東雲怪異相談所へようこそ
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人間誰しも、三大欲求というものがある。

食欲、性欲、睡眠欲だ。

それは彼、((九条総司|くじょうそうし))にも当然ある。

故に、彼は眠る。

授業中であろうと、机に突っ伏し、頭頂部の薄さが目立つ現国教師の低い声をBGM代わりに堂々と。

しかし今は授業中。

教師の仕事は生徒に勉強を教えること、その生徒の中にはもちろん総司も含まれているわけで。

黒板に文字を書いていた教師は、振り向き様にチョークを投げる。

 

「起きんか、九条!」

 

の、怒声と共に。

 

 総司の頭めがけ、飛ばされたチョーク。

が、それは目的を果たす事無く、突っ伏したままの状態の総司によって阻止される。

右手の人差し指と中指で挟み、難なくキャッチ。

まさに神業。周囲からは驚嘆の声。

呆れたように教師が何か言おうとするが、それは授業終了のチャイムによって阻まれた。

 

 教師が退出すると、生徒達も動き出した。

ある者は鞄から弁当を取り出し、またある者は友人と連れ立って教室を出て行く。

総司はというと、ブロックタイプの栄養補助食品を取り出しパクつく。

チーズ味が彼のお気に入りだ。

二本目に手を伸ばしかけたとき、ズボンのポケットに入れている携帯が震えているのに気付いた。

端末を取り出し、面倒そうに操作する。どうせ上司からの業務連絡だろうと当たりをつけて。

 

予想通り、携帯には上司からのメッセージが届いていた。人使いの荒い上司だと心の中で毒を吐きつつ、「了解」とだけ返信する。

メッセージの内容から察するにどうやら今日も深夜まで働かなければならないらしい。

となれば総司のやることはひとつ、昼寝だ。

ちらりと時計を見れば、昼休みの残り時間はまだまだたっぷりある。

しかし、場所を変えようと教室を出ようとしたところで友人の一人に捕まった。

 

「授業中寝てたくせに、まーだ寝る気か?」

 

 人懐っこい笑みを浮かべながら総司の隣を歩く少年、((大石圭吾|おおいしけいご))。

彼とは高校入学からの付き合いだが、親友と呼べるほど仲がいい。

 

「しょうがねーだろ? 今日もお勤めあんだからよー。」

 

「勤労学生はつらいねー」

 

 ケラケラと笑う圭吾と共に屋上へと続く階段に足をかけた時だった。

どうやら今日は総司にとって厄日らしい。廊下のスピーカーから聞こえてきたのは、彼を職員室へと呼ぶ女性教師の声。

 

「……最悪だ」

 

 そうぼやいて別の棟にある職員室へと歩き出す。

嫌がる圭吾を無理やり伴なって。

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「あ、こっちこっち!」

 

 職員室に入った総司達に声をかけるのは彼らの担任、((森崎綾子|もりさきあやこ))。

こうして昼休みに呼び出されるのは初めてではない。次の授業で使う資料を持っていけだの、図書室の本の整理を手伝えだの、幾度も呼び出されては雑用を手伝わされる。

今日は一体何をさせられるんだ、と、憂鬱そうに彼女のもとへ。

 

「あのさぁ、先生。雑用だったら他の奴に頼んでよ。喜んで手伝う奴いっぱい居るだろ?」

 

 総司の言う事にうんうんと頷く圭吾。

森崎は若く、顔もいい。男子生徒はもちろん、男性教師にも彼女は人気がある。

 

「嫌よ、自分から手伝いを言い出す奴なんて、下心丸見えだし」

 

 フンッと鼻から息を吐き出し、トボトボと職員室から出て行っている男性教師に視線を向けた。

そちらを一瞥した後、圭吾は首を傾げる。

 

「じゃあ、何でこいつなの?」

 

 彼の疑問はもっともだ。

それはね、と言った後彼女はこう答えた。

 

「お互いを嫌っているからよ。それに、これは九条君にしか無理だしね」

 

 その言葉で総司には予想がついた。少なくともこの学校でそれに対処出来る人間を自分以外知らない。

溜息をこぼし、手のひらを上に向け、親指と人差し指で輪を作る。

 

「で、お代はいかほど頂けるんで?」

 

「お代って?」

 

 首を傾げる森崎に当然とばかりに総司は返す。

 

「あのね、他の雑用ならともかく、怪異関係なんだろ?(( 札|ふだ))一枚だってタダじゃないんだ。ギブアンドテイクってやつだよ」

 

「しょうがないわね、これあげる」

 

「飴玉って大阪のおばちゃんか、あんたは。しかも一個って」

 

「じゃ、もう一個?」

 

「個数の問題じゃねーよ。もういい、やればいいんだろ……」

 

