魔術士オーフェン異世界編H〜最強の男〜
[全10ページ]
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『牙の塔』においてチャイルドマン教室を擁するチャイルドマン・パウダーフィールド教師はキエサルヒマ大陸において並ぶ者のいない最強の魔術士であり、最強の暗殺者である。

彼の前歴は謎に包まれ、知る者は数少ない。ただ彼は最強の存在として『塔』内部や魔術士達に畏怖されている。

その彼の後継者と目されるのは―――

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その人物は薄暗い廊下を歩いていた。身長はかなり高く、がっしりした体つきから男性という事が窺える。鋭く、隙のない身のこなしで彼は廊下を進んでいく―――いや、ふと何かに気がついたように彼は足をとめ、ある方向に目をやった。彼の視線の先には木箱が乱雑に積み上げられており一見すると何も無いように見えた。しかし彼は確信を持った足取りで木箱の山に近寄り、一言。

「出て来い」

短くも威圧感がこもった彼の声。その声に応じたかのように3つの影が木箱から姿を現す。

現れたのは10才前半と思われる少女とすこし下と思える2人の少年だった。3人とも怯えきっているようで、少年2人は泣きじゃくっていたが、少女は涙を堪えながらも気丈に彼を見上げていた。

「お前たちは、この屋敷の者か?」

殺されるかもしれない―――そんなことを覚悟していた少女にとって目の前の男の第一声は意外なものだった。

「い、いいえ違います。私達はこの付近の村に住んでいる者です。実は―――」

少女はこれまでの経緯をこの男に話す事にした。弟とその友達とこの屋敷に遊びに来ていたらいきなり化け物に襲われて弟とはぐれ、いつの間にかこの廊下に辿り着いていた事を話した。

「あなたは、なぜここに?」

男に同行の許可をもらい、後ろから質問をすると彼は一言だけ漏らした。

「探しものだ」と。

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腹が熱い・・・

キリランシェロは腹に刺さった大きな金属片をやっとの思いで引き抜いた。金属片を抜いた事で血が腹から溢れ出るが、治癒の魔術を行使するにはこれを抜くしかなかった。

「我は癒す・・・斜陽の傷痕」

治癒の魔術を行使して傷口を塞ぎ、止血する。しかし治癒の魔術でも失った血を回復することは出来ない。

「ちょっと・・・油断しちゃったか」

血を失った事で頭がフラフラするが、いつまでも座り込んでいる訳にはいかない。立ち上がった彼の眼前には壊れたシャンデリアとその下敷きになって機能を停止した鎧の姿があった。先ほどの地震で天井のシャンデリアの鎖が砕けて落下してきたのだ。キリランシェロは間一髪、落下地点から脱することに成功したが飛び散った金属片まで回避することは出来なかった。

さらに左肩や体のあちこちに刺さった小さな金属片を抜いて、大きな傷だけ魔術で癒す。しかしそれでも失血によるダメージは大きく―――

(だめだ・・・僕が倒れたら、レインズのお姉さん達は・・・)

キリランシェロは意識を手放し、地に倒れ伏した。

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少女、アミールは友人の少年2人を引き連れて長身の男の背を追っていた。男の身のこなしは相変わらず隙は無く、ときどき思い出したように怪物が襲撃してきたが、彼が一言何かを呟くだけでそのすべてが灰燼に帰した。彼はそのまま足を進め、薄暗い廊下の最奥に辿り着いた。彼はまた一言何か唱えると扉を開けて室内に侵入した。その部屋は書斎になっており、彼は本棚から分厚いファイルを取り出すとペラペラと収められていた資料に目を通していた。

「ふむ・・・」

読み終わったらしい彼は溜息をついてファイルを床に放り投げ、呟いた。

「消えろ」

その言葉と共にボッとファイルが塵と化す。彼はそれを何度か繰り返してフン、と鼻で笑った。

「このような玩具でドラゴン種族と戦おうとしていたのか・・・愚かな」

(ドラゴン種族?)

