時間遡行能力、牛丼
[全1ページ]

 時間遡行の能力を持つ友人が過去へ行くと言うので、私はお別れ会をすることになった。

 時間遡行の能力を使うと、その姿は目の前で消えてしまって、あとはもうこの時間軸には姿を現さないのだという。そして友人は時間遡行ができるだけで、未来へ行くことはできないから、ここで能力を使ったら、もう今生では私とはお別れなのだと言う。

 寂しいことだなあと言って彼の百円ショップで買った紙コップにビールを注いで、吉野家から買ってきた持ち帰り用の牛丼を食べながら飲んでいると、友人はそうだねえと言って、時間遡行の能力の悲しさを滔々と説いた。

「しかし、時間を遡行したら、その前に存在していた自分と、時間を戻ってきた自分と、二人の自分がいることになってしまって、それでは不都合なんじゃないの」、と時間遡行能力の欠点を尋ねると、友人は、「残念ながらそうはならず、基本的に過去の時間軸に自分と言うものは存在していなくて、時間遡行が成立した瞬間に自分の存在が過去から出来上がるのだ」、という。

 友人曰く、「この時間軸にやってくる際も、実は、おれという人間は存在していなかったのだけれども、おれが遡行してきたことで、おれという存在が生まれたのだ。そして、この時間軸ではおれはお前と友達だけれども、でも、おれが来るまでは、お前はおれのことなんか全然知らなかったんだ」、というので、私はにわかには信じられない。

「だって君と遊んだ子供のころからの記憶が一杯あるぜ」と言うけれども、

「そういうのもみんな、時間遡行の副作用で、おれという存在がこの時間軸のすべてに浸透した結果現れた現象に過ぎない、おれがこの時間軸に現れたのはひと月前の今日だから、だからお前はそれまでおれのことなんか全然知らなかったんだよ」、と言う。

 私は納得できないなあと思いながらも、でもそういうものかとも思う。

「そしたら、君がこれから時間遡行したら、私は君のことをみんな忘れてしまうのかしら」、と聞くと、「たぶんそうなる」と言う。

「お前はたぶん、この寒空の下、なぜか外で牛丼と酒を飲みたくなって、公園に繰り出したというだけで、お前はきっと外で食べる牛丼は意外に美味しいなという記憶を抱きながら帰るはずなのだ」、と言った。それはそれで寂しいなあと思って、もっと牛丼、食べるかいと言うと、友人は牛丼をどんどん食べて、それからビールももう一本追加で飲んだ。

 大分酒が回ってきて、もうそろそろ行こうかなと友人が言うので、私はさようならと言い、こんな夜でなければよかったのになあと言い、お別れするのには夜よりも昼間の方が寂しくなくてちょうどいいんだと訳の分からぬことを寂しいから言った、友人はそうかもしれないと言って、滑り台の上に上ってタイタニックみたいに両手を水平に広げて、それじゃあ今から二年ほど前の時間に飛んでいくが、お前はこっちの時間軸で元気にやるんだよと言って、ふっと消えてしまった。

 

 それから私は牛丼の残りを食べ、紅しょうがの残ったやつを食べ、ビールを飲んで、外で食べる牛丼は意外に美味しいなあと思う。またやってみようと思いながら、家路について、でもそろそろ寒くなってくるからなあと思った。

 

説明
オリジナル小説です
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
542 539 0
タグ
小説 オリジナル 

zuiziさんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com