Baskerville FAN-TAIL the 22nd. |
「ん?」
何となくテレビ画面を見ていたグライダ・バンビールは、聞こえてきた臨時ニュースの音を聞いて、画面のテロップに目をやった。
その顔は少々不機嫌だ。熱中して見ていた訳ではないが、やっぱり気分のいいものではない。
『メインナール王国国宝にして世界遺産登録の刀 盗難される』
グライダの目が点になった。メインナール王国とは多少縁もあるし、訳あって、国王一家とは顔見知りの仲でもある。
「どぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」
一瞬後、彼女の大声が家中に響き渡った。
世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。
ここにも、朝はきちんとやってくる。
同時に、面倒な騒動までやってくる。
平穏な日は、一日としてなかった。
この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。
だからこそ、ここへ来れば――どんな職種であれ――仕事にあぶれることはない、とまで云われている。
「ちょっとどうしたの、グライダ。いきなり大声出して?」
無遠慮に声をかけてきたのは、彼女の育ての親同然の魔族・コーラン。全身をすっぽりと包んだマントから右手だけを出して彼女の頭をこづく。
「セリファびっくりしたよぉ」
いきなりの大声に目を回しそうになっているのは、グライダの双子の妹セリファ・バンビール。心身ともに幼いがほぼ無尽蔵の魔力を持つ魔術師でもある。
「どーしたの、おねーサマ?」
セリファはグライダのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、首をかしげる。
グライダは「ごめんごめん」と謝りながら、
「今テレビの臨時ニュースで、メインナール王国の国宝が盗まれたって」
『ええ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!?』
セリファとコーランの驚いた声が綺麗に重なった。
「カヤちゃんだいじょーぶかなぁ?」
セリファは泣きそうな顔になっている。別にカヤ(無論王女のカヤ姫である)の身に何かあった訳ではなさそうだが、セリファはまるで彼女に何かあったかのようにがっくりとしている。
「……聞いてみる?」
コーランの意見に二人は即賛成した。
向こうは今ごたごたとして忙しいだろう。
だが、そうと分かっていてもコーランは電話をかけた。真実を知るために。
一方、神父オニックス・クーパーブラックも電気屋のテレビでその臨時ニュースを見た。
彼は神父だが、同時に一介の剣士でもある。刀を使う者として、刀の盗難事件は気になった。
しかし、その表情はそんな考え以上に曇っている。
「メインナール王国の国宝にして世界遺産の刀。確か其の名は『((梵天丸|ぼんてんまる))』と云ったか」
クーパーと並んで電気屋のテレビを見ているのは、戦闘用特殊工作兵のロボット・シャドウ。盗まれた物の割に淡々とした話し方である。
元々こういう喋り方ではあるが、その言い方にはどこか彼を思いやる雰囲気が不思議と感じられた。
「一応縁が有る様だからな。気にはなるか」
クーパーが使う剣術「((石井岩蔭|いしいいわかげ))流」。古代の神・岩蔭が開祖に伝授した剣技という伝説がある。
その岩蔭という神が持っていた小太刀が、その盗まれた「梵天丸」なのである。さすがにそれ以上の事はシャドウでも分からない。
「国宝にして世界遺産登録の品。其れを盗み出した連中の方が気になる所だが……」
