月に焦がれる夜の詩
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月に焦がれる夜の詩

 

 

 

 夜戸(よるべ)の家は古くは財閥で、解体後も事業家として成功を収め続ける、地元どころか全国的に有名な家だった。

 その家の長女として生まれた私は、それが当然であるかのように“お嬢様”としての型にはめられた教育を受ける。……とは、いかなかった。

 父は私を溺愛した。上にもう、三人も兄がいる状況で生まれた私は、父にとってのお人形さんもいいところだった。

 政略結婚のため、嫁に出さないといけないほど、夜戸はお金に困っていない。三人もの稼ぎ頭が既にいる。それゆえに私は愛でられ、自由を与えられ、結果、英才教育を受けた方がまだマシだと思うことになった。

 自由は人を腐らせる。

 生まれながらにして自由だった私は、根腐れ状態で生き続け、人としての生活を知らなかった。お人形さんとしての、人もどきとしての生活しか知りようもなかった。

 だから、私は許されている通りにわがままを言った。

 「普通の高校に通う。学校の近くに下宿させて。使用人はなしで」

 果たして、そのわがままは叶えられて、おおよそ希望通りにことは進んだ。唯一、希望通りにいかなかったのは、使用人との同居にならなかった代わりに、登下校の時には黒服グラサンのシークレットサービスがついて回る。また、学校の用務員には、夜戸の使用人が紛れ込んでいるらしいこともわかった。

 でも、いずれにせよ私は、この公立校、依月高等学校に通っている。兄たちはみんな私立校だったのに、私だけが冴えない公立校に、普通の生徒として通っている。

 それが快かった。それに、この学校に入ってもうひとつ、嬉しいことがあったのだ。

「美鳥、美鳥だよね?」

「……明(あくる)?」

「うん、そう……!小学校以来だよね!!!」

 月町美鳥。私の小学校時代の友達。その言葉がいつ頃からかの友達のことを指すのかはわからないけど、幼馴染と言っていい相手だと思っている。

「明、久しぶり。大きくなったね」

「美鳥こそ!ていうか、ちょっと大人っぽくなり過ぎじゃない?身長もすっごい伸びてるし、胸も大きいし」

「160行ってないんだから、そんな大きくないよ。確かに姉さんよりは高いけど……。後、スタイルも至って平均的な標準体型です」

「それ未満の私はなんなの?」

「昔から明、ちっちゃいし」

「小さいって言っても、152あるんだし!!」

「……なんで久しぶりに再会して早々にこんな低次元な争いしてるんだか」

「こっちが聞きたいよ!!」

 女三人寄れば、なんて言うけど、物静かな方の美鳥とたった二人でも、話題は尽きないどころかヒートアップしていく。

 もちろん、私は狙ってこの高校を選んだ訳じゃない。そもそも、美鳥たち月町家が引っ越して行った先も私は知らなかった。ただ本当に偶然で巡り会えた……運命を感じちゃう、なんていうのは、夢の見すぎじゃないと思う。

「……まったく。変わってないな、明は」

「美鳥こそ、相変わらずちょっとスカしてるのがかっこいいと思ってるんだ」

「スカ……!?わ、私はただ、姉さんが言うようにきちんとして……」

「シスコンも治ってないんだね。華夜お姉ちゃん、元気?」

「まあ、普通にね……」

 私には女きょうだいがいないから、ちょっと憧れてしまう。でも、私の記憶の中の華夜お姉ちゃんは、傍から見ていても引いちゃうぐらいの“委員長気質”っていうか、すごくすごく真面目な人だった。でも、美鳥はそんなお姉ちゃんに憧れていて、ガリ勉で……はっきり言って、あまり目立たない方の子だったのに。

 高校生になった美鳥は思わず目を惹くほどの美人で、それを通してなんとなくお姉さんの今も想像できた。

「ところで、クラスは?」

「C組だけど、明は?」

「ありゃ、残念。A組だよ」

「……よかった」

「あぁん!?」

「……だって、明と同じクラスだったら、明の勉強とかの面倒を見ないといけないから、自分の勉強に打ち込めないでしょ」

「ぬ、ぬぬぬ……だが、別のクラスならそれはそれで、忘れ物とか貸し借りできる!!」

「私は一方的に貸すばっかりで、あなたは一方的に借りるばっかりでしょ」

「それが友達だよ!」

「私には都合のいい荷物持ちのように感じられるんだけど」

「その、ちょっと斜に構えて気取ってる感じ!そこがスカしてる!!中二臭い!!」

「中二っ!?あんたね、私のどこを見て中二とかほざいて……!それを言ったら、あんたは昔からずっとクソガキのまんまでしょ!!」

「あははっ、調子、戻ってきたね。ついこの間知り合った仲じゃないんだからさ、私の前では気取らなくていいじゃん?」

「……ったく、IQの低い幼馴染がいると、レベルを合わせてあげる必要があるから面倒だわ。感謝しなさいよね」

「にゃひゃひゃ……」

「私を気取ってるとか言うけど、あんたも大概ぶってるでしょ。今時流行らないのよ、そういうあっさいキャラ付け」

「という、中二病患者の鋭い指摘(笑)でした」

「殴るわよ!?そのにへら顔に一発と言わず、何発だって打ち込んでやるわ!もう二度と泣いたり笑ったりできなくなるぐらいに!!」

 ……楽しい。

 どうしてこんなに楽しいのか、わからないぐらい楽しい。

 だけど、美鳥が私にぶっていると言った時……少しだけ、本当にちくりときた。

 私は、普通の高校生がわからない。これから学んでいく途中だ。だからどうしても私は今、作ったキャラでいる。

 でも、作っているのは美鳥もお互い様な訳で……案外“普通の高校生”なるものは実在しないのかもしれない。

 それぞれがそれぞれで、自分なりの高校生をやっている。家に帰れば娘をやる訳だし、バイト先に行けばそのポジションに合った振る舞いをする。お客さんが来たら、店員とお客の関係だ。