アミールは頭にクエスチョンマークを浮かべたが、もちろん男はそれを無視した。しばらく部屋の書籍をあさっていたが、しばらくすると地面が揺れた。地震にも彼は動揺することなくアミール達の手を引いて部屋の外に退避させた。しばらくして―――大きなガラスの様なものが破壊された音が地下道に響き渡った。

「な、なんでしょう?」

「・・・」

男はしばらく音のした方向を見つめていたが、意を決したように

「きゃあ!」

『うわぁっ!?』

子供3人を脇に抱えているとは思えないスピードで男は駆けだした。

 

辿り着いたホールはすごい有様だった。

そこかしこに犬と鎧の残骸が転がり、壁のあちこちは破壊されていた。そして―――

ホールの中央には破壊されたシャンデリア。下敷きになった鎧。そして―――血まみれになって横たわる、黒ずくめの少年の姿があった。

「ひっ・・・」

その惨状にアミール達は息を飲むが、男はアミール達を床に下ろすと、気にせず少年のほうに歩いていった。

「キリランシェロ、起きろ」

その少年の名前だろうか?男は少年の頭を持ち上げて軽く頬を叩いた。しかし少年は起きる気配を見せない。男は少年を背負ってアミール達のところに戻ってきた。

「あの・・・その人、知り合いですか?」

「私の教え子だ・・・それよりお前達」

「は、はい?」

教え子―――と彼はたしかに言った。

(この人、何かの先生なの?)

明らかに普通の経歴ではないこの男の意外な職業がわかったところでポカンとしてしまったアミールだが、男は言葉に真剣味を含めて言葉を続けた。

「この石像の後ろに隠れていろ。死にたくないなら出て来るなよ」

 

彼は運勢というものを信じないが、もし運勢占いがあったら間違いなく自分の星座は本日最下位だろうという確信があった。

(ネットワーク″を使って異世界まで来たのはいいが・・・まさかここで行方不明のキリランシェロと再会するとはな)

彼がアミール達に言っていた「探し物」は期待外れに終わった。彼の目の前に立っている全身を戦闘服の様なものに覆われたゴリラにもそれは当てはまる。

 

ガァァァァァ!

 

ゴリラは一言吼えるとハンマーを構えて突進してくる。彼も迎撃すべく敵に向かって走り出した。そのままで行けばゴリラの思惑通りだっただろう。しかし彼が一瞬フェイクに使った上下の運動。これによってゴリラに一瞬だけ迷いが生じた。ハンマーが横に振られるが、その軌道が彼を捕らえる前にゴリラの懐に飛び込み、腕を払いのけてわき腹に肘を撃ちこむ。

「む・・・?」

ゴリラは吹き飛ばされて転がるが、思いのほか早く起き上がった。この動作は彼の切り札の1つだったがやはり頑丈さは持ち合わせているようだ。

「断裂よ!」

空間爆砕の魔術を放つ。空間に波紋が広がり、大爆発が起こった。爆心にいたゴリラは吹き飛ばされて黒焦げになる―――しかしさらに起き上がろうとしたゴリラに対し、彼はとどめの魔術を放つ。

「天魔よ!」

物質崩壊の魔術を放ち、破壊の因子が大爆発と共にゴリラをえぐり取る―――

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「ここか!」

森の入り口で車を降り、バリアジャケットを身に纏った機動六課の面々はレインズの案内のもと、洋館の前に到着していた。

「では、スバルちゃん・シグナムちゃん・ヴィータちゃん・エリオ君が前衛、ティアナちゃんとフェイトちゃんが後衛、はやてちゃんと私は指揮を執ります。キャロちゃんとなのはちゃんは周囲の警戒をお願いします。」

