Nursery White 〜 天使に触れる方法 3章 5節
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 食べ終えてから、気づいた。何気なくランチメニューだけを注文したけど、これぐらいじゃ収まらない。せめて軽くでいいから、もう一品頼んでおくべきだった……。

 さすがにすぐにお腹が鳴り出すというほどではないけど、圧倒的な物足りなさがある。これは、コンビニでおにぎりでも買っておいた方がいいかな。

「さて、ゲーセンって言っても、この辺り割りと色々あるんだよね。あんまりおっきいところは、休みだし混んでそうだから、ちょっとマイナーなところにしよっか」

「どこでもいいですけど、ゆた先輩、詳しいんですね」

「滅多に行かないけど、一応、場所は知ってるね。実際に自分で取る訳じゃないけど、クレーンゲームの景品とか見てるだけで面白いし」

「クレーンゲームというと……」

「こう、アームでぐわーって景品を掴んで取るゲームだよ。知らない?」

 今の私、思い切り腕でクレーンゲームを再現しております。

「なんとなくイメージはできました……?」

「いや、聞かれても」

「あっ、でも昔、確か温泉旅館か何かに行った時、お菓子を掴んで積んで落とす……みたいなゲームはやりました。あれに近いんでしょうか?」

「ああ、あれね!!私もあれはやったなー、そこまで難しくはないし、とりあえずちょっとだけなら簡単に取れるもんね。割りと近いゲームと思うよ」

 あのゲームって、ちょっとしたゲームコーナーならどこにでもあるよね……名前は知らないけど。一応、あれもクレーンゲームの仲間?

「というか悠里、あんまりそういうお菓子って食べないと思ってた。普通に食べるんだ」

「最近は、そうですね……あまり食べません。そもそも間食自体をあまりしなくて、その分、ご飯をしっかり食べるという感じですね」

「健康的でいいね。でも、素人の考えだけど、楽器の演奏って神経も体力も使って、かなり消耗しそうなものだけど、大丈夫なの?甘いものとか摂った方がよさそう」

「確かに、楽ではないですけど、それでも夕食までは持ちますね」

「そっか。……燃費がいいんだろうなぁ、悠里って」

 悠里はあれだけの昼食で満足できたみたいだし。私が無駄に燃費悪く感じられてちょっとイヤだ。まあ、インドア系で体力も大して使わない趣味だし……頭は使うから、その分、飴で糖分補給したりして……ああっ、この脂肪フラグよ!段々と糖分補給というより、癖になってるから常に口に何か放り込んでいるような気がしてきてるし、今の体型は体質的な要因だけでは出来上がっていない気がする……。

「ところで、ゲームセンターというと、なんとなく恐ろしげなイメージがあるのですが、大丈夫ですか?」

「たぶんね。まあ、女の子一人だと危険かもしれないけど、私がいるから大丈夫だよ」

 ここで断言できない辺り、私も慣れていない。まあ、不良の溜まり場なんていうのは実に平成初期ぐらいまでのイメージだ……と思いたい。

 それに、何も格闘ゲームとかシューティングゲームじゃなく、プリクラを撮りに行くんだから、ターゲット層は女の子かカップルがメインだ。そうそう絡まれる危険はないと思う。

「それにしても、やっぱり都会に出ると色々とすごいですね……。音も景色も、すごい速さで流れていって、目が回りそうで」

「店頭から色々な音が流れてくるからね。耳がいい悠里がちょっと大変なのは仕方ないのかも」

「街を歩いている人の話もよく聞こえてきます……本当に、色々な話をしていますね。よくわからない内容が多いですが」

「そこまで耳いいの?よく絶対音感の人って、音が音階で聞こえてきて大変って言うけど」

「絶対音感もそうですが、ゆうは細かな音も聞き逃さないような能力を磨いてきたので……元々、兄と同じように指揮者方面の教育を受けていたせいですね。音の乱れに敏感なので、小さな声や、雑踏の中の声も、しっかりと聞き取れるみたいです」

「す、すごいな……悠里の近くじゃ内緒話はできないね」

「ふふっ、そうですね。ゆた先輩の声なら、間違いなく一字一句聞き逃さない自信があります」

 何か隠し事をするつもりはないけど、普通に怖いな、それは……。

「おっ、見えてきたね。あそこなんかどう?」

 大通りを外れ、周囲には個人の古本屋や、水槽の専門店といった、ちょっと変わった専門的なお店が並ぶ通り。そこに小さなゲームセンターがある。

 軒先には、古いものを含めてたくさんのガシャポンが並んでいて、どことなくレトロな雰囲気を漂わせていた。でも確か、中には普通に新しいゲーム機も、プリクラもあったはずだ。

