Nursery White 〜 天使に触れる方法 3章 4節
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「悠里の好きな食べ物って何?」

 まずはジャブから。

「大体は美味しく食べれますよ。お米とか、パンとか」

「うん、ごめん。主食はいいんだけど、好きな料理は?」

 これを素でやっているんですよね、この子。

「好きな料理……う、ううん、なんと言うんでしょう。お醤油の味とか、好きです」

「うん、すっごいごめん。具体的な料理名を出してくれないかな。カレーライスとか、牛丼とか、そういうの」

 そしてなぜ私もご飯ものばっかり挙げる。今食べたいからなんだけど。女子力皆無だけど、これを私は食いたいんですよ。食べるってより、食う。

「煮物……?」

「悠里、牛丼食べよっか」

「あっ、はい、親子丼とか好きです」

 言えたじゃねぇか……。

「えっとさ、悠里。聞きたいんだけど」

「はい……?」

「悠里って、ファストフードとか食べたことある?ハンバーガーとか、牛丼とか、そういうの」

「ないですね。外食するのはレストランとか、お寿司屋さんだとか……」

「それって、ファミリーは付かないし、回転は付かないよね」

「ファミリーレストラン、ファミレスというものですね。前に本で読みました。中学生のカップルが入ってましたね。後、回転寿司屋さんは、日本の文化がすごい、みたいな番組で見ました。本当にお寿司が回っているなんて、すごいパフォーマンスですよね!」

「うん、よくわかった。割りとそういう本とかテレビ見るんだ、とは思ったけど、悠里ってめちゃくちゃお嬢様だよね。今更だけど」

「そうなんですか……?」

「そうなんです。どうか自覚してください……イヤミな子と思われかねんから……」

 無邪気さっていうのは罪だな、うん。たぶん他のお金持ちの子も、自覚なく自慢と取れるような発言をしているんだろう……そういう環境で育ってきたのだから、仕方がないしどうしようもない。私にできるのは、少しでも庶民感覚というのを教えてあげることだけだ。

「じゃあ、そういうお店に入ってみようよ。お昼時は混んでるけど、今はまだちょっと早いから、空いてると思うし」

「でも、どこがいいのか……」

「悠里って、お肉は好き?」

「鶏肉は好きです。他のお肉はちょっとしつこいので」

「ああ、だから親子丼。う、ううん、じゃあハンバーガーはちょっとか……チキンバーガーもあるけど」

「あっ、あのおじさんのお店ってなんですか?あの、すごい笑顔の……」

 悠里は、楽しそうに看板を指差す。その先にいるのは、初老の男性。アメリカのある州の名前を関する、あのお店だった。

「フライドチキンだね。鶏肉揚げたやつ。揚げ物だから脂っこいけど、まあ、バーガーになってるやつとかなら、そこまでしつこくはないから。ランチメニューあるし、あそこにする?」

「ですよね!ゆうも、なんとなくあのお店が鶏のお店だとは知ってました。でも、お持ち帰り専門じゃないんですね」

「今時なんでも、イートインがないと流行らないからね。もちろん、パーティー用とかのお持ち帰りのパックも充実してるけど、ちゃんとお店で食べられるし、スペースも大きめに取られてるよ」

「そうだったんですか。では、安心して食べられそうですね」

「じゃあ、入ろっか」

「はい!」

 元気よく返事をしながらも、決して悠里が私の前を歩くことはなく、私についてくる形になる。百均の時と同じように、興味を持ちながらも不安を感じているのか、単純に悠里にとっては私の後ろを歩くのが普通になっているのか。

 まあ、私としても一人で歩くことと、莉沙と並んで歩くことに慣れていた。追いかけるよりは、追いかけられたい。…………なんだこのキザなセリフ。

 ここのお店には入ったことがなかったけど、どこで入っても大体同じ感じの内装で、もちろん注文形式も同じなのがチェーン店のいいところだ。ランチメニューもあまり幅はなく、フライドチキンをそのまま食べるセットと、サンドが二種類。後は飲み物ぐらいしか選ぶ余地はない。悠里はめちゃくちゃ迷いそうだし、幅が狭いっていうのは利点だと思う。

