異能あふれるこの世界で 第二十五話
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【阿知賀女子学院・視聴覚室】

 

赤土「じゃあ恭子、いこうか」

 

恭子「はい。南三局について、時間の許す限りの解説をお願いします。なんで二−五マンの聴牌から単騎に受け替えたんか。なんで六−九マンの聴牌に受け替えたんか。なんで小走さんの六マンを見逃したんか。なんで私の九マンはあがったんか。その他諸々、できる限り聞かせてください」

 

赤土「憧から聞いたのか」

 

恭子「はい、聞き出させてもらいました。おかげ様で、今度言わんでええことを語ったらなあかんくなりましたが」

 

赤土「そういう情報交換は上に行ってもある。交渉の経験も積んでおくといい。で、解説なんだが……これ失敗してるんだよな」

 

憧「えっ、アレってミスだったの?」

 

赤土「ん? ああ、憧が思っているようなミスじゃないぞ。手順と和了形は想定の中でもかなりいいものに仕上がっている。ただなあ……狙い通りの展開で目的を完遂できたと思ったんだが、後から成果がイマイチだったことが判明したんだ。あれにはガッカリさせられた」

 

憧「あの手順と結果で狙い通りって……ハルエ、マジで何がやりたかったの?」

 

赤土「……まあこれは教えとくか。あーでも、誤解されないかな?」

 

恭子「少々あくどいことでも受け入れますよ。姫松で慣れてますんで」

 

赤土「なら言うが……私は恭子の心を折ろうとしたんだよ」

 

やえ「えっ」

 

恭子「は?」

 

憧「ちょっ、それハルエの実力で末原先輩にやることじゃないでしょ」

 

赤土「ほらーこうなると思ったんだよ。やっぱ言うんじゃなかったか」

 

恭子「ちょ、待ってください。えっと、なんか思うところがあってのことですよね?」

 

赤土「当たり前だ。これは、やえの時と同じように経験しておいて欲しかったってことだよ。あくまで私の基準で判断するならだが、恭子は心を折られたことが無いんだと思う」

 

やえ「ほお」

 

憧「え、うっそ」

 

恭子「いやいや、無理ですてそんなん。いっつも折られてまくってますから」

 

赤土「姫松方面から聞いた話では、折れかけるまでならわりと日常らしい。が、普通の人ならキレるようなシチュエーションでも、超短時間で復活するんだとか。さっきの半荘もそれだよな。二局くらい頭が回っていない様子だったが、すぐに対応してきただろ?」

 

憧「あー言われてみれば確かにそうかも。後ろで見てるだけでもキツいあがりだったのに、あの後ハルエの親を協力して流しちゃったもんね」

 

赤土「正直、手応えはあったんだよ。こんなんくらったらたまんないなーって、あがってる本人が思うくらいだもの。いけたと思ったんだけどなー。恭子、お前ホントどんなメンタルしてんだよ。鋼か?」

 

恭子「あほなこと言わんといてください。心なんてべっきべきに折れてますって。さっきも普通のリーチに振るくらいおかしなってましたし、インハイでも手え震えるくらいやられましたし」

 

赤土「だからな、普通の奴ならそれで終わるんだって。集中しようと思っても、ピントがボケた写真みたいになっちまうんだ。不要な思考がいくらでも湧いてくるし、手牌が全部当たり牌に見えてきたりもする。集中力の切れた麻雀打ちほど脆いものはない。知ってるだろ?」

 

恭子「あの……ようわからんのですが、キレてもうてただでさえ少ない勝ちの目を減らす意味って、なんかあるんですか? 私はただ、いっつももがいてるだけなんですけど」

 

赤土「そんなことは皆わかってるんだよ。キレちゃだめなことくらい小学生のうちに学んどけってな。それでもさ、わかった上でプロでさえもキレてしまうのが麻雀ってものなんだ。そのはずなんだよ……強いメンタルをさらに鍛え続けたような化け物以外はな」

 

憧「じゃあ、末原先輩ってメンタルお化けなんですか?」

 

恭子「んなわけあるかい」

 

赤土「私はそう思ってる。だからこそ名門・姫松の大将という大役を任されていたんじゃないか、ともな。部員たちの信頼も厚かったんだとさ。恭子が大将でいることに文句を言ってきたのは本人だけだった、って話も聞いたぞ」

 

憧「うわあ、なんかカッコイイ」

 

やえ「精神的支柱か。安心して勝負を任せられるタイプの大将だな」

 

恭子「待て待て待て、ちょう待ってください。私はそんな大層な打ち手ちゃいますから。個人では碌な成績を残せてない、ただの凡人です。インハイでも化物どもにええようにされましたから、よう探せば部員にも文句言いたい奴くらいおるはずですよ」

