約束の双子
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時折水の落ちる音がする。

ゆるり、ゆるり、時間の流れはもはや忘却の彼方へと消えていた。

 

ぎぃ、とこの座敷牢へ繋がる唯一の扉が開かれる音がして、南基(ななき)は顔を上げる。

石畳をこつこつと歩く音で南基は誰が来たかを理解して、それから苦笑した。

此処を訪れるのは決まった人間だけで、足音だけで誰かを判別することが容易いほどその人間は少ない。

慣れるまでもなくそれが当たり前の事であり過ぎて、それは普通から逸脱した事なのだと思い出したからこその苦笑だった。

「なな」

優しい声が響く。

「・・・・・・むつき」

どうしたんだい、と言う声は掠れていた。

言葉を声に出す作業があまりに久しく、痛む喉を無意識にさする。

周囲が瓜二つだという梦月の顔は南基にとって自身の顔を知る鏡だったが、今その鏡たる顔は硬く強張っていた。

「俺、婚約者が出来た」

そう、と南基は答えた。

しばらく間が空いて、おめでとうという言葉も加えて言う。

梦月はまだ十四ではあったが、もう十四と言っても良い。

三百年の歴史ある旧家であったし、梦月は高本(こうもと)家十六代目の家長なのだから婚約者話も可笑しくない。

「・・・めでたい話だろうに、浮かない顔だね。相手に何か不服でも?」

「違う、紫さんはとても良い女性だ」

「ならば如何して」

そんなにも泣きそうな顔に近い表情ばかりを浮かべているのだ。

南基が立ち上がると、じゃらりと鎖が無機質に音を立てる。

あまり使わない足ではあるが、こうして立ち、格子に寄るには重かった。

鉄格子の隙間から手を差し伸べ 、梦月の頬へと触れる。その細く白い手へ 、梦月は頬へ押し付けるように自分の手も重ね合わせた。

「紫さんや、父上たちと、話をしたよ」

松葉色の瞳に影が落ちる。光に透かすと裏葉柳の色。自分の目を指して何時だったか梦月はそう語った。

優しい色をした瞳を伏せ、南基の手に擦り寄って梦月は言う。

「男児が生まれたら、その子に『七』をあげることになった」

南基からは何の反応もない。梦月は重ねる手に力を込めた。

「ななの存在がなかったことになる」

「構わないよ。自分は元々生きていない」

片手で胸に手を当てて、南基は微笑む。

その微笑みから南基が本心から言っていることを読んで、梦月の顔は対照的に悲痛に満ちる。

「・・・何故、共に生まれてしまったのだろう」

双子は凶兆の表れだと旧家の中で忌まれていたのに共に生まれてしまった。

たった刹那の差が、南基を今座敷牢に縛り付けている。梦月にはそれが苦痛で、十四年途切れることのない罪悪だった。

苦痛いっぱいの顔を俯け、梦月は口を開く。

「ななに、」

「梦月兄さん」

南基は意図して梦月の言葉を遮った。

どこに誰の耳があるかもわからないこの場所で、梦月が言おうとしたことは南基にとって明かされないままでよいものであった。

“入れ替えられた六と七”の事実など、南基にしてみれば瑣末な事だ。

梦月は幾度か唇を震わせた後、硬く目を瞑り、格子越しに南基を引き寄せ抱きしめた。

「忘れるな、なな。俺にとって『七』はお前であることを」

「消される自分よりも、いつか生まれる子を見ておやり」

「なな!!」

激昂した梦月をよそに、南基はずっと笑んでいる。

この顔しか南基は知らない。他の表情を浮かべることは、これまでになかった。

梦月と話す時も、一人に苦痛を感じた時も、南基は大体笑っていた。笑っていれば何とかなるかなと思っていた。

何より、父からどれほど睨まれようと座敷牢に訪れて話を交わしてくれる梦月に、いつだって笑顔を見せていてやりたかった。

笑顔を見せれば見せるだけ、梦月の顔は悲しそうに歪むばかりだったけれど。

南基の、見ている方が逆に悲しくなる微笑みを浮かべた瞳から目をそらさずに梦月は言う。

「なな・・・・・・それでも忘れるな。『七』の一番目はお前だよ、南『基』」

忘れてしまってもいつか必ず思い出せ、と梦月の言葉が、深く深く、南基の中へと染み落ちていく。

だから南基は約束をした。

 

「忘れないよ。―― いつか必ず思い出す」

説明
久しぶりにこちらに小説をあげてみました。
双子を題材にするのは初めてのことなのですが・・・双子がメインです。

入れ替えられた、六と七。
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