「なんだかこういう通りに入ると、街のすごくディープなところも知れた気がしますね」

「私も偶然、ふとした時に通りかかって知っていただけだけどね。でも確かに、私しか知らない場所、みたいな気分に浸れるかも」

 ちなみに、こういう通りに入ったことがあるのは、割りとこういうところにドールのお店があったりするからだ。大手のドールシリーズは、もっと大通りのお店にあるけど、オリジナルやマイナーなブランドは本当に取り扱うお店が少ない。私はどちらかというと、リアル系やアンティーク系のドールではなく、美少女フィギュアの延長線上にあるようなドールが好きなんだけど、たまにダークな空気をまとったドールを見ることもあって、ここもその一環で通っていた。

 ここを通り過ぎた先にある、小さな雑居ビルの三階にあるドール専門店は、埃っぽく、店主さんの雰囲気も湿っぽく、なんだか恐ろしい世界に迷い込んだような感じがした。でも、そこは異空間ではなく、自分と好きなものを共有する人の作り上げた世界なのだから、居心地のよささえ感じられる。

「わぁっ、これがプリクラの機械なんですね!」

「いつ見てもでっかいなぁ……証明写真のアレの三倍ぐらい?」

 まあ、証明写真とは違って二人以上で撮るのが普通だし、ポーズも取るからそれぐらいのスペースは必要なんだろう。というか、一人プリクラなんて恐ろしい……ヒトカラとは訳が違う……。

「早速入りましょう!」

「う、うん。そだね……」

 悠里のことだから、もっとためらうと思ったのに、あら意外。

 というかそう思いつつ、私の方が変な緊張をしてきてしまった。悠里が他の人にプリクラを見せるとは思えないし、完全に二人の間だけの物になるとは理解しているんだけど、なんとなく人に写真を撮られるのは慣れない。しかも、ツーショットだし。

「なんだか車の中みたいですね」

「確かに、ちょっと似てるかも。ええっと、まずはお金入れて、っと」

 自然に私がお金を払う。それにしても……中の様子を見たことってなかったけど、外観よりは地味というか、普通にシンプルだと感じた。まあ、後から色々と合成していくものだから、内装は地味なものになるか。もっとめちゃくちゃガーリーな空間を想像していたから、落ち着ける雰囲気でよかったけど。

「そ、そうだ。本格的に始まっちゃう前に聞いておくけど、悠里はどんな風に撮りたいの?」

「どんな風に、ですか?」

「うん。たとえば、えっと……肩を組んでるととか、ピースするとか……」

 私のわかるポーズのレパートリー、わずか二種類。というか、肩組むって、男子か!?

「え、えっと、どうするものなんでしょう?」

「私に聞かれても、初めてだし……」

「では、とりあえず自然体でいいですか?まずはどういう写真が撮れるのかを試してみたいですし」

「そ、そうだね。うん、それがいい。まずはお試しで」

 そう言って、普通に横並びになって、特にポーズは撮らないで映ってみる。さすがに一応、笑顔っぽい柔らかい表情になってみるけど……。

「わっ、撮れました!?」

「撮れたっぽいね。別になんか編集はしなくていいよね?お試しだし」

「はい!印刷してみましょう!」

 そして出来上がったのは……。

「まあ、うん、こんなもんかな」

 笑顔?の私と、めっちゃニッコニコな悠里のプリクラであった。……というか、本当にいい顔しますな、君。学校だとあんなにつまらそうな無表情なのに。

「なんていうか、これだけでもう十分な感じがしますね。だって、ゆた先輩とツーショットですよ!?」

「私ゃ有名人じゃないですよ、悠里さん」

「でも、ゆうは携帯を持っていないので、本当に大切な写真です。写真で見るゆた先輩も、かっこいいですね……」

「ちょ、ちょっと待って。悠里的には私って、かっこいいの区分なの?」

 私はナルシストじゃない。じゃないんだけど、あえて言わせて欲しい。私の顔を分類すると、「奇麗」や「美人」の区分だと思うんだ。まあ、ワンチャン「可愛い」と言ってもらえれば、すごく嬉しい。私は可愛いものに憧れているから。……でも、かっこいいは、違うくないか?色々と中性的な部分があるとは私自身が認めているけど、顔については普通に女性らしいと思うんだ。ボーイッシュでも、クール系でもない。そこはあくまで、女性らしい……はず。