 

赤土「悪いな恭子。その辺はリサーチ済なんだ。赤阪さんからも愛宕姉妹からも、大将の恭子を悪く言う部員の話は聞けなかった。私も疑問に思ったからリサーチ範囲を広げたんだけどな、かなり突っ込んで聞いてもダメだったよ。愛宕姉なんかさ……なんて言ってたっけ?」

 

恭子「しょうもないこと言うたから、覚える価値なかったんちゃいますか?」

 

赤土「いやいや、カッコいいこと言ってたんだよ……あー、うろ覚えですまんが、確か『恭子を悪う言う奴は許さん、思て部室行ってんけどな。エースのうちを責める奴はおっても、大将の恭子を責める奴はおらんかってん。なんでや! うちめっちゃ頑張ったやんけーっ!!』みたいな感じ。嬉しそうに、笑いながら言ってたよ」

 

恭子「あいつ、ほんま……」

 

赤土「いい話なんだがな、だからこそだろ。これから先も麻雀を続けていくなら、麻雀の内容はどんどん濃くなっていく。相手の強さも天井知らずだ。必ず勝ち目のない戦いに絶望する時が来る。下手な折れ方をしたら、復帰すら難しくなるかもしれない。だから、今のうちにリスクのない形で折っておこうと思ったんだよ」

 

憧「っていうか、無理に体験しなくてもよくない? 私も何度か経験あるけど、だからって全然慣れないよ」

 

赤土「強いものほど、折れてしまったた時の衝撃は大きい。大事な時期にそれが起きたら、麻雀の成長や今後の進路にも影響が出てしまう。時間のある今のうちに、私の管理下で経験させておけば、以後の問題は最小限に留められるだろう」

 

憧「そんなもんなのかなあ?」

 

赤土「私はそう思っている」

 

憧「でもさ、上手くあがれたのは偶々じゃない? 手替わりが順調だったからよかったけど、誰にあがられてもおかしくない状況だったじゃん」

 

赤土「そうかあ? 私はまだフォローが利く状況だと見てたぞ。巡目こそ進んではいたが、警戒対象の戒能ちゃんはまだテンパってない。たぶんイーシャンテン。やえは前に来ているようでリャンシャンテンくらいだろ。恭子もまだテンパイには至っていなかったはずだ。違うか?」

 

やえ「仰る通りです。形は良くなっていたのですが、肝の部分だけは入らずリャンシャンテンで終わりました」

 

戒能「ヤー、間違いありません」

 

赤土「ついでに言うと、恭子の手にはマンズの二三四か三四五の面子があるから、二-五マン待ちだと止められるかもしれない。でも、六より上の待ちにすれば、止めた瞬間に手が終わるはずなんだ。序盤に八マンを切っているからな。そのあたりの待ちならなんでもよかった。あの巡目で三・四マンを落とせば、手順に疑問を抱いて警戒されるだろう。それでも打ち取れる、または降ろせる待ちとして八マンや六・九マンは優秀だった」

 

恭子「両面落としが、ちょうどテンパイの可能性を考えていた時だったんです。これはきっつい手えに移行したんかなと思うて、警戒を強めた上での振り込みでした」

 

憧「あ、やっぱり気付いてはいたんですね」

 

やえ「教えてくれた奴もいたからな。間違えようもないだろう」

 

憧「うっ」

 

赤土「だよなあ。真剣に見ろって注意したのにやらかすんだもん。高校生にもなって観戦者が声出しちゃうとかさ、監督として悲しいよ。 読まれそうにないことをやっていた時だったから結果には影響しなかったけども、本来ならガチ説教ものの失態だぞ」

 

憧「あっぶな。私セーフ」

 

赤土「アウトだ。その発言も込みで、プチ説教だな」

 

憧「うえっ!」

 

恭子「お前が悪い。甘んじて受けとけ。赤土さんがやらんかったら私がやるし」

 

赤土「おっ、教える気になってくれてるのか。助かるよ」

 

恭子「さっきの対局と説明で、いい関係でいたいと思うようにはなりましたんで」

 

赤土「カラいねえ。まあそういうのも悪くないさ。そんで、えーっと……何だっけ?」

 

恭子「私の心を折ろうとして、変な直撃をくらわせて、その次です」

 

赤土「次と言われても、言えるのはそこまでだぞ。恭子が集中を研ぎ澄ませたタイミングで理不尽を叩きこんで心を乱し切ったはずだった。次の一撃も入って壊れたことを確認できたから、後はもう勝つだけだと思っていた。その後は、私の理論に則って普通に打ったつもりだ」

