真・恋姫†無双 異伝「絡繰外史の騒動記」第二十六話
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 キュッキュッキュッキュッキュッ…。

 

「うん?何だ、月様からまだ何か急ぎの命令でも来るのか?」

 

 何時も通り工房で作業をしていると、遠くから誰かが駆けて来る足音が聞こえてくるので俺は

 

 そう一人ごちる…えっ、駆けて来ているのに音がおかしいって?それは、此処に来るまでの通

 

 路は全面ウグイス張りにしてあるからだ。前に月様に『鳴子の他に侵入者を防ぐ方法とか察知

 

 する方法とかないのか』と聞かれた時に教えた方法の一つで、今では工房の周りには全てそれ

 

 が使われている。なので、誰か来れば鳴るし、走って来ればそれだけ音も大きく鳴る間隔も狭

 

 まってくるので分かるのである。そして、大体此処に走ってやってくるのは月様に急ぎの用事

 

 を俺に伝えるよう言い付けられた兵士さんか公達が多いので、また月様からの新たな命令が来

 

 るのかと思ったのであったが…。

 

「北郷、ちょっと良いですか!?」

 

「…えっ、劉協殿下!?」

 

 そこに現れたのは何と劉協殿下であった…っていうか、何故一人で此処に来れるんだ?こうい

 

 うお偉い方が来る際は事前に通告があって、ぞろぞろと護衛やら家臣やらを引き連れてやって

 

 くるものじゃないのか?…って、そんな事は後回しだ!!

 

「劉協殿下にはご機嫌麗しく、またこのようなむさ苦しい所においでいただき恐悦至極にて…」

 

 俺は平伏して口上っぽい事を述べる…あれ?そういえば、俺ごときの立場の人間が殿下と直接

 

 言葉を交わしても良かったんだっけ?

 

「北郷殿、殿下が此処に来たのはあくまでもお忍びです。そこまでかしこまらなくても大丈夫で

 

 すから」

 

 そう言って現れたのは、盧植様であった。その後ろには王允殿もいる。一体お偉い面々が集ま

 

 って何の用事だっていうんだ?

 

 

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「まずはこれを見て欲しいんです!」

 

 改めて話をし始めた劉協殿下が取り出したのは…。

 

「大根?」

 

「はい!北郷に造ってもらった農機具を使っての初めての収穫なんです!」

 

 劉協殿下はそう嬉しそうに話していた…っていうか、本当に畑を作っていたのかこの人。以前

 

 に月様より『劉協殿下が畑を作って作物の栽培がしたいと仰っているので新たに農機具を造っ

 

 てくれ』と言われた時には正直半信半疑だったのだが…しかも、手を見ると肉刺らしいものま

 

 で出来ているので、本当に自分で農作業をしていたようだ。

 

「失礼ながら、月様から聞いた時はまさかと思っていたのですが…本当にご自分で畑を?」

 

「はい!民の為の君主になる為にはまず民がどのように糧を得るのかを知る事だと思って…恥ず

 

 かしながら、今まで野菜がどのように出来るのかも知らなかったもので」

 

 まあ、普通に考えて皇帝になろうっていう人が畑仕事をやる事は無いからね…しかし、よく皇

 

 帝陛下が許可したものだな。っていうか、普通許可しないよね?

 

「北郷殿の懸念通り、通常であれば陛下が劉協様にこのような事をさせないのですが…最近、陛

 

 下は今まで以上に奥から出て来なくなっておりまして、そもそも劉協様のおやりになっている

 

 事を見てすらおられないのです」

 

 俺の顔にそれが表れていたのか、王允殿がそっとそう教えてくれる。

 

「陛下が?でも…確か袁紹達を強引に引き抜いてのはもう数ヶ月も前の事。さすがにそんなに長

 

 く籠りっきりって…」

 

 正直、俺だったらとっくの昔に発狂する自信があるが。

 

「陛下は生まれて間もない頃から奥しか知らない御方なもので。しかも、黄…趙忠が側近くに侍

 

 るようになってからほぼまったくといって良い程に奥に籠りっきりで。私も何度か陛下に外に

 

 出ろと申し上げてはみたものの、一度も聞いてくれた事もない有様でして…」

 

 

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 俺の質問にそう答える王允殿の顔はとても渋いものとなっていた…あれ?

