異能あふれるこの世界で 第二十四話 |
【阿知賀女子学院・視聴覚室】
恭子「はあ……なんで私に麻雀教えてくれる人は曲者ばっかりなんかなあ」
赤土「おいおい、それじゃ善野さんも含んじまうぞ。いいのか?」
恭子「悪う言うんは勘弁してもらいたいですけど、曲者かそうでないかっちゅうたら、まあ」
赤土「へえ、噂ほど盲目ってわけでもないんだな」
恭子「ん? ちょっとそれ詳しく教えてもら――」
赤土「じゃー話戻すぞー。気になることをすっきりさせたいなら、ちゃんと自分で聞いた方がいい。理解したい部分も、理解しにくい部分も、理解不能な部分も、憧と恭子ではかなり違っている。微妙にズレた説明で理解しようとしても良いことにはならないだろ?」
恭子「なんや誤魔化されてるような気もしますけど……まあええように取っときます。すんません、手間取らせました」
赤土「気にすんな。次の機会はプラスにできるだろ。貪欲さが見えてきたのはいい傾向だ」
恭子「ちょっ、急に褒めんといてください。考えが足りんのは、ようわかってますんで」
赤土「ははっ。素直じゃないな。そのうちでいいから、誉め言葉も素直に受け取れるようになっておけよ」
恭子「う……善処します」
赤土「よしよし。そんじゃ憧の質問に答えていくけど……これもまた説明し難いっていうか、どこまで説明したもんかねえ」
憧「いやもう初めの初めからぜーんぶお願いしたいんだけど」
赤土「そりゃ時間がかかりすぎる。どれだけ急いでも無理だ。言わなくていいことも大量にあるから全部ってのもあり得んし……どうしたもんかなあ」
憧「大量って……どんだけこの対局に盛り込んでたの?」
赤土「ん? おお、せっかくだからそこから説明しようか。私がこの対局でやりたかったことってさ、ほんとにたっくさんあるんだよ。列挙するだけでも大変なくらい。例えばそれは、やえに格上からのプレッシャーを受けてもらうことだったり、この先の講義をやりやすくするためのアレコレだったりするわけ」
憧「それはもう説明済だよね」
赤土「で、そういうのが両手でも数え切れないくらいあった」
憧「ふーん、って両手っ?! はあ?」
赤土「どれだけを満たせるかって話じゃなくてさ、私は全部満たしたかったし、できると思っていたんだよ。ただ、いくつかの誤算があってね。残念ながら上手くいかないものもあった。誤算の最も大きなものが私の不調で、次が戒能ちゃんの絶不調。この二つのせいで、条件クリアがものすごく難しくなったんだ」
恭子「もしかしたらとは思うてましたが、ほんまに調子悪かったんですね」
赤土「まあな。憧は後ろで見てたから知ってると思うけど、私と戒能ちゃんの聴牌率、酷かったろ」
憧「東場は特に酷かったよね。もうどうやってもテンパらないような手ばっかりで。配牌もツモもキツすぎだったよ」
赤土「南場も手が遅かったしなあ。結局、すっと手が入ってすっとあがれるような展開は最後までなかった。戒能ちゃんの絶不調は半分くらいは私の仕込みだから説明がつくんだけどさ、私の方はたまにある偶然の不調だったんだよ。ま、無理に理由を付けるなら調整不足か。戒能ちゃんと戦うためのややこしい打ち方を実行するのって、結構大変だからねえ」
戒能「タフと言っていただけないのは悲しいですね」
赤土「いつもの戒能ちゃんなら万全でもキツいさ。今日は特別、だろ? それとも戒能ちゃんは、事前準備を封じた私と打つ時にタフだと思ってくれるのかい?」
戒能「ノーウェイ、ノーウェイ」
赤土「だろー?」
憧「ってことは、さっきの半荘って、ハルエと戒能プロが不調同士で牽制し合いながら進んでいった感じなの?」
赤土「うーん、素直に頷き辛いまとめだな。まあ間違ってはいないか。ただ、私は不調の時のプランも用意してたから、それなりに対応していたんだよ」
憧「プラン通りではあったんだね」
赤土「戒能ちゃんを抑えることができればオッケーの、めっちゃ緩く設定したやつだけどな。内容は……恭子に早あがりをさせて全体の点数を調整しているうちに調子を戻していく、って感じか」
恭子「ああそれ、途中で気付きましたわ。なんや上手いことやられてんぞ、って。赤土さん、仕掛けさせるのが上手すぎません? めっちゃ気持ち良う乗せられてもうたんですけど」
赤土「そりゃ調べたもん。恭子が鳴きたいツボは抑えたつもりだったさ。なのに終盤でいきなり外してくるんだもんなー。なんで教える前に成長してんだよ。完全に予想外だったぞ」
憧「ハルエの読みが大きく外れるのって、久々に見た気がする」
赤土「ほら。あー教え子に恥ずかしいところを見られちゃったよ。私もまだまだだなあ」
恭子「と言われましても……私にとっては、十分に化物じみた強さでしたが」
赤土「そうかー? いやでも実際な、さっきの対局は恭子が一番頑張ってたと思うんだよ。私が恭子にやりたかったことは成果がイマイチだったし。戒能ちゃんを完封するつもりだったのに、恭子がオーラスの読みを外してきたからあがりを許しちゃったし」
