【閑話休題・7】 |
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[きんいろのしれいかんのはなし]
さわさわと風が鳴った。窓を開けていたせいだろう、すいと部屋の中の空気が動く。
その流れに誘われ、積んであった書類が1枚ふわりと宙を舞った。私が慌ててそれに手を伸ばすと同時にノックの音が響き、ガチャとドアノブが回る。
ああならば、今訪ねてきた輩は城の者ではないようだ。城の者にはしっかりと入室の際のマナーを身につけさせたはずなのだから。
ノックすれば入っていいというものではないし、せめてひと言声を掛けるべきだ。そもそも家主の許可を得ていないのに扉を開けるなど失礼にあたる。
しかしどうやらこの客人には、そういった思慮はないらしい。なんせ私が声を出す前に、無情にも扉は開かれてしまったのだから。
おかげで書類を捕まえた姿のまま、客人と顔を合わせる羽目になってしまった。
「こんにちはー…。おや、何か取り込み中でしたか」
「…部屋に入るならば、許可を得てからにすべきだと思うが?」
書類を机の中に仕舞い引き出しの鍵を掛けながら極真っ当な言葉を叩きつけたつもりだったのだが、客人には届かなかったようだ。
ヘラヘラ笑いながら「ああいえそれは知ってますよ。…ただボクの第六感が『今部屋に入ったら面白いモンが見れますよ?』と教えてくれたものですから」と悪びれなく言葉を紡がれた。
「見た所、飛んだ紙を慌てて掴もうとして机の上を全てひっくり返した、感じですかね」
貴方でもこんなすっとぼけたことするんですねと、インク壺が倒れコップの中身と混ざり、積んでいた本はバラバラに崩れ落ちた上ペンは床に飛び散って、何もかもがグチャグチャになった私の執務机周辺を見ながら彼は笑う。
私とて完璧な人間ではない。間違いも犯すし失敗もする。
とはいえそう何回もあることではない。しかし何故彼は、こういう場面をピンポイントで狙い撃って訪ねてくるのか。
私は彼を睨み付けつつ声色は静かに「今片付けるから座って待っていてくれ」と伝えると、彼は首を傾げた。
「それだと、ひとり物悲しく掃除するバルトさんをボクの網膜に焼き付けることになりますが」
「ああそれはない。焼き付けるのは、マナーのなってない客人に苛立ちながら片付ける私、になると思うぞ?」
それは嫌だなと彼は苦笑し「手伝いますか?」と言い出した。
書類は既に片付けてある。見られて困るものはもうないだろう。
ならばお言葉に甘えてきっちり綺麗にしてもらおうか。
突然ノックされ慌てたせいで机の上をひっくり返す羽目になったのだから、この惨状の半分くらいは彼のせいなのだから。
粗方片付け終わり、私の机はいつも通りの姿となった。
私が満足げな表情を浮かべていると、来て早々掃除することになるとはと頬を掻きながら彼は紙袋を差し出し「お土産です」と私に手渡してくる。
渡された袋を覗き込めばそこに鎮座しているのは、黄色くて、長細いものが、房のように連なった果物。
彼にとっては、相変わらず私に対する印象がコレになるらしい。
私が苦い顔をしながら彼に座るよう伝えると、素直にぽすんとソファーに腰を下ろした。
贈られた土産物を綺麗になった机の上に置き、私も彼の向かい側のソファーに座る。私が軽く促すと、彼はのんびりと口を開いた。
「それではご報告。お探しのクロムさんは煉獄でちゃんと元気にしてましたよ。お友達も出来たみたいですし」
彼からの報告を聞いて、私はふうと息を吐く。
少し前に家出して、行方知らずとなっていた王国の元見習い戦士はやはり煉獄にいたようだ。
いなくなったと聞いて領地内を探したが見当たらず、これは王国の目の届かないところに行ったなと思っていたが予想通り煉獄か。
表情を悟られぬよう口元を隠す私に首を傾げ、彼は「暑くて死ぬかと思いましたよ」と彼の地の感想を口に出す。
あんな暑い場所でデッカい剣担いで走り回れるとは驚きました、と小首を傾げられたので「あの子は元々装備品を軽くしてある」と、私は彼の疑問に答えを出した。
あの子は他の騎士たちのようなガッツリとした全身鎧を「おもい」と言って嫌い、動きやすさを重視した軽めの装備品を好んだ。
まあその理由の根本には、度々訪れていたあの煉獄の子に遅れずついていきたいという願望があったからだとは思うが。
兄弟の下の子が上の子を後追いするような心理だったのだろうなアレは。
軽装となった分防御は下がるのだろうが、防御に徹した構え方は教えたとクランが言っていたし、それに、
「…煉獄にいるならば、恐らくクロムはあちらの技術と熱で加工した鋼を利用していたんじゃないか?ならば、硬さな全身鎧と同程度になるだろう」
「ええ、薄手の鎧の割には元気にお友達を庇ってましたよ」
ヤバそうな攻撃受けてもピンピンしてるんだもん驚いたと、目の前の彼は呆れたように肩を竦めた。
クロムは、どうやらとても元気に過ごしているらしい。
それだけ聞ければ、問題ない。
最年少の見習いが突然家出するわ商人とトラブルを起こすわそのまま行方不明だわで、騎士団の中が少し騒めいていたが居場所と大まかな様子が窺えれば彼らも落ち着くだろう。
ふうと微笑み、私は彼に礼を言った。その途端彼は怪訝な表情となって「…迎えに行かないんですか?」と首を傾げる。
彼の問いに私は頭を掻いた。
彼は前述の騒ぎをなんとなく知っているし、心配そうにしていた騎士たちの姿を見ているからそう問うたのだろう。
しかしながら、私としてはその必要性を感じない。
どこかに囚われていたり、敵の手に堕ちたならば迷いなく救出に行くが、自らの意思で飛び出して、自由に動ける身でありながら帰ってこないのならば、無理矢理迎えに行く気はない。
…ということを言うべきなのだろうが、つい、ひどく簡潔な言葉が私の口から飛び出した。
「…必要ないだろう」
口に出した後自分でも気付いたが、この言い方は悪手だったと思う。
現に目の前にいる彼は、露骨に嫌悪感を滲ませた酷い表情に変わってしまったのだから。
「…その言い方は、どうかと。使えないヤツはいらないから何もしない、みたいな…」
ああほら睨まれた。
己の阿呆さに苦笑しながら、私は先ほどの言葉を並べ立てる。
若干疑いの目を向けられたが一応納得はしてくれたらしく、彼は「はあ」と力ない返答を漏らした。
「しかし、
使えない奴はいらない、と言うのは己は無能だと宣言しているようなのはものだろうに。
自分は無能だからそれを埋めるために即戦力になる輩が欲しい、と。
仕事も出来ない、新人を育てることすら出来ない、と。
残念ながら、私は己をそこまで無能だと思ったことはない」
「凄い自信ですねそれは」
「おや、私を誰だと思っている?」
そう言って笑みを浮かべれば彼は頭を掻いて目を逸らす。
兵としての騎士として近衛として、ジェネラルと呼ばれるまで登りつめた私の経緯を思い出したのだろう。
私は敵に向けて言葉を叩きつける。
「我が精鋭の恐ろしさを思い知らせてやる」と。
精鋭とは選りすぐった者たちと言う意味ではない。
意味としては強くて威勢の良いことを指す。
選りすぐった者たちと言いたいのならば「精鋭たち」という複数形の言葉を使うだろう。
つまるところあれは、
「私は敵対する者に向けて、"私の"力を思い知らせてやる、とキチンと言っているだろうに」
それだけ己に自信がある。
単騎でも敵に向かっていけるほどの、実力と自信を持っている。
どうかな?無能とは程遠いと思うのだが。
それに思い当たったらしい彼は「そうでしたね」と呆れたように息を吐いた。
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報告らしい報告がひと段落したので私は彼に草本茶を差し出す。元々は友好国からの貰い物だが「ウチの薬草でも作れるかもしれないな」とジョンガリが試行錯誤しそれっぽいものを作り上げた。
試作に付き合わされたクフリンが「ハーブティーらしき泥臭くて植物臭い謎の液体はもういらない」と半泣きだったが、尊い犠牲のおかげでどうにか飲めるものが完成したようだ。
私はようやく飲み慣れたが、初飲らしき彼は茶を喉に運び「匂いが強くて不思議な味がしますね」と首を傾げていた。
茶葉の缶、ご丁寧にわんこマークのラベル付き、をしげしげと眺め見たことのないものだと彼は私に顔を向ける。
「これ、王国御用達候補かなんかですか?」
「まあ、ある意味では」
なんせ城で葉を育てて城で乾燥させて城で缶に詰めた、一から十まで自家製のものだ。外に出回らせてはいないため、王国用といえば王国用。
しかしながら、まだ毒味段階というか、自らの身を使って身体に害がないか確かめている段階なので王族はこの茶を口にしていない。御用達と言われたら違う。