「どう、気になります?」
クーパーの問いに、シャドウは相変わらずの調子で答えた。
「警備員は全員無傷。各種警報装置も破壊や故障の形跡は全く無い様だ。並の泥棒に可能な芸当では有り得ぬ」
インターネットニュースにアクセスしたのだろう。かなり詳細な情報を語るシャドウ。
国宝にして世界遺産級の品物である。それを守る警備の方は物理的・魔術的にも最高クラスだった筈だ。にもかかわらず盗み出されている。
確かにシャドウの言う通り、並の泥棒にできる仕業とはとうてい思えない。
「そうですよね」
クーパーは気落ちしたように力なくうなだれていた。
そのままシャドウと別れ、自分の教会に帰ってきたクーパー。ふと礼拝堂を見ると、閉めておいた筈の扉が開きっぱなしになっている事に気がついた。
礼拝堂は基本的に出入り自由。神に祈りたい人が入って祈りを捧げるものだ。
だが扉を開けっぱなしにされるのはあまりいい気分ではない。
クーパーがそこから礼拝堂の中に入る。いないとは思うが、万一泥棒が入っていないか用心しながら。
すると、礼拝堂の通路の奥の真ん中に人影があった。あまり明るいとは言えないので細かい所までは確認できない。
ずいぶん大きな人影である。おそらく身長二メートルは雄に越える巨体だ。
「鍛え上げられた」という形容がピッタリのがっしりした体型が、質素な服から浮き彫りになっている。
その人物が軽々と背負うのは棺桶のようなもの。だがよく見ると、それは弦楽器・コントラバスのケースである。
その人影は、入ってきたクーパーに気がつくと、
「帰ってきたのね」
場違いなくらい落ち着いた声を発した。驚いた事に、その声は低いが明らかに女性のものだ。
クーパーはその声で誰かを察した。
「……((宋朝|そうちょう))でしたか」
彼の声に警戒心はない。だがその表情はずっと険しいものだった。
「あなたがここに来るとは思いませんでしたよ」
険しい顔のままの呟くクーパー。その様子を見た宋朝は、
「『久しぶり』の挨拶もなし?」
どこか物悲しそうに溜め息をつくと、
「お前の力が必要なの。力を貸して」
声は穏やかではあるが、有無を言わせぬような強い言葉。そして、彼女がすっと差し出した右手には、一振りの刀が。
しかし、通常の刀にしては明らかに長さが短い物だった。
「……ボクには、使う資格はありません」
クーパーは刀もろくに見ずに、きっぱりとそう答えた。
宋朝と名乗る彼女の手に握られた刀。
それは、間違いなくメインナール王国から無くなった小太刀・梵天丸だった。
コーランは電話を切った。
メインナール王国に電話をして、事件の詳細を聞き出したのである。
無論個人的に親しいといっても、国外の部外者に王国の一大事を話せる訳もない。
応対した顔見知りの召使は、それでも「他言無用にお願いします」と言って教えてくれたものの、その内容は新聞記事に毛が生えた程度の情報である。
だが、詳細を聞いたところで他国の事件である。自分達に何ができるかというと、実は何もできない。
何とかしたい。何かできないかと考えるグライダとコーラン。一方のセリファは難しい話はイヤだとばかりに口を尖らせるばかりだったが。
そこにシャドウがやって来たのだ。それもDVDディスクを携えて。
どうやらバスカーヴィル・ファンテイルの仕事らしい。一同は覚悟を決めて、そのDVDを見る事にした。
機械に弱いグライダは、相変わらず慣れない手つきでDVDプレイヤーを起動させ、ディスクをセットする。そしてすぐさま再生させた。
画面はすぐにパッと明るくなった。
白い砂浜。透明で青い海。燦燦と照りつける太陽。典型的な「南国」風景である。
『やあ諸君、ひさしぶり』