『了解!』

リィンの指示に全員が応え、いざ突入―――の号令をかけようとしたその時、洋館の扉が開いて一人の男が姿を現した。

「誰!?」

スバルはその男を見るや否や、デバイス『マッハキャリバー』で襲いかかった。

「だめ、スバル!」

なのはは反射的に叫んだ。なぜかは自分でもわからない。本能で分かったのかもしれない。

あの長身の男はエース・オブ・エースと呼ばれる自分が、そしてここにいる仲間達が全力で100回、1000回戦っても勝てないと。

「跳べ」

男がぽつりとつぶやいたのが聞こえた。

「へ?・・・うわぁぁぁ!?」

その呟きと共にスバルは吹き飛ばされた。地面に叩き付けられてゴロゴロと転がる。

「おい、シグナム・・・」

「ああ、間違いない。あれはキリランシェロと同じ『魔術』の使い手だ。それも相当な腕を持つ・・・な」

ヴィータとシグナムの額に汗が流れる。気温による汗ではない。目の前に立つ男のプレッシャーによる汗だと自覚していた。

「エリオ君!あの人の腕の中にいるの・・・」

「キリランシェロさんだ!」

年少組が男の腕の中にいた少年の正体に気がついた。男は不思議そうに首をかしげる。

「お前達、キリランシェロの事を知っているのか?」

「キリランシェロは私達の大事な仲間なんです。あなたはキリランシェロとはどういう関係なんですか?」

フェイトが専用デバイス『バルディッシュ』を構えて警戒しながら質問する。男は肩をすくめて

「キリランシェロは私の教え子だ」

『教え子!?』

男の思わぬ正体に驚く機動六課の面々。男はキリランシェロを地面に下ろして背を向けて歩き去った。

「どこに行くんですか?」

「元の世界だ。ここには用はない」

その言葉と共に―――男は消え去った。

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レインズの姉・アミールと2人の友人は無事保護され、家に送られた。意識を失って重傷を負っていたキリランシェロは機動六課の医療部に搬送された。

はやては包帯を巻かれてベッドに横たわるキリランシェロに付き添って椅子に座っていた。眠り続けるキリランシェロの黒髪をはやては優しく撫でる。そのうちに今日の疲れがピークに達したのだろう、はやてのまぶたは自然に落ちて行った・・・

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『ん・・・う〜ん・・・ってどこやねんここ!』

はやてが気がつくと、彼女は宙に浮いて見知らぬ家の中にいた。決して広くはない家のテーブルでこの家の主であろう、黒髪の男性が本を読んでいた。年は20代半ば、穏やかな雰囲気をその身から醸し出している青年だった。

『あれ?・・・この男の人・・・』

誰かに似ている。と思っていたら、青年はおもむろに立ち上がってドアのほうに歩いていき―――

「ただいま!」

ドアを開けた瞬間、黒髪の女性が彼に抱きついた。彼女は目立たないタイプの美人だとはやては素直な印象を持った。

「お帰り、マーサ」

『そっか〜。この女の人はマーサさんっていいはるんか〜。綺麗な人やなぁ・・・ってこの2人、結婚してんのか!?』

よく見てみると、彼女の左手の薬指には銀色に光る指輪が。彼の左手にも彼女と同じ指に指輪がおさまっていた。

『ふ、夫婦って事は、子作りの為のあんなことやこんなことを今夜やるんやろか!?ど、どうしよう〜』

顔を赤くしてテンパっているはやてにはもちろん気づく事無く、2人は会話を続ける。

「アレン、あのね、あのね」

「マーサ、そんなに慌ててちゃ何を言いたいのかわかんないよ・・・」

何事かあったらしく、はしゃぐ妻を宥める夫―――アレン。マーサはすーはーと深呼吸して気持ちを落ち着けると、相変わらずニコニコと夫に続ける。

「5ヶ月だって!私達の赤ちゃんよ、アレン!」

「本当かい!」

嬉しさのあまり、アレンは彼女を抱き上げてクルクルと家の中を回る。

「きゃっ!もう、アレン!赤ちゃんまで目を回しちゃうでしょ!」

『う〜ん・・・』

喜びに沸く夫婦の頭上ではやては腕を組んで呻いていた。

『アレンさんってほんまに誰かに似ているんやけどなぁ・・・』

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そして場面は移り変わり―――

『おろ?ここは病院・・・かな?あ、アレンさんがおる』

はやてはソファーに座って手を組んで座っている彼の隣に飛んでいって、座った。

「マーサ・・・頑張ってくれ・・・!」

必死で祈る様にギュッと手を強く握っているアレンの手に、自然とはやての手も伸びて、彼の手を包むように握りしめた。安心させるように呟く。

『大丈夫』

呟きを続ける。確信を持って。

『大丈夫やアレンさん。あなた達の赤ちゃんは絶対に無事に産まれてくる。理屈はないけど、ウチにはそんな気がしてならんねん・・・だから、大丈夫』

5分ほどそうしていただろうか。

「フィンランディさん!生まれましたよ!元気な男の子です!」

分娩室(と書いてあるのだろう。はやてにはドアの上にあるプレートの字は読めなかった)から女性が飛び出してきて嬉しそうに告げた。

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さらに場面は映って、病室。

『やっぱ夢やからかな・・・よー場面が移るわ』

恐らく先ほどから時間はそんなに経っていないだろう、はやては夫妻だけがいる病室に浮いていた。ベッドにはマーサがいて、その腕の中には白いタオルに包まれた赤ちゃんの姿が。アレンはナイフで器用に果物の皮をむいていた。

「アレン、そういえば『男の子だったら名前は僕が考える!』って言ってたわよね?もう考えてきたの?」

「うん。実はここに来るまでまったく浮かんでこなかったんだけどさ・・・家を出るときに頭にビビっと来てね。忘れないうちに紙に書いておいたんだ」

アレンは自慢げに紙を妻に見せる。はやてもチラリとのぞきこんだが、プレート同様彼女には読めなかった。

「なんか・・・舌を噛みそうな名前ね」

「そうかな?」

『どんな複雑な名前にしたんや、アレンさん・・・』

はやてが呆れながら突っ込みを入れる。マーサが我が子の顔を覗き込みながら納得したようにうなずく。

「まぁ・・・でも結構カッコいいんじゃない?『キリランシェロ』なんて」

『え・・・?』

はやては思わず凍りつく。この赤ちゃんが自分達の仲間のキリランシェロ?はやては慌てて浮いていたところからアレンに近づいて、彼の顔を覗き込んだ。

『あー!そうや!ようみたらアレンさんの顔、キリランシェロそっくりや!なんで気がつかんかったんやろ!』

頭を抱えて己の失態を呪うはやてをよそに、夫婦は和やかな雰囲気を作り出す。

「『キリランシェロ・フィンランディ』・・・いい名前ね」

「ああ。願わくばこの子の一生が幸多きものでありますように・・・」

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「はっ!」

意識を取り戻したはやて。時計の針は大体2時くらいを示していた。もちろん月がまだ空の上にある方の2時である。

「はやて、起しちゃった?ごめんね」

声のする方に顔を向けてみると、こちらも意識を取り戻していたキリランシェロが光量を抑えた鬼火を傍らに浮かべていた。

「はや・・・「キリランシェロ、何も言わんと一発殴らせぇ」・・・え?」

キョトンとするキリランシェロの頬目掛けて平手打ちを喰らわせた。

「キリランシェロ、私は今すごく怒っとる。なんでか分かるか?」

キリランシェロは思い当たる節があった。間違いなく昼間のハイドラントの発言だろう。

「僕が殺しの訓練を受けている事を黙っていたから―――イタッ!」

はやて、キリランシェロにデコピン。彼女はため息をついて続けた。

「それもある。けど私が―――六課のみんなが怒ってるのはな、キリランシェロ」

彼女はキリランシェロの胸ぐらを掴んで、グイッと引き寄せた。

「なんでキリランシェロは私達を信じてその事を話してくれへんかったのかって事や!」

彼女の叫びはまさに悲痛の叫びだった。目に悔し涙を浮かべて彼を睨む。

「私達はキリランシェロの事を仲間やって―――友達やって思ってた。でもお前はどうや!?私らはお前の事を何にも知らん!お前が話してくれへんから!無理に過去の事をほじくり返そうとは思わへん!ただ、ただな―――」

はやては胸ぐらを掴んだ手を緩めて力無く、コテンと彼の胸に拳を落とす。

「少しくらい、私達を信頼してよ・・・頼ってよ・・・私ら、仲間やろ・・・友達やろ・・・?」

はやては完全にキリランシェロの胸に顔を埋めて、泣きはじめた。

「ごめん・・・」

「ごめんやないわぁ・・・キリランシェロのアホォ・・・」

キリランシェロははやての背中をあやすようにポンポンと優しく、彼女が泣きやむまで撫でた。

説明
1週間投稿しなかったのでかなり話が貯まりました。やっと化け物屋敷編が終わりