幽霊爆弾の破裂した地域の空は一年間に渡って大気が歪んで太陽光線も紫色になるから雲一つない紫色の空で、それは変にノスタルジックで僕は嫌いではなかったけれども、それは酸素を過剰に吸いすぎて見る景色であるからかもしれなくて僕は本当は空の色がどんなだか見たことはない(部屋には窓はなく、雨戸は幽霊が入ってこないように下ろされているから、僕は幽霊爆弾が落ちた後の空の色を見ていないのだ)。Kと一緒に街の商店へ行って鯨の肉の缶詰と追加のキャベツとパンを一か月分買って帰るときだけが僕の唯一の外出日で楽しみで、あとはだいたい、キャベツの空気を抜くばかりが日々のルーチンだ。

 商店主のセオドアはKとは昔馴染みのようで兵役を拒否したKのことを邪険にしない唯一の人間だったが、けれども彼もあまり表だってKと話しているところを見られると気まずそうに声を小さくするので、僕はセオドアのことはそんなに好きではない。それでも僕らが買い物に来ると僕に飴玉の半分だけ入った缶をくれて、それは僕の楽しみだったが、近頃では物資も入ってこなくて缶もくれなくなってしまった。セオドアとKが話す内容は僕には分からなかったけれども、西の谷のフリーウェイが壊れてラクダが通って来れなくなったから、それで直るのにいつまでかかるか分からないから、もうこの街も引き上げるしかないかもねというようなことを言い、Kは複雑な表情をしてでもおれはここに残るよと言い、セオドアはお前はいっそのこと外へ出て行ってしまえばいいんだよこんなところにずっといたって、何にもならんじゃないか、俺なんかは親から継いだ店と土地があるから簡単には出ていけないけど、でもみんなもうさっさとこんな町は捨ててしまって、幽霊爆弾の炸裂していない土地を探してどんどん外へ行ってしまっているんだぜと言った。お前がこの町にこだわっている理由なんかないじゃないかと言う。

 それでもKは黙って悲しそうに首を振って何にもセオドアには言わなかった。僕らはリュックサックにキャベツとパンと鯨の肉の缶詰を詰めて瓦礫と乾いた犬の死体だらけの街路を僕らの住処のマンションに向けて歩いて行った。

 途中でKが必ず立ち寄る廃屋があってそこには墓があって僕がマスクの中でもしかしてKが建てた墓なのと聞くと、Kは答えなかったけれども手を合わせていて、それがもしかしたらKがずっとこの街から出ようとしない理由なのかと思ったりもして、でも外でゆっくりしていると、すぐ幽霊が近寄ってきて僕らの息から中へ入ってこようとするからおちおちのんびりもしていられなくて、僕らは逃げ帰るように家まで戻るのだった。

 それからまたキャベツを突きながら、Kが僕に、お前は外へ行ってもいいし、セオドアに話を付けてお前をどこかの孤児院で引き取ってもらえるようにしてやってもいいんだよと言い、でも僕は孤児院がどこもかつかつでこの街で暮らしているのと大した違いはないというのを聞いたことがあったから、Kにはその話は断ることにしていいよと言った。

 夕日は青色の光になって外の町の陰影を死んだような景色に染め上げるらしいけれども、僕はまだ見たことがなく、見たいと言っても酸素の無駄遣いだと言われてきっとKには断られるのに決まっていたから、僕はそれを、幽霊爆弾の効き目がなくなって、やっと街から幽霊が一掃されるあと半年ぐらいあとまで、楽しみに取っておこうと思った。

 

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