Nursery White 〜 天使に触れる方法 5章 3節
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 友情が育つと、愛情に変わるものなのでしょうか?

 私にはまだよくわかりません。ただ、私は初めから常葉さんを“狙って”いた訳ではありません。

 そもそも、です。私はストレートな人間だったはずです。ところが、女の子である常葉さんのことを本気で愛するようになっていきました。

 常葉さんにもさんざ言われているように、私はたぶん、他の同世代よりも大人びている……いえ、冷めています。

 お仕事をしているためでもあるでしょうし、初めから私は、どこか本気になりきれない性分だったのです。友情もそうだし、勉強もそうだったからこそ、平々凡々な成績に落ち着いてしまっているのでしょう。……恐ろしく気分屋なのでしょうね。

 ですが。いえ、むしろだからこそ、一度目覚めてしまった恋は、激しく燃え盛る一方で……もう、自分自身でも歯止めが利きません。愛おしすぎて、もう何がなんなのかわからなくなってしまっています。

 だからもう、考えるのはやめて、行くところまで行ってしまってもいいですよね?

「常葉さん。脚本をいただけましたよ。……一緒にこれを演じきりましょう」

 はい。恋も大事ですが、私たちが出会ったのは、お芝居があったからこそ。そちらにも本気である必要があります。

「ええ……これは、公開も考えているのよね」

「はい。そのつもりでいます。――女の子二人の、友情の物語をお願いしました。依頼した当初は、私たちがこうなるとは思っていませんでしたね……」

 ほんの少し前のことなのに、もう遥か遠い昔のことのように感じられます。それだけ私たちは“進展”しているのでした。

「ね、未来。すごく直接的な、遠慮のない質問をするようだけど……」

「はい?」

「当初はこうなると思ってなかったとしても、本当にいつまでも、前までのような関係のつもりだった?」

 そう聞く常葉さんは、なんだかすごく“大人”であるように感じました。

 そうですね……私は、どうなのでしょう。私は常葉さんのことを思って、想って……でもそれは、進展を望んでいたのでしょうか。

「わかりません。私、あんまりifの可能性というものを探るのに興味がなくって。それが望んでいたことでも、望んでいなかったことだとしても、結果は確かにここにあります。なので、今こうなったことへの感想は言えますよ。……すごく、嬉しいです」

「……それはもう、言われなくてもわかってるわ。なんだか変なことを聞いちゃったわね」

「いえ。――さて、常葉さん。早速ですが、読み合わせをしていきましょう。ここからは厳しく行きますよ」

「ええ、望むところよ――!」

 さて、内容についてですが、大部分をお任せしています。

 つまり、私にも全く未知数。もちろん、常葉さんのレッスンの一環だとは伝えていないので、かなり難度の高い演技を要求される可能性もあります。

 ――そして、正にそうでした。

 なんとなくのキャラクター付けに関しては、あらかじめ設定していました。気丈だけど、実は繊細な先輩と、気弱な後輩。当然、配役は前者が常葉さん、後者が私です。

 大体のあらすじはこうです。

 

 二人は歳の差こそあれど、とても仲のいい友人でした。

 ところが、二人は同時に同じ男の子を好きになってしまいます。なお、先輩は三年、後輩は一年、好きになった男子は二年生です。

 後輩は、先輩に譲ろうとしました。そもそも、二人は好きな男性を同時に言い合ったりした訳ではありません。後輩がなんとなく、先輩があの男子が好きなんだな、と気づいてしまっていたのです。だから、後輩が何も言わなければ、先輩は告白をし、二人はきっと結ばれることでしょう。

 そしてある日、先輩は後輩に、自分が恋に悩んでいることを打ち明けます。後輩は自分のことは一切話さず、その背中を押そうとします。

 しかし、気づかない内に後輩の目は涙に濡れていたのです。そこで、先輩も察します。

 とはいえ、ここで後輩の涙を見てしまったから、今度は自分が後輩に譲ろうとするのか?それが本当の友達というものなのか?

