砂浜にて |
砂浜をゆっくりと歩いていた
どれぐらいの時間が経ったのだろう
随分と長い時間、歩いていた気がする
状況に何の変化もあらわれない事に
少し焦り始めていた
「まいりましたね」
思わずそんな言葉が口からもれていた
久しぶりにやってきた砂浜は
あの頃とはすっかり変わってしまっていました
ここで子供達に囲まれていた所を
なんとか太郎さんというお方に助けられ
恩返しに竜宮城へお連れした時の
竜宮城の盛り上がりといったら
それはそれは
竜宮城で珍しい人間を側で見る事が出来ると観光客が集まり
その観光客目当てに商業施設が周りに立ち並び
そこに長蛇の列が出来ていました
そんな風に竜宮城が賑わっていたのがつい昨日の事のようです
なんとか太郎さんがお帰りになってしまった後は
観光ブームも去ってしまい
周りの商業施設も次々と閉店
竜宮城も閑散としてしまいました
建物自体も老朽化してきていましたし
このままでは竜宮城を維持して行く事が
難しくなってしまうのではないかという
危機感を感じずにはいられませんでした
中心部といえる竜宮城が無くなってしまうという事は
海の存続に関わる事なのです
私は自ら体を張る覚悟を決め
また私を助けてくれるような親切なお方を探しだし
竜宮城へお連れして
そのお方をメインに新たな観光ブームを作り出そうと考えたのでしたが……
砂浜は当時と違い動物愛護とかで
棒を持って亀に近づいてくるような人間はいなくなっていました
逆に可愛いーと言いながら笑顔を向けられる始末
竜宮城の由々しき事態だというのに
これは本当に困ったものです
ほとほと困った私は
なんとか太郎さんにもう1度お願い出来ないものかと
家を訪ねてみたのですが
耳の遠い白髪のおじいさんがいるだけで話がかみ合わず
なんとか太郎さんに会う事が出来ませんでした
途方に暮れて当てもなく歩いていると
派手なスーツを着た、お猿さんが向こうから歩いてきました
「もしやあなたは
なんとか太郎さんと鬼ヶ島へ行かれたお猿さんですか?」
「お、よく知ってんなー
ってあれ? そういうあんたは竜宮の所の亀かい?!」
「良くご存知で、そちら様のお噂は兼ねてからお聞きしておりました
大変なご活躍だったとか、中々お会いする機会がなくて
ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
「良いって良いって、そんな堅苦しいのは抜きにしようぜ
おいら達は仲間みたいなもんじゃねーかよー
で、どうしたんだ?
竜宮勤めのエリートさんが
陸地に上がってくるなんて珍しいじゃねぇか」
私が手短に事情を説明すると
お猿さんは
「そっちは色々大変なんだなー
おいらはあれから鬼の財宝で毎日遊び歩いてるばっかりさー
まぁ金が無くなったら、無くなったで
また鬼退治にでも行けば良いんだしよー」
と豪快に笑っています
随分と羽振りの良い生活をしているようで
私もこれぐらいおおらかでありたいものです
「なんだよー
そんな沈んだ顔すんなって
そんじゃこれから、ちょっくら鬼退治に行って稼いでくるか?
鬼の財宝がありゃ竜宮城の修繕費用の足しぐらいにはなるんじゃね?
おいらも懐が寂しくなってきてたから小遣い稼ぎしたいと思ってた所だし」
「とは言っても、私に戦闘なんて出来るでしょうか……」
「へーきへーき、おいら達だって
きびだんごひとつで、いきなり戦う事になったんだぜ?
あんた防御力はありそうだし、なんとかなるってもんよ
そんじゃちょいと他の奴らにも声かけてみようぜ」
そう言うとお猿さんはさっさと歩きだしました
どんどんとお猿さんとの距離が離れていきます
大分離れた所でやっとお猿さんが私に気づき
引き返してくると
こりゃ日が暮れるな……
とつぶやき私を小脇に抱え歩き出したのです
さすが、きびだんごひとつで命を張ったお方は行動力が違います
私の場合は私の背中に乗って海に潜った
なんとか太郎さんの方が命張っていたと言えますし……
まず最初にキジさんの所を尋ねると
キジさんは足に大きな宝石をつけて
どこかへ出かける所のようでした
「よぉ! 久しぶりー!」
お猿さんがそう挨拶をするとキジさんが
「おや、また遊び歩いているのかい?
そろそろあんたも落ち着いた方が良いんじゃないのかい?
なんでも持っていた車、売り払ったそうじゃないか」
と言い
それを聞いてお猿さんはバツの悪そうな顔をして
「まぁまぁ、分かってるって
おいらもそろそろ落ち着こうとは思ってたんだよ
それで、相談なんだけどよー」
とキジさんに私の事情を簡潔に話します
「というわけで、資金集めに鬼退治に行こうぜ!」
と続けると
キジさんはちょっと困った顔をして
「実はね、宝を資金に事業を立ち上げようと思っているんだよ
それで今日はこれから商談に行かないとならなくて」
と言いました
「え?! なんだよそれ! すげぇじゃん
お前昔から頭切れるから
うまくいくんじゃねぇの?」
お猿さんの言葉にキジさんはちょっと嬉しそうな顔をして
「そう言って貰えると嬉しいねぇ
世間じゃ鳥頭とかいう風評被害で
話を取り付けるのにもひと苦労でさ
こうして重いってのに足に宝石つけてハッタリかまして
話の席についてもらう事から始めないとならなくてねぇ」
と話すと
商談の時間があるからと車に乗り込み去っていきました
そういう事情じゃしょうがねぇな
と言いながらお猿さんは私を小脇に抱え
今度は犬さんの所へと向かいます
スーツを着た犬さんに事情を話すと
やはり困った顔をして
「僕さ、ローン組んで家買っちゃったし
あんま無茶出来ないんだよね
ほら、嫁も子供もいるしさ」
と言います
「え? 宝どうしちゃったんだよ」
お猿さんが驚いてそう言うと
「貯金したよ
これから子供達の養育費だってかかるし
いざって時のためにやっぱ残しておかないとさ」
と犬さんは答えました
そういう事じゃしょうがねぇな
お猿さんは私を小脇に抱え
一緒に鬼退治に行ったという
なんとか太郎さんの家も訪ねてみたのですが
安定した生活してるのに
いまさらリスク背負うのもなぁと言われてしまいました
お猿さんは暫く考えた後
「仕方ねぇな、おいら達だけで行くか!」
と言うと私を小脇に抱え再び歩き出すのでした
お猿さんの行動力は本当に目を見張るものがあります
そして私は本当に戦えるのでしょうかという不安を抱きながら
お猿さんの足手まといにならないように
しなければと思うのでした
「鬼がいる場所この辺だと聞いてんだけどなー」
そう言いながら私を小脇に抱えたお猿さんは
ちょっと高い所から見てみようぜと木に軽々と登ります
木々の向こうに大きな壁に囲まれた
とてつもなく大きい要塞のような建物が見えました
お猿さんと私はそれを見てお互い何も言えず
お猿さんは無言で木から降りると
通りがかりの人を見つけ要塞の事を聞いてみました
どうも鬼さん達は急な襲撃に備え
外との交流を断ち切って
あのような要塞に暮らすようになったのだとか
いくら木登りの得意なお猿さんでも
あの壁をよじ登る事は無理でしょうし
私に関しては考えるまでもありません
親切にしてくださった
お猿さんにお礼を言い私は竜宮城へ帰る事にしました
お猿さんの小脇に抱えられ
砂浜へと送ってもらう途中でまたキジさんと出会いました
鬼の要塞の話をすると
キジさんはちょっと考えて
それじゃ私の事業を手伝ってみますか?
と言ってくれたのです
ここの方々はなんて親切なんでしょう
その親切に甘えて良いものかと迷っていると
お猿さんが
「良い話じゃねぇか!」
と私の背中を押してくれました
キジさんは、そういうあんたはどうするんだい?
とお猿さんの顔を見ると
お猿さんは苦笑しながらおいらも世話になっちゃおうかな
と上目遣いにキジさんを見ました
「しょうがないねぇ」
と笑いながら、それじゃ一緒に来な
とキジさんは私とお猿さんを新しい事務所へと案内してくれたのです
それからの日々はとても慌ただしいものでした
頭の切れるキジさんの事業拡大計画
抜群のコミュニケーション能力のお猿さんの営業
そして事業が軌道に乗って来た頃に声をかけた
犬さんの誠実な仕事運び
私はそんな皆さんに遅れをとらぬよう懸命に働きました
竜宮城にいた頃は、周りから堅実だと言われていたものです
そんな評価に恥じぬ働きをしなくては
時には会社で夜を明かし
時にはタイムカードも押さずに休日出勤
そんな中、大きな転換期を迎える事となったのが
鬼さん達との平和条約でした
困難を極めた交渉も
長い期間をかけやっと実現される事となったのです
鬼さん達は外部との関わりを絶っていたため
人件費削減を余儀なくされ
あらゆる事に関してのオートメーション化が進んでいました
その技術は私たちの想像を遥かに超えた素晴らしいもので
これをきっかけに世界は近代化へと飛躍的な発展を遂げる事となりました
私たちはその功労者として大変賞賛されたのでした
しかしこうなるまでに
随分と長い年月が必要だったのも事実
今に至るまでここに来た理由、故郷、そして家族や友人の事を
忘れていたわけではありませんでした
ただここで出会った素晴らしい仲間達
お世話になった人たち
いつの間にか、ここにも大切なものが
沢山出来てしまった事が
あのもう一つの大切な場所を
忙しさの中に無意識に隠そうとしてしまっていたのかもしれません
高層ビルの上から街を眺め
そんな事を考えていると
「何、難しい顔して考えてんだよー
お前は真面目過ぎるんだって」
貫禄の出てきたお腹を撫でながら
お猿さんが声をかけてきました
「故郷の事でも考えていたのですか?」
キジさんが優しく問いかけます
「大切な場所だものそりゃ気になるよね?」
犬さんが穏やかに笑いかけます
休む事なくずっと走り続けてきて色々な事を成し遂げ
こんな風に感傷的になるなんて
私も年をとったという事なのでしょうか
本来の目的を果たすには
あまりにも時間が経ち過ぎていました
涙が溢れそうになるのをぐっとこらえて
「ありがとうございます、でも竜宮城はもう……」
「何言ってんだよー
自分の目で確かめたわけでもないのによー」
「そうですよ、悲観的になるのはそれからでも遅くないです」
「僕たちも出来るだけの事はさせてもらうよ
だって僕たち仲間じゃないか」
「みなさん……」
次の言葉が出てこない私の背中を
お猿さんが押してくれました
キジさんの柔らかい羽が頭をなでます
そして犬さんの暖かい手が私の手を包みます
私は竜宮城へと帰る決心をしたのでした
竜宮城へ帰ると決まってから
皆んなで旅行へ行ったり飲みに行ったり
こんな風な余暇を過ごせたのは
何年、いや何十年ぶりだったでしょうか
そして帰る当日
皆さんが見送りに来てくれました
お猿さん、キジさん、犬さんはもちろん
お世話になった方々
取引先の社長さん、鬼さんの代表の方
縁あって親しくなった人たち
最後の日は泣くまいと決めていた私は
精一杯の笑顔で皆さんに挨拶をし
お猿さん、キジさん、犬さんと
固い握手をすると海へと入っていきました
こんな素晴らしい方々に出会えたのは
まるで奇跡のようです
こらえていたはずなのに思わず
涙ぐんでしまった事に気付かれてしまったでしょうか……
恐る恐る竜宮城への道を進むと
あの頃のままの竜宮城が見えてきました
私は思わず何か言葉を発したのですが
自分でも何と言ったのかすら分からないほど
気分が高まっていました
そしてそこには懐かしい友人の後ろ姿があったのです
あれは__亀助
あぁ私の事を覚えていてくれるでしょうか
亀助がゆっくりと振り返り
私に気付くと走って近づいてきました
私の事を覚えていてくれたのだという
喜びが胸に溢れます
「よぉ、亀太
なんだよ、お前おとといから連絡つかないからさぁ」
「……え? ……おととい?」
「そうそう、それが急に合コンが決まってさ
お前も誘おうと思ったのに連絡つかないんだもんなぁ
俺さ、行って来たんだけど
行ってびっくり
何がびっくりって女の子達、全員すげー可愛いの
全員が可愛いんだぜ、こんな事ある? 奇跡かよ
奇跡の出会いだよ!
ホントありえねー
そんで誰の連絡先も聞けなかった俺もありえねー」
もしかして……
時間の流れが向こうと違う……?
そんな疑問を持ちながら
「それじゃ竜宮城は……」
もしかして私はまだ間に合ったのでしょうか?
「ん? 竜宮城?
あーなんか税金使って建て直すとかなんとか言ってたぜ」
「……え?」
「そりゃそうだろ
ここの中心部なんだし無くなったら困るじゃん?
税金使う事に反対する奴もいないだろうから
すんなりと決まるんじゃね
ってあ、もしかしてお前そんな事心配してたの?
余計な心配なんてしなくたって大丈夫だって
こんなの個人でどうにか出来る問題じゃないじゃん
海をあげてどうにかするに決まってんじゃん
お前あんま真面目に考えすぎんなよな」
と笑う亀助をぼんやり見ながら
「ですよねぇ__」
としか言えませんでした
「そういや、乙姫さんが人件費削減だとかで
竜宮城もオートメーション化させようとか
言ってるらしいぜ
乙姫さんやり手だからなぁ
相当力入れてやるんじゃね
開発会議とかの予定もあるらしいし
ってどうしたんだよ
そんな複雑な顔して
あれ? もしかして何か近代化計画の案でも持ってんの?」
「えぇ……まぁ」
「え? すげーすげーよ、お前!
その案、もし通ったら出世街道まっしぐらじゃん!
俺応援するからよ!」
「うん……」
喜ぶべき所なのですが
なんだかすごく複雑な気持ちなのは気のせいでしょうか?
「あーでもそうなると
すげー忙しくなるわなぁ
サービス残業とかになりそうだし
軌道に乗るまでは仕方ないだろうけど
休日返上とかありそうだよなぁ
休み取れなくなる前に
どうにか有給消化出来ねーかなぁ」
「え? ……また?」
私は何故かとてつもない疲労感を感じて
思わずそうつぶやいていました
「ん? またってなんだよ?
まだ始まってもいないのに?
どうした亀太?
お前なんかすげー疲れた顔してるけど
どうした? 亀太ーー
おーい、これからだろー
もう休みたいって何だよーー亀太っっーーー!!」
こうして竜宮城は近代化への第一歩を踏み出したのでした
めでたし めでたし
説明 | ||
昔話風ファンタジー かなり軽い内容の短編ですので ちょっとした空き時間にお気軽にどうぞ |
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