 人って、面白いもので、その時々によって立場が入れ替わる。

 ううん、生き物はきっと、みんなそうだ。野生界でも、優しい母親だったメスは、外敵に襲われれば勇猛果敢に戦う戦士になるし、子を守る役目を終えれば、別のオスと子どもを作る一匹のメスへと戻る。

 「お人形さん」がイヤで、家を飛び出した私は、その決断をした瞬間にもう「私」になれたんだろうか。

 わからない。こんな曖昧なこと、わかるはずもない。だから、自分がそうだと思えば、もうそれでいいんだと思う。それが錯覚でも妄想でも、「私」を生きるのは私自身なんだから。

「ねぇ、美鳥。今、美鳥って彼氏とかいるの?」

「はぁ!?そんなのいる訳ないでしょ。恋人を作るのがステイタスみたいに感じてる連中なんて、繁殖のことしか頭にないバカばっかりなんだから。そのくせ、本当に結婚とかする意気地はないんだし」

「そんなガチギレしなくても……」

「じゃあ、あんたはいんの!?」

「だから怒んないでって。いる訳ないでしょ、お嬢様ですぜ、私」

「……許嫁とか、決まってないの?」

「そういうのはないっすねー、お父さんは私を自由にしておきたいって言うから。ま、逆に言えば勝手に彼氏こさえるのもアウトって感じだね」

「そうなんだ……」

「ま、彼女ならアリかもだけど?」

「グー?チョキ?パー?」

「……一番、威力が低そうなパーで。チョキは目潰しとかそれ系っすよね」

「パーはパーで、往復ビンタだけど?」

「不一致かつスキルリンクなしなら、それも可!」

 ……本当にビンタされました。かなりスナップ利かせて、いい感じに。

「DVだぁ……家庭裁判所に駆け込んで人生破滅させてやるぅ……」

「あんたの家の財力だと、冗談になりそうにないからやめてくれる!?」

「じゃあ、キスして」

「アホか」

「あぐぅ!?また殴ったー!!」

「アホか、じゃないな、うん。アホや。あんたはアホやねん」

「エセ関西弁……」

「ウチの母親はなにわの女や!東京モンのアホにアホか言う権利はある!!」

 ちなみに、エセなのがまるわかりの関西弁なんで、お母さんは自然と東京に馴染んだのか、どうなのか……まあ、きょうびそこまでコテコテの関西弁の人って見ない気がするけど。

「でも、キスぐらいよくない?というか、したいんだけど」

「……リアリィ?」

「マジで」

「…………こいつ、目がマジだ」

「うん、だってしたいもん。美鳥のこと好きだし」

「……どれぐらい?」

「アーモンドチョコと同じぐらい」

「そ、それはなんか絶妙にわかるけど……!でも、アーモンドチョコと同列レベルで、キ、キ、キスっ…………ファーストキスを、チョコと同列で……」

「じゃあ、○ごとバナナぐらい好き」

「バナナ好きじゃないんだよね……」

「え、ええっと、じゃあ……」

「ね、どうして私が好きなの?それって、友達として、だよね?」

「ううん。人として好き。同性で結婚OKならしたいぐらい」

「……リアリィ?」

「マジで」

「……なぜに。何が故に」

「美鳥、可愛いから。ホントはそんなに勉強得意じゃないのにがんばってるし、子どもっぽいのに大人ぶってるし。そういう背伸びしてるとこも好き。中二なとこも好き」

「だ、か、らぁーっ!!私は中二じゃないし、背伸びもしてない!!ブラックコーヒーとか飲んでるけど、甘いの嫌いなだけ!!」

「……かわいい」

「かわいくない!!!」

「でもさー、なんつーか、自由に恋愛できない訳だし、もうここは美鳥で満足するしかないって言うかなー……」

「……ちょっと待って。あんたにとって私って、仕方ないから付き合うとか、そういう相手なの?」

「違うよ!世界にワンアンドオンリーだよ!元々特別なオンリーワン!!」

「それってつまり、一番じゃないってことでしょ。私は、あんたのベストワンになりたいんだけど」

「もちろん、世界で一番だよ?というか、昔っから私と何の気兼ねもなく接してくれるのって、美鳥だけでしょ。みんな、気にするなって言ってるのに、なんかお嬢様だからって特別待遇するし。美鳥はスカしてて助かったー」

「だからスカしてない!!!」

 もうすっかり美鳥は、子どもの頃と同じ顔をしている。……私だってそうだ。

 こんな時間が大好きだから、私は美鳥が好きなんだろう。

「……まあ、あんたがそこまで言うなら、仕方なく。仕方なく、あんたの恋人ごっこに付き合ってあげてもいいわ。ただ……あんまり激しいキスとか、イヤよ。やっぱりちゃんとしたのは、好きな男の子としたいし」

「はーい、じゃあ、とりあえずこれで!」

 私はちょん、とほんのコンマ数秒、触れ合うだけのキスを美鳥の頬にした。

 それだけでも、湯たんぽみたいに温まった美鳥の体温を感じられる。

「……こんなので、いいんだ。やっぱりあんたはまだまだ子どもってことね」

「もっとすごいのがいいの?」

「……別に」

「スカしてんなー」

「スカしてない!!!!!」

説明
結構長く書いているのに、舞台となる学校の名前を決めていなかったので、決めたついでに番外編を一作
キャラ名は完全に学校名からなので、いつも以上に深い意味はないです

※原則として、毎週金曜日の21時以降に更新されます
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