白の猴王 Act.8 狩人の系譜
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 エリア7。 雪山で一番天に近い場所、雪山の頂きを間近に望み、かつては古龍が立ち寄る聖域として崇められた聖域。

遠く見渡せば彼方から続く峻険な峰が連なるが、近隣でここより高い山はない。もっと崖端に立って見下ろせば、雲の下に遥か広がる粗削られた岩肌の表情は、動く天災と呼ばれる老山龍の背中でも見ているかのようだ。

日は大きく傾くにつれて空は藍を増し、雪の色は橙を交えて行く

 

 

再び風が出てきた。

昼から夜への端境に大気が揺らめくのだろうか、旋風は雪を巻いて思い思いにエリアを踊り奔る。

 位置取りが難しくなる

駈けながらチョコは風を読む。

 

 弓矢やボウガン、所謂遠距離武器はモンスターとの距離を取ってこそ威力を発揮する。

近接攻撃ハンターが直面するモンスターの咆哮や肉弾とはほぼ無縁だが、効力のある距離を保つがゆえ、攻撃は武器のブレや風の影響を受けやすい。

チョコは風上へ駈けながら矢筒から矢を抜き出し、小刀と見まがうばかりの鏃を眼前に構えるまで弓を弾き絞る。

そのまま力を溜め、限界に達した瞬間に猴王の角を目掛けて一気に解き放つ。

 

弦が高く鳴き、弓の撓り返りが大きな振動となって左腕に伝わる。痛みを感じた猴王の眼が次に煩わしい人間を捉えようと動いた時にはチョコは既にそこを駈け去り、新たな所から矢を射かけているという訳だ。が、いくら相手の動きを察知する事で無駄な動きを削いでると言ってもかなりの運動量だ。

 

 荒く、短い呼吸。口端からは吐気が白く流れ、両腕も脚も重い。

歳は取りたくないな、という嘆き。

心の隅からは狩りに集中しろと叱咤が響いているが、疲れのせいか振り払っても振り払ってもつい余計な事が浮かんでくる。

危険な兆候だ、相手の小さな動きを見逃せばそれは必ず大きな隙となって跳ね返ってくるというのに。

「クソッ」

歯を喰いしばり、眼前を睨みながら彼女の脚は固く吹き締められた雪面を蹴る。

 

 あの御山には昔から古龍が訪れているって言い伝えがあってね、

村長の声。彼女の脳裏に宿を借りた夜の記憶が泡のように浮かんだ。

 風翔龍、クシャルダオラとか言うのだろうねぇギルドでは。

無論、あたしら村の人間にはその古龍の生きた姿を見た者なんてないさ。あたしらが見るのは山頂で凍ったまま岩に張り付いた古い亡骸だけ、それもそこまで行けるだけの体力を持った者達だけが許されているんだ。

それでも何年かに一度、御山が荒れて頂が見えない日が何日も続く時は、これは神様がおいでか、と山のあたりを伺うんだよ。

 

 出て来るな!

チョコは頭を矢を持った手で頭を叩く、今、白いラージャンが振り返ろうと首を巡らせているのだ。

更に後ろ、あいつが体幹を変えなければ反応できない位置まで急がなければ。

 

 そんな山にある時からティガレックスが渡ってくるようになったんだ。

えらく大きなティガレックスでね、大方何か訳があってなわばりを追い出されたんだろう。

山はえらく寒いが、それでも死なない程度には獲物が手に入るし、競争相手もいない。

そいつは長いこと毎年冬になると山へやってきて好き勝手しては、春になると去っていった。

村の悩みではあったんだが、いつの間にか来なくなってねぇ、あたしらもだんだんとそのティガレックスの事を忘れてしまっていた。

 

 矢を番える、走り放つ、そして矢を番える。

風が唸り、撒きあがった雪は時に視界を遮る。

 

 ある日、小さな村人から小さな依頼があってあの娘、キリアが受けたんだよ。

ドーラの方は集会所の方で受けた狩りで留守にしていてね。

「良いよ村長、あたしがやるよ」ってね。

珍しいこともあるもんだって思って、なんせ変わった子で、志願して村に来た割りにはここの生活には関心がなかったみたいだからねぇ。

「あいつはギルドナイトを目指していたんだ」チョコがキリアの為に弁明をした「ギルドナイトになるにはそれに相応しいHRと共に一定期間居付をしたっていうキャリアが必要なんだよ」

ははぁ、それでかね、と村長は初めて得心したように何度も頷いた。何せね、この村じゃ居付きのハンターにも自給自足の為に畑地を用意するんだが、あの子と来たら畑に寄り付きもしないのさ。アイルーも狩りに連れて行く分しか雇わない。街っ子なのかねぇ、あたしらとは違う、とにかく買えるものは全て買って済ますんだよ。

狩りだって村よりも集会所の方の依頼を優先するって具合でね、まぁその事についちゃドーラに何度も説教されてたらしいが。

 

 そんな子が大した礼金も出ない村の依頼に行くって言うんだからあたしゃ、こりゃドーラによっぽど叱られたのかと思って、どういう心変わりだいって聞いたら何の事ぁない、レウス装備が一式揃ったからちょっと試してくるって、それこそ満面の笑顔で、新品だもの、最初からハードな依頼で壊したくないじゃん、てねぇ。

 

 耳元で風が高い音を立てる。

 

採ってくるのはポポのタン、群れはまだ山を降りてはいないだろうから狩りと言っても半ば登山になるよ、気をつけて行っておいで。

そこで村長は口をつぐんで窓の外に目をやった。

灯が村長の横顔を照らし、細かな皺が影となって揺れる。

「あいつが帰って来てたのさ」

 

矢を番える、ラージャンの斜め後ろに、そうだ、時計回りに

 

 見つかったのは頭を含めて躰半分だけ、奇跡的に顔だけはほぼ無傷だった。でもねぇ、あんな哀しそうな顔は後にも先にも見たことがないよ。

ため息をついた村長にチョコの唇が迷い、動く。

 

― 知っている ―

キリアは言いたかった。その顔ならあたしも知ってる、と。

あいつは前に一度死んだんだ、そしてあいつを殺したのは

 

「姐さん!」

ドーラの声にチョコは我に返った。

目の前にいる筈のラージャンの姿がない。

「右へ!」

迷う暇はない。チョコはレマーナンの指示通りに雪面へ体を投げ出す。

稲光を伴って回転しながら降って来たラージャンがチョコの今いた位置に大穴を穿つ。

紙一重で逃れ更に反転した時にドーラがこちらへ駈けて来た。

 

「大丈夫か」

「すまない」

ドーラに返し、何とか立ち上がろうとするチョコの心に様々な感情が湧きある。

大事な時の空言をしていた己に対する怒り、仲間を危険な目に合わせた反省、反撃への焦り、だが後だ。

そういうのは後だ、今は

顔を上げる。

 

真正面には口を開いた猴王

 

横でドーラが大剣を掲げて防御の姿勢を取った、が。

 終わりだ

チョコがそう感じた瞬間

今までで一番強い風が二人の後ろからラージャンへ向けて吹き抜け、辺りは一瞬の内に真っ白に覆われた。

目を開けるのが難しい程の強風が雪を巻き上げて視界を遮る。

「痛ッ」

何かが頬をかすめたのに手を当てると、頬が浅く切れているのがわかった。

どうやらこの突風は雪だけでなく氷の欠片を含んでいるようだ。

災難だが、痛みと冷気で完全に目が覚めた。攻撃が来ないのは風が視界を遮っているからだ、この幸運を逃す手はない、左右に展開して… 

「痛ってぇなぁ」とドーラが呟く

 ?