 

恭子「そうですか……」

 

憧「でも結局、あの局が勝負の分かれ目だったんだよね」

 

赤土「そりゃそうさ。あの南三局で恭子を壊せたら、もう逆転の目のある奴はいなくなる。私が定めた達成必須条件の最低ランクがトップなんだ。確かに色々と狙いはしたが、勝つ確率が著しく減少するようなことは一切やっていない。あの手を決めた時点で、私の勝ちはほぼ決まりのはずだった。リスクに釣り合うくらいには、意味のある手順だったと思っている」

 

憧「末原先輩が復活しなければ、だよね」

 

赤土「そうだ。しかも復活した途端に冴えたことしやがってさあ。ヘロヘロのやえを使って私の親を流すとか、そりゃ誰でも思い付きはするだろうが、無理と判断するのが普通だろ」

 

恭子「もう、小走さんに賭けるしか手が無かっただけですよ。私の力だけでは不可能なことは百も承知なんで。私はやったのは、気付いてもらうために目立つ切り出しをしたくらいで……上手くいったんは小走さんのお陰やと思います。小走さんの精神力こそ、褒められるべきもんちゃいますか」

 

赤土「確かにそれもある。ただ、殺したはずのやえに力を与えたのは、恭子がやえに賭けたからだ。やえは己の矜持を奮い起こし、その期待に応えた。私にとっては誤算の始まりとなったが、実にいい一局だった。二人とも、この局はしっかりと記憶して、折に触れては思い出すようにして欲しい」

 

やえ「えっと……それは、ただ誇れというわけではなさそうですが」

 

赤土「んー、ざっくり言うと、格上相手に追い詰められても手は残っているってことかな。どれだけ読みの鋭い打ち手が相手でも、想像を上回れば隙くらいは作れちゃうのさ。相手は強い、状況は悪い、自分も他の面子もボロボロだ。そんな時にはこの局を思い出して、まだやれるって気持ちを奮い起こすといいよ。ま、恭子には必要ないかもしれないけどね」

 

恭子「それ、やめてください。私はほんまに凡人なんで、すごいすごい言われてもなんや馬鹿にされてるようにしか思えんのです」

 

赤土「おいおい無茶を言うなよ。私だけが言っているわけじゃないんだぞ。姫松の元レギュラー面子や部員、監督と前監督あたりは全員。それに千里山も含めた大阪の有力選手たちにも、お前を認めている奴は多くいた。そいつらまとめて節穴だとでも?」

 

恭子「そうは言いません。言いませんが、何事にも誤解っちゅうもんがありますから」

 

赤土「んん? ……これ、そういうことだったりするのか? なあ戒能ちゃん。これってダメなやつじゃない?」

 

戒能「……ノットシュア。答えが必要でしたら、ヒアリングを続けてください」

 

赤土「なあ恭子。自分でおかしなことを言っているのはわかっているか?」

 

恭子「何もおかしいことありませんよ。ただ、私が本当はたいしたことないのに、傍から見たらすごいように見える時があるっちゅうだけで」

 

赤土「たいしたことのない奴が、全国トップクラスの名門校で大将をやれるわけないだろう。インハイの団体戦を思い返してみろよ。今年の二回戦以降はかなりハイレベルだったぞ。そんな中で戦っていたんだよ、お前は。宮永の妹の方が、恭子をかなり警戒していたと聞いている。実際さ、準決勝で宮永妹を抑えていたのはお前の力だろ」

 

恭子「そりゃ……対策させてもらいましたから。その節には戒能プロにもお世話になりましたんで、対宮永で結果を出せるんは納得できる話でしょう。そこまでやってもらいながら、他の面子にやられるところが私の実力です」

 

赤土「実力ね。なら言おう。結果、二着と百点差の三着って実力は十分評価に値する。しかもネリーが暴れまわってのことだから、一歩間違えていれば姫松が決勝に行っていてもおかしくはなかった。清澄が上に行ったのは、私に言わせれば偶々さ」

 

憧「あ、夜の番組でプロの誰かも言ってたよ。瑞原プロだっけ? 清澄と姫松はどちらが勝ち抜けてもおかしくなかったって」

 

赤土「そもそもだな、あの面子と二半荘やって9,600点のマイナスでまとめてみせたんだ。高校生でさ、そんなことができる打ち手が何人いると思っているんだ? 真面目な話、恭子以外の面子はプロからの誘いもあるはずだ。強めの異能持ちと思われる獅子原を含めてな。はっきり言うが、お前は粘ることに関してなら全国でも屈指の実力者だよ」

 

恭子「そんなことありませんて! 個人で打っとる時はさっぱりやし」

 

赤土「個人の成績につながっていないのは、勝ち切れない打ち方になっちゃってるからだ。はやりさんにも言われたんだろ? 勝ちに至るプランニングの問題、そこから派生して打ち方と戦略のミスマッチ」

 

恭子「ならなんで姫松で言われんかったんですか!」

 

赤土「エースを中堅に据える姫松では、むしろ利点になるんだよ。変にいじると利点まで失っちまいかねない。しかもだ。恭子は打法の修正をして、スランプをやっと脱出したところだったと聞いている。そんな時にだ、さらに新たな考え方を取り入れた打法を作り出せなんて言えるかよ。高校最後のインハイに間に合わなくなるんだぞ」

 

恭子「……」

 

赤土「いいんだよ。高校生に隙の無い打ち方をやれって方が無茶なんだから。リードを保っての粘り込みが得意で、対局中に自分で対策を編み出せるメンタル強者。最高じゃないか。私が監督でも大将案は作っちゃうね。姫松は、監督も選手もいい仕事をした。だからこそ、準決まで行けたんだろう? 誇れよ、自分を」

 

恭子「やめてください。ほんま、頼んますから褒めんといてください」

 

憧「ねえ、ハルエ。なんか本当に苦しそうなんだけど」

 

やえ「まあ落ち着け。今は考えなくていい……赤土先生」

 

赤土「うーん、これ以上やると講義に差し支えるか。戒能ちゃん、もう確実だよな?」

 

戒能「シュア。カウンセリングが必要でしょう」

 

赤土「恭子、お前来週は土曜から来れるか?」

 

恭子「……そら、来いっちゅうなら来ます。けど、このへんの泊まるところとか、ようわからんです」

 

赤土「部員が旅館をやっているから、世話無しになるが格安で泊まれるように手配しとくよ。電車代を超えるようなら私が全額出す。部があるから私は夕方からになるが、事前にやえと会っておくのもいいかもな。来週までの宿題も出すから、その話で盛り上がれるはずだ」

 

やえ「末原さんが来てくれるなら嬉しいな。姫松の指導法や愛宕さんのことや、話したいことはたくさんある。なんなら私の家に泊まってくれてもいいぞ」

 

恭子「いや、そのうちお邪魔することはあるやろけど、今はまだ遠慮しとくわ」

 

やえ「む、そうか。残念だな。しかし土曜の予定は空けておこう。赤土先生、私は日曜だけでいいのですか?」

 

赤土「うーん、そうだな。どのくらいかかるかわからないから、土曜は無しでいこうか。それも残念に思うなら、土曜だけで終わるくらいの宿題を追加しておくが」

 

やえ「そうですね。まだ何もわかっていませんので、差配はお任せしたいと思います」

 

赤土「ならやえは、宿題の質を上げてることに時間を費やしてくれ。内容を見れば、意味は分かると思う」

 

やえ「はい」

 

赤土「じゃあ恭子。土曜はメンタルクリニックから始めるからな。お前はまず、自分の強さと性質を理解するべきだ。弱さを理由に強くあろうとする様はいじらしくもあるが、それでは自分よりも弱い者が増えていくにつれて理由が弱くなることを意味している。このままだと、麻雀の実力を向上させるほど己の芯がブレていくという最悪の現象が起こるぞ」

 

恭子「そんな、大げさな」

 

戒能「凡人だと言うのなら、プロフェッショナルは諦めてください。ネバーです」

 

恭子「は、はあ?」

 

赤土「当たり前だろ。凡人がプロになれるかって。いくら頑張っても、命がけで麻雀を愛しても、たどり着けない奴はいるんだよ。プロになった後だって、碌に活躍できずに引退していく奴の方が多い。凡人の割り込む隙間なんて、どこにも存在しない」

 

恭子「なら私は――」

 

赤土「凡人じゃない、ってことだ。少なくとも、善野さんと赤阪さんが本来不要な骨折りをするくらい期待されている。私だって、高校で辞めた方がいいような子の育成を受け持つ気はない」

 

恭子「……」

 

赤土「このあたりは、きちんと土曜に説明する。だから、さっき戒能プロが言ったことだけは絶対に覚えておいてくれ」

 

恭子「忘れたくても忘れられませんよ」

 

赤土「そいつは僥倖だ。さあ、時間が押しまくってる。急いで講義を始めるぞ」

 

 

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末原さん、詰められる
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 麻雀 末原恭子 赤土晴絵 小走やえ 新子憧 戒能良子 

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