「どれがいい?私はね、この普通のサンドが好き」

「あっ、えっと、どうせならチキンをそのまま食べたいです!」

「パンとか、炭水化物は付かないけどいい?あっ、ポテトは付くか」

「はい、大丈夫です。後は飲み物ですね……あっ、ここにもジンジャーエール。お酒も普通に置いてるんですね」

「なっ!?ゆっ、悠里さん。あんまり大声でそれは言わないで……」

 悠里の声が小さくてよかった……あっ、でも、通りはすごくいいから誰かに聞かれてるかも……うぅっ、その場を適当に盛り上がらせるためだけのウソだったのに、こんなところに響いてくるなんて。ああ、ウソはつくもんじゃないんです。おてんとさんも見てるんだから。

「名前を出しちゃいけないんですか?」

「うん……社会性的に……」

「では、普通にオレンジジュースがいいです」

「あっ、悠里的にもオレンジは普通っていう認識なんだ」

「はい。前にリゾートで飲んだオレンジジュースが美味しくって」

「……たぶん、果汁は二十パーセント以下だと思うから、あんまり期待しないでね…………」

 とりあえず、アレだ。悠里には一回、その辺の自販機の飲み物を一通り飲ませて、庶民の味を教え込んでおいた方がいいと思う。もちろん、お酒なんかじゃないジンジャーエールを飲ませて、誤解も解いておく。これ大事。

 ともかく、私はサンドセット、飲み物はアイスコーヒー。悠里はチキンセットのオレンジジュースでオーダーを通す。

「では、席に着くんですね」

「ううん、すぐに商品をもらえるから、それを持って座るんだよ」

「えっ、そんなすぐにできるんですか!?」

「もう作り置きしてるからね。だからこそのファストーフード。逆にオーダーを受けてから作る場合、ハンバーガーでもファストフードとは言わないんだよ」

「へぇ、そうだったんですか……色々なお店があるんですね」

「同じようなお店がたくさんあっても、っていう話だからね。メニューはもちろん、安さや内装、産地なんかでも特徴を出してるんだよ」

「お待たせいたしました」

「はーい、ありがとうございます。はい、悠里も」

「あっ、ありがとうございます!」

 なんとなく流れで、私がお金を支払っていた。というか悠里、サイフの中に万札しか入ってないんじゃ、とか思ったんだけど、さっきは百円玉を普通に出してたっけ……。

 たぶん、悠里にとってもトレーの上に乗った食事をテーブルまで運ぶっていうのは、初めての経験なんじゃないかと思う。まあ、スープとかはないし、飲み物もちゃんとプラスチックの蓋が付いているから、こぼしてしまう危険は少ない。店内は人が少なかったから、他の人にぶつかられることもないだろう。

「どこで食べます?端の方が落ち着くでしょうか?」

「だね。まあ、もう埋まってるかな……あっ、あそこ空いてるね」

 店の一番端、カウンターから最も遠い席には先客がいたけど、その向かい側。ちょうどカウンターの正面にあたる席は空いていた。一方はソファになっているから、悠里にはそっちに座ってもらう。

「悠里、こういうお店はもちろん初めてなんだよね」

「はい。食べる前にお代を払うなんて、ちょっと不思議ですね。……あっ、ゆた先輩!お金!!」

「うん、とりあえず私が払っておいたよ」

「そんな、悪いです。ちゃんと払わせてください」

「税込みで七百円だから、千円あるなら、お釣り払えるけど……」

「せっ、千円……な、ないですっ……最低でも五千円か、五百円しか……」

「百円は?」

「さっき、使い切ってしまいました……」

「そっか。じゃっ、五百円でいいよ。二百円は私の気持ちってことで」

「い、いいんですか?」

「いいよいいよ、悠里には本当、楽しませてもらってるからさ」

 嘘偽りない、真実だ。なんだか私、さっきからずっと悠里の天然っぷりに戸惑っているか、そうじゃない時は笑ってばかりいる気がする。……なぜだろう。すごく久しぶりに笑った、そんな気がしていた。