氷が当たるのは彼女も同じだが、心なしかその声は嬉しげに聞こえる。

 

チョコが訝しく思う間もなく

ふいに風が止んで当たりの視界が開けた。

ラージャン達の姿はエリアから消えている。

 

「逃げられましたね」

立ち上がった二人にレマーナンが近づいて来た。

「全く運がいい」

「かもな」

チョコが呟いた。

「あのままだったら雷撃ビームかブレスで狩りは終わっていた」

「いや、運がいいのはドドブランゴの方ですよ」

竜人は皮肉な笑みを浮かべた。

「二頭は正反対、別々の方向へ逃げました。G級の方は仲間が殺された後で逃げる機会を狙っていたようです。今の猴王に逃げた手下を追いかける体力が残っているとは思えませんからね」

「それでラージャンは」

チョコの問いかけにレマーナンは頷く。

「逃げた方向はエリア7、あなた方が最初にドドブランゴを狩った場所です」

 

 

 エリア7の端、断崖の縁に白のラージャンはいた。

血が滲んだ体毛と肩を使ってまでの荒い呼吸、かなりの消耗をしているのは解る。

そいつは振り返るように追って来たハンターを一瞥し、かすかに唇を捲りあげた。

しつこい奴らだ、言葉を発さなくても表情を見れば奴の気持ちは解る。

長い戦いを続けて来た人間や竜人に心底呆れ疎ましくなっているだろう。

苦しい戦いの末に白の猴王と呼ばれるモンスターを何とかここまで追い詰めた。

いや、追い詰めたとは言えない。

今、奴は麓を望む深い崖の淵、夕に染まる空を後ろに立っている。逃走しようとするなら阻むものは何もない。

 

 逃げる気か、ドーラの脳裏にふと三年前の忌まわしい記憶が蘇った。

老いたティガレックスを討伐し損ねたあの時を

「不味い」

レマーナンが呟く

「させるか」

同じ思いか、チョコは弓に数少ない矢を番え、ドーラは背中へ手を伸ばしながら手負いのヴェーネ・ヴァーリンへ足を踏み出した。

が、閃光玉を始め、ハンター側には目の前にいるラージャンを引き留める術などとうに失っていた。

何より三人が三人とも体力を消耗し、今までのように走って先回りなどできそうもない。

 

 兆発するような態度とは裏腹に、どうかこちらへ向かって来てくれと祈りにも似た思いが浮かぶ。

と、

白いラージャンが喉を見せ、高く声を上げた。

今までさんざん聞いてきた威嚇とは違う、どこかあざ嗤うような響きが夕焼け色を写したエリア一帯を満たし岩に木霊する。

それが合図であるかのように細かな振動が足元に伝わって来た。

「なんだ?」

 

 紺色の空、緋色に染まった雪原。

そこから白い塊が続々と宙に躍り出始め、ついで辺りはまるで湯が湧きたつかのように雪が舞い上がった。

ブランゴだ。それも信じられない数のブランゴ達が辺りに出現している。

雪をふるい落とし、歯をむき出したそれらは既に100頭を軽く越えても尚止まない。だけではなくエリア6に繋がる岩陰からも姿を現す。

 

丁度ブランゴとラージャンに挟み込まれたような格好となり、三人は知らず背中合わせになる。

「姐さん!」

「こいつ等あの時の…!」

「何なんです?これは」

辺りを埋め尽くすような白い牙獣の群れに目をやったままレマーナンが尋ねる。

無理もない、たとえどんなモンスターであっても、食べ物が少ないとされる極北の地でこれだけの頭数を一度に目にする事はなかっただろうから。

ドーラがレマーナンへ昨日の出来事を手短に話す。

「 …罠ですか」

「まさか、誘い込まれたって言うのか?」

「かもね」

ドーラの問いに苦笑いで答えながらチョコは矢柄を握り直した。

これだけの群れを相手にするにはあまりにも矢数が足りない、というより弓を引き絞る間も与えてはくれないだろう。

モンスターを討伐するために鋳造された鏃は小刀と同じで、ブランゴ相手なら近接武器としても一応使えはする、のだが。

 

「傷ついたふりをして後を追わせ、まんまと手飼いのブランゴの群れまで誘って来たってわけですか」

レマーナンの読みにドーラは歯がみをして辺りを見回す。

 猴王はドドブランゴだけでなく、同じ恐怖でブランゴまでを支配下に置いていたのだろうか。

昨日の悪夢のような光景が正に最悪の形で再現してしまっているってわけだ。

 

 

圧倒的な数のブランゴ相手に切れ味の落ちた大剣と片手剣がどこまで通じるか、チョコの鏃を加えてもとてもこなせる数ではない。

こなす?、いや脱出すら怪しいくらいだ。

群れの攻撃がこちらに向かえば、おそらく肉の一片すら残さずに三人は地上から消えるだろう。

「結構楽しい人生でした」

「ざけんな!」

レマーナンの達観したような言葉にドーラが怒鳴り、聞いてくれ、と言葉を続けた。

「あたしが何とか道を作る。二人はエリアの端、崖まで行んだ」

「崖?」

「あの崖は夕方になると麓から強い風が吹きあがるんだ。うまく飛び降りればあるいは」

一縷の望み。だがしかし、ドーラが顎で指示したその崖には追い詰めたと勘違いした手負いの白いラージャンが陣取っている。

そもそも体力を消耗した三人にブランゴの攻撃を逃れて断崖まで全力疾走出来る体力が残っているかさえ怪しい。

絵にも描けない絶体絶命。

「ドーラさん」

「何」

「大剣振り回して走れる訳ないでしょう」

ドーラが何か言い返す前にレマーナンは剣を鞘から抜いた。

「二人は後に付いてきてください!」

しかし、竜人が歩を踏み出すよりも先に雪崩のような響きがエリアに満ちた

百の雄たけびと共にブランゴの群れがこちらに向かって一斉に駈け出したのだ。

「クソっ!」

思わずドーラは二人の盾になるよう大剣を掲げ、脚を構えてきつく目を閉じた。

 

 地響きは近づき、ついに三人の周りを雪を蹴って躍り上がる音、風圧が包んだ。

 

 が、

覚悟していた筈の衝撃はこない。

 

 恐る恐る目を開けると、回りを次々と奔流のように通り過ぎて行くブランゴの姿があった。

まるで人間など眼中にないとでも言うように白い牙獣はすぐ脇を、あるいは頭上を越えて行く。

 

 群れの先を追って振り向いた三人のが見たのは悲鳴を上げるラージャンの姿だった。

腕と言わず顔と言わず無数の雪の塊のようにブランゴ達が取り憑き、白い巨魁はしがみ付かれた全身の至る所から血を噴出している。

ラージャンの方も取り付いたブランゴを毟り捨てるのだが、幾ら傷ついてもブランゴは攻撃を止めず、屍を踏み台にするように群れのブランゴは次々と飛び掛かる。

「どうなってるんだよ」

事態に取り残された三人は訳もわからず棒立ちになってその光景を見ていた。

全身に取り付かれたラージャンは二回りも大きくなったように見え、下手な人形遣いに操られた傀儡のような動きで手足を振り回していた。

 「…ブランゴがラージャンに闘いを挑んでいる?」

 

いや、それは戦いというような物ではない。あまりにも一方的過ぎ、制裁と表現するには容赦がなさ過ぎた。

 遂に猴王は膝から崩れ、雪原に血の染みをまき散らしながら転げまわり、泣き声にも悲鳴を上げ始めた。

が、潰され、多くの屍を晒しながらもブランゴ達は攻撃を止めない。許しを乞うような裏返った叫び、引き攣り醜悪だった顔はブランゴの下で熟れ過ぎた果実を踏み潰したかのように真っ赤に裂け、肉塊の中で辛うじて判別出来る口から凄絶な声が発せられている。

 

 ドーラやチョコ、レマーナンは立ちすくんだまま言葉を失っていた。

どこかこの世界の根幹にある深い力がこの光景を成し上げている。

大自然の摂理、いつもは幾重にも秘匿されている筈の力が眼前で剥き出しになっている、気がした。

 

 ハンター達の前で大きな雪玉のようになった猴王は叫び声残して共に崖下へ、エリア2へと転落した。

残されたブランゴ達もレミングの群れのように後を追って崖を蹴る。

 

「行くぞ!」

突然、未だ動けないでいるドーラとレマーナンに言葉を残すと崖へ向かってチョコが駈けた。

「え?、あ、姐さん!」

その声が聞こえてるのか聞こえていないのか、振り向くこともなくチョコは崖に到達するとそのまま高く宙に身を踊らせる。

「くっそ」

慌ててドーラが後を追う。

「怪我しないんですか」

目を剥いた竜人が後に続く。

「言ったろう、ここの崖は吹き上げの風が吹く、そいつを全身で受ければ落ちても大した事にはなんねぇ!特に」

言葉半ばでドーラは地を蹴った。

吹き上げの風がうなりを上げて二人を包む。

(特に体重の軽い奴や手足の長い奴ならなぁ!)

 

 遠くの山に隠れる寸前の西日が投げかけた最後の残照が大女の引き攣った顔を照らした。

 

 

 崖途中の岩棚をいくつか中継し、最後は山肌を滑り下りる様にして、二人に遅れを取りながらも何とかドーラはエリア2の草原に降り立った。

既に辺りは宵闇が覆い、振り仰いだ雪山は鋭角な稜線の向こう側に深い蒼が夜の星々を湛え始めている。

 

 

「いってぇ」

 疲労の末の崖下りで、最後は転がり落ちるような着地に足腰がガタついている。

ドーラは膝の土を払い、何とか立ち上がった。

 直ぐ目についたのは真黒な草地に浮かぶ横たわった巨大な白いラージャンの姿、そして静寂。

近寄るまでもなく巨獣が既に息をしていないのは明らかだった。

その骸の周りを、まるで白い花弁を散らしたかのように幾つものブランゴの亡骸が取り囲んでいる。

見守るように佇む二人の姿はチョコとレマーナン。

 

 奇妙な事にあれだけ居た筈のブランゴの群れは既に形もなかった。

ラージャンに鉄槌を下ろした、普段ならただ煩わしいだけの牙獣達。

辺りを見回すドーラにチョコが答えた

「もういない、少し前に動けるものは全て引き上げて行った」

 

立ち尽くすドーラにチョコが静かな顔で近づいて来るとその肩を優しく叩いた。

「ご苦労様」

 

 狩りは終わった。

 

 実感と共に今の今まで強張っていた体から力が抜けた。勿論その場で倒れてしまわない程度に。 

ドーラは目を閉じて深く息を吸い、そして静かに吐きだした。

 

 

 風に草が靡く音、そこここに浮かぶ雪のように小さな白い花は雪山草か。

死者へ手向ける花は密かに風に揺れ、深まる闇に虫の声が微かに聞こえてくる。

 

 ああ、いつもの光景が返ってきた。いつもの雪山にドーラは立っている。 

 村は守られ。た

 

 麓、エリア1からは小さな光の列がこちらに向かってくるのが見えた。

クロドヤの言っていた、ギルドが編成した討伐隊が到着したのだろう。

 

 

ドーラは遠い南の地で神と呼称されていたラージャンへ近づき、冷たくなった躰に手を添えた。

血が滲んだ全身には至る所チョコの放った無数の矢柄が深くまで食い込んでいる。

身を覆う剛毛は椰子の繊維に似た手触り。皮膚の下、何度もドーラの渾身の打撃を跳ね返した巌のようだった筋肉は、今は弛緩している。

垂れた紫色の舌、両目を失い、肉ばかりとなって目鼻の判別すらつかなくなった顔が、ブランゴの群れが加えた猛攻の凄まじさを伝えていた。

 

ドーラは目を閉じ、いつものように目を閉じて瞑目する。

素材を剥ぎ取る為腰からナイフを抜こうとしてドーラは傍らのレマーナンがさっきから一歩も動いていない事に気付いた。

「どうした」

問いかけにも答えない。

穏やかなはずの竜人は今まで見せたことのない険しい表情でラージャンを見詰めている。

「 …がう、こんなものが…  」

レマーナンが口の中で何かつぶやいていた。

 

訝し気にレマーナンを見る大女にドーラ、とチョコが声をかけた。

「ほら、早く剥ぎ取らないとギルドやら何やらが全部持って行っちまうぞ」

見ると既に剥ぎ取りを終えたのか、チョコは柄頭にギルドの紋章が刻まれたナイフを鞘に納めている。

「 …姐さん」

レマーナン!とチョコが声をかけ、我に返った竜人に受け取れ、と何かを放った。

地面に落ちたそれを拾い上げたレマーナンの顔が見る見る強張り、凄まじい形相でチョコを睨む。

今まで決して見せたことのない顔。

「お前達、古龍研究所が喉から手が出るほど欲しがっていたもんだ」

皮肉な口調で話ながらも、さりげなくチョコの右手は再び腰、剥ぎ取りナイフに伸びている。

突然の緊張に訳の分からないドーラはチョコとレマーナンを何度も見くらべる。

 

「姐さん、一体」

「いつから気付いていました?」

初めて聴くレマーナンの冷えた声だ。

「憶測は初めから、確証したのは今が今さ、そいつを見つけてからだ」

「流石ですね、その憶測を誰かに話した事は」

「あたしが気軽におしゃべり出来る話題と思うか?」

「つまり」

「あんたら以外に知っているのはあたしだけだ」

微笑んだチョコの言葉に竜人の頬も緩んだ、が、二人とも目の奥はまるで笑っていない。

「どうなってんだよ二人とも!」

耐えられなくなったドーラは二人の間に割って入った。

「さっきまで一緒に狩りをしていた仲間だろう?何でこれから殺し合うみてえな顔してるんだよ!」

「だってさ、どうする?」

「 …貴方は強そうだ」

「そうでもない、こう言うのはあまり経験ないんでね」

二人は中腰に構えて睨みあい、辺りに狩りとは違った殺気が張り詰める。

ドーラは動くこともできない。

 

 暫くして

「よしましょう」

ふいにレマーナンから殺気が消えた。

「いいのか」

「全て終わりました。随分と時間が掛かりましたが」

呟いて竜人は星を仰ぐ。その体が随分と小さくなったように見える。

「五十九号はもういないのですから」

「59号って… 」

レマーナンはドーラにチョコから受け取った素材を渡した。

白く輝く希少素材、普通なら黄金の煌毛と呼ばれる束を皮ごと剥ぎ取った物だが、皮膚の部分を随分と厚く切っている。

見ると、毛の奥に見える皮膚には奇妙な形の染みが浮いていた。

「入れ墨です、私が所属する古龍研究所の印ですよ」

「 …どういう事だ」

「こっちの古龍研究所では密かにラージャンを飼っていたんだよ」

チョコの言葉にドーラは驚く、がレマーナンは苦笑して手を振った。

「そんな事が出来るわけがない、山奥の地形を利用して周りを撃竜槍などで幾重にも囲んで外に出られないようにしておいたんです。元々一帯は広く聖地として崇められ、人間は住んでいませんでしたから教団としてはさほど難しい話じゃあ有りませんでした」

レマーナンはラージャンに手を触れた。

「古龍研究所は私が所属する古龍信仰教会付属の研究所という側面もありました。そこでは私のような地味なフィールドワークを始め、大型モンスターの生態等様々な研究が行われてきましたが、極秘使命としてモンスターから古龍を創り上げる試みもあったのです」

「昨夜あんたが熱っぽく語っていたあれか」

ドーラの言葉に竜人は頷く。

「どれくらい昔からは解りません、ラージャンを掛け合わせて力や能力が秀でた物を選抜し、それを成長させて更に掛け合わせる、私の生まれる何世代も前からそれは行われていた様なのです。始めは宗教的な理由だったのかもしれませんが、やがて宗教的情熱に科学と言う車輪が加わった。小型モンスターと同じように選抜したラージャンの個体には番号が振られ、首の後ろ辺りに識別として番号の入れ墨が掘られるようになった」

「五十九番はそれらの末に産まれたと記録にあります。純白の体は正に穢れなき神の化身、古龍として申し分ない特徴を示している。教団は大喜びだったでしょう、この個体を掛け合わせれば更に古龍に近づく個体が産まれてくる、長年の苦心の成果が報われようとしていると。成長するにつれて五十九番は秀でた能力をも表した。バラバラだったラージャンを統率し、在ろうことか一帯の群れのボスにまでなったのですから」

「だが不測の事態が起こった、いや、十分予想できたことだが」

チョコが言葉を挟む。

「そう、郷の人々がネーヴェ・ヴァーリンの噂を口にし出した時、いやチョコさんが言う通りラージャンが密集し始めた時に気付くべきでした。尤も気付いたとしても手遅れだったのかもしれません。とにかく我々は危険に気づき、事態を制御しようとしましたが、群れは聖地を脱し、野生のラージャンも加えた大群は第三王都を襲いました」

「戦争の果てにほとんどのラージャンは狩られたが、何故か運よくあんたらの目論みは露見せずに済んだ」

「野生の個体を引き入れる中でラージャン同士の闘争でもあったのかもしれません、それで弱い物は死に、強い個体が残った。あるいはハンター側の素材の奪い合いで入れ墨にまで気づく者がいなかったか、本当の所は解らない。ただ白いラージャンは狩られることなく逃げおおせた」

「そしてあんたに指令が下ったってわけか」

「上層部にとって小型種とはいえフィールドワークで砂漠から凍土林まで駆け回っている私はラージャン追跡はうってつけだったのでしょう。しかし命令はされましたがそれがたとえ公募だったとしても私は志願したでしょうね。私も本来の研究主題、小型種からドス化する変化の原因を探る研究を通して、モンスターの古龍種への進化を可能性を探っていたのですから」

「その指令って何だよ」

ドーラの言葉にチョコが答えた。

「逃げた白いラージャンを出来る限りハンターから守る、という所だ」

「はぁ?」

チョコが言葉を続けた。

「浮世離れした博物学者の振りをして他のハンターの動きをけん制する、採取で時間を潰し、時にあからさまな撤退論や逆に正体を見極めるまで継続するという引き延ばしでパーティのメンバーを混乱させてこのクエストを失敗させようとしていた」

レマーナンが横目でチョコを見る

「確かにそうです、でもよく気付きましたね」

「最初のドドブランゴの時さ」

チョコは腕を組んだ。

「石や草なんて見慣れた物なら世界中巡ったってそう変わるものじゃないってのは野良であちこち渡り歩いてれば解る事だ。それを片端から採取していたお前が本当に初見であろうドドブランゴには驚くほど淡々としていた。おかしいだろ、鉱石に対する情熱を持っている学者さんなら初見のモンスターだったらあたしらが羽交い絞めにして引き離さない限り何時間でも調べていたい筈だ」

「そう、あの時ほど惜しいと思ったことはありません」

竜人は同意するようにため息を落としたが、ですが、と続けて顔を上げた。

「皆さんの会話を総合すると、その牙獣種はさほど希少でもない口ぶりでしたので後に幾らでも機会はあるかと判断しました」

「だ、だけどさ、だったらなんで討伐を手伝うような事したんだ。三乙失格が狩りの原則だがおれとクロドヤで二乙していたんだぞ。最後は体力だってギリギリだった。あんたがその気なら方法はあった筈だ」

 

 沈黙の後、息をついてレマーナンは再び微笑んで星を見た。

「クロドヤさんの言葉ですが結局、私もハンターだったって事ですかね」

 

「嘘だな」

チョコの低い言葉が即座に否定する。

「お前は教団からネーヴェ・ヴァーリンを救うよう指令は受け、探索を続けていたが、実際に遭遇した事はなかった。五十九番に関する経緯だって王都襲撃の件も含めて全て人に聞いただけで直接関わったわけじゃない。違うか?」

 レマーナンは動かない。

「お前の態度が目に見えて変わったように感じたのは実際にモンスターに遭遇してからだ。白いラージャンを目にしたお前は、それまでとは逆に討伐に積極的にかかわるようになった。教団の命令に反してまでな、何故だ」

 竜人は静かに笑った。

「脱帽しますよ、チョコさん。ただ私が受けた指令はネーヴェ・ヴァーリンをハンターから守る事じゃない。第一はそれが生きている限り存在を秘匿させる事、第二はそれが出来ないと判断した時はどんな手を使っても葬り去る事です」

「それは答えになっていない、今回のクエスト、ドーラの言う通り狩りを失敗させてラージャンを逃がす事は容易いことだった。だがお前は敢えてそれをしなかった。お前は教団の言う、古龍になるべき神の魁を討伐したんだ。何故だ」

言われて竜人の眉間に皺が寄った。

「これは… これは断じて神の魁などではない… !」

吐き捨てるように。

「ネーヴェ・ヴァーリン、白の猴王、人々に畏れられ、荒々しくも神々しく天の座に近づいた気高き王。記録を読み、話を聞き、世界中で目撃情報が上がる度に探し求めながらも私はいつか神にまみえる時を思い描いていた。その美しい姿を垣間見る機会をだ。だがこいつを見ろ。戦いで片方の角は折れ、人間につけられた傷跡で醜悪になり果てた顔、卑しい憎悪にまみれたその表情。こいつはただの醜い手負いのモンスターに過ぎない、私はこんなものを守る為に長い時間を費やして来たたわけじゃないんだ!!」

「てめえええ!」

ドーラが放った拳、渾身の一撃に竜人は宙に舞い、地面に叩きつけられた。

「話を聞いていれば、元はと言えばてめえらの都合で生まれた生き物じゃねえか! それを勝手にてめえらの都合で閉じ込めておいて、そりや人間に復讐したくもなるだろうよ。第三王都で人もモンスターにも大きな犠牲を払わせ、俺の住む村を危険な目に会わせて、事の挙句討伐したモンスターに向かってこんなの求めていた神じゃねえだと?命を何だと思ってるんだ。ふざけンのもいい加減にしろよ!」

「ドーラ」

チョコが近づいて来た。

「レマーナンは全部解っているんだ。討伐されたドドブランゴに捧げた祈りは本物だったろう、こいつは悲しいのさ。悲しくて哀しくて仕方ないのさ」

肩を叩く。

「長い祈りは性に合わないが、モンスターに感謝して素材を剥ぎ取る、それもあたしら流のモンスターに対する手向けだ」

そして未だ倒れたままの竜人に向かって声をかけた。

「今の会話はドーラもあたしも秘密にしておく、後はどうするかあんたが決めればいい」

竜人からの答えはなかった。

あーそうだ、とチョコは言葉を継いだ。

「思ったんだけどな、神様ってのは選り好み出来る物じゃないだろう、そんな事が出来る奴は神様より偉いって事になる」

剥ぎ取りが終わって二人が引き上げる時もそのままの姿勢で竜人は静かに泣いていた。

 

