さくら 8 完結
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 さくら。

 聞いておくれ。

 私は、君に生きて欲しかった。

 日々を生きる中で感じる、巡る時の美しさを知って欲しかった。

 命が萌え出で、盛りと輝き、やがて衰え滅ぶことを。

 だが、その命の中で、次代に何かを繋いでいくことを。

 君に、知って欲しかった。

 そして、日々を過ごす事の喜びを知って欲しかった。

 何もない日常を過ごす。

 その中の退屈と、幸せを。

 誰かと笑いあう、時にいがみ合い、時に仲直りし、時にそのまま別れてしまう。

 そんな他愛無い人の営みを。

 だからこそ、誰かと出会い、その間に育まれる絆は、刹那であれ尊いのだと。

 

 だから、さくら。

 もし、私や式姫達と共に過ごした時が楽しかったと、良かったと、美しかったと……。

 そう思えたのなら。

 どうか、その中で共に生きた、自分を肯定しておくれ。

 反省する事は良い、何かをしてはいけないと思うのも、学ぶのも当然のことだ。

 だけど、自分を否定しないでくれ。

 君は、ここに居て良い。

 いや……君に、ずっと傍に居て欲しいと願った人間が、ここに居た事を。

 忘れないでくれ。

 

 ぎゅっと、さくらの小さい手を握る。

 私の最後の力を貸すから。

 君自身に……立ち向かってくれ。

「さくら……君の生を、歩み出せ」

 私の式姫では無い。

 かつて親に否定され、そして自らも拒絶して、途絶してしまった、君の生を取り戻してくれ。

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 老桜の大樹の根方。

 彼女はそこに居た。

 時を過ごす事を禁じられたまま。

 たった一人で、世界を滅ぼしかねない呪詛を、その小さな体に封じて。

「これが……私」

「そう、君だ」

 ぼろぼろになりながら、必死で生きていた君だ。

 多くの人に不幸をもたらしてしまったが、それは君の責では無い。

「解き放ってやってくれないか……さくら」

 君にしか出来ない。

 自分を許してやる事は、結局、自分にしか出来ないんだ。

 

「ご主人様」

「なんだい?」

 さくらは私の手を離して、私に向き直った。

 真っ直ぐな目で。

「一つだけ、教えてください」

「……うん」

 すうっと、彼女は大きく息を吸って。

 

「何故、私に……そこまでしてくれたのですか?」

 

「君を愛したからだ」

 

 ずっと伝えられなかった、私のその言葉を受けた、さくらの目から涙が零れた。

「……ありがとう」

 あの時と同じ言葉。

 君の、その言葉が、私を前に進ませてくれたんだよ、さくら。

 だから、私からも、同じ言葉を返そう。

「こちらこそね、ありがとう……さくら」

 君がいてくれて、本当に良かったよ。

 

「ご主人様、私」

「うん」

「私に……戻りますね」

「そうか」

 

 さくらが、私に背を向け、自身と向き合った。

 傷だらけの顔に頬を寄せ、抱きしめた。

「ごめんね」

 ごめんね、私。

 来るのが遅くなったけど。

 もう……良いよね。

(ははさま……)

 

 お前さえ、居なければ。

 でも、私はここに居ます。

 お前さえ、生まれてこなければ。

 でも、私は生を受け。

 人を……好きになれました。

 私自身も、好きになれました。

 私は、歩き出したんです。

 

 たかが式が、利いた風な。

 

「いいえ、私はさくらです」

 式とか、人とかではなく。

 私は……さくら。

 貴方が、優しい顔で、あの日くれた名前を、抱きしめる。

 

 お前を……お前を禁じる!

 さくらを禁じる!

 

「いいえ、誰が禁じようと、私はここに居ます」

 認めなさい、妄執よ。

 認めて下さい、ははさま。

 貴女がたとえ、時を止め、天地の全てを禁じる力を持とうと。

 あの方を好きになれた……この心は禁じられたりしない。

 

「私は、ここに居たいのです!」

 

 さくらの凛とした声が、夜気を震わせた。

 

 それほどまで?

