紫閃の軌跡 |
ザクセン鉄鉱山での一件から……エレボニア帝国の情勢は、まるで今までの対立が嘘だったかのような静けさがそこにはあった。これまで活発な活動を見せていた革新派の面々も表向きの活動が減り、一触即発の状況は避けられたのではと考える人々も少なくはなかった。
だが、それは楽観視できる動きではないということの裏返しでもある。現にクロスベルの現市長であるディーター・クロイスが提唱した独立への宣言は帝国・共和国の経済に少なからず影響を及ぼし始めている。
加えて先日クロスベル市内において追放したはずの猟兵団『赤い星座』が治安維持・金融の主要施設に襲撃を行ったのだ。IBCビルは爆破され、クロスベル警察署も甚大な被害をこうむった。更にはアルカンシェルまで襲撃され、トップスターであるイリア・プラティエが瀕死の重傷を負った。
先日の通商会議における顛末は一部を除いて報道されたが、その中で帝国政府と『赤い星座』の契約が切れたことなど知る人間はごくわずかである。この状況下において独立への流れはもはや避けられないものであり、それを帝国と共和国がだまっていることなどないだろう。
クロスベルの動きによる経済の影響が周辺諸国に多少の差はあれども波及している情勢の中、その被害を全く受けていない国の一つ―――リベール王国においても、一つの転換点を迎えようとしていた。
〜リベール王国 グランセル城 謁見の間〜
「……お祖母様。それは正気で仰っているのですか?」
現国家元首であるアリシア女王に対して、そう言葉を発したのは現宰相であるシュトレオン・フォン・アウスレーゼ王子。彼の表情はどこか腑に落ちない印象を滲ませていた。それを察してか、アリシア女王は苦笑を浮かべつつ言葉をつづけた。
「ええ、無論です。クローディアもこの提案に賛成しております。王国議会についても、すでに根回しは住んでいる状況です」
「ですが、既に次期元首が決まっている状況下でそれを変えるなど……」
アリシア女王が述べたのは、既に次期女王が決まっているクローディアの件を白紙に戻し、改めて王位継承の儀を執り行ったうえでシュトレオンを王太子―――次期国王として正式に推挙するという内容だ。ここ最近の国内情勢を鑑みれば、確かに女系の国家元首が続くよりも男系の、それも国民の期待度も高いシュトレオンが選ばれたとして反対する要素はほぼ皆無に近い。そして今リベールの民が求めるのは力強い指導者。<百日戦役>からまだ十二年しかたっていない情勢と周辺国家の動き。そのことからもエレボニアやカルバードと肩を並べられるだけのしっかりとした意志を持つものが求められているのは事実。
「殿下の懸念も尤もです。ですが、現にそれだけの信頼に足る働きを殿下自身が勝ち得ているのも事実です」
「できる範囲内のことをやってるだけですけどね、中将殿……それで、仮にそうなるとして発表はいつごろに?」
「年明けすぐの予定だ。本来ならば異例だが、準備の関係もあるからな」
「数か月で済むってことは、しっかり根回ししてたというわけですか(この分だと、アスベル達には前もって話されてるんだろうな)」
そうなると、クローディアは王女へと肩書きが変わるがシュトレオンの許婚という立場に変わりがなくなり、他の二名の扱いについても次期国王妃という形に書き換わる。現女王の兄の孫ということから親族であるデュナンも反対はできない、というか実力をなまじ知っているだけに賛成しているほどだ。ここまで用意周到にお膳立てされてしまうと流石のシュトレオンも反論ができなくなった。
「これのついでに遊撃士の辞表も受け付けてくれるとありがたいんだが、おそらく望み薄だろうな。いざとなったらカシウス中将の遊撃士復帰をテーブルに乗っけたい気分ですよ」
「それはやめてください、殿下。妻に釘を刺されてしまいます」
「あはは……」
「まぁ、冗談ですよ。一応申請ぐらいは出しておきますけど……」
本来国家元首が遊撃士などというのは無理がある話なのだが、実力トップクラスのシュトレオン王子を広告塔の一つとしてみている以上難しいと諦め気味に零した。
この国を含めた西ゼムリアの現状はシュトレオン自身よく理解している。なので、こういう流れが来ていても何ら不思議ではないと思う。色々複雑な表情を垣間見せるシュトレオンに対してアリシア女王は悲しげな表情を見せていた。
「ただ、国家元首ではなく一人の身内として述べるならば、あなたにこれ以上の苦労を追わせたくはないのが正直なところです。物心ついた時に、突然の出来事で両親を失ってしまった貴方にこの責を負わせるべきなのか。ですが、理解してほしいのです。今この国の民が求めているのは確りとした指導者の存在ということに」
「陛下……」
「あれは、まぁ、今でも色々思うところはあります。でも、それがあったからこそ強くあろうと決意できたのも事実です。その意味でエレボニア帝国―――ギリアス・オズボーン宰相には感謝していますよ。本人に対して絶対に口に出して言う気はありませんが。お祖母様、いえ陛下。王太子の儀の件、改めて承知いたしました」