 先輩も苦悩し、同じように涙を流していました。それでも、先輩として自分から何か言わないといけない。

 意を決して先輩が口を開くと、それに被せるように後輩は言います。「私はきっとあの先輩より、ゆみ先輩のことが大好きです。なので、大好きなゆみ先輩と、好きな先輩が幸せになるのが、私にとっての一番の幸せだと思います」

 先輩は涙ながらに言います。「さやかのバカっ……!!あたしも、あんたのことが一番好きに決まってるでしょ!?後輩の幸せを願わない先輩がいる訳ないじゃない!!」

 そして、後輩。「……では、どうぞ。先輩が幸せになってください。それが私を幸せにしてくれることですよ」

 先輩。「バカ、ほんっとうにバカっ……!!」

 その後、後輩のモノローグで先輩の告白の結果、二人が付き合うようになったことが語られます。

 

 そう注文した訳ではなくても、私の方が演技の難度自体は高いと思います。

 ただ、常葉さんの役も決して楽なものではなく、むしろ「相手を想いながら大声を張り上げる」ということが常葉さんにできるのかが、それが少し心配です。

 声を張るだけなら、常葉さんは得意な方だと思います。役者経験が大いに活きます。――では、そこに優しさを含ませるのは?

 顔出しでする演技なら、身振り手振り、表情に目から流す涙……たくさん、その感情を表す道具はあります。ただ、私たちがするのは声だけの演技です。ボイスドラマにイラストを付ける場合もありますが、今回はそれをする予定はありません。音声だけで、どれだけ感情を表現することができるのか。

 ただ、がなるだけではない。優しさを含んだ声の演技。非常に難しいと思いますが、常葉さんにはぜひ、取り組んでもらいたいと思った課題でした。

「……めちゃくちゃ難しいわね、これ」

「いっそただの朗読ぐらいにした方がいいかな、なんて思いました?」

「それでも持て余すわよ。なら、下手でも下手なりにしっかりと演じ切りたい。あんたこれ、タダで書いてもらった訳じゃないんでしょ?」

「ええ、まあ。でも、お金じゃないですよ。常葉さんが演じたくないと言うようなら、普通に公開してもらって、他のもっと上手い人に演じてもらえるようにしましたから」

 はい、わかりやすく煽ってます。発破をかけております。

「あんたねぇ……!」

 そして、それで釣れるちょろさ。ああ、常葉さんは素晴らしく単純な人です。その単純さが可愛い。

「あたしより上手い人は、素人にもたくさんいるわ。でもね、だからあたしがやらなくていいって言ってたら、世の中にはベテラン声優だけでいいのよ」

「それ、前に私が言ったことですよね……でも、その精神です。初めから上手い人なんていません。何年経っても、大して変わらない人もいる。でも、変わろうとする努力をする限り、成長は続きます。たとえ目に見えて変化がわからないほどゆっくりでも、成長は成長です」

「……あたしも、初めから子役じゃなかったわ。それと同じ、今度は声優としての生き方を確立させてみせる。そのための挑戦ならなんだってするわ」

 常葉さんは、いつもそれがなんでもないことのように、こんなかっこいいことを言ってくれます。

 まあ、口で言うだけんら、めいっぱいの虚勢を張って私でも言うことはできますが。常葉さんはそこをがんばって有言実行できるのだから、それはこの人に初めから備わっている資質なのだと思います。かつての天才子役を人気たらしめたのは、容姿ではなく、この努力の才能なのではないでしょうか。

 だから私は、常葉さんのことを人として尊敬しています。だって私なら、演技を勉強中、それも初期の段階でこんな役、やりたくないと逃げていましたよ。だって、難しいことに挑戦しないで、自分の実力相応、あるいはそれより少し下の役ばっかりやっていれば、上辺だけは上手く見えるのですから。突き抜けたものはなくても、「なんとなく」でまとまることができるのです。

 でも、それは常葉さんではありませんし、常葉さんを指導している私のするべき選択でもありません。

「ふふっ、ごめんなさい。でも、常葉さんがやる気なら、私も全力です。――酷いことを言うかもしれませんが、私はお芝居がもっとよくなるためのことしか言わないつもりです。折れることなく、腐ることなく、がんばってくださいね」