 

「王允殿って、実は凄くお偉い方なんですか?連合との戦の時に一緒にいたから、てっきり月様

 

 にお仕えしているものとばかり思っていましたが?」

 

「王允殿の家は代々司徒を輩する家柄なのですよ。連合との戦の際は宮中側の人間として相国様

 

 の補佐に入られていたのです」

 

 俺の質問に今度は盧植様がそう答えてくれる。そうか、そこは俺の知識通りに漢のお偉い人だ

 

 ったって事か。

 

「そうとは知らずに無礼な態度を取りまして申し訳も…」

 

「そこは気にしなくて大丈夫です。今も相国様の下で働いているという意味合いでは変わりはな

 

 いのですから今まで通りで構いませんから」

 

「ありがとうございます…ええっと、そういえば劉協殿下のお話の途中でしたね。遮ってしまっ

 

 て申し訳ございません。大根の話…というわけではないですよね?」

 

「はい、大根は少しは私も世間というものを勉強したという事を見てもらう為のものでしたので」

 

 大根の栽培で世間を…まあ、何も知らない人よりはマシになったのは間違いないだろうけど。

 

「前に北郷と話をした時の事を覚えていますか?」

 

「前というと…絡繰を造って欲しいと言われたあの時の事でしょうか?」

 

「はい。あの時、私はあなたを失望させるような事しか出来ませんでした。あれからまだ僅かの

 

 時間ではありますが、私なりに色々と考えて行動してきました。大根もその内の一つなのです。

 

 あなたの眼から見てまだ足りない部分も多いとは思うのですが…どうですか?私はうまくやれ

 

 ていますか?」

 

 劉協殿下はそう言って俺を見つめる。こういう話でなければ美少女に見つめられるのか嬉しい

 

 事なのだろうけど…正直落ち着かないのですが。

 

 

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「やれてますかと聞かれましても、私は戦が終わった後は月様の命で色々な道具を造る事に集中

 

 していたので、殿下がどのような事をしていたのかは今見せてもらった大根しか分からないも

 

 ので…申し訳ありません。大根は良く出来ているんじゃないかとは思うのですが…」

 

 俺がそう答えると劉協殿下は少し何かを考えるような表情を見せた後、王允殿達の方を向く。

 

「やはりあれを見せなければ北郷を納得させるのは難しそうだけど…良いだろうか?」

 

「私はまだ時期尚早と思いますが…盧植殿は如何か?」

 

「時期尚早というより、まだ見せられるような物では無いと愚考いたします」

 

 王允殿と盧植様の言葉に劉協殿下はがっかりしたような顔をする。…『あれ』って何なのだろ

 

 う?それは月様もご存知の物なのだろうか?

 

「殿下、この際まわりくどい話はやめにして正直に依頼してしまうべきかと」

 

「そうですね…如何に殿下とはいえ、あまり頻繁に此処に出入りするのは良くないかもしれませ

 

 んしね」

 

 王允殿の提案に盧植様もそう言い添えていたのだが…依頼って何?しかも月様を通してじゃな

 

 い話って、そこはかとなく不穏な感じがするのは気のせいか?

 

「二人の言う通りかもしれませんね。北郷、率直に言います…私が皇帝になる事に力を貸しても

 

 らいたいのです」

 

 はたして劉協殿下の口から出たのはまさしくとんでもない話だったのであった…って、何で俺

 

 なんだ?

 

「恐れながら、殿下は遠からず皇帝となられる身。私のような小身の者がお力になれるようなも

 

 のではないのではないかと…」

 

「今のままではダメなのです。まず姉様はどうやらまだ私に譲るつもりが無いという事…そして」

 

 劉協殿下はそこまで言って言い澱む…完全にこれを言って良いかどうかを躊躇している感じに。

 

 

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 そして、殿下の口からとんでもない言葉が発せられる。

 

「今のままでは漢が月に乗っ取られてしまうからです!」

 

 俺はその言葉の意味をすぐに理解する事が出来なかった…どういう事だ?何故そこで月様の名

 

 が出るんだ?しかもその言い方じゃまるで月様が悪者になるような…あの月様が暴君になるっ

 

 ていうのか?俺の頭の中はそれらの疑問が駆け巡る。しかもそれを言葉にしてしまったが最後、

 

 俺はもう引き返せなくなってしまう…しかし、このまま聞かなかった事にする事は出来ないの

 

 も事実だ。

 

「…何故、月様がそのような事をすると?」

 

「北郷殿、あなたは『太平要術』という書物についてはご存知ですよね?」

 

「それって、確か黄巾の…えっ?でも、三人からそれについては何も…」

 

「それはそうでしょう…何せ、今かの書は相国様の手元にあるのですから」

 

 えええっ!?太平要術が月様の手元にあるって…それじゃ、月様が第二の黄巾党になるって事

 

 なのか!?