電子的に加工された妙に棒読み口調な台詞を喋るのは、アロハシャツに麦わら帽子をかぶり、サングラスをかけた案山子であった。
その案山子は微妙に上下に動きながら、
『メインナール王国に伝わっている宝刀・梵天丸って知ってるかな?』
唐突に語り出したその言葉に一同が固唾を呑む。そんな様子が見えている訳でもないのに、案山子は間を置くと、
『その刀は遙か昔、岩蔭という古代の神が持っていた物なんだ。それを東方のミンという国に預け、どこかへ消えてしまったそうだ』
いきなり始まった話にグライダとセリファはきょとんとしていたが、コーランは気づいたらしく何やらうなづいている。
『ところがその後、その国は隣国に攻め滅ぼされてしまってね。たった一人生き残ったお姫様が、遠縁にあたるメインナール王国に逃れて来たんだ』
案山子のくせに、どことなく遠くを見るような、悲しい眼をしている。そんな雰囲気である。
『でもお姫様はお家再興がなる前に、流行り病でこの世を去ってしまった。それでメインナール王国ではその方を偲んで刀を国宝として代々菩提と共に祀る事にしたそうだ』
案山子は延々身振り手振りらしき上下運動をしつつ話を続ける。
『その梵天丸なんだけど、盗まれてる事は、君達もニュースなんかで知ってると思う。でも今回の仕事は刀を取り返す事や犯人を捕まえる事じゃないんだ』
その言葉に一同驚きを隠せなかった。この流れならそういう仕事だろうと皆が思っていたからだ。
『その盗まれた梵天丸を狙ってる者達がいる。彼らを一刻も早く((止|・))((め|・))((て|・))((ほ|・))((し|・))((い|・))』
「はぁ?」
奇妙すぎる依頼に一同が呆れ声が漏れる。
国宝ともいえる宝を取り返すのでもなく犯人を捕える事でもなく、それを狙う者を止める。奇妙以外の何物でもない。
それはむしろ自分達ではなく、警察の仕事だろう。三人は無言で画面の向こうの案山子に訴えていた。
『その集団は「((茅行僧|ぼうぎょうそう))」と名乗ってる事は分かっている。もうこの町に潜入している事も見当がついている。それじゃ、幸運を祈る』
案山子はくるりと後ろを向くと、そこで映像が切れた。後に残るは黒一色の画面のみ。
「幸運を祈るったって……。名前しか知らない集団を、この町の中から探せっての!?」
グライダが画面に向かってツッコミを入れる。無理もない。
「大丈夫よ。無駄足にならない行き先なら分かるから」
コーランはすっと立ち上がった。
「梵天丸って岩蔭って神の持ち物だったんでしょ。その岩蔭は、オニックスが使う剣の開祖に技を授けた神。彼なら私達よりは詳しい筈だわ。彼に尋ねれば何とかなるんじゃない?」
確かにその通りである。名前以外の情報があった方がいいに決まっている。
コーランはグライダの頭をポンと叩くと、
「その茅行僧って連中がこの町にいるって事は、たぶん刀がこの町にあると睨んでるんでしょうね」
「其の茅行僧だが。どうやら古代の神の一柱らしいな」
今まで黙り込んでいたシャドウが、唐突に話し出した。
「僅かだが電子化されている文献が有った。其れに因れば刃物を持った破戒僧らしい。尤も、その刀を振るったと云う記録は無いのだが、文献の少なさから考えると正確とは言い切れんな」
皆が映像を見ている間に調べたらしいシャドウの淡々とした解説は唐突に終わる。
「結局、クーパーの所に行かないとならないんじゃない」
説明はいいから早く行こうと言いたそうにグライダが呟いた。
梵天丸を手にクーパーを見つめる宋朝。
宋朝を淡々と見返すクーパー。
無言の時が教会の中に静かに流れていた。
その静寂を破ったのは、教会の扉を荒々しく開けた音だった。
「見つけたぞ、梵天丸を返してもらおうっ!!」
突然女の声が響き渡った。