 もちろん、今までいくらでも笑ってきた。部内でも、私は本当にドールに関して、同志と楽しく語り合っていたし、莉沙との時間も最高に楽しかった。一人でアニメやゲームを楽しんでいる時も、笑顔でいたと思う。もちろん、それらの時の笑顔が偽物だった。心からの笑顔だったなんて、そんな失礼なことは考えていない。どれもかけがえのない、楽しい時間だった。

 だけど、なぜか。本当になぜか。

 この、私と何もかも違って。でも、私によく似ている子と一緒にいる時の笑顔は、何かが特別な気がした。その何かの正体はまだ、掴めない。でも、私は悠里と一緒の時間が本当に楽しくて、幸せなものだと確信できる。

「ゆた先輩、大問題が起きました」

「う、うんっ?」

「ナイフもフォークももらっていないので、このチキンを食べられる気がしません!」

「あ、ははっ……えっとね、普通に手づかみで食べていいんだよ。ほら、ペーパーいっぱいもらってるでしょ?それでいい感じに挟んで食べて……本当はビニールの指サックみたいなのももらえるんだけどね。ここのお店じゃそのサービスしてないみたい」

「そ、そんなのっ、ビギナーのゆうには無理ですっ……!」

「じゃあ、さ、もう普通に手づかみでいいじゃん。おしぼりももらってるし」

「はっ、はしたなくないでしょうか?」

「ないない。フライドチキンなんてそんなもんだって」

「で、でもっ…………」

「……しゃーない。悠里、ちょっと貸して?」

「は、はいっ」

 こういうことを気にする辺り、悠里は天然でも、しっかり育ちのいいお嬢様なんだな、と思う。

 一応、色々な意味で先輩として、ここは私が助けないと。そう思いながら、骨から身を引き剥がして、それをペーパーに包む。ちょうど小骨が少ない部位でよかった。割りとフライドチキンは食べているから、効率のいい骨の外し方もわかっているし、それなりには頼りになるところを見せられた……かな。

「はい、悠里。後はこっちを食べるだけでいいから。骨にもちょっと残ってるけど、これぐらいなら手を汚さずに食べられるでしょ?」

「ありがとうございます!すごいです、ゆた先輩っ。まるで魔法使いみたい……!」

「……これで魔法使いっていうと、悠里の魔法のハードル、低いなぁ」

「いただきますね!……んっ」

 悠里は、本当に幸せそうに……待望のチキンにかぶり付いた。

 と言っても、小さな口なので食べるのは少しずつで、だけど、それを味わった瞬間に目が輝いているように見えた。……期待を裏切らない味だったみたいだ。どちらかと言えば庶民の味だと思うけど、悠里にも通用したのか、むしろ庶民的だからこそ珍しく感じられたのか。

「美味しい?」

「はいっ、おいしいですっ。ゆた先輩のお肉!」

「そ、その言い方はなんかヤだなぁ……」

 いや、いっそ無駄な肉を悠里が食べてくれるというのなら、歓迎するんですけどね?

「でも、よかった。これで期待外れの味だったら、悲しいからね」

「はいっ!こう、じゅわーっと来て、パリッ、として、ほくほくーって感じですね!」

「うん、その食レポはある意味で伝わるけど、すごくIQ低く感じるから無理しなくていいよ」

 天才っていうのは、感覚的に物事を伝える傾向にあるんだろうか。私はもう何度も食べているから、その擬音語だらけの表現も理解できるけどね。

 私も、自分の分のハンバーガーを食べる。悠里は牛や豚よりも鶏が好きと言っていたけど、私もハンバーガーに関しては、普通の牛肉のパティより、こういったフライドチキンや、後は白身魚のフライの方が好きだったりする。後、エビカツ。あれは割りと店によって当たり外れある気がするけど、あるひとつのチェーンのエビカツバーガーはそのまま昇天できる美味しさだった。小麦粉でしか構成されてないと理解してるけど、グラタンコロッケもヤバイ。