飲めはするが安全かどうかわからないお茶であるが故に、城内で経過観察中のまだ大々的には出回っていない代物だ。だから確認のため私も飲んでいるのだが。
私はにっこりと笑顔を浮かべ、渡した茶を素直に飲んだ彼に言う。
「…なにか身体に異常が出たら教えてくれ」
「ちょっとコレなんなんですか、飲んじゃったよ!」
ガタンと音を立てソファから立ち上がる彼を諌め、今の所問題はないと告げた。
わざわざ市販の茶缶に似せて偽装させ休憩室や食堂に紛れ込ませてあるので、城の騎士や魔術師たちは知らず知らずの内に飲んでいると思うのだが、今の所体調を崩した奴はいない。
だからまあ、今の所は問題ないのだろう。
むしろ私を含め余りにも変化がなさすぎて、鍛えている騎士や魔力の高い魔術師には効果がないのだろうかと思っていた。
薬草が元の茶なのだからなにかしらあっても良いのではないか、と。
だから、騎士よりも弱く、魔力のカケラもない者が飲んだらどうなるのだろう、と。
そして、ちょうど目の前にピッタリな人材がいるな、と。
「…もう一杯どうだ?」
「いりませんよ!」
断固拒否とばかりに怒鳴られた。
残念だ。
北出身の森住まいの彼ならば、そういったものを感知出来ないかと期待したのに。
■■■■
ああもうとソファに寄り掛かかる彼を見て苦笑しながら、私はゆるりと外に目を向ける。
北は国家復興と些細な諍い、西は未だに魔王が支配し、東は族長騒ぎだったか。
他の大陸に比べれば、ここは安定して生活できる場所だ。
元より国の基盤が整っており、騒ぎを起こした者に対抗できる戦力があったこの王国だからこそ、他の土地に先駆けて今の長閑な時間を得ることができた。
穏やかな空を見上げて私は満足げに微笑む。そんな私を見て、彼はソファから体を起こし静かに喉を鳴らした。
「…そういえば、バルトさんは煉獄に詳しいんですか?さっきクロムさんの話したときに、なんか…」
「ある程度は」
彼の言葉を遮るように、私は笑顔で言葉を放つ。
それ以上は語らないと伝えるように。
言葉を潰され彼は察したように口を噤んだ。
そう、
ある程度は、知っている。
何が王国に対して害を持つか
どうすればその害を無力化できるか
今後どうしたら良いか
主人の手を煩わせないように
城の者に被害をださせないように
街を崩されないように
相手を見て
飼い殺すか
それとも消すか
その判断が出来るくらいは
私は彼に笑みを見せながら、外の喧騒に耳を傾けた。
見習いたちが騎士たちに指導を受けている音が聞こえる。
街の見回りに出掛けるらしいチームの声が聞こえる。
主の友人が来ているのだろう、華やかな笑い声が聞こえる。
長閑な日常を楽しむ音がそこら中から聞こえてきていた。
静かなのはこの部屋の中だけ。
「…ここは他の場所に比べて、平和、ですね」
この静寂を壊さぬように、ぽつりと彼が言葉を漏らす。
呆れたような表情で。
「当然だろう?」と私は答え、口元だけで笑顔を浮かべた。
もう、
主人の手は煩わせない
城の者に被害を出さない
街は壊させない
魔王のときのように
狂王が襲ってきたときのように
魔皇が侵略しかけたときのように
もう二度と
魔王にも狂王にも煉獄にも
この国を城を人々を
壊させはしない
私が王国を護るのだから
やっと終わった
やっと
全てを綺麗に立ち回らせた
私は不意に己の机の方へと視線を向ける。
机、というよりは、中に隠した書類に向けて。
出来る限りのありとあらゆる情報をまとめた紙に向けて。
顔を背けていた私に、彼が苦笑したような声色で、こう、言った。
「…貴方は本当に、怖い人ですね」
「そうか?」と声を返し振り向けば、彼はクスクス笑いながら「これを忠誠心で片付けていいのか疑問ですが」と肩を竦められる。
おや、だから言っているだろう?
我が精鋭の恐ろしさを思い知らせてやる、と。
しかしそうか、忠誠。
ああ、そうなのだろう。
私の全ては
全てが全て
我が王国のために
ただそれだけのことなのだから
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適当に。よくわからないなにか。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け | ||
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