憧「でも、オーラスのハルエは仕方なかったでしょ。あの二つの牌は止めるべきだったんだから、あれが精一杯じゃないかな」
赤土「馬鹿言うな。恭子がリーチをかけなければ、戒能ちゃんは終わりだったんだぞ。私はただ、仕掛けてもらうタイミングを計っていただけだ。恭子を仕掛けさせれば、誰からもまくられない状況で戦うことができたんだ」
憧「へー、もうかなりの読みが入ってたわけね」
赤土「手牌の構成をぼんやりと見抜く程度の読みを入れていた。だからこそだよ。あの恭子がさ、オーラスだけ速度重視の手順を放棄するなんて読めるわけないだろ? 結果として、読みに違和感が出て修正作業に気を取られちまった」
憧「えっ、読み切れていないってことも、わかるものなの?」
赤土「時と場合による。んー、読みって色んな手法があるからさ。多種類の読みを同時に使えるようになれば、憧にも自然とわかってくるんじゃないかな。オーラスのあの時は、読みを進めるほどに違和感が増していく感じだった」
憧「その状態が、もうすでに異常だと思うんだよね」
赤土「で、話の続きだが、読みの修正が間に合わないまま恭子のリーチが来て、私はほぼ詰みの状態に追い込まれた。その隙を戒能ちゃんに突かれてやられちまったと」
戒能「やられた、という表現はナンセンスです。私がルーザーなのは、あのリーチをかけた時点で決まっています」
赤土「戒能ちゃんの立場としてはそうだろうさ。プロが素人を相手にして偶々勝っても意味がないからな。しかし、あれは私のプランにはない展開だった。二人に展開を狂わされたんだよ。トップは取らせてもらったけど、あれじゃ私には悔しさしか残らない」
恭子「ようわかりませんが、勝てるんならそれでええんちゃいますか? あがられた後でも、裏ドラの確率て20%がせいぜいのはずです。そんだけ勝てるなら悪ない選択やと思いますけど」
赤土「ダメだ。私の麻雀理論では致命的な食い違いだよ。あの場面、読み違えた恭子にあがられるのは仕方がないが、完封予定の戒能ちゃんにだけはあがらせちゃいけなかったんだ……いやもうほんっとさ、あのオーラスは反省すること多すぎ。これから偉ぶって解説しなきゃいけないと思うと、恥ずかしくて顔が赤くなるよ」
憧「あのー、ハルエさ。今んとこ何にもわかってないんだけど、これどうしたらいいかな?」
赤土「あー、やっぱそうなる? なるよなーうん。わかってた……じゃあ、ものすごく簡略化して端的に説明してみるから、ちょっと頭使って聞いてみろ」
憧「うん、やってみる」
赤土「まず、想定されるパターンごとにいくつものプランがあったんだ。そして今回は、大目標も中目標も小目標もあったから、自然と打牌や判断の制限が多くなっていてな。お陰様で個々の切り出しや局ごとの判断だけを見て解説をしたんじゃあ、絶対に理解できない展開が多くなってしまったってわけさ」
憧「それって、ただトップを目指して打ったわけじゃないってことだよね」
赤土「ああそうだ。教える立場にいるからこそ、教えるためにこの半荘を組んだ者だからこそ、勝つために打ったんじゃあ意味が無いんだよ」
憧「でもこの面子って、勝つ以外のこともやりながら勝てる相手なの?」
赤土「事前準備は入念にしたぞ。最大の敵の戒能ちゃんはルールで縛ることに決めてたから、戒能ちゃんの準備はぶち壊せるしな。誰に対しても対策はできていたんだよ。なら、ちょっと条件を追加するくらいはどってことないさ。ま、追加しすぎて少しこぼれちゃったけどな」
恭子「……かなわんなあ」
憧「いや、でもさ。戒能プロまでいてそれって」
赤土「やりすぎだと思うか?」
憧「できなくて当然というか、できてたらどん引くっていうか」
赤土「うーん、でもなあ。これさ、もしかしたら憧は知らないのかもしれないけど……」
憧「えっ何? なんか秘密でもあるの?」
赤土「秘密ってほどでもないが、大事なことだ」
憧「焦らさないで早く言ってよ」
赤土「じゃあ言うが……お前の監督って、結構できる奴なんだぞ?」
憧「いや、そこは疑ってないから」
赤土「阿知賀の監督は打っても強かった、ってな。まあ冗談は置いといて。つまるところ、勝ちとは別の意図を達成しながらの対局だから、異常とも見える打牌や判断も多くあったってことだよ。そんな感じの理解で追っていけば、おおむね正しく把握できると思う。戒能ちゃんを封じるためか、恭子に仕掛けさせるため、ってのが多かったかな」
憧「んー……さっきよりはわかってきたけど、まーしゃーないか。私で時間かけてちゃいけないもんね。解説してくれたこと、じっくり考えてみるよ」
赤土「すまん。助かる。講義でもちょくちょくは触れられると思うから、これから学んでいこうな」
憧「うん、わかった。でも、私にもちゃんと教えてよね。ハルエは阿知賀の監督なんだからさ」
赤土「本業を忘れるほど馬鹿じゃない。教えられるうちに、教えられるだけ教えるよ」
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