同時にぞろぞろと入ってきたのは五人の人間だった。体格や体型から考えて、四人が男で一人が女だ。
全員揃いの黒い着物に袴。頭にはこれまた揃いの編笠。手には白木の杖をそれぞれ携えている。だがその長さから察すると普通の杖ではなく仕込杖の可能性が大きい。
紅一点の女だけが編笠を取る。鋭い眼光以外の表情がない、しかし透明な美しさを持つ二十代くらいの女性だ。
「貴様が梵天丸を盗み出した輩か。おとなしく返せばよし。さもなくば斬って捨てる!」
彼女の言葉が号令になったのか、四人の男達が一斉に杖――やはり仕込刀をすらりと抜いた。
「待ちなさい。いかなる事情があろうとも、礼拝堂の中での抜刀は礼がないでしょう」
彼女達に向き直ったクーパーが静かに、そして威圧的に答える。
「貴様。神に仕える身にありながら、盗人をかばうつもりか!」
彼女が声を荒げる。しかしクーパーも梵天丸を持つ宋朝も微動だにしない。
「返せと言われても、お前達はメインナール王国の人間ではないでしょう」
どこか冷めた態度で宋朝が言う。
確かに彼女達の格好はメインナール王国の物ではない。明らかに東方の国の格好である。
「我々は、今は亡き((明|ミン))王朝の生き残りにして、梵天丸の本来の持ち主である神・茅行僧の末裔である」
前に出て来た女が、堂々と胸を張ってそう告げた。
「古代の神・岩蔭によって奪われた梵天丸を故郷に返し、祖先の神である茅行僧と共に祀るものとしたい。大義名分は明らかにこちらにある!」
女は朗々と。しかしどこかぎこちない雰囲気の声でクーパーと宋朝に語った。
「そのまま黙って渡すのであれば、こちらも事を荒立てるつもりはない。礼拝堂を騒がせた事を謝罪もしよう。しかし、そうでないのであれば容赦はしない。即刻斬り捨てさせてもらう」
まるで猛犬のたずなを引き締めるように強い口調で言い放った。ぎこちなさは相変わらずだったが。
梵天丸は、古代の神・岩蔭が明王朝に託し、後にその刀がメインナール王国へ行ったという話はクーパーも知っている。
という事は、彼女達の話を信じるならば、岩蔭がその刀を奪い取った後、明王朝に託した事になる。
「……解せん」
宋朝がぶっきらぼうに呟いた。
「お前達が茅行僧の末裔であるという証拠がない。どこかの王朝の生き残りであるという証拠もない。それゆえ、お前達がそこまで梵天丸に執着する理由が全く分からない」
推理を披露する名探偵のようだが、それにしては余りに覇気のない宋朝の物言い。
「……確かに不自然さがありますね」
こちらは事件を分析中の探偵を思わせるクーパーだが、宋朝に同意する。
「梵天丸がメインナール王国にある事は昔から知られていますし、王国もそれを隠していません。あなた方の話が真実であるならば、遙か昔から訴えている方が自然でしょう。ですが、そんな活動は一度だって見た事も聞いた事もありませんよ」
クーパーの方も話の中にあった不自然な点を的確に指摘する。
亡国から失われた宝を求める者達。これはこれでドキュメント番組の一つも作れそうなネタではある。そこまで真剣に求めている割に、これまで全く活動がないというのは確かに不自然である。
「ボクも伊達に神父という職に就いている訳ではありません。古代の神についての文献もいくつか読んだ事があります。それによれば茅行僧という神は……」
そんなクーパーの発言を遮るかのように、
「御託を並べるな、神父よ。返さぬのなら、ここが血に染まる事になるぞ」
女はそう言うとすっと右手を上げた。それが振り下ろされれば「攻撃しろ」という合図になるのだろう。
緊迫してきた雰囲気に動じた様子もなく、宋朝がぬっとクーパーの前に出た。
「やっぱり話し合いは無駄に終わるのね。最初から我々を殺すつもりのようだったから。殺気の漂い方ですぐ分かるわ」