 この教師には何を言っても無駄だと諦めた様にガックリとうなだれる。

そんな二人を見やりながら、圭吾はおもう。ほんとにお互い嫌いあっているのか?と。

しかし、恋人というよりも強気な姉と逆らえない弟。そう言われた方がしっくりくる。

 

「なにニヤニヤしてんだよ、行くぞ」

 

「じゃ、頼んだわよ、除霊委員」

 

「勝手に妙な役職に就けんなよ……」

 

「……もしかしてそれ、俺も入ってんの?」

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森崎からの依頼は音楽室で起こっている怪異現象を鎮める事。

行けばわかるの一点張りで詳しい内容は教えられなかったが、確かにすぐにわかった。

 

「こ、これってポルノガイジン現象ってやつ?」

 

 圭吾のお馬鹿な言葉にどんな現象だよ、と思いながら、臆する事無く室内へと歩みを進める総司。

誰も触れていないのに音を立てる楽器、チカチカと明滅を繰り返す蛍光灯、動き回る椅子と机。俗に言うポルターガイスト現象だ。決していかがわしい名前の現象ではない。

この現象は((悪戯妖精|ピクシー))が起こしているとされるのが一般的だ。

放っておけばそのうち納まるのだが、午後の授業でこの教室を使うため、それを待つわけにはいかない。

どうしたものかと思案していると、ピタリと現象は納まった。が、

 

「アタタタタ! ちょっ! 総司! ヘルペス! ヘルペスミー!!」

 

 突然圭吾が叫びだした。慌ててはいるが、くだらない事を言える位の余裕はあるようだ。

面倒そうに圭吾に視線を向けると、何かに引っ張られているかのように髪は数本逆立ち、右の頬が伸びている。

 

「あらら、圭吾、お前怠け者だと思われてるみたいだな。こいつ等はそうやって怠け者を懲らしめたりもするんだ。ま、ちょっと待ってろ」

 

そう言って財布の中から一枚の札を抜き取る。

友人のこの変な顔の写真を撮り、後でからかうのもいいかとも思ったのは内緒だ。

それよりも昼休みの残り時間は気付けば残り二十分程。のんびりしていては後で森崎から何を言われるかわからない。

 

 総司が小声で何かを呟くと札が淡く光り、それと同時に圭吾の引っ張られていた髪と頬が元に戻る。

頬を擦りながら何をしたんだ?と言いたげな圭吾の視線に「企業秘密だ」と返し、音楽室を後にする総司。

結局昼寝も出来なかったうえにタダ働き。放課後のことを思うと憂鬱になる彼の足取りは重い。

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放課後の駐輪場。

すぐそばのグラウンドからは部活動に励む生徒達の声が聞こえてくる。バスケ部に所属している圭吾も今頃は体育館で汗を流している事だろう。たまにお馬鹿な言動を見せる彼だが、実はなかなか優秀な生徒だったりする。

 

 総司はというと、運動神経に自信はあるが勉強に関してはいたって普通。

しかし、この学校で彼のことを知らない人間はいない。

一昔前の小説の主人公のようにおちこぼれを演じているわけでもないし、顔を隠さなきゃならないどこかの秘密組織に所属しているわけでもない。

学校でただ一人の((掃除屋|スイーパー))として圭吾とは違った意味での有名人なのだ。

生徒、教師に関わらず誰もが彼に依頼を持ってくるのだから、森崎に言われた除霊委員なんてありがたくない役職もそう遠くない将来、実現するかもしれない。そして

 

「もー、遅いよ、先輩」

 

総司のバイクに勝手に跨っている下級生の少女、((木下美穂|きのしたみほ))もその中の一人だ。

 

「お前な、何度も言うけど勝手に人のバイクに乗るな」

 

「じゃあ私も何度も言うけど、お断りしまーす」

 

 依頼を解決してからというもの、彼のパートナーを自称する後輩に表面上はウンザリしてみせる。

でも総司だって思春期の男の子、内心は女の子に慕われて悪い気はしない。

「それより先輩、除霊委員の委員長になったんでしょ? オメデトー! やっぱり先輩はすごいなー」

 

 バイクから降り、キラキラした目で総司を見る美穂。ちょっと待て、そう言った総司の声が聞こえていないのか、彼女は止まらない。

 

「五限目森崎先生の授業だったんだけど、その時聞いたんだ。それでね、先輩のパートナーの私も頑張んなきゃ! って思ってさ、とりあえずチラシ作ってみたんだ。はい、コレ。我ながらよくできてると思うんだよねー! あ、先輩が委員長だから、当然副委員長は私だからね? 本格的に活動するのは明後日、ううん、明日から! こういうのは早いほうがいいよね! そうと決まればコピーしていっぱい宣伝しなきゃ! あとは空いてる教室確保して、部活じゃないけど顧問? の先生も必要なのかな? それは森崎先生に頼めばいいか。先輩は今日もお仕事でしょ? こっちは私に任せて、頑張ってきてね。じゃあ、私忙しいからもう行くね!」