 はい。

 ……そう……そうなのね。

 

 時が動き出した。

 傷だらけの小さな体が、時にさらわれ、消えていく。

 だけど、その顔は。

「目が……」

 その目は、今は虚無を映しては居なかった。

 穏やかな光を宿し、その目はさくらを見上げていた。

 言葉は無かったけど。

「さようなら……ははさま」

 そのさくらの言葉に頷くように首を傾けて。

 破壊の女神が、この世界から消えた。

 

「終わった……」

 本当の意味で、私の戦いは、これで終わった。

 もう……悔いは無い。

「おめでとう、さくら」

「ありがとうございます」

 くるりと、さくらが振り向いた。

 いや……さくらと呼ぶのは、もう正しくないのかな。

 ご主人様と呼んでもらうのも。

 寂しいが、仕方ない事か。

「すまない、癖でね」

 照れ隠しに、小鬢の辺りを指で掻きながら。

「君を、どう呼べば良いのかな?」

「さくら、と」

 彼女は、心からの笑顔で、答えた。

「そう、お呼び下さい、ご主人様」

「……そうか」

 良い物だな、付けた名前を好きで居て貰えるってのは。

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「でもね、ご主人様」

「うん?」

「私……たった一つだけ、自分がご主人様の式で嫌だなって思ってた事があるんですよ」

 ずっと、ずーっとです。

 ぷーっと可愛らしく頬を膨らませる様は愛らしいが、結構本気で怒っているのは、私にも判る。

「……む」

 何だろな、掃除洗濯炊事全部任せてた事かな、個性的な式姫のとりまとめやら衣装の世話やらお願いした事かな、貧乏暮らしのやりくりを全部お願いしちまった事か、怪しげな物資満載だった倉庫の在庫管理頼んでた事か。

 もしかしてアレか……一度私の助手を飯綱にお願いした時か……。

 みんなで相談し、働きづめのさくらに休んでもらおうとした事だが、あの時の君のご機嫌は暫く戻らなかったね。

 思い当たる事が多すぎる。

 何をお願いしても卒なくこなしてしまう彼女に、ついつい甘えてしまったが……こうしてみると我ながら、最低の主だな。

 そんな私の表情を見て、さくらがくすくす笑う。

「ご主人様が思ってるような事じゃありませんよ」

 忘れたんですか?貴方が使用人を置こうと仰って下さったのを、断ったのは私ですよ。

 全部、いい思い出です。

 あの屋敷での明け暮れは、全部私の宝物。

 ちょっと、飯綱ちゃんには嫉妬しましたけど、ね。

「むむ……では、何だ?」

「ご主人様の式姫ではなくなった、私の我儘ですけどね……聞いてもらえますか?」

「……判ったよ、お姫様、私に出来る事なら、何なりと」

 かぐや姫に難題を出された若君たちってのは、こんな気分だったのかな。

 嬉しいような、頭を抱えたくなるような。

「では」

 さくらが一歩私に近づく。

「ご主人様」

 心底楽しそうに、幸せそうに笑って。

 

「お慕いしております」

 

 私の干からびたような唇に、ふっくらした感触が重なる。

「やっと、伝えられました」

「さくら」

 

 貴方を依代として、辛うじてこの世界に存在していた、私の言葉を、気持ちを、貴方は信じてくれなかったでしょうから。

 

 だから。

 ずっと、この思いは封じて来た。

 でも、今なら。

「信じて下さいますよね……」

 ずっと、貴方の事が好きでした。

 そして、これからも。

 ずっと。

 

「ああ……私も、ずっと君を」

 

 私は恐れていた。

 私の願望が、無意識に力を及ぼし、私の式姫である君の口から零れてしまい、それを免罪符にして、君をわがものにしてしまう事を。

 

 あの日、殺しあい。

 あの日、君を封じ。

 あの日、君を式姫とし。

 それ以来、止めて来た思いを、ようやく伝えられる。

 

「愛しているよ、さくら」

「はいっ」 

 

 これは、昔々。

 華やかなる闇に覆われた平安の御代に。

 初めて、式姫という存在を此の世に顕し。

 混迷の世を彼女たちと共に駆け抜けた、名も無き陰陽師と。

 常に、彼に寄り添った、一人の可憐な式姫の物語。

 

      式姫草子二次創作小説 さくら 了

説明
式姫草子の二次創作小説になります。
これにて完結、戦わない陰陽師、戦わない式姫、破壊神(さくら)というエイプリルフールネタの3つを核にした作品でした。
読んで頂けた方に、何か楽しめる部分が有ったら幸いです。
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コメント
OPAMさん いつもありがとうございます。 話の展開的には結構辛めだったので、食後のデザートは甘い方が良いかなとw(野良)
楽しませてもらいました。激しすぎる二人の出会いの場面と戦いのあとの悲しすぎる事実に感情移入させられ、感情移入していたせいで最後の展開に照れてしまったのは内緒。(OPAM)
嚇醒石さん 草子未経験の事も有り、私の中のさくらさんは、基本4コマのお姉さんなんですが、その魅力が多少でも描けて居たなら、作者冥利です、読んで下さり、ありがとうございました。(野良)
一度にすべて読ませていただきました。 さくらさんの在り方、とても素晴らしかったです。ありがとうございました。(嚇醒石)
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式姫草子 平安さん さくら 

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