二人がエリア1へ入り込んだ時、ちょうど麓から昇って来た松明の列と出会った。

斥候なのか列の中から若者が二人に近づき、チョコに気付くと大慌てで仲間の元に戻った。

やがてその中から体を黒い防具に身を包んだ妙に四角い男が大股でやって来る。

「よう、大兄ィ」

「チョコ、お前まだここにいたのか」

チョコを呼び捨てにした男は防具の向こうから呆れたような困惑したような声を出す。

「帰るよ、用事は済んだからね」

尚も言葉を継ごうとする男を制してチョコは笑った。

「荷車とアプトノス借りてくから」

「用事は済んだって…お前はいつも」

男の小言をふさぐようにチョコが声を上げた

「ドーラァ、家に帰るまでが狩りだから、油断しないようになぁw」

 

 

 村の入り口で待っている人々の姿が篝火に揺れている。

二人を迎える皆の顔、見慣れた顔の中に馴染みのそれも混じる。雑貨屋のおばさん。武具屋、三人の受付嬢、教官、人垣の向こうに伸びる大きな包みはその下に行商婆さんと猫婆ぁがいるに違いない。トレジャー爺さん、前の方で小さな背を並べているのは村長とネコート。

荷車を下りた二人はゆっくりと村長の前へと歩を進めた。

「どうだったい、奇妙なモンスターの正体は解ったのかい?」

村長の問いかけにドーラは頷いた。

「ああ、噂は本当だった」

村人の輪の中でどよめきが波のように広がる。

ドーラは村長に剥ぎ取った素材を見せた。

「けど心配はいらない、そいつはもういない」

僅かな沈黙の後、歓声が輪となって二人を包む。

 

 

 3日後、

 朝日の中をいつものスチールUシリーズに身を包んだドーラは一束の雪山草を手に村の墓地へ向かっていた。

眠っているキリアへ狩りの報告に、そしてあの時の礼を言いに。

墓地の入り口にはチョコが立っていた。

「姐さん!」

「今日辺り来ると思ったよ」

余程気に入ったのか例によってマフモフ装備一式を纏っている。

「スチールUか、老ける歳でもないのに地味だねぇ」

ドーラが身につけた鋼色の防具を見てキリアは笑った。

「どこ行ってたのさ。姿が見えないからもう村を出てったかと思っていたんだ」

「まぁ色々、あれだけの騒ぎだったからね。旅団やらギルドにも説明しなきゃならない事が山ほどあった」

 

 二人はそろって墓へと向かう。

「キリン装備の頭はどうした?あんとき壊れただろう?」

「武具屋に見せたら難しい顔をしてたけれど何とかするっていってた。なけなしの金とキリンの希少素材をいくつかと、いやー今回は持ち出しが多くて正直赤字」

 

 後日談ではあるがクエストでダメージを受けた武具や防具は補修するのだが、ハンターの手に負えない物は武具屋に修理を依頼する事になる。

 それが素材的にも結構痛い時もあるのだ。

ハンターが必要以上に素材をため込むのはコレクションや数を誇っているのではなく、こう言うメンテナンスの為だ。

ラージャンの攻撃を直接受けたキリンの頭装備の修理は新調するのと同じくらいの費用が掛かっていた。

「そう言う時もあるさ」

「…レマーナンの奴、結局話したんだってな」

「まぁ隠し通せる事ではないからな、でもどうしてドーラがそれを」

「姐さんの兄さんがレマーナンに言付かったっておれの家に来たんだ」

 

 狩りの翌日、昼をやや過ぎた時間にドーラの家のドアを叩く者がいた。

ハンターにとっては垂涎の的であり、異装ともいえるミラシリーズを来た壮年の男は、目を丸くしているドーラにチョコの兄だと名乗った。

その声は確かに昨日すれ違いにチョコが大兄ィと呼んでいた男と同じだった。

「妹がここで世話になっていないかと思いまして」

「いや、狩りの後で村長に飯を奢ってもらってからおれも見てないんだ」

「これは失礼しました、ドーラさんは妹と一緒に白いラージャンを討伐したんでしたね。あいつがドーラさんに迷惑をかけた様なら私が謝ります」

とんでもない、とドーラは頭を下げようとした男に慌てて手を振った。

「迷惑かけたのはおれの方だ、あの人には何度も助けてもらったから」

 

どうぞ中へ、と誘ったドーラにチョコの兄はお気遣いは嬉しいのですが仲間を待たせてあるので、と笑った。

笑顔は確かに目元にチョコと同じ面影があった。が、額には歳には早いような深い皺が何本か走っていた。

見ると道の下では、色だけは黒で統一した様々な防具のハンター達が荷車を引いたアプトノスを従えて並んでいた。

遠目でも皆、武器も防具もG級でしか手に入らない素材で出来たものだと解る。

チョコの実家は西の砂漠では知らない者がない程の大きな猟団を率いている、竜人姉さんの言葉をドーラは思い出した。

「私等も今から引き上げるのですが、二人と狩りに加わっていた竜人の青年から言伝を頼まれまして」

「レマーナン?」

ドーラの問いに兄はうなずいた。

「彼らの教団がギルドの名前を利用して行っていた企てが知られた以上、南はしばらく混乱するでしょうね。とりあえずあの聖地の実態を調査しなければならない、ラージャンは残っていないか、ラージャンを閉じ込めて置く技術もね。まぁ猟団には新たなビジネスチャンスと言う訳です」

ドーラは博物学者であろう長髪の竜人ハンターを思った。

事情を知り、加担したとは言っても他の首謀者同様に咎を受けるのは酷な気がする。

「彼は大した罪になりませんよ」

表情を察したのかチョコの兄はドーラに明るい声で答えた。

「クロドヤと言ったかな、狩りに参加したギルドナイトの男と私の妹が、竜人はラージャン討伐に積極的に加わったと証言してますので、その功績で実際の刑はだいぶ差し引きされるようです、再編されるだろう古龍研究所にも在籍できるようですし」

良かった、ドーラは安堵する。

「妹へ彼が伝えてほしいという言葉は『学者である私に世界の深さを垣間見る機会を与えて下さった狩に感謝します』でした」

 

「世界の深さ…か 」

 

 伝言を聞いたチョコはそう呟いて空を見た。つられてドーラも天を仰ぐ。

二人とも思いは同じだった。狩りの最後。

 

 雪原で悲鳴を上げる猴王と、襲いかかるブランゴの群れ。

ギルドの記録では白いラージャンをハンターが討伐したことにはなっているが、正確にはハンターではない、モンスターを倒したのは

「あのブランゴ達、いつもと違ってた。まるで大きな力が憑き動かしているような」

「山を荒らしたモンスターに山々の全てが報復しているような、…いや、もっともっと巨大な何かが、人が歪めた力をブランゴの群れを使って修正していた、それは…」

神か、と続けてチョコが眩しそうに瞬きをした。

確かに、とドーラは思った。

 

 あの時大きな力が、世界を司る摂理そのものと言うべき存在がベールの向こうから一瞬その身を顕わにしたような感じがした。

「言ったって誰も信じちゃくれないさ」

光が眩しかったのか言葉の後でチョコは大きなくしゃみをした。

「そういや帰ってきてほしいって言ってたぞ、あんたの兄さん」

「冗談じゃない、ドーラも見たろ?あの暑っ苦しい集団」

チョコは鼻を鳴した。

「仕事抜きでだって、母親が会いたがってるってさぁ」

「駄目駄目、もう騙されるもんか」

返事はにべもない。

「昔、親父が危篤だってギルドから伝言受けてすっ飛んで帰ったら第三王都防衛に強制参加だよ。普通娘騙すのにギルドを使うかぁ?こっちはせめて死に目だけでもって駈けつけたら王都まで拉致されて、逆にこっちが死ぬところだったんだ」

「何だよ、じゃあ」

「そう、これは不幸な因縁なんだよ」

不満に唇を尖らせる三十路の女ハンターの横顔を見て、神様ってのは普段余程暇なんだろうな、とドーラは思った。

 

 

 

 二つの文様が掘られた白い墓石、キリアの墓の前に二人の女ハンターが立っていた。

ドーラは先に跪いて手にした雪山草の束を備える。

「どうだ、元先生と一緒の狩りは楽しかったか」

問いかけたドーラの横にチョコがしゃがんだ。

「いや、あいつが来るわけがない」

寂しそうに断言する。

「そりゃ生きてる訳じゃないから… 」「そうじゃなくてさ」

チョコは墓に向かい、片膝をついて両手を合わせた。

「知ってるだろう、キリアは遠距離武器がトラウマになってるんだ。誰と行くにしろ、弓やボウガン使いがメンバーにいるのをあいつは絶対に認めない。だから死んでもあたしとは狩りに行く事はないんだよ」

そう言って合わせた手を放す。

「キリアをそうさせたのはあたしだ」

 

 

 昔、あたしが王立養成所で教えていた時の事だ。ドーラも訓練所には通った口だろうが、基本を体得するとかで座学もほどほどに頼りない武具で闘技場に放りこまれるあそことはわけが違う。王立と銘打つだけに養成所でも実質はギルドの幹部候補生、生徒も貴族や名の知れた商人の子弟がほとんどだった。とにかく贅沢な学校でね、生徒4人に選任の教師が一人付く。あたしが受け持っていたのはキリアとクロドヤ、あとラオルというランス使いとネドシエマ、この娘はライトボウガン使いだった。

 まぁ幾ら将来はギルドの幹部といってもハンターの基本はフィールドで学ばなきゃならない。

その日、あたしは一般人として生徒4人を連れて森丘へ来ていた。

 

 採取に銘打ったブルファンゴ狩り、前日にあたしと同僚が危険そうなモンスターを全て討伐していたから一帯は安全だった。

あたしの受け持ちの生徒4人はそれぞれが初期の得物を手にして探索をしていて、あたしは安全に気を配りながら陰て4人を見守っていた。

 

 油断していたんだと思う、あたしの生徒は4人共腕は立つ方だったし、クロドヤ以外に問題行動を起こす奴はいなかった。

ブルファンゴ相手に小便漏らす奴もいない。だからラオルがクロドヤの姿がないと報告した時もあたしは三人にそのまま狩りを続けるよう指示した。

 生徒を見失ったのはあたしの失態だったが、ラオル、キリア、ネドシエマの三人は闘技場での実習でも周りの教官が羨むほどのコンビネーションを発揮していた。先方はキリア、陽動のラオル、遊撃とサポートのネドシエマ。それを崩すのはクロドヤ。奴がいない方がむしろ狩りが捗るかもしれない、心のどこかであたしの一人はほくそ笑んでいた。

 

 うっとおしい雑木と崖を越えた先の泉、エリア10で水辺の大木の根元にうづくまり、特産キノコを夢中で摘み取っているクロドヤの尻をあたしは思い切り蹴飛ばした。

「!」

「何してる」

「い、いやみんな一生懸命ブルファンゴ狩ってるから、そそそその間に俺は皆の分もキノコでも取っておこうと思って」

 

 あたしはああいう人間が理解できない、尻を抑えた奴は悪事が露見した時の顔をしているが、自分のした事の何が悪いのか解らないんだ。

「これってもともとは採取クエストですよね?ね?サペリア」

「 ク ロ ド ヤ 」

 奴の媚びるような顔を見て本気で足腰立たなくしてやろうと思った。

あたしの事を、ハンターに違いないが、結局は自分とたいして歳の変わらない娘だと思って舐めてる、と感じた。

クロドヤがこう言う事をするのは初めてじゃなかった、その所業で同級の仲間内からネズミと蔑まれているのもあたしは知ってた。

ハンター同士だったらただでは済まない、自信のエゴの為に仲間内を危険にさらすような行為だ。

同じことを猟団でやれば腕の一本も折ってガレオスがいる砂漠に放置するとか身を持って後悔させる所だが、良い所のお坊ちゃんお嬢ちゃんだからと気を使って優しくしてやった始末がこれか。

 なら教えてやろう。あたしがどんな環境の中で育ってきたか、ハンターにとって仲間の信頼を裏切る事がいかに高くつかをクロドヤの躰に。

その時だ、エリアの向こうからここでは聞くことがない筈のボウガンの射出音が響いた。

 

散弾、忌まわしい響きは無許可改造のボウガン。

「お前はここを動くな!」言い捨てるとあたしは奔った。

嫌な感覚が胸の奥から広がり、黒い寒気が足先から昇ってくるのが解った。

 覚えがある、小兄ちゃんが死んだ時と同じ粘つくような感覚が脚を伝い、腿から腹へ、胸の奥へと。

立ち塞ぐ枝を振り払い、傷だらけになりながらそれから逃げるようにあたしは奔った。

 

 エリアの外れ、雑木を抜けた時に草に足を取られてあたしは転んだ。

起き上がろうとした時、もう一度音が響き、今度ははっきりと人の声が聞こえたんだ。

ネドシエマの名を何度も呼ぶラオルの叫び声がさ。

 

 辿り着いた現場には草間に俯せになったままのキリア、ランスを放り出してネドシエマを抱えてしゃがみこんでるラオル。

ラオルの腕の中でネドシエマは目を閉じたままだった。

ネドシエマの人形みたいだった顔は本物の人形みたいに真っ白で、柔らかい栗色の髪はラオルの慟哭に合わせて揺れていたんだ。

そして彼女の首から下は地面まで血肉で真っ赤だった。

…あんな哀しそうな顔は見たことがなかった。

 

 そこでチョコは口をつぐんだ。

ドーラはキリアの躰に付いていた傷跡を思い出した。

冗談めかしてはいたが、まさか本当に撃たれていたとは。

 

「 …どうしてそんな事に」

「解ったのはネドシエマが所持していたのは違法改造したライトボウガンで、そいつで目の前にいるキリアを背中から撃ったって事。次に彼女は同じライトボウガンで自分の喉に向けた。ネドシエマは即死、キリアは瀕死の重傷を負ったが奇跡的に助かった。

 驚いた事に養成所内では密かに違法改造した武具が蔓延していた。馬鹿な親が子供にせがまれて実習試験の成績を上げる為に大金を出して買い与えていたんだとさ。所持していた生徒は当然退学になって二度とハンターにすらなれなくなった、学校側も組織の監督責任が問われて教師や偉いさんが何人も交替したり辞めたりした。事件の後、何年もしないうちに養成所が潰れたのはこれが原因だ」

 

 事件は実習中の事故として扱われ、あたしは養成所を去った。

キリアがハンターになったと聞いたのはあたしが養成所を止めてから3年後だ。

ひょんなことからあたしの元教え子だった男が親父の猟団に修行中らしいと聞いてあたしはラオルに会いに行った。

そこでラオルから色々聞いたよ。

退院したキリアがギルドナイトになる夢を捨てていなかった事。

滅多にパーティを組まず、特に遠距離武器のメンバーを忌み嫌っていた事。

無理もない、仲間に背中を撃ちぬかれる恐怖ってのは早々解消するわけがない。

 