 

 ミナギッテキター!!そう叫びながら走り去る美穂の背中をただただ見やる総司。

彼女を引きとめようと手を伸ばしかけたままで。

言いたいことは色々ある。渡されたチラシに目をやり、呆然と呟く。

 

「なんだ……これ……。捨てたら呪われそうだな……」

 

 木下美穂。総司のパートナーを自称する、元気がよく、思い込んだら一直線な彼女に絵の才能はまったく無かった。

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学校からバイクで走ること約二十分、現在総司が居るのは古びた雑居ビルの前。

空きが目立つこのビルに一般人が近寄ることはめったに無い。

訳ありの人間を相手にする医者、怪しげなモノばかり売っている老婆、黒い噂の絶えない厳つい顔の男が経営するバー等々一般人には縁の無い店しか入っていないからだ。

 

 階段に座り虚ろな目でブツブツと何やら呟いている男を気にする事無く、総司は階段を上って行く。目的地は三階にある老婆の店。

ちなみにビルにはエレベーターも設置してあるが、とてつもなく臭い。以前使った時に運悪く故障し、そこで一夜明かしたのがトラウマでそれ以来ここのエレベーターには絶対乗らないと決めている。

 

 三階に着くと何の看板も無い扉が一つあるだけ。

もともとは部屋がいくつかあったが、壁をすべて取り払いフロアを丸ごと店にしてしまったらしい。

扉を開け、どこかの民族の面や何かの骨が飾られた不気味で薄暗い店内を奥へと進む。

 

「おや、((東雲|しののめ))んとこの坊じゃないか」

 

 そう声をかけてきたのがこの店の主、通称イラト((婆|ばあ))だ。

本名は誰も知らない。わかっているのは、日本人((らしい|・・・))という事だけ。

 

「婆さん、その呼び方やめてくれよ」

 

 ガリガリと頭を掻きながら不愉快そうにする総司だが

 

「((生意気|ナマ))言ってんじゃないよ、アタシに比べりゃ東雲もお前さんもケツの青い坊やに変わりないさね」

 

 そう言ってヒェッヒェッヒェッと独特な笑い声をあげながらタバコに火をつけるイラト。呼び方を変える気はさらさら無い様だ。

 

「ま、いいや。それより、所長から連絡きてるんだろ?」

 

「ああ、そうだったねぇ。ドロシー、ドロシー!!」

 

 イラトが明かりのついていない方に向けそう呼びかけると、

 

「マスターと違い((私|ワタクシ))は((耄碌|もうろく))していません。ですのでそんなに大きな声を出さずとも聞こえています」

 

 辛辣な言葉と共にメイド服を着た、まるで人形の様に無表情の女が足音も立てずに現れた。

彼女は手に持っていた少し大きめの紙袋をイラトの前にある机に置き、

 

「ようこそ、総司様。こんな所に何度もいらっしゃるなんて、よほど時間を持て余しておられるのですね」

 

 無表情のままスカートの裾を少し持ち上げ、挨拶する。

彼女の口が悪いのも無表情なのもいつものこと。いちいち腹を立てる事はない。

 

「そうだ、ついでにコレの処分と新しいのを頼む」

 

「払いはいつも通りかい?」

 

 紙袋と交換するように机に置かれた札を見て、イラトは呆れた様に笑う。

総司は『札』なんて呼び方で済ませているが、実はいくつか種類がある。

攻撃的な役割を持つ((呪符|じゅふ))と護りの役割を持つ((護符|ごふ))、そして今回総司が使った((吸魔符|きゅうまふ))。

ところが宗教や解釈の仕方次第で明確な区別がされていないうえに、露店や外国なんかではアミュレットだのタリスマンだのと呼び方まで変わる。

こんな((物|モン))使えりゃ呼び方なんかどうでもいい、とは総司の談。

 

 森崎に言ったように札はタダではない、買うのにも処分するのにも金がいる。

法外な金額では無いが、学生の総司がポンと払える金額でもない。故に彼は職場に回される請求書の中に自分が使った分の金も組み込む様イラトに頼んでいた。

 

「アンタ、ロクな大人にならないよ」

 

「婆さんには言われたくないね」

 

 新しい札を受け取り、踵を返し歩き出す総司をイラトは「確かにねぇ」とまたも独特の笑い方で見送る。

 

 二人になった店内でドロシーは当然のように札に手を伸ばすと((いつものように|・・・・・・・))それを丸め口の中に放るとゴクリと飲み下し、無表情のまま唇を舌で湿らせる。

 

「……不味いですね。たまにはもっと上質な餌を持ってきて欲しいものです」

 

店には老婆の独特な笑い声が響いていた。

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現代ファンタジー 怪異 

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