「ゆた先輩の顔とか、スタイルとか、すごく大人っぽいのでかっこいいです。ゆうはこんななので……」

 そう言って悠里は、自らの小柄でぺったんなお体をご覧になられた。……ああ、そういうこと。

 確かに悠里は高校生にしては、かなり童顔な方だし、端的に言って幼児体型をしているとは思う。でもね、悠里さんや。私はそんなあなたのことが好きなんですよ。めっっっちゃ可愛いじゃないですか、あなた。私は絶対にもうそんな頃の姿に戻れないんだから。そのロリっ子体型を個性として大事にしてください。

「心配しなくても、悠里はめちゃくちゃ可愛いよ。それに、後十年もすれば悠里も大人になってるって。私がたまたま早熟だっただけで」

 本当にそれは思う……中学生の時点で普通に大人と思われてたから。……今も制服がコスプレくさいとか言うな。地味に気にしてるんだから。

「な、なんかそれは、想像できないですね……。ゆうってどんな大人になるんでしょう?」

「きっと素敵な大人だよ。うん、絶対に」

 なんとなく悠里は、大きくなっても今の雰囲気と面影を残したまま、ぽやぽやとした癒し系の女性になっている姿が容易に想像できる。その頃には、誰もが知るような奏者になっているんだろうか?テレビにもコンサートの度に出るような、そんな存在になっているかもしれない。

 今のままの雰囲気で、テレビに取材を受けている悠里……その姿を想像した時、ふと、それをテレビ越しに見ている私の姿まで想像できた。容姿はたぶん、今と変わってないだろう。社会人になっているから、服装がスーツに変わっているぐらいだ。……って、家でテレビ見ている設定なのにスーツ姿なのか。

 それから、私は私がそれが当然のこととして、一般的な企業に就職している姿を想像できていたことに少し驚く。

 割りと真剣に、服飾系……なんなら、ドール衣装の専門のデザイナーになる未来も考えているつもりなんだけどな。――ただ、それはあくまで個人の趣味の範疇だ。ごく限られた身内の世界では、売り買いして、それなりにお金も稼げている。ただ、それはあくまで同人としての活動。実際にプロとして評価されるのかは別の話。そもそも、どうやってその世界に入っていけばいいのか。自作の衣装を持ち込むだとか?

 ……希望はあるけど、それに向けて特に進もうともしていないのが、今の私だった。ただ、それが“学生の本分”だから、機械的に勉強をする傍らで趣味に精を出している。確実にやってくる将来においては、特にアドバンテージにはならず、学歴と資料本を読んで身に付けた面接の技術だけを武器に戦うことになる。将来が決まっている悠里に比べると、私の未来はあまりにも漠然としていて、かつどう転んでも本当に私がしたいこととは違う気しかしない。

「(本当にしたいことって、なんだろう)」

 趣味を永遠に続けていられればよかったのか?なら、どうして第二美術部を潰した?それがあまり自分の理想通りとは言えなかったから?なら、どこに私の理想はある?ただ単純に、こうやって悠里と楽しくやれていれば、それでいいのか?

 それは間違いなく楽しい。楽しいけど、こんな無軌道な私が悠里と一緒にいて、その悪影響を悠里が受けて道を外れてしまえば……?実際、既に彼女は一度部活をサボってしまっている。それは無責任な私のアドバイスが原因だ。彼女はあまりに純粋だからこそ、私のどうでもいい軽口すら真に受けてしまう。そんな子を、どんどん私が穢していってしまうのでは…………。

「……ゆた、先輩?どうしたんですか?」

「あっ……ご、ごめん。ちょっとぼーっとしちゃった。あははっ、悠里のプリクラがあんまりに可愛かったからかな」

「ゆた先輩、泣いてます」

「えっ……?」

 慌てて、目元を拭った。……何も指には付かない。視界が全く歪んでいないんだから、当然だ。だけど私は、自分が泣いていてもおかしくない状態だと思っていたから、反射的にそうしてしまっていた。