 何故ネドシエマがキリアを撃ったかもラオルは話してくれた。

「馬鹿ですよねぇ」ラオルはそう言ってた。

「キリアは先鋒、俺は陽動、つまり狩りの度にネドシエマは俺達二人の背中を見ていた。サペリアは以前、俺達三人を良いトリオになるって言ってましたよね。あの娘は自分がその一人だなんて思っていなかったんです。あの子の前に見えていたのはいつも俺とキリア、…笑い、励まし、時には怒鳴り合っても固く信頼し合った男女二人の姿でした」

「実はあの頃ネドシエマは俺と付き合ってたんですよ。嫉妬してるなら、俺達の事を疑ってるならそう言えばよかったのに、怒ればよかったのに彼女はそうしなかった。俺とキリアに合わせて一緒に笑って、キリアが泣いている時は一緒に泣いて。そして長い間一人だけで思い詰めて、…馬鹿ですよねぇ」

「ラオル」

「俺が前じゃなくてもう少しあいつを見ていたら、あいつと笑っていたら喧嘩していたら。事件は起こらないで済んだんだ。馬鹿ですよねぇ」

だから今も一緒に狩りをしているんだ、そう言ってラオルはネドシエマの形見になったプレートを見せてくれた。

 

あたしがキリアに手紙を書いたのもその頃さ。

謝りたいって書いたら返事が来た。懐かしい、近くに来たときは立ち寄ってくれ、馬鹿でかい女ハンターがいるってさ。

「馬鹿は余計だ」

ドーラは墓石に向かって毒づいた。

「でも狩りをしたいなんて一言もなかった」

チョコは声を残して立ち上がり、首にかけた細い鎖を外して引き上げた。胸の間から温まった二枚のネームプレートが顔を出す。

ネドシエマとラウル。

「一緒に持っていてくれ、そいつの方がキリアも喜ぶ」

ドーラは受け取った鎖を見ていたが、顔を上げてチョコを見詰め、笑った。

 

「キリアは一緒にいたよ姐さん」

「だから言ったろ、キリアは」

ドーラも立ち上がる。

「おれはあいつと何度も狩りへ行った。おれの得物は大剣だけじゃねえ、ライトボウガンもさ」

「ライトボウガンで?」

らしくねえか?とドーラは言った。

「大剣に比べりゃ腕は落ちるが、一応使えるんだよ」

ドーラは腕組みをして思い出す。

「それこそ最初はひでぇものだった。滅多にパーティに行かねえって言うから知り合いのボウガン使いを紹介したらそれこそすげぇ剣幕で怒りだしてさ、何を言っても「私は行かない」の一点張りだ。だから言ったんだ。「おれならどうだ。キリアは俺も信用できねえか」って」

「それでもしぶしぶ付いてったドスファンゴ狩りだったが、キリアは俺の後ろにしかいねえんだ。聞いたことねえだろ?遠距離武器の後ろにいる太刀使いなんてw」

「それで?」

「仕方がないから殴った。キリアじゃなくでドスファンゴをさ、ボウガンの台尻で殴って殴って殴り続けた」

「はぁ?」

「だっておれが後ろに動くとこーんな情けない目をしてしょっちゅう見てくるんだよ」

再現なのかドーラは眉を中央に寄せてチョコに振り向いて見せる。

「こーんなんだぜ、こーんな顔してドーラァ、って。解った、絶対撃たないから前見て戦ってくれ、お願いだからって」

珍妙な狩りの様子をドーラは動作を交えて再現し、それを見たキリアはこらえきれずに墓石に寄りかかって笑った。

ひとしきり笑った後、そうやって少しづつ慣らしていったんだよ「それにさ」とドーラは言葉を続けた。

 

「今回の狩りにキリアがいたっていうのも本当だ」

ドーラは静かに首の鎖を外した、先のペンダントにはキリアのネームプレート。

「覚えてないか?あの戦いでラージャンが逃げ出す前だ。姐さんを助けようとしておれが走って行った時、二人の後ろから正面のラージャンに向かって吹いた氷交じりの突風をさ」

 

「あの風…」

「あれはキリアだ」

 

 断言したドーラは三つのネームプレートを重ねて墓石に掛けた。

「キリアの二つ名は斬風、風みたいに飛び込んではモンスターを切り刻む様子から斬風のキリアって呼ばれてた」

「ああ、それで…」

それであの時ドーラは笑っていたのか、とチョコは思い出した。

そうか、あの時キリアがいたのか、二人を叱咤し、先鋒となってラージャンへ向かって駈けて行ったのか。

生前、彼女がそうだったように。

 

 呟くとチョコは俯いて墓石に両手を掛けた。

そのまま何かに耐えているように背中を固くしていたが、やがて肩が小刻みに震えだす。

「なんだよ、これはギャグじゃねえんだから笑うなよ」

が、漏れて来たのが嗚咽と気付いてドーラは口を閉じた。

 

 そうか、お前か、…あれはお前だったのか。

キリアの墓石に手を掛けたまま、チョコは膝をつく

あたしと狩りに来てくれたのか、あたしを助けてくれたのか。

ごめんね、三人共、こんな情けない先生でごめんね…

嗚咽は次第に大きくなり、大粒の涙が両目から溢れて地面に滴っていた。

 

見守るドーラに昨日の別れ際、彼女の兄が言った言葉が蘇る。

ドーラがチョコの強さを話した時、兄は頭を掻いた。

あいつ、強いように見えてもホントは臆病で泣き虫なんですよ、ガキの頃は良く泣いてました。

狩りで皆を率いる立場になってからは泣くことが少なくなり、弟、あいつにとっての小兄ィが死んでからは本当に泣かなくなっちまった。

兄貴の俺にも泣き顔を見せないんです。

多分泣くのは弱みを見せる事だと思ってるんでしょう。

「だからあいつがもし泣いても決して笑ったりしないでやって下さい」

 

ドーラはふとキリアの気配を感じた。

彼女は多分苦笑しているだろう。

 

 

 

 

   最終章 『狩人の系譜』    

 

「いったあい」

「大丈夫かよ姐さん」

昼間から千鳥足でうろついてるのはハンターなら珍しくない。が、これが数日前に村の危機を救った二人かと思うと情けなくはある。

「いーの、荷車やとってるから歩かなくたってちゃーんと連れてってくれるから」

そう言って30過ぎの女ハンターは唸ってこめかみを抑えた。

「駄目だ、しゃべるとくる」

「本当に大丈夫かな」

チョコを支えながらドーラが漏らした声にチョコが目を輝かせた。

「じゃあついてくる?世界は広いわよぉ。まだ見た事のない自然、まだ出合った事のないモンスター」

「だーから昨夜から何回も言ってるだろう、行かねえって」

「ちぇーっケチぃ」

「ケチじゃない」

村の外れからドーラさーん、と少年が駈けて来た。

「師匠から聞いたっスよ、真っ白なラージャンを倒したそっすねー」

「あ、やっほー」

近づいてきたトレジャー爺さんの弟子はドーラの隣で手を振っているのがあのチョコだと気付くと来た道をそのままUターンして去っていった。

「ちょっとなにー、乙女に失礼でしょー」

でもそこが美味しそうなんだけどねぇ、と俯いたまま低い声で笑うチョコにドーラの肌が泡立つ。

 

 

「ねえ」

村の境目で待っていた荷車にいくつかの荷物と乗るとチョコは改めてドーラを見た。

「本当に行かない?」

チョコは両手を広げて見せた。

「この世界は本当に広い、新しい大陸、新しい海、新しいモンスター。そう言うのを感じて生きたいと思わない?」

「おれはここに骨を埋めるつもりだ」

ドーラは後ろを振り向いた。

「いつもの家、いつもの山、いつもの皆、おれはそれを守って生きてぇ」

どの世界でも物語は終わらない、例え物語を終えたとしても尚そこで人は営み、生は続いていく。

 

