紫閃の軌跡 |
〜トールズ士官学院〜
深夜の旧校舎の一件はあったものの、迅速な解決によって被害を出すことはなかった。それとヴァンダイク学院長が気遣って学院祭続行のGOサインを出してくれたことが大きく、ほかの生徒やトリスタの住民に大きな混乱は見られなかった。
そうして二日目が始まった。本来なら生徒会のメンバーとしてアスベルも巡回に参加すべきなのだが、それに関してはトワから止められることとなった。調理部に関しては部長の権限で出入りを禁じられてしまった。彼曰く『アスベル君がいると文字通りの大惨事になる』とのことらしい。解せぬ。
そうなると、ステージ発表までZ組の教室にこもって惰眠でも貪ろうかと、いつものアスベルらしからぬ発想に行き着こうとしたところで、アスベルは背後からの気配に気づく。
「ん、シルフィにレイアじゃないか。久しぶりだな」
「むぅ、折角背後から抱き付いてお約束しようと思ったのに」
「人が多いところでやろうとするんじゃない。というか、よく来れたな」
「あー、あっちに関しては何とか都合をつけてきたよ」
クロスベルにいたレイアとシルフィアが来たことにアスベルは笑みをこぼした。この二人なら下手は打たないだろうが、それでもパートナーとして心配はしている。その気持ちを察したのか、二人もやんわりと笑みをこぼした。ともあれ、折角ということでアスベルの案内で各アトラクションを回ることとなった。なお、トワにはすでに連絡は行っていたようで、彼女の計らいで三人で回ることとなった。その後、ひとしきり回ったところで生徒会室に顔を出すこととなった。
「トワちゃん、ひさしぶり。相変わらず苦労を背追い込むねー」
「レイアちゃんにシルフィちゃん、久しぶり。出し物は楽しめた?」
「ええ。今日は後夜祭までいれるので、大丈夫だよ」
「さて、と……軽い挨拶はこれぐらいかな」
そう言ってアスベルは懐から星杯のメダルを取り出し、会話改竄および描写改変の結界を展開する。人の気配はある程度察せるので、外から誰が見てもいいように法力の改竄もしっかり行ったうえで。この一連の動作にシルフィアは苦笑を浮かべた。
「何というか、手慣れてきたよね」
「大体あのろくでなしな上司のせいだがな。さて、ディーター・クロイスの独立宣言は聞いたが、そのあたりの情報交換をしておきたい。第九位<蒼の聖典>もすでに動いているはずだろうし」
「了解したよ」
クロスベルは西ゼムリア通商会議の後、<赤い星座>の襲撃で一気に独立への機運が高まり、投票結果を受けてディーター・クロイス市長がIBC総裁兼クロスベル独立国初代大統領へ、国の守りを担う国防軍の長官に<風の剣聖>アリオス・マクレインが就任する運びとなった。シルフィアとレイアの二人がここにいるのは、独立国となれば指名手配の対象になりかねないと判断したためだろう。彼女らの実力はアリオスが最もよく知っているし、<赤い星座>ならレイアの危険性も把握している。そのあたりの件はクロスベル支部の受付であるミシェルも了承済みだ。
「アネラスとエオリアに関しては一緒に連れ出して今はケルディック支部にいるよ。偶然にもアガットがいたから、差配は任せてきたけど」
「よく連れ出せたよな。ただでさえアリオスが抜けて、レイアとアネラスまで国に戻るだけでも痛手なのに」
「ミシェルさんがシオンとエオリアのことを危惧してでしょうね。『アタシとしてはシオンの怒りを買ってアリオスが殺されないか心配なのよ』って言ってたぐらいだし」
実は彼女らが来る前にアスベル自身アガットから連絡をもらっていた。その一部始終はというと
「エオリアがケルディックに?」
『ああ。状況次第ではリベールに向かう。一番近くて強い奴と言ったらお前が該当していたから、一応連絡しておく』
「連絡に関しては感謝する。というか、単独行動が多い奴から連絡をもらうとは思ってもみなかったよ」
『回りまわってあのオッサン絡みになりかねないと判断したまでだ。お前も関係者である以上知っておくべきだろうと思ってな。あと、エステルのやつにも連絡はしておいた』
「あー、その懸念は正しいだろうな。そちらも気をつけてな」
『へっ、解ってるよ』
