さくら 5
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「私を開放すると?」

「そうだよ、さくら」

「何故だ?」

 なぜ……か。

「お前は、ずっと私を封じて居たではないか」

「そうだね」

 封じたかったわけじゃ無いけど……私には、他に方法が無かった。

 

「厳しい修練の果てに手にした、その力の大半を使い」

 

 そう、私は、自身が無力だった故に、式姫達が戦い、傷つくのを、後ろで見ているのだけの男だった。

 それは、確かに辛かったよ。

 けどね、さくら。

 人が力を欲するのは、何かを成し遂げるためで。

 私は多分、人として一番幸せな力の使い方が出来た陰陽師だったと……心からそう思っている。

 

「ずっと、都の安寧の為に、私を封じて居たのではないのか?」

 

 貴方は、ずっと都の平和を祈って戦い続けた。

 自らの力が殆ど使えなくなった後も、式姫達と共に戦い。

 この都を、強大な妖たちから守り抜いた。

 ……私は、その妖の側の一人。

 そこまでして守って来た都を、何故、今、危機に晒す。

 

「それは違うよ、さくら」

 

 ……今、何と。

 違う?

 何が違うと。

 

「私は、都の為に戦って来た訳じゃ無い」

「嘘だ!」

 

 私は知っている。

 貴方は、最前線に立てない事を、他の陰陽師や武士たちに蔑まれながら。

 それでも、式姫達と共に。

 彼女たちが万全に戦えるように、あちこちに頭を下げ、家財を投じて人を懐柔し。

 時に妖怪すら凌ぐ力を持つ、そんな彼女たちの身に危害が及ばぬよう、したくも無い政治的な折衝を繰り返しながら、妖怪討伐を続けたのではないか。

 ここを守りたいんだ。

 そう言いながら、辛い毎日に耐えていた姿を、私は知っている。

 

「いいや、都を守ったのはついでの話さ」

 わが身を賭して、都を守る……か。

 そんな聖人君子に、私が見えていたのかい?

 私に、そんな御大層な望みは無かった。

 あれは、結果としてそうなっただけの話。

 

「ついで……では、貴方は何を」

 あんなに傷つきながら、何を守りたかったの。

 

「守りたかったのは、自分の屋敷だけ」

 そう、私は度し難い、自分勝手な我儘者なのさ、さくら。

 

「君が居た、あの場所だけだ」

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 花びらが散り、空を漂う。

 一片。

 二片。

 時が止まったような空間の中で、ただ、その動きだけが、時を刻んでいた。

 彼女が、じっとこちらを見る。

 感情の無い、あの目で。

 ただ、何かを滅ぼそうという。

 その意思だけが、そこには宿っていた。

 ぴぃ。

 狐火が小さく悲鳴を上げて、私の懐の中に飛び込んで、小さな体を震わせる。

 それが合図だったかのように。

「おう!」

 ひゅうという彼女の鋭い呼気と、武者の気合が交錯した。

 鬼すら凌ぐ、あり得ない身体能力から繰り出される、予測の付かない体術。

 そこから変幻に繰り出される左右二刀。

 それを、武者は、甲冑の防備と最小限の見切りで辛うじて凌ぐ。

 いや、凌げているのは、彼の武術のお蔭のみでは無い。

 明らかに、彼女の動きは、鈍くなっていた。

 ここに至るまでに、幾度も繰り返された交戦によって受けた傷により、彼女は著しく消耗していた。

 とはいえ、その動き、力、鋭さ、その全てで、未だに彼女は彼を凌いでいる。

 故に……機は一度だけ。

 

(いつ、誘いの手を入れられるか、俺にも判らぬ、ヌシに合図も出来ぬ)

 だが、私はそれを見出し。

(その時だけ、あやつの刃を、ヌシの術で防いで貰えぬか)

 やらねばならない。

 失敗したら……。

「火は灰となりて土を生じ、土、その体内より金を産す」

 これに失敗したら、私と彼は死に、彼女はまた殺戮を繰り返すのだろう。

「金は面に結露し水を生じ、水、その恵みにて木を生ず」

 誰も……彼女自身にすら、何も生まないその営みを。

「木は火を生じ、火は土を生ず、ここに五行の相生の理は巡る」

 天地万物は繋がっているのだ、滅びたと見えても、次の命を繋いでいく。

 ならば、私は陰陽師として。

 彼女の回す過剰な破壊に満ちた、悲しい連鎖の輪を、止めねばならない。

 

 札を構える。

 

 じっと、二人の戦いを見据える。

 すね当てが砕けた。

 しころがちぎれ飛ぶ。

 明らかに、彼が押され始め、彼女の刃が彼の身を捉えだす。

 だが、まだ。

(ただ、あれだけの達者を誘う一手は、こちらの命を的にせざるを得ぬ……頼むぞ呪い師)

 彼は、自身の命を防いでいる。

 だから、まだ、その時では無い。

 じっと見据える、その視界の中の光景が、ボウと霞む。

 それなのに、不思議な程、私には二人の動きがつぶさに捉えられていた。

 彼の発する陽の気と、そして、彼女の虚無が。

 その二人の間で、激しくせめぎあう、金の気の動きだけに、意識を絞る。

 

 時は、唐突に来た。

 彼の手にした刃が強く弾かれ、彼の手から飛んだ。

 次いで薙ぎこまれる刃。

 防ごうと掲げられる彼の手。

 

 これか?