「(だから太るんだ……だから強烈に肉が付くんですわ、これはっ……)」

 たまに陸上部で走っているとはいえ、基本はインドアオブインドア。ただ、お腹は空くから食べないといけない。その結果、燃焼しきらなかったものはどこに行くのか……?まあ、無慈悲にお肉となって蓄えられる訳だ。胸にばっかり付くから羨ましい?ドアホウ!その一方できちんとお腹にも足にも付いて、まんべんなく太るんですわ!半端に筋肉がつくせいで、余計に足が太く見えるし……。

「ゆっ、ゆた先輩?どうして食べながら憂鬱な表情に……?」

「宇宙の膨張について考えてた……」

「て、天文ですか?」

「宇宙の中心は、他ならない自分自身だよ、悠里」

「て、哲学?あるいは道徳ですか?いえ、その難解さは現文、ないしは数学の域にまで踏み込んでいるのでは……」

「ちなみに、悠里は今挙がった教科、どれが好き?」

「音楽以外は全部苦手です……好きでもないですね」

 割りと予想できてました。まあ普通に音楽極振りですよね。

「ふと思ったんだけど、悠里、進級大丈夫……?」

「ま、前向きに検討し、慎重に対処していきたいと思います……」

 ほとんど音楽の一芸入試みたいなものだったっていう話だし、実際、ウチの学校は決してレベルの低い、易しい学校ではない。今までフルート以外に力を入れることなく来たのだったら、落第まで普通にあり得る。これは、遊びに行くよりも、勉強会開く方が必要かな……ついでに莉沙にもよく勉強教えてって言われるし、まとめてやってもいい。莉沙は地頭は悪くないから、一年の範囲なら十分教える側に回ることもできるはずだし、たぶん陸上部では頼れる先輩やっているんだから、教え方も私よりいいかもしれない。

「まっ、堅苦しいお勉強の話はいっか。悠里、この後はどこ行く?」

「え、えっと、歌えましたし、お土産も買えましたし、美味しいものを食べられたので、もう思い残すことはない感じなんですが」

「こらこら、そういうセリフ、幽霊が生前の後悔を精算して成仏する時っぽいから、やめなさい」

「まあ、後はしいて言えば……年頃の女の子っぽいことをしてみたいです!せっかく、女の子二人で街に繰り出しているので!」

「お、女の子っぽい……」

 私ことゆたかさんの趣味。ドール、アニメ、ゲーム。悠里さんの趣味(?)。フルート。

 問題です、どちらがより女の子っぽいでしょうか?答えはもちろん、悠里さん。しかもこのゆたかさん、アニメって言っても本来は男性向けの萌え系ばっかりですからね。ちだまりとか何もない、完全な日常系。女の子が可愛らしいことしてるだけのアニメ。だって、理想の美少女がそこにいますからね!自分ではもう絶対に到達できない、萌えがそこにあるんですからね!

 ……仕方がない。アニメから得た知識を頼りに、女の子っぽさを目指してみるか。もうそれしかない。

「パ、パフェでも食べに行く?」

「ゆ、ゆう、そんなにいっぱいは食べられないですよ……」

「だ、だよね。えっと、じゃあ……ゲーセンでプリクラとか撮らない?」

「プリクラってなんですか?」

「………………すごい自撮り写真みたいなの」

 時代的にはもちろんプリクラが先なんだけど、現代的にはこの言い方が正しい、よね。

「自撮り、ですか……」

 そういえばこの子、携帯持ってなかったー!ど、どんだけアナログ人間なんだ?本当に二十一世紀を生きる若者なのか!?