シオンもといシュトレオン王子とエオリアの一件はアガットも耳にしていた。ともなれば、シュトレオン王子がブチギレて直接乗り込んでアリオスやディーター大統領をフルボッコにしかねない危惧もある……味方の心配より敵側の心配をするのは、何だか不思議な感じなのだが。
それはともかく、クロスベルの唐突な国家独立宣言……いや、“転生者”からすればこれも予定通りの展開だろう。問題はここからの展開。断片的な情報しかないが、少なくともわかるのは今回の異変は少なくとも二ヶ月の大まかな流れ。クロスベル独立国の否定と崩壊、そしてかの人物の復活劇とエレボニア帝国の台頭、クロスベルの帝国占領。そして今までに水面下で得てきた情報の数々。それを踏まえて、アスベルは話し始める。
「まず、IBC資産凍結の件だがレミフェリアとリベールは即日その混乱を脱した。流石に十年の長い月をかけて拵えてきたんだ」
「なるほど、リベールとレミフェリアの経済協定だね」
「ただの経済・文化交流促進かと思えば、違ってたんだよね…その延長で<不戦条約>にも引き込めたわけだし」
文化・経済の交流と表向きにした上で水面下では資本提携・緊急時のミラスワッピングなどの金融部門の整備を行ってきた。元々両国ともにIBCへの依存度は限りなく低くしていたときの資産凍結宣言であったので、被害自体微々たるものであり万が一の場合はリベールに設立されたリベール王立銀行(The Royal Bank of Liberl、通称RBL)による無利子無制限の資本注入も視野に入れていた。
そのため、本国であるリベールは無論のこと、二国間経済協定によって金融保障を受けているレミフェリアも即刻その混乱は解消された。リベールの信託を受けている各自治州も金融保障するとアリシア女王が声明を出しているので、信託を外されたノーザンブリアの貧窮は待ったなしだ。逆恨みでリベールにやってきたら“外法”として狩る気満々だが。
一か所に頼り切ると、その場所が機能不全に陥ると混乱するのは過去の歴史が証明してしまっている。残念なことに、そのあたりをしっかり理解していない輩が多いのは事実なのだが。まぁ、それはこの際置いておくこととする。
「こちらのプランとしては、マリクさんとレヴァイスさんには先んじて動いてもらっている。目的は―――カルバード共和国から領土を奪うこと。理想としては、リベール・クロスベルとカルバードの間に完全な空白地域を作ること」
エレボニア帝国はいわずもがな、どのみち最低でも一か月はクロスベル周辺の動きが硬直する。こちらの予想では貴族連合と共和国が共謀して帝国・王国侵攻の予測を立てている。その事実を以て、エレボニアへの大規模な情報統制をしつつカルバードを追い込む。他国への武力進攻を是とはしていないので、武力的な面はクロスベル側に丸投げの格好となってしまうが。
奪うとは言っているが、そのための仕込みも既に完了している。発動しないことに越したことはないが、万が一発動した場合はカルバード共和国に対してかの国の経済混乱を取引のテーブルに上げさせるのが狙いだ。それに対して質問を投げたのはトワだった。
「え? この場合だとクロスベル独立国をどうにかするほうが先なんじゃないの?」
「あのな、いくらあいつらが規格外と言っても、居住域と戦場が近隣にあったんじゃ住民が不安に駆られるだろう? それに得られた情報から整理すると、カルバード共和国が混乱から立ち直るよりエレボニア帝国の混乱が解消されるほうが早いとみてるし、蛇の連中は少々面倒な奴らだ」
アスベル自身、エレボニア帝国は仮想敵国と見ている。親しい人物がこの国出身というのは承知しているが、一個人やその身内と懇意にしていても国家もとい帝国政府に対する感情と一線を引いている。『それはそれ、これはこれ』ということだ。それはともかくとして、クロスベル独立国から邪魔な連中を追い出すのではなく、空白地域を作るのは何もカルバード共和国対策というだけではない。
<身喰らう蛇>の連中のことだ。