「誰に言ってるのよ。あたしをただのお嬢様と思ってるんじゃないでしょうね」

「わかっていますよ。女王様」

 常葉さんは始め、ハリボテの女王でした。今もそこから大きく変わっていないのかもしれません。

 ですが、この人なら、もっと上へと行ける。そんな確信も私にはある訳で、その“教育係”は憎まれ役だって買って出ないといけない訳です。――もっとも、常葉さんは憎むなんて小さいことはしないようですけどね。

「……ねぇ」

「はい?」

「女王様はさすがにやめてくれない?……その、なんかこう、違うっていうか……」

「では、お姫様?」

「……普通でいいわよ」

「あははっ、そうですか?うん、やっぱり常葉さんは常葉さんですよね」

「そういうこと。時澤常葉はこういう人間。他の代名詞は必要ないわ」

 それから、演技に入っていきます。

 はっきり言って、私にも結構きついところがあります。割りとこの後輩(さやかという名前です)、私のキャラが近いようで、それゆえに難しく感じます。……前に、声質が近い人の物真似はむしろ難しいと言いましたよね。演技も同じです。よく、声優さんのインタビューとかコメンタリーで、悪役は演じるのが楽しい、なんて言いますよね。まあ、悪役にも色々と種類があるので、一概には言えませんが、基本的に悪役ってよくも悪くも突き詰めた存在じゃないですか。

 極悪人であったり、逆に人のことを想い過ぎるがゆえに、過激な思想を掲げたり……それって、なんとなく理解はできても、共感、同調はできない場合がほとんどです。でも、あえてそれを演じようとすると、色々と振り切れた上での演技になるので、楽しく、また、中々上手くいく場合が多いのだと思います。

 逆に等身大の高校生とかそういうのって、やりやすいものなのでしょうか、と私は疑問に思います。

 最近はあらゆる業界で低年齢化が進んでいて、高校生の役を高校生の声優さんが演じることも、そう珍しいケースではなくなってきています。ただ、人気声優とされる人は二十代から三十代の場合が多いですよね。なんなら、五十代の大ベテランが十代前半の少年役をやることもあります。そういう場合、自分とはあまりにも遠い、でも悪役とは違って際立ったものがない「ただの高校生」を演じるのって、かなり難しいのではないでしょうか。

 現役高校生の私が、高校生の役に手こずっているので、そう思うのですが……それともやっぱり、演技というものはどんな役でも難しいのかもしれませんね。でも、だからこそ楽しいとも思える訳で……。

「常葉さん、少し休憩入れましょう。なんなら、今日はここまでにしましょうか」

 心身ともに、レッドゲージに突入している自覚がありました。あまり声が枯れるということはないのですが、書道で言うなら「とめ」ができていない、間延びした演技になっているのがわかります。それは常葉さんも同じで、休憩を提案すると同時にがぶがぶお水を飲んでおられました。

「ぷっ、はぁっ…………」

 常葉さんの仕草というのは、基本的には洗練されたお嬢様のそれです。子役時代も、そんな優雅な演技が見られた記憶があります。

 ただ、今はものすっごく豪快に、男の子でもここまで豪快じゃないんじゃないか、そう思うほどワイルドな……口の端からお水を垂らし、それを拳で拭うという仕草を見せてくださりました。お嬢様らしい姿と、こういう姿。どちらもが常葉さんなのですよね。かつてのファンが見たら泣きそうですけど。

「ねぇ、未来。あんたから見て、どう?あんたの思う合格点に達すると思う?」

 常葉さん自身からは、今の飲みっぷりについて特にコメントすることなく、そんな質問をして来ました。

「そうですね……私はそもそも、合格点なるものがあるとは思いませんが、常葉さんのことを知らない、全くの他人が聴いて一定の反響があるレベルであるかと考えると、五分五分といったところかと思います。常葉さんの“味”や“色”を評価してくれる人は間違いなくいるでしょう。それだけの個性を持っています。しかし、技巧面はギリギリ作品になっているぐらい、というのが正直なところです。また、まだ山場のシーンをきちんとやった訳ではありませんが……ここがどう仕上がってくるかで、最終的な出来栄えも左右されるでしょうね。ここが上手くいかないと、平凡な、あるいはそれ以下のものだという烙印を押されざるを得ないでしょう」