宋朝は女の後ろで斬りかかろうとしている男達を睨みつけると、
「こんな狭い場所では、集団戦法の道理が生かせないでしょ。外に出る?」
「待ちなさい、宋朝。彼女達と戦うつもりですか!?」
クーパーにしては珍しく、ずいぶん泡食った調子で止めに入る。その言葉はどう解釈しても挑発しているとしか聞こえないのだ。無理もない。
「礼拝堂の外ならば、神父殿も文句はないだろう。それに、死者が出てもすぐ弔える」
そう言い切った東方服の女の表情が大きく変わった。
明らかにこちらを下に見ている目。自分を優越者と固く信じる独裁者にありがちな目だ。
男達が一斉に礼拝堂の外に飛び出した。女も後ろを警戒しつつ、悠然と歩いて外に出る。
宋朝はコントラバスのケースを片手で軽々と持ち上げて背負うと、こちらも悠然と歩いて外に出る。仕方なくクーパーも皆に続いて外に出た。
見ると彼女達は、女を中心に横一列に並んで立って待っていた。女がやや後ろに下がっている。
何か言おうとするクーパーに、目線で「お前は来るな」と告げた宋朝は、
「さてどうする? 一対一を五回? 別に一対五でも構わないけど」
自信満々の笑みを浮かべ、胸を張って堂々とそう宣言した。
「だが、戦う以上は生か死か。手加減して戦えるほど器用じゃないからね」
宋朝の言葉に、女はずかずかと前に出ると、
「そこまであからさまに挑発されて受けないのでは、茅行僧末代までの恥。お前達、手出しは無用です」
女はゆっくりとした動作で仕込刀を引き抜いた。その動きは明らかに素人のものではない。正規の訓練を積んだ者だけができる動きだった。
「我が名は一〇二代目茅行僧・((科|か))((孝攵|こうほく))。貴様の名は?」
胸を張ってそう名乗る姿は、まさに堂々たるもの。神の名を継いでいるところから見ると、彼女は四人の男達のリーダーというよりも彼らを束ねる一族の長と判断するべきだろう。
「我が名は宋朝。今は一介の戦士」
そういうと彼女はコントラバスのケースの止め金を外そうとした。その時、
「やめて下さい宋朝。あなたが戦ってはいけません」
困った顔でクーパーが彼女を止めに入る。だがその目は真剣だ。気迫すら感じられる。
「ここはボクが戦います。それが一番いい筈です」
クーパーは彼女を押し止めた上、やや躊躇したあとに梵天丸をつかむと、科孝攵と向かい合った。
「ボクの名はオニックス・クーパーブラック。石井岩蔭流剣術でお相手致します」
左手で鞘のままの梵天丸を持つ。クーパー得意の抜刀術の構えで、科孝攵と同じくらい堂々と言い放った。
さすがに剣を持ち去ったとする岩蔭の名が出て、科孝攵の目の色が変わった。
「なるほど。岩蔭の剣の使い手が相手か。確かにそれが一番いいな」
形は違うが先祖の無念を少しでも晴らせれば、それに越した事はない。
「使う資格はないんじゃなかったの?」
「からかわないで下さい、宋朝。刀を取りに行く時間がないだけですよ」
宋朝とクーパーが小声で言い合っている。
「では参るっ!」
科孝攵は声と同時に体を横にして刀を前方に大きく突き出した。その体勢のまま地面を滑るように間合いを詰める。
キレには欠けるが、十分実戦で通用するスピードだ。クーパーとて油断は一切できない。
彼女はその体勢から突きを繰り出してきた。それも二つ三つではない。刀の先端が見えなくなる程のスピードが何度も何度もクーパーに襲いかかる。
そのどれも彼を傷つける事はなかったが、クーパーは一切手出しをしていない。刀を持っているにも関わらず。
だが科孝攵は無言で刀を突き続けた。微妙に場所を変え、同じところを連続で突き、はたまた切先だけで連続で斬りつける。
(なぜ反撃してこない……?)