兵を本格的に集めるなどの動きをとるのならば、絶対に妨害が入るだろう。なので、その対策と意趣返しも込めての策は既に講じている。一応第六位を派遣して彼らへの備えにするつもりだ。ちなみに、第六位付正騎士の青年は二年前と比べて遥かに強くなっているのだが、本人曰く『<劫炎>の奴と似たようなことをする羽目になるとは思わなかった』だそうだ。彼の現在の実力はルドガー曰く『本気を出した第七柱といい勝負できると思う』らしい。エステルやヨシュアもそうだが、お前は一体どこへ行こうとしているんだ、と言いたい。
クーデターでいきなり国を変えるよりもクロスベルを救った英雄が興した国によってクロスベルは支配される、ついでにエレボニア帝国の一部とカルバード共和国も取り込んで三大国の一角に成り代わってもらう。いっそのことオルキスタワーを爆破しようかと思ったが、市民への被害を考えて没になったのはこの際置いておく。
「実は、不可侵条約改定案の過程で共和国から領土譲与を受けたんだが、向こうからすればあまり必要のない土地を渡された。だが、こちらとしてはかえってありがたかった。わざわざ人払いをする手間が省けたからな」
「たしか、あのあたりって山岳地域だったよね…まさか、アスベル……」
「シルフィ、その懸念は正解。あそこに聖痕砲をベースに魔kゲフンゲフン開発した新兵器を置かせてもらった」
「はぁ……レイア、あなたのせいだからね」
「ワタシナニモシテナインデスガ?」
正規軍への命令権はないが、意見具申はできる。ついでに軍人である以上軍の兵器開発自体にも関われる。リベール王国への功績稼ぎの功名というべきだろう。実を言うと、その魔改造した聖痕砲はとある船に積んだ。一応その威力に関しては一度責任者立ち合いで出力の1割程度のものを見せたのだが、立ち会ったとある神父曰く
『1割であの時対峙した奴と同じぐらいの威力ってどうなっとるんや……』
まぁ、1割程度というのはその調整途中の話で、完成した代物だと5%程度であの出力を出せることは言っていない。仮に全開で撃っても船体に被害がないようそちらも徹底したので問題はない、はず。念のため保険として『最大80%程度で収めとくといいよ』とアドバイスだけはしておいた。そして、その新兵器というのは列車砲ですら時代遅れの代物へと変貌させる秘密兵器。その気になれば約一週間でエレボニア帝国の全正規軍を壊滅せしめるだけの力。無論、使わずに済めばそれでもよい代物だ。その上、発動条件が厳しいので使える人間はものすごく限定される。なお、その新兵器の射程距離はリベールにあるヴォルフ砦から共和国首都パルフィランスまで十二分に届く距離ということは伏せておくことにする。
「その守りというのもあるけれど、あんな手狭な領土を取り戻したところで屈強な軍隊を一気に編成するのは不可能だ。だったら、カルバードから領土を切り取って新生クロスベル陣営に提供する算段も立てている」
「経済混乱を利用するというわけね」
「ただで数兆ミラ規模の融資を受けられるだなんてムシのいい話はない、というだけだよ」
「それを平気で実行できて傾かないリベールのほうが異常だと思うな」
今のリベール王国にはアスベルやシルフィアが星杯騎士絡みで寄付して積みあがった貯蓄がある。その額なんと1200兆ミラで年間平均ベース2兆ミラずつ増えている。経済支援の際にはそこから一部切り崩すが、利子込みできっちり返済してもらう予定だ。想定だと返済総額が数十兆ミラに膨れ上がる可能性もあり、その返済減額プランとして領土割譲を提示してやるだけの話。手に入れた領土はそのまま新生クロスベル側に引き渡す約定も内密に取り付け済みだ。
というか、将来攻め込まれるのが分かっている国に経済支援など損ではないかという疑問もあるだろう。まず、元手自体リベールとしてはただ同然というか降って湧いたようなミラなので懐に大したダメージはない。
次にリベールとしては同じ大国として潰れてもらうのは困るため、手を差し伸べるという器の大きさを内外に見せつける狙い。攻め込むのは新生クロスベルであり、<不戦条約>未加盟なので止める手段などない。その頃のリベールは対エレボニアに追われることになるし、クロスベル独立国はその時点だとどうにもならない。
かといってエレボニアやカルバードがノルド・レミフェリア方面に行こうものなら、アイゼンガルド連峰に極秘裏に設置した兵器を用いて殲滅する腹積もりだ。一石二鳥という言葉があるが、これはもはや一石を投じて百羽撃ち落とすような行為に近い。それは小石じゃなくて隕石という呼び方になりそうだが。