謁見を終えてシュトレオンは屋上の庭園に足を運ぶと、ジークと楽しそうに戯れているエリゼの姿に気づき声をかけた。
「エリゼにジーク、ここにいたのか」
「ピュイ♪」
「これは殿下。見たところお疲れのようですが」
「ああ、ちょっと継承がらみでな。将来的には君にも関係がある話になるが」
「成程。にしても、私ごとき半端者が殿下の後任―――“近衛騎士”という大役を仰せつかったのは驚きというほかありませんが」
先日のエレボニア・リベール領土条約(以後グランセル条約と呼称)において、エリゼの故郷であるユミルを含むセンティラール州の大部分(ユミル・ケルディック周辺、トリスタは皇族の直轄領と変更)はリベール王国領となり、現在のリベール自治州法に基づいて『センティラール自治州』となった。そこに暮らす人々はなんと全員リベール王国への帰属を決めた。ユミルはシュバルツァー家の気質を知っているからこそ素直に受け入れていたものが多い。元々貴族らの圧政に苦しんでいたケルディック周辺に関してはそれから解き放たれて、さらに帝国時よりも安い税制が敷かれるのなら反対する理由がない。ここら辺は身分制度に基づく領地運営の違いが顕著に出ているといってもいいだろう。
エリゼ・シュバルツァーは交換留学生という立場から自国民の学生という立場に変わり、若くして<鳳水の剣姫>という二つ名を得たことから王室親衛隊預の近衛騎士と相成ったのだ。十代半ばでこの待遇は異例ともいえるが、確かな実力を持っていることはシュトレオン王子、クローディア王太女、カシウス中将、それとリシャール大佐(オリヴァルト王子の凱旋帰国の際の護衛を無事にこなしたことにより復位)の四名が保障しているため特に異論が出ることはなかった。
「あのアスベルが<剣聖>の資格アリ、と認めたんだ。そこは誇っていいと思うぞ」
「その当人は未だ“未熟者”と思ってらっしゃるようですが」
「あいつの目指すものがものだけに、そう評しても無理ないと思うがな」
「<影の剣心>、<剣聖>、<光の剣匠>、<剣帝>と名だたる実力者を打ち負かしていても、ですか?」
「(ルドガーの見立てだと<鋼の聖女>すら超えていそうとか言っていたからな……)あいつが挑もうとしているのは、多分この世界の柵(しがらみ)なんだろう。ま、君は君で精進していくといいんじゃないかな」
「あ、はい」
この世界には何かしらの柵がある……それはシュトレオン自身も強く感じていた。まるで転生者の存在がいようともそれすら飲み込もうとする運命の鎖。それを感じるのは、ごく一部の限られた人間だけなのだろう。
「さて、執務の前にお茶の時間にするかな」
「それでしたらお茶のご用意をいたしますね」
「すまないな、エリゼ」
「いえ、お気になさらず」
「ピューイ」
とはいえ、そのためにできることをやっていく。良くも悪くもそれしかできないのだから。
〜リベール王国 レイストン要塞〜
シュトレオン王子の一件から数日後、司令の執務室には二人の人物がいて、片方はこの国の英雄にして元遊撃士の肩書を持つカシウス・ブライト中将。そして、もう片方は―――
「態々呼び立ててすまないな、アスベル。あちらはあちらで忙しいだろうとは思うが。今頃は学院祭の準備と聞いている」
「一部のメンツはわりと余裕があるので問題はないですよ」
そう、アスベル・フォストレイトその当人であった。本来の筋ならばトールズ士官学院で勉学に励んでいるはずなのだが、本国からの呼び出しということで申請を出したうえで一時帰国をしたという塩梅なのだが。この時期は学院祭の準備でいろいろ大変なのだが、幸いにもアスベル自身が抱える仕事自体少なく済んでいるのが現状だ。とはいってもほかの連中の仕事はその当人らにしかできないので肩代わりもできないのだが。
「先日、ザクセン鉄鉱山の一件でギリアス・オズボーン宰相、ならびにユーゲント・ライゼ・アルノールV世皇帝と個別に面会しました。後者はともかく前者に関しては正直『人間とはもはや呼べない』印象しかありませんでしたが」
「……何か気にかかることでもあったのか?」
「何というか、『生命の脈動』と表現すればいいんでしょうか……真っ当に生きている、という感じが全く感じられなかったのです。何かしらの超常的な力によって生き長らえているような感覚ですね」
「俺や殿下だけでなくお前もそう感じたとなれば、もはや確定的か。法国にこのことは?」
「一応報告はしました。万が一の場合“外法”という形にすることに異存はないと」
単独では疑問があったのだが、直に対面しているカシウスやシュトレオンが数年前にそう感じていたとなれば疑う余地はないといってもいいだろう。超常的な力に関しても心当たりはある。そのための対策はすでに構築している……息を吐いて、アスベルは言葉をつづけた。
「状況的に考えればクロスベルあたりで一騒動ありそうですし、現に宗主国である両国は影響を少なからず受けていますからね。それに連動して帝国と共和国でも騒動が起こりうるのは必至……最悪の場合、リベールも少なからず巻き込まれるでしょう」