攻撃のいくつかがクーパーの神父の礼服をわずかに斬り裂いている。だが、彼はそれでも反撃しようとしない。
科孝攵は刀を引く勢いに乗せ、数歩後方へ飛んで間合いから出た。
「……なぜ、反撃してこない」
そう彼に問う声は、さすがに少し息が切れていた。だがそれでも構えは全く解かない。
「科孝攵さん。あなたは自分の祖先の神・茅行僧の事をどのくらいご存じなんですか?」
自然体で真っ直ぐ立ったまま、クーパーは静かにそう問いかけ、鞘に入ったままの刀を突き出した。
「茅行僧という古代の神は確かに刀を帯びていました。この梵天丸を、です。ですが、この刀をよく見て下さい」
見ると鞘と鍔を固定するように白い紐が巻かれていた。これは作られてから一度も鞘から抜かれていない事を表わしている。
「茅行僧は岩蔭に仕える従属神。人間で言うなら僧侶である茅行僧は、原則として刃物を持たないものです。にもかかわらず刀を持っていました。しかし一度も使っていません。なぜだと思いますか?」
「グダグダんな事言ったって無駄だぜ、クーパー」
突然頭上から降ってきた声に一同が驚く。
声がした方向は礼拝堂の屋根の方。そこにはボロボロの黒マントを羽織った小柄な男が腰かけていた。
クーパーもよく知る武闘家のバーナム・ガラモンドである。
「そっちにいるのは茅行僧達か。わざわざご苦労なこったな」
バーナムも生まれ育ったのは東方の国。同郷ではないにせよ、東方の事はそれなりに知っている。
「茅行僧ってのは女の神だからな。代々部族の中で優れた女が長になるらしいじゃねぇか。長自ら来たって事は、よっぽどの事があるみてぇだな」
バーナムは苦もなく屋根の上から飛び降りると、クーパーの方へ歩み寄る。クーパーは彼に、
「バーナム。彼女達を知っているんですか?」
「ああ、話((だ|・))((け|・))はな。長が代替わりした数ヶ月くらいしか村の外に出られねぇ結界が張られた村に住んでるらしい。ウチの村以上に他との交流がねぇ」
という事は、科孝攵は長になったばかりなのであろう。どうりで微妙にぎこちない訳だ。
「よくそんな村を知っていましたね?」
「話だけなら東方じゃ有名だったからな。俺も実際にこいつらを見るのは初めてだ」
科孝攵を無視した形で二人の会話が続く。
「お前らがうるせぇから寝られやしねぇ。その刀渡して帰ってもらうか、全員叩きのめしちまえよ」
バーナムはそう言うと科孝攵達に向き直り、
「それとも、俺がブチのめす方が早いか?」
わざとらしく指をコキコキと鳴らして挑発めいたポーズを取る。
「貴様! 決闘に割って入るとは、礼儀の何たるかも知らぬのか!」
後ろで控えていた男の一人がバーナムに向かって怒鳴る。バーナムはその男を一瞥すると、
「あれが決闘なもんかよ、ただのケンカにもなってねぇぜ。そっちの女なら充分分かった筈だぜ。こいつが死ぬほど手加減しまくってる事がな」
その言葉に科孝攵の表情が一瞬しかめたものになる。だが部下達の手前すぐに強気の顔に戻ると、
「こちらが挑んでいるのに無抵抗とは、勝負をする気がないとでも言う気か!?」
怒りを露にした科孝攵の声に、クーパーは涼しい顔のまま、
「はい、そうですよ」
さらりと、かつキッパリと言ってのけた。
「あなた方が本当に茅行僧の末裔かどうかを問い質すつもりはありません。ですが、あなた方は茅行僧の事をあまりにも知らなさ過ぎる」
「全くもってその通り。ふざけるのも大概にしてほしいわね」
今まで黙って成り行きを見ていた宋朝がいきなり話に加わってきた。
「茅行僧は優しすぎる上に無器用すぎた。誰よりも他人を愛した。それゆえに他人を傷つけたくないと考えた。危険に巻き込みたくないと考えた。だから他人と距離を置いた。他人を寄せつけまいとした。それはそのための刀」
道を外れた破戒僧だと自ら示す事で、自分に関わるな、近づくなと無言の警告を発する。
自分が一人でいれば、何かに巻き込む事もない、愛する他人を傷つけずに済む。
宋朝の言う通り、自分の優しさを素直に表現できなかった神なのである。
「そんな神を知っている筈の末裔が『斬り捨てる』だのと簡単に吐き捨てる?」
「そうです。梵天丸も岩蔭の従属神となった時、忠誠の証として岩蔭に差し出したそうです。岩蔭もその志を理解し、一度として鞘から抜かなかったと云います」
淡々と、しかし諭すようなクーパーの言葉。科孝攵は無表情を作っていたが、
「だ、黙れ! そのような根も葉もない戯言を、誰が信じるか! それこそそんな証拠がないではないか!」
言い返すその声は、明らかに迫力が削げ落ちたものだった。
その時である。後ろに控えていた男達が一塊になり、一斉に何か呪文を唱え出した。
「お、お前達、何を!?」
驚く科孝攵を後目に、その呪文は完成した。
彼らの頭上の空間にノイズが走る。そのノイズは次第に何かの形を作っていく。
「……ゴーレムだな、あれは」
鋭い目で宋朝が睨みつける。そうしている間にも土のような塊でできた不恰好な巨人が現れる。
その巨人は拳を振り上げると、勢いよく振り下ろした。その目標は……なんと科孝攵である!