「ゆた先輩の声、震えています。言いましたよね、ゆうは耳がいいんです。だから、わずかにいつもと声が違うだけで、それがよくわかります……ゆた先輩。どうしたんですか?いつもよりも声の張りが弱くて、絶対にいつもと違います」

 ……敵わないなぁ、この子には。

「悠里。私は、このまま悠里の友達でいていいのかな?もうわかってると思うけど、私、かなり適当なやつだよ。そんなのと一緒にいたら、悠里まできっと……」

「ゆた先輩。ゆうはこういう時、なんて言えばいいのか、よくわかりません。なので、思ったままのことを言わせてもらいます。ゆた先輩が何を思ったのかはわかりませんが、ゆうはゆた先輩が好きだから、ここにいます。今は他のこと……フルートですが、それよりもずっと、ゆた先輩が大事だと思ったんです。だから、ゆた先輩と一緒にいます。ゆうが近くにいては、ゆた先輩はダメですか?」

「悠里」

 悠里はまっすぐ、私のことを見つめている。青い光が、射抜くように私を見ている。

 危うく、私は目を逸しそうになった。その視線が、痛いほど純粋なものだったから。――バカか。バカか、私は。

 うん、バカだ。一人で勝手に悩んで、私をこんなにも見つめてくれる悠里に、勝手にふさわしくないとか考えるなんて。

「……ごめんなさい。悠里が、あんまりに私にとっては眩しく感じたんだ。だから、不安になった。私でいいのか、って」

「ゆた先輩」

 悠里は、私から視線を外さない。私も、その視線と握手するように見つめ返し続けた。

「ゆた先輩がいないと、ゆうは輝けません。あの時、ゆた先輩に出会えたからこそ、またゆうはがんばろうって思えたんです。誰もゆうのことを見ていない。でも、ゆた先輩だけはゆうのことを見ていてくれるって、思ったから」

「……じゃあ、部活をサボったのは?また、フルートが好きになってくれたんじゃないの?」

「ゆうはずっと、フルートが大好きですよ。ただ、いつも通りの毎日が続くのがイヤになってたんです。それがゆた先輩に出会って変わって。でも、しばらく会えていなかったので。それに、わざわざゆた先輩を訪ねるのは悪かったので、気分を変えるためにちょっと休んでみました。――ゆた先輩。ゆう、頼りなく見えると思いますけど、別にゆた先輩が言ったからサボったんじゃないですよ。もう十五なんですから、多少は“自分”もあります」

「そっか……。そうだよね。悠里も、子どもじゃないんだから」

 ――彼女は、童話の中にいるお姫様じゃない。王子様がいないと何もできない、か弱い存在なんかじゃない。一人の、自分で考えて行動できる人だ。

 私は、彼女に理想を見ていた。理想を押し付けていたけど、そんな私の都合のいい理想通りの人なんて、実際に生きているはずがない。

 だから、私も一歩踏み出そう。大人になろう。

「悠里、もう一度、謝らせて。私、ずっとあなたのこと誤解してた。私がしっかりして、ちゃんとしないと、って」

「そ、それは間違ってないですよ。ゆうは本当、何にでも疎いので……」

「でも、きっと私は悠里のことを見下しちゃってた。……それを、謝らせて。……ごめんなさい」

「えっ、ええっ!?ゆ、ゆた先輩は先輩ですし、それは当然っていうか…………」

 私が頭を下げると、悠里は慌てふためいた。……可愛いな、本当に。

「あのさ、勝手だけど、そのゆた先輩ってのもやめない?人前だと、ぎょっとされるからアレかもだけど、もっと普通に呼んでほしいんだ。対等な友達として」

「えっ……?じゃあ、えっと、ゆたかさん……みたいな?」

「さんはいらないよ。呼び捨てでいい」

「そ、そんなのいいんですか……?ゆた、か……。…………すっ、すっごく、こう、背徳的っていうか、悪いことしてる気分しかないですが……」

「気にしないで。私としては、すごく嬉しいよ」

 悠里は顔を真っ赤にして、やっと私から視線を外した。こういうのでは、視線を逸しちゃうんだ。

「あの、ゆたか……」

「うん?」

「ゆうからも、ひとつだけお願いして、いいですか?」

「もちろん。私のわがままを聞いてもらったしね」

「今度また、お暇な休みの日でいいです。ゆうの家に、来てもらえますか?」

 

 ――それはもしかしなくても、家族に紹介する、ってやつですかい?

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プリクラの中は実際気になる

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