 私はもう、常葉さんに遠慮するつもりはありません。どれだけ辛口でも、それが自分が思ったことならば口にします。それを常葉さんが乗り越えてくれると信じていますから。

「でも、同じことは私にも言えますね。この脚本は、多分に後輩役の演技がキモとなってきます。半端な演技では、常葉さんのよさもかき消してしまう――慎重に、かつ確実に。演技全体の見直しを含め、やっていく必要がありそうですね。いっそ、ほぼ素の私のままでやるのもありだとは思いますが……」

「やっぱり、あんたでも大変なのね。確かに、素の未来でやるのもよさそう。……って、そもそもあんたは、こういう声優的なことって専門外なのよね」

「まあ、ナレーションが本分ですからね。いわば声優が演技をしている物真似をしている、って感じですし。ただ、私を出すとなってくるとナレーション畑の人間は演技が難しい、っていうのはよく聞きますね……ともすれば、演技としては棒読みとされるそれになりかねません」

 読み聞かせと朗読劇は違います。読み聞かせとして聞きやすい読み方と、お芝居として心揺さぶられる演技は全くの別物な訳で、私自身の演技の調整が大事になりそうです。そして、当然ながら私は自分自身を演技指導するなんていう高等なこと、ちょっとできそうにありません。

 こうなってくると、頼れるのは――。

「常葉さん。常葉さんももっと、私の演技について意見を言ってくださいね。お互いが思ったことを言い合って、このドラマは作り上げていくべきだと思います」

「……そうね。実を言うとね、ずっとあたし、あんたの演技について色々言いたかったのよ。もちろん、ダメ出しじゃなくて、ここがよかったとか、そういうことなんだけど……なんだか今までは、あたしが教わる側なんだから、変に先生を褒めるのも違うかな、っていう遠慮があったのよ」

「そうだったのですか?まったく……常葉さんって、そういう変なところは気を遣うっていうか、空気を読むって言いますか……」

「い、いいでしょ!?あたしはあんたのファンガールになりたかったんじゃないんだもん。でも、すごく尊敬してるから、すごいなって思ってて……」

 ああもう、なんなのでしょう、この可愛い生き物は。

「ふふっ、まあそういう訳ですので、これからはいいことも悪いこともじゃんじゃん言い合っちゃいましょう。――ただ、やっぱり内部だけでやるのもアレですし、外部の意見も取り入れたいところではありますね」

「そ、それって、誰かに聞かせるってこと?」

「はい。きちんとボイスドラマの鑑賞ができる、理解のある人、あるいは耳がいい人ですね。細かな演技の違いも聞き分け、どういった演技を続ければいいかの指示ができるような人がいると、大きく出来栄えが違ってくると思います。声優の現場で言うなら、音響監督のような人ですね。……ただ、そんな都合のいい友達なんていませんよね。常葉さんのことに関しても、打ち明けないといけませんし。……月町先輩は、そういう分野ダメですよね」

「あの子はまあ、一言で言えば真面目人間、娯楽になんて一切触れてきてないから……。ねぇ、あたしの友達と言えるような相手じゃないわ。知り合い程度。でも、確実に審美眼。あっ、今は耳かしら。それを持っていそうな子がいるんだけど。ついでに、音に関してもきちんと聞き分けられそうな子もおまけで付いてきて」

「常葉さん。皆まで言わなくともわかります。その方って、“た”で始まって“か”で終わる名前じゃありません?」

「後、“し”で始まって“り”で終わる子ね」

 クロスオーバーものって楽しいですよね。でも、きちんとしたシナリオに仕上げるのは本当に難しいと思います。

 そもそも、作品の主人公なんて、強烈な個性を持っているか、あるいはその逆なのです。そんな主人公同士が邂逅し、入り交じると、キャラの食い合いや、個性の埋没といった色々な不都合が起きてきます。原作者以外の人がシナリオを書くことで、コレジャナイ感も生まれてきますよね。

 ええっと、その……そう遠くない内、立木先輩や白羽さんと会うことになるようです。

 少し前の私と常葉さんならともかく、今の私たちが二人と会った場合、どういう化学反応が起きると思います?

 十中八九、有毒ガスか爆発が発生するので、防毒マスクと耐熱服の準備は欠かせないでしょうね。

説明
たぶん脚本家はあぁ^〜言いながら書いてる

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