「クロスベル独立の機運が高まっていることと、シュトレオン殿下が示唆していたIBCによる資産凍結の可能性。つくづく俺自身も平和に毒されていたと反省すべきことばかりだ」
「それが良くも悪くも人間ってことだと思いますよ。私自身軍籍はあれども正規軍の指揮権はない故に私見の具申ぐらいしか言えませんが、非常時はよろしく頼みますよ中将」
「ああ、解っているさ」
餅は餅屋、という言葉もある。幸いにしてカシウスは<百日戦役>の経験が豊富であり、見極めを誤らなければ問題はないだろう。この人なら見極めを誤るどころか皇城や大統領府に直接乗り込んでボコボコにぶっ飛ばす未来まで見えたが、あえて心の奥底にしまった。
〜リベール王国 グランセル大聖堂〜
レイストン要塞から戻ったアスベルが足を運んだのはグランセル大聖堂。本来ならば誰かしら人はいるのだが、人払いがされて静かになっていた。中に入ったアスベルが近くにいたシスターに気づき、声をかけた。
「リースさん、お久しぶりです」
「これはフォストレイト卿、ご苦労様です。用件は奥にいる方から直接……念のため、入り口を見張っておきますので」
「ええ、お願いします」
シスターもといリース・アルジェントと軽く言葉を交わし、アスベルは奥へと進む。すると、アスベルの気配に気づいたのか椅子に座っていた逆立つ緑髪が特徴的な青年が立ち上がり、アスベルのほうを向く。
「いやー、態々スマンな。現状帝国内があないな状況やから、下手に長居して話っちゅうのも難しいんや」
「それは仕方ないというか、帝国の自業自得な部分はあるけどな……久しぶりだな、ケビン。ライナスさんとはこないだの通商会議で会って話したよ」
「ワイはこないだ顔を合わせたけど、何とか許してもろたわ。久々やな、アスベル」
<守護騎士>第五位“千の護手”ケビン・グラハム。年齢自体はケビンが上なのだが、経歴上アスベルが先輩にあたるため言葉遣い自体タメ口扱いになっている。ここにケビンが来て態々人払いまでした理由……それは、アスベルがケビンにお願いしていたことの報告を聞くためでもあった。
「シルフィアから頼まれた件ついでの報告にはなるんやけど……アスベルの予想通りの結果やった」
「やっぱりか。総長には?」
「既に報告はしとる。ただ、それ以上の反応はなかったわ」
「だろうな。自主性の尊重といえば聞こえはいいが」
ケビンに頼んでいた事……それは、今後どう動くかを考えたうえで、エレボニアがどういった動きを見せるかという指針にもなりうる懸念材料。それが的中したことにアスベルは溜息を吐きたくなったが、不幸中の幸いとしてまだ猶予はあるのがありがたいことだ。
「悪く言えば放任主義やからな……ワイはこのまま予定通り、第九位の補佐もしていく予定や」
「解った。場合によっては第七位やうちの正騎士の力を貸せるようその辺は話をしておくよ。それぐらいの融通はきくだろうし、エレボニアには第四位と第十二位もいるからな。最悪こっちは副長の力も借りる算段だ」
「あの人かぁ……ワイ、あの人苦手や」
副長に関しては、特定のことが絡まなければ割と良心的な人物なだけに、これにはさすがのアスベルも苦笑を零した。まぁ、そのことに関してはひとまず置いておくこととし、今後のこともケビンに話す。
「結社の連中が絡んでいる以上は<百日事変>の空中都市のような『常識外れ』の代物が出てくるつもりで挑めよ。そのために猊下と総長に許可を取り付けて参号機、伍号機、漆号機と玖号機の大規模改修に踏み切ったんだからな」
「『聖痕砲』は予想しとったが、あんな無茶苦茶な武装と機能をいつ思いついたんや……ま、切り札を使わんことを祈っておくわ」
これから出てくる代物に対策は必要ということで、大胆な手に打って出たアスベルの思考にケビンはついていくのがやっとな感じであったが、後日ケビンはこう回想した。
『正直あれがなかったら、一方的にやられてワイ死んでたかも知れへんな』
やっと終章です。原作だと半月分すっ飛ばされてますが、断章(閃1.5あたり)までにいろいろやりたいネタ突っ込みます。というかフラグバラマキとも言いますが(ぇ
これを投稿しようとした直前に閃Wのディザーが出てましたね。
猫・攻略王・錬金女王(ぇ……ここまでくると共和国編が気になりますが、ジンさん頑張れ超頑張れ
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第110話 目には目を(第七章<T編終章> 士官学院祭、そして―) | ||
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無茶苦茶な武装と機能…一体どんな武装なんだろ?幾つかは思い浮かぶけど…果たしてそれがあっているのか…楽しみに待っています。(黄泉) | ||
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