 

「かの書には人の悪意を集め、それを増幅して人を操る力があるといわれています。おそらくは

 

 あの三姉妹もそれを利用してあそこまでの力を得たのだろうと思われますが…そして、今度は

 

 それを月がやろうとしているのです」

 

「…証拠はあるのですか?」

 

 まさかと思いつつ、俺がそう聞くと三人は若干うなだれたような感じになる…って、もしかし

 

 て証拠は無し?

 

「…現状では月がそれを持っているという確証は得られてません…得られてないのですが、これ

 

 を見て欲しいのです」

 

 そう言って盧植様が出したのは…。

 

「版木…の欠片?」

 

 木版印刷用の版木…ではあるものの、それは実物の二割程度の部分しか無かったりする。

 

 

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「これは私の手の者が木版印刷の工房より持ち出した物…本来は版木を一枚持ち出したようなの

 

 ですが、我らの手に渡るまでに追手がかかったようで…しかも、その者は私にこれを渡すと同

 

 時に息を…しかし、ほんの一部ですが、此処に書かれているのは太平要術の一部に酷似してい

 

 ます。だから…」

 

 盧植様はそう訴えるのだが…あれ?

 

「盧植様はその太平要術の内容を知っているのですか?正直、私はこれを見てもその内容がそう

 

 だとは分からないのですが」

 

「内容については人和さんに確認しましたから間違いありません」

 

「人和に?」

 

「はい、彼女もどうやら地和さんの行動に疑念を抱いていたようで、密かに追ってみると月の執

 

 務室へ入っていったと…しかも、彼女はこの版木を作っている工房にも出入りしていたらしく、

 

 私達の話を聞いて、協力してくれる事を約束してくれました」

 

 地和もこれに関わっているって…そういえば、黄巾の壊滅の原因は三人が逃げ出してしまった

 

 事だったな。しかも三人がバラバラになって、地和は月様の下に…太平要術が月様の手に渡っ

 

 たとすればその時という事か。しかし、これが本当だとすれば大変な話だな。月様の下に地和

 

 がいて、劉協殿下の下に盧植様と王允殿と人和が…完全に分裂状態じゃないか。しかし…。

 

「それで私に何をしろというのです?私が出来るのは絡繰位ですよ?」

 

「…我らも徐々に協力者を増やしていっているとはいえ、まだまだ月の勢力には届きません。そ

 

 れを覆す為の武器を用意して欲しいのです」

 

 武器…そう来たか。連合との戦の時こそそういう物も造ったけど…。

 

「しかし、武器など…連合との戦の時に造ったような物が限界です。仮にあれを造ったところで

 

 対抗する為の物にはならないかと…」

 

 

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「そのような嘘が通用するとでも?」

 

 俺の返答に対して盧植様がそう返してくる…そして、俺はそれに明確に反論する事が出来なか

 

 った。まさか、俺にあれを造れってのか?連合との時だってあれだけはやめておいたのに…。

 

「なるほど…やはり、あなたはそういう武器を知っているという事なのですね?」

 

 ちょっ…まさか、今のはカマをかけたってのか!?仕方ない…ならばある程度は。

 

「仰せの通り、知ってはいます…知ってはいますが、造る事は無理です」

 

「無理…とは?人手や資金がいるなら出来る限りの事は融通しますが?」

 

「いえ、構造上どうしてもうまくいかない部分がありまして…何人かの職人に見てもらいました

 

 が、それを解決する手段は結局見つかりませんでした。嘘だと思うのならばそちらで聞いてみ

 

 てくれても良いですよ?」

 

 俺のその言葉に三人はそれ以上何も言わなくなる。聞いてきますとでも言うのかと思っていた

 

 のだが…とはいえ、こっちの職人に聞いたのは事実だし。やはりネジ止めという技術が確立さ

 

 れていない時代では不可能だったようだ。単にその確認の為にあえて聞いて回っていたのだが、

 

 それがうまくいったという事かな?

 

「…分かりました。しかし、それが解決すればこちらの要望に応えられる…そういう事で良いの

 

 ですよね?」

 

「…私とて漢の臣なれば」

 

 俺の言葉を聞いて安心したような顔を浮かべた三人は『今日の事は内密に…月にもですよ』と

 

 言い残して去っていったのであった。

 

 ふう、これで一安心…で良いのだろうかとか思っていた次の日。

 

「一刀さん、昨日劉協殿下から何を頼まれたのですか?」

 

 朝議の後、俺はそう月様に呼び止められる。完全にばれてるし…どうする、俺!?