ドガアンッ!!
恐怖のあまり動けなくなった科孝攵を救ったのは、なんと宋朝であった。自分が背負ったコントラバスのケースを盾に、ゴーレムの拳を平然と受け止めている!
「形勢が不利になったから始末するってところかな。自分達が持ち上げて祭り上げた形だけの『長』など、開放派のお前達には不要という訳ね」
宋朝の言葉に食ってかかろうとする科孝攵だが、男達はその言葉に無言を貫いている。
それどころか、宋朝ごと叩き潰そうとゴーレムは拳を繰り出し続ける。それは、宋朝の言葉を否定はしていない証であった。
一方バーナムはゴーレムではなく呼び出した男達に飛びかかろうとしたが、
「バーナム。あなたはまだ力が癒え切ってない筈です。無理はしない方がいい」
クーパーは肩を掴んで彼を止める。いつもならその制止を振り切って戦いを挑むバーナムも、言われている事が事実なだけに仕方なく押し黙る。
まだ本調子の六割程度しか回復していないし、特に握力は相当衰えている。一対一ならともかく、大人数が相手では人間相手でも戦いにならない。
「やむを得ません。宋朝!」
「心得た!」
クーパーが自分の部屋へ向かって走り出す。
宋朝は振り下ろされるゴーレムの拳から科孝攵を逃がすため襟首を掴んで後方に飛ぶ。
うまく着地を決めると科孝攵を軽く突き飛ばし、コントラバスのケースを素早く開けた。中には子供でも持てそうな小さな草刈り鎌が一つだけ。それが中で動かぬように埋め込まれている。
だが、その鎌がただの鎌でない事が素人にも分かるほど、不可思議な魔力が放出されていた。
「草刈り鎌一つ入れておくのに、ずいぶん仰々しいのだな」
訳が分からなくなった科孝攵は、そう強がるのがやっとだった。
「このくらいごつくないと、抑えられない威力なの」
宋朝が鎌を取り出した頃には、クーパーは愛用の刀・((彌天太刀|びてんのたち))を持って戻ってきた。おまけに腰のベルトに梵天丸を挟んでいる。
「((瀑布太刀|ばくふのたち))だ!」
「分かっています!」
阿吽の呼吸と言うべきものか。宋朝はクーパーの襟首を掴むと、その身体を天高く軽々と投げ飛ばしたのだ!
その高さは簡単にゴーレムの背丈の倍を超えるが、クーパーは冷静そのものだった。心静かに刀に手をかけ、頭から落下していく。
すると、腰に差した梵天丸が淡い光を放ち出したのである。
一方の宋朝は鎌をギュッと握り締め、バットかラケットの様にゆっくりと横に振りかぶった。
「((稲飛牙|いなひげ))流((神無地鎌|かんなちのかま))。元の姿に!!」
叫ぶと同時に鎌を叩きつける。しかしその距離は離れすぎていて完全に間合いの外だ。
ところが。柄はそのままなのに刃の部分だけが一瞬で巨大な物となった。その大きさたるやクーパーの礼拝堂をも軽々と超えている。
そしてタイミングよく真上から降って来たクーパーも刀を抜きざま全身を回転させ、縦一文字に振り下ろした。
巨大な鎌の刃がゴーレムの腰をいとも簡単に両断にし、クーパーの刀の刃がゴーレムを頭から両断していた。
その切断面の交わったところに、魔力を放つ赤い宝玉があった。それこそがゴーレムの心臓にあたる宝玉である。それをやられてはゴーレムとてひとたまりもない。
クーパーは斬りつけた勢いそのままに地面に着地した。梵天丸の輝きがふうっと消える。
それから男達をちらりと見て、
「((石井岩蔭|いしいいわかげ))流抜刀術奥義・((瀑布太刀|ばくふのたち))。あなた方を斬らない事。最大級の情けと思って下さい」
クーパーにしては珍しく冷たく言い放った。
その迫力に気圧されたのか、ゴーレムを倒された事で戦意を喪失したのか。戦闘はこれで終了した。
懸命に駆けつけたグライダ達が到着したのは、まさにその時だった。
「腕は衰えていなかったようね」
宋朝は、刃が小さくなった草刈り鎌を元のようにコントラバスのケースにしまうと、いくぶん穏やかな口調でクーパーの肩を叩く。
「宋朝もお見事でした」
クーパーも小さく笑顔を見せて、互いの健闘を称え合う。
「ね、ねぇクーパー。これ一体どうなってんの?」
何がなんだかさっぱり分からないグライダが代表して彼に尋ねる。
「それは後でお話しますよ」
クーパーはさっきからぺたんと座り込む科孝攵の前に片膝をつくと、
「この梵天丸は、実は刀ではないんです。持ち主の力を倍加させる、刀の形をしたお守りのようなもの。だからボクにもあんな芸当が可能だったんです」
彼女だけに聞こえるようにそう言った。
続いて宋朝が上から見下ろしたまま、
「誤解がないよう言っておくけど、実はお前の母が亡くなる直前、依頼があったの。『私の娘を、開放派から守って下さい』とね」
その宋朝の言葉に、科孝攵の肩が一瞬びくりと震えた。
「どうせあの男達にあれこれ吹き込まれて、梵天丸捜索に来たのでしょう?」
言われてみれば捜索を決意したのもこの町に来る事になったのも、全ては男達の意見を汲み上げた結果である。
まだ慣れない今のうちは、周囲の意見を聞きながらやるしかないからだ。
だがそれは意見ではなく自分を殺すための、念の入った作戦だったのか。
科孝攵は男達を静かに見つめる。男達はうちひしがれた様に無表情のまま、
「我々はただ、長の生命で作られる結界を無くしたかっただけなんだ。もう隠れ住むような時代ではないのに」
だが村の中で長殺しを行なう訳にはいかない。そのため探索行を計画したのだ。
長を殺めても梵天丸さえ手に入れば「長は命と引き換えに梵天丸を取り戻したのだ」と言って、反開放派も納得させられるだろう。そう考えたのだ。
その一部始終を聞いていたシャドウは、
「成程。仕事の内容が『彼等を止めろ』と云う物の筈だ」
一人静かに納得していた。
「こちらの仕事は、奴らを連行するだけだ。あとはお前達に任せよう」
宋朝はポケットから細長い紙切れを取り出し、ばっと宙に撒く。
するとそれは針金で作られたような細身の人型となり、男達をあれよという間に拘束していく。
「あれは治安維持隊の式神じゃない!?」
人型を見たコーランが目を丸くしている。
「さすがに知っているようですね、サイカ殿」
少々ばつが悪そうに宋朝は微笑む。
コーランの様子に、不思議そうな顔の皆に向かって、
「宋朝は魔界治安維持隊の一員で、ほとんどの権限を持って単独行動をする特殊部隊のエリートなんですよ」
そのクーパーの説明に皆が驚きの声を上げる。その声のおかげで、彼のその後の呟きが聞こえる事はなかった。
「単独行動が任務なのだから、人を巻き込まないで欲しかったんですけどね」
説明 | ||
「剣と魔法と科学と神秘」が混在する世界。そんな世界にいる通常の人間には対処しきれない様々な存在──猛獣・魔獣・妖魔などと闘う為に作られた秘密部隊「Baskerville FAN-TAIL」。そんな秘密部隊に所属する6人の闘いと日常とドタバタを描いたお気楽ノリの物語。 | ||
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