「二人一緒に写る写真、と言えばいいかな。プリクラはそれを編集して、たとえば目を大きくしたり、肌を白くしたり、後は文字を書いたり、スタンプ押したり、色々と特殊効果を加えられるんだよ。後、プリクラはシールだから、何かに貼ったりもできるね」

 ちなみに実際に自分であのプリクラの機械に入った経験は一切なし。莉沙もああいうの使うタイプじゃないし、ぜーんぶアニメから得た知識です。ああいうのってデフォルメされてるものだろうし、ぶっちゃけオタク向けのアニメだと批判的に描かれるから、実物そのままって感じじゃないんだろうけど。

「つまり、ゆた先輩と一緒の写真を手に入れられる、ということですよね!?そ、それはやってみたいです!」

 食いついちゃったよ、この子。まあ、携帯がないから自撮りの写メなんて撮れないし、仕方ないかもしれないけど。

「じゃ、じゃあ、行こっか。この後」

 ゲーセン自体、ロクに近寄りもしないのに、プリクラ……まるでこの私が、ウェーイ系のような、いや女子だしギャルのような……ギャ、ギャル……そういえば、なんでギャルゲーって、別にギャルが出る訳でもないのにギャルゲーって言うんだろうね。正解は、ここで言うギャルっていうのは、いわゆる渋谷系みたいな(すっごい死語だ!)ギャルではなく、女性全般のことを言うらしいよ。じゃあ、私もギャルだ。悠里もギャルだ。ウェーイ!!

「はい!……ところで、あの、ゆた先輩。もう一個のチキンなんですが……」

「はいはい、ちゃんと骨を外してあげますよ、お嬢様。……はいっ、どうぞ」

 もうすっかり手慣れた感じで外してあげて、それを手渡す。……つもりだったんだけど、頭の中では私としても初となるプリクラのことでいっぱいで、流れ作業的に骨取りを終えてしまっていた。だから、チキンを手の高さではなく、普通に顔の高さ(私は座高も高いので、意識しないでいるとこうなる)に持っていってしまっていた。

「ゆ、ゆた先輩っ……あーんっ」

「んばっ!?」

 すると、悠里は一瞬だけためらった後、口でチキンを受け取った……そう、いわゆる「あーん」、食べさせあいっこみたいなことに。いや、みたいじゃない、モロそれだ。

「ゆ、悠里っ……」

「え、えへへっ。ちょっと恥ずかしいですけど、嬉しいです。もう一回、いいですか?」

 悠里の白い顔が、ピンク色に染まっている。元の白さとのギャップで、文字通りの赤面といった感じだ……だけど、悠里は申し訳なさそうに。でも、嬉しそうに、もう一口を求めてくる。

 私も恥ずかしい。それはもう、顔から火が出るところか、そのまま全身が発火、燃え尽きて灰になりたいぐらい恥ずかしい。でも、こんな悠里の顔を見て、断れるだろうか?

「いいよ、悠里。……あーんっ」

「あーーんっ」

 私は、悠里が好きだ。好きなんだ。……それは、恋をしているとか、そういうのではない。

 まだ出会ってそれほど長い間一緒にいる訳ではないのに、この女の子が好きでたまらない。彼女の笑顔をもっと見たい。……いや、違う。彼女に、つまらなそうな顔をしていてほしくないんだ。あの表情以外なら、なんでもいい。あまり怒るのはイメージできないけど、怒り顔でもいいし、泣いてしまってもいいと思う。泣くのは悲しいことだけど、あのつまらない表情には、悲しみすらない。ただただ、無だった。それに比べれば、正の感情でも負の感情でも、感情が動いているのはずっといい。

 彼女の感情が動いていると、私の感情もまた動き出す。

「悠里、美味しい?」

「はいっ。ゆた先輩からもらえたからこそ、とっても美味しいですっ」

「……そっか。私も、悠里の美味しそうな顔が見れて、嬉しいな」

「えへへっ、そうですか?」

「うん。悠里の笑顔、すっごく可愛いから」

「な、なんかっ、すっごくべた褒めで嬉しいけど、恥ずかしいですねっ……。ゆた先輩、今度はそういう作戦ですか?」

「ふふっ、どうだろうね。……あぁ、悠里の照れ顔を見ながら飲むコーヒーは美味しいなぁ」

「う、うぅっ、意地悪なゆた先輩はあんまり好きくないですっ……」

 それでも、少しは好きでいてくれるんだ。

 私は嬉しくて、更に笑顔を深めていたと思う。

説明
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