 

 

                                         続く。

 

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 あとがき的なもの

 

 mokiti1976-2010です。

 

 何とか此処まで書けましたのでお送りします。

 

 そして中途半端な所で終わって申し訳ございません。

 

 実はこの後、一刀が月にどう返答するかで今後の話

 

 の流れとメインヒロインを決めようと思ってあえて

 

 此処でやめました。

 

 

 考えているのは二通り。

 

 1.月に対して適当に誤魔化した返事をした上で劉協様

 

  よりの話にしていく。

 

 2.月に正直に話し『月様・魔王ルート』一直線。

 

 

 無論、1ではメインヒロインは劉協様となり、2では月

 

 がメインヒロインとなっていく予定ですが…。

 

 上記の事を考えるのに多少時間をかけるので次回の投

 

 稿が大幅に遅れる可能性も…ただでさえ遅くなってい

 

 るというのに申し訳ございません。

 

 とりあえず次回からは本編に戻ります。どちらのルー

 

 トになるのかは次回の投稿時の内容でご確認の程を。

 

 

 それでは次回、第二十七話にてお会いいたしましょう。

 

 

 

 追伸 公達・胡車児及び白蓮・蒲公英・輝はどちらに

 

    なっても一刀と共にいますので。

 

 

 

説明

 お待たせしました!

 今回も拠点回です。

 月の下で絡繰製造に明け暮れる毎日を

 送る一刀。

 そこに新たなというか再びの来訪者が…。

 とりあえずはご覧ください。
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コメント
みぞれ寒天様、ありがとうございます。魔王ルートであれば、月メインですのでそういう事にもなるかと…駒になる可能性は高いですけどね。(mokiti1976-2010)
これは・・・どちらに進んでも続きが気になりますね。ただ気になるのは月魔王様√って月はちゃんと『ヒロイン』になるのかな。何だか一刀が駒にされそうな気がひしひしと。(みぞれ寒天)
たっつー様、ありがとうございます。正確には1だと魔王化を止めるか魔王を止めるかという感じです。2は魔王と化した月の忠実な中ボスになるルートですね。(mokiti1976-2010)
SwordMaster様、ありがとうございます。確かに月に救いをというのであれば、間違いなく劉協ルートなのですが…魔王が私の心に囁き続けるんです。悩み所です。(mokiti1976-2010)
達様、ありがとうございます。私自身、魔王ルートへの欲望が心の一角を占めていたりします…ああ、どうしよう?(mokiti1976-2010)
未奈兎様、ありがとうございます。何とか今年も乗り切れました。来年も頑張ります。…一刀の行く先に光明は見えませんけどね。(mokiti1976-2010)
劉協メインヒロインというのは希少なのでそちらに一票かな? あと魔王ルートよりも劉協ルートの方が本質的な意味で月に救いがありそうな気がしますので・・・(SwordMaster)
今年一年お疲れ様でした、でも一刀さんの先は今は暗雲のさなか・・・。(未奈兎)
Jack Tlam様、ありがとうございます。この外史の行く先は完全に一刀の選択次第なんです。その技術を魔王の野望の為に使うのか、健全な国家建設の為に使うのか…悩み所です。何時も駄文ばかりですが、来年もよろしくお願いします。(mokiti1976-2010)
神木ヒカリ様、ありがとうございます。皆様お馴染みの癒し系美少女の月だったら迷う事も無いんですけどね…話を考えた私自身混乱しまくりです。毎度毎度の駄文ですが、来年もよろしくお願いします。(mokiti1976-2010)
今年一年お疲れ様でした。来年もよろしくお願い致します。(Jack Tlam)
本当に一刀の選択にかかっているようですね。こうなると、月がメインになるのは、一刀の立場上相当厳しい気がします。このまま月が第二の黄巾党になってしまえば、それは一刀の技術力が悪用されかねないことを意味します。だとすると……だけど現状では下手すると幽閉されかねないしなあ……。(Jack Tlam)
今年一年お疲れ様でした。また来年。良いお年を。(神木ヒカリ)
月にメインヒロインになって欲しいけど、そうすると真桜じゃなかった魔王化するわけで、う〜ん・・・ (神木ヒカリ)
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