 だが、彼は己の命を守ろうとしている。

 故に、まだ。

 

 むぅぅっ!

 掲げた左腕に刃が食い込み、それを両断した。

 だが、籠手が、鍛え上げた筋骨が盾となり、その刃の力を奪う。

 だが、それで盾は無くなった。

 彼の空いた胸に、もう一方の刃が薙ぎこまれる。

 だが、彼の手は、その刃を防ごうとはしなかった。

 その気を感じた。

 これだ。

「我が命により、金の気を封ず、刀、汝、切る事能わず!」

 一言毎に、全身から力が抜ける。

 世界の理を、ほんの一瞬だけ歪める。

 本来やってはいけない。

 その存在の在り様を、否定する呪。

 

「禁!」

 

 刃が彼の胴に食い込む。

 だが、それは棍棒で叩いたかのように、鈍い音と共に彼の甲冑に止められた。

 刃であることを禁じられたそれは、ただの薄い鉄棒となる。

 

 本来、この世の理に非ざる事態に直面した時、彼女は、疑問や驚愕という物を抱くのだろうか。

 

 その、私の時ならぬ疑問に答えが出る前に。

「おおおおおっ!」

 満身の気力を振り絞る気合声と共に、彼が手にした直刀が、鋭く彼女の腹を抉っていた。

 下から上に。

 その切っ先が、柄まで腹に埋まるほど深く。

 彼女が血を吐いた。

 その光景を見届けた私の目に、溢れるように額から流れ出た膏汗が入り、嫌な痛みをもたらす。

 背筋から何か抜けたかのように力が失われ、眩暈を感じる。

 歪む光景の中で、彼女がゆっくりくずおれる。

 この光景を望んでいた筈なのに。

「……ああ」

 私の口からは、ため息しか出なかった。

 目を濡らしているのが、汗なのか涙なのか。

 その涙は、悲しいからなのか、それとも汗を洗い流すための、ただの体の要求だったのか。

 それすら判然とせずに溢れた涙が、この世界の全てを滲ませた。

 それで気力が尽きたように、私はすとんと、冷たい土にへたり込んだ。

 武者もまた、よろりと後ずさり、彼女の腹に刃を残したまま、その場に腰を落とす。

 彼も死ぬことは無かろうが、暫くは動けまい。

 空しい戦いだった。

 だが、それだけに、生き残った物は、ちゃんと生きるべきだろう。

「止血位はしませんと……」

 よっこらせ……と、じじむさい声を上げながら、私はなんとか重い腰を上げようとした。

 その視界の中で。

「……そんな」

 歪んだ私の目が見せた、それは悪夢か。

 彼女がぐにゃりと動いた。

「何?」

 それが、何の前触れも見せずに跳ねた。

 とぐろを巻いていた蛇が、獲物に襲い掛かるような、そんな動き。

 彼女が、空中で刃を腹から引き抜く。

「呪い師!」

 私の方に。

 弱い命の方に。

 今の彼女でも奪えそうな命に向け、一直線に。

 咄嗟に刀に手を掛ける。

 亡とした意識のまま、手に掛けた束から、何か聞こえた気がした。

 キリタイ……。

 その声が導くように、私の手がするりと動き、まるで練達の武士でもあるかのように刃が手の中に納まった。

 だが、遅かった。

 いや、彼女が速すぎた。

 私が構えるより先に、彼女はその直刀を私の胸に擬していた。

 腹の傷から、夥しい血を振りまきながら、それに頓着せず。

 死に瀕してなお、その体は己の命を保つより、人の命を奪う事を求めたのだ。

 何という……哀しい命か。

 人を憐れむなど、私にそんな資格は無いが。

 私が、彼女が奪う、最後の命となるなら。

「それも良いか」

 

 ぴーーーっ。

 その時、泣いているような細い声が、私の懐から飛び出した。

 青白い光が、真っ直ぐに彼女に向かう。

「飯綱、よせ!」

 私は咄嗟に手を伸ばした。

 たかが狐火の式……。

 その時、私はなぜかそう思わなかった。

 飯綱の体が、刃を握った彼女の腕に飛びつく。

 小さな式の体当たりにすら揺らぐほどに、彼女は弱っていたのか。

 その切っ先が揺らぎ、心臓を狙った刃が私の肩口を浅くかすめた。

 そして……私の手は。

 刀を握ったまま、飯綱に伸ばそうとした、その手が握った刃は。

「あ……あ」

 彼女の心臓を、刺し通していた。

説明
式姫草子の二次創作小説になります。
申し訳程度の式姫要素……
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式姫草子 平安さん さくら 

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