仮にカルバードがなくなったら返済云々はどうするのかという話に戻るが、クロスベルにはIBCがある。そこから返してもらうだけで、足りなければ預金の担保権をリベール王立銀行が買い取ってもいい。最悪エレボニア側がIBCに預けている全資産の半分の担保権を王立銀行が握ることで経済的に強力なカードを得ることも想定済みだ。
そもそも、あんな悪魔を信仰するような連中の資金源で錬金術師の末裔ならば、国家資産クラスのミラぐらい持っているだろうとは思う。持ってないならないで死ぬまで社畜の運命をたどってもらうだけなのだが。
「それはいいんだけれど、聞いてる限りだとかなり大規模の軍を生み出すって無理じゃないの?」
トワの指摘も尤もだ。確かに軍備増強は一気にできない。軍隊をつくるというのには様々な要素が絡む以上、時間はかかる。特に人的要員というものは限りがある以上必ず壁にぶつかる。そのことはアスベルだけでなく、レイアやシルフィアも理解している。その時間をどういう風に解決するのか……その答えは<翡翠の刃>、自分たちの組織の本拠地と旧リベール情報部にあった。
「二人は気にならなかったか? 旧情報部の連中がほとんど国内にいなかったこと」
「あー、それは気になったけどアスベルが差配したものだと思って聞かなかったんだよね」
「まぁ、正解。正確に言っちゃえば<百日戦役>の後からだけれど」
軍人の育成に時間がかかるのなら、それを前倒しにしてしまえばいい―――その協力を<翡翠の刃>に頼んだのだ。彼らは元々浮浪児や戦災孤児を拾い上げて育てることに長けていた。マリク自身もクロスベルの野望を持っていたことから互いの利が一致して、水面下で協力体制を築いてきた。あの警備隊ですら短期間の訓練で正規軍を打ち負かした…その倍以上の訓練量を持つ兵士が戦陣に加わったら、その勝敗は自明の理だ。人員自体は東ゼムリアに加えて教団の後始末の関係であちこちから調達している。
旧情報局については、こちらは専ら情報網の強化。そのために<十三工房>の一つに侵入して、特殊周波数ととあるアーティファクトの完全複製品を用いて西ゼムリア全体に長距離かつリアルタイムでの通信網を整備済みだ。アスベルら一部の遊撃士が帝国での活動を抑えておきながらもある程度帝国に出入りしていたのはこのためでもある。情報局所属でも特殊部隊兵など一部の面子はエイフェリア島などで訓練の協力を請け負っている。
「ちなみに、国防軍を無視した上で新生クロスベル軍の数は?」
「最低でも15万は下らないかな。半数は訓練という形でアルテリアの守備兵や僧兵として潜り込ませまくったけど」
「途中からあのアホ上司絡みの伝達が早くなったのはそのせいだったわけね……いなくなったらなったであの姉は喜びそうだけれど」
兵士だけでも15万、戦車に関しては約3000台、飛行艇・巡洋艦は約500機、人型最新兵器が約400機にも上る。ちなみにこの数は現在のリベール王国軍全体の総数に匹敵する。これだけの規模を揃えるための資金源は東ゼムリアの裏組織を潰したときに発生した十数兆ミラの一部。一部の兵士は帝国軍・共和国軍などに紛れて戦闘訓練をしているという。わかりやすいようでばれにくいスパイらしい。正直その戦力でも共和国軍を簡単に捻ることは可能だが、それをしない理由をアスベルが述べた。
「ルヴィアがな、頼みごとをしたんだ。『身内のことだから、せめてけじめはつけさせて欲しい』って」
「あの子かぁ。飽きっぽい子なのに、ロイドにはゾッコンだものね」
「彼女にしてみれば命の恩人で、しかも天然の人たらしだもの」
「そこ必要かなぁ?」
既に迫りくる危機、それに対して慢心はしない。やるならば徹底的に。それがアスベルのポリシーである。
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第114話 学院祭でする話じゃないのはご愛嬌? | ||
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