 

 時が来る、御者が声を上げると荷車に繋がれたポポが、鈴の音と共に脚を踏み出した。

「近くに来たら寄ってくれ、おれはこの村でキリアと待ってる」

遠ざかる荷車にドーラは手を振る

「又三人で狩りに行こうや!」

揺られながらチョコは手を振り返す。

 

 

荷車は山間に消え、ドーラは振っていた手を降す。

「愛らしい子だったねぇ」

いつの間にか村長が隣に立っていた。

愛らしい?「おばぁくらい長生きしてたら大抵は愛らしく見えるだろうけどさ」

「そう、皆いい子さ」

おばぁは笑った。

佇むドーラに村長は悪戯っぽい口調になった。

「本当はついて行きたかったんじゃないのかね」

「おれじゃなくても誰かが目指す、そうやって時間をかけて世界は広くなっていく、そう言う物だろうおばぁ」

呟いたドーラの横顔を満足そうに見ていた村長は何かを思い出したように手を叩いた。

「そうそうお前さんの家に居候していた弟子の」

「レア?、そろそろ実家から戻ってくる頃だけど」

「その子だけどね、ギルドから通達が来てさ、ユクモ村…だったかねぇ。そこに派遣して欲しいって事だった」

「へぇ」

「何でも温泉が名物らしいよ」うちの村だって温泉湧いてるんだけどねぇ、と村長は不満げだ。

宣伝が悪いのかねぇ、と不満げな声を漏らす。

「そりゃよかった。あいつは妙に美容に気を使うから温泉なら大喜びで行くだろうさ」

「うちだって立派な温泉あるのにねぇ」

 

 

 日が山の端に落ちて、辺りに積もった雪や空が深々と蒼を増す時分。

村の入り口にある大きな建物、通称「集会所」

扉を開けるとそこには別の世界が広がる。喧騒、奥まった壁にある大きな暖炉では薪がはぜ、篝火は笑うように揺れながら辺りを照らしている。

「なんだぁ、もう一辺言ってみろコラァ!」

室内にくすぶる紫煙、灯火に浮かぶ人々、焼いた肉や酒の匂い、野太い声に時折歌や嬌声が混じる。

「だからよ!ババコンガ見てえだって言ってるんだこのクソ女!」「あ”あああああ?」

…炎に照らされた顔顔、揺らぎに合わせて手足が舞い、影が踊る。誰かが歌えば足踏みの拍子。間を泳ぐように給仕の女が酒を「てめえそこで待ってろって言ってるだろうが!」

「ねぇ、誰かドーラを止めてぇ!」

ここはいつもそ「テーブルを非難させろ!」賑や「お願い!この前揃いで仕入れたばかりなのよその皿」「俺に死ねってかぁ?」「だってあれだけ皆がしがみついてんのに全然止まらないじゃない!」

「あの馬鹿黙らせろ」「馬鹿たぁ何だお前!」

「あーもう最悪っ!…」

 

 いや、本当はもう少し静かなんだけどな。

毎度繰り広げられる騒動にカウンターに並んだ三人の受付嬢は揃ってため息を漏らす。

「まーた殴り合いだわ」

奥の黄色い衣裳を身につけた受付嬢は頬杖をついたまま騒ぎを眺めている。

「止めるのももう疲れちゃった」

竜人姉さんが珍しく泣きごとを漏らす。

そうだ、貴方、あの子をお嫁さんにしたいって言ってたじゃない

酒の入った杯を庇うように両手で抱えて騒ぎを眺めていた教官は竜人姉さんから急に話を振られて慌てて首を振った。

「無茶いわんで下さい、あんなの止めに入ったらこっちの体がもたんでしょうが」

中央ではドーラが止めようと腕やら体にしがみついている数人のハンターを引き摺ったまま、鬼のような形相で男を追いかけまわしている。

悲鳴、怒号、笑い声。

 

「しかし、みなさん毎日よく飽きないですねぇ」

手前側、ピンクの衣裳の受付嬢が甘い声でつくづく感心したように言った。

「ていうか、ハンターの習性?」

 

中央の受付嬢の言葉に、カウンターに背を預けて騒動を見物していたトレジャー爺さんが高い笑い声を上げた。

「然りじゃ!」

 

 

 

白の猴王 終り

 

 

 

 そして…

 西の砂漠、きめの細かい砂が遥か地平線の向こうまでうねりながら続く世界。

吹きつける季節風に大きく帆を孕んだ1艘の砂行船が波のように颯爽と砂を蹴立てて進んでいる。

両脇に安定用の小舟、所謂アウトリガーを備え、舳には帆を張るバウスプリットの代わりに、機械仕掛けの巨大な鋼鉄の槍、撃竜槍が鋸のような刃先を鈍色に輝かせている。

 元はモンスター用の軍艦、と言っても木製の船体は所々から唸るように軋み音がして、ちょっとした衝撃でもあればバラバラになってしまいそうだ。

装甲を大分削ったからな、スピードは並みの撃龍船の倍は出る。と船長は自慢していたが、御蔭で船は骸骨みたいに隙間だらけだった。

「まぁ出番が来るまでゆっくりしてくれ」

背中をどやされるように送り込まれた船倉だったけどしかし”あれ”はなかった。

代わりに密輸か正規品かはわからないが、雑多な荷物がそれでも簡単に崩れたりしないようロープで船に括り付けられてる、に紛れて既に何人かのハンターの姿が見えた。

 僕は荷物と視線をすり抜ける様にして端へと歩く。

天井の梁にぶら下がった目の粗い籠に閉じ込められているのは砂鸚鵡。近づいた僕に長い首を伸ばしてけたたましい声を上げる。

と、

座ろうと目指していた場所に既に女ハンターの先客がいたの気付いた。

弓使いらしく傍らに弓と矢筒を立てかけ、自分は木箱に背を預けて船倉の隙間から外を眺めている。

歳はどうだろうか、勿論僕より上だけど娘と言うには貫禄があり、おばさんと言うには早すぎる。

身につけた防具で種類が解るのはナルガの胴体だけ、これを知らなきゃ男じゃない。

その人は近づいてくる僕に気付いたのか小さく眉を上げ、首を傾けて僕を見た。

「君は、…お客じゃなさそうね」

思ったより低い声だ。

「あ、ああ、はい」

「HR(ハンターランク)は?」

HRとはギルドから正式に与えられたハンターの能力等級の事だ。

数字が大きければランクが高くなり、受けられる狩りの難易度も報酬も高くなる。

「…2…です」

正確には昨日2に成り立てだったけど嘘はついていない。

僕のランクを聞いてその人ははちょっと眉をひそめた。

「どうしてこの船に乗ろうと思ったの」

「僕のランクで受けられる依頼の中じゃ一番報奨金も高かったし、ロックラックに一番早く着く船だってって聞いたものですから」

「で、3日だけだからと船の警護を受けた」

「はい、何も起きないだろうけど念の為にって」

女ハンターは船長も見境ねーな、とかつぶやいていたけど頷いて手を伸ばしてきた。

屈託がない笑顔。僕もつられて手を差し出す。

思ったより柔らかい掌が僕を包んだ。

 

 「ようこそ、モンスターハンターワールドへ」

説明
ラストまで走り切る(走る?、どう見ても途中で家に帰って寝てたような)事が出来ました

小説作法も文法もむちゃくちゃな、絵に例えるとラフ描きレベルなんですが、楽しかったのでモンハンやった方は読んでみて下さい^^) 終わらせて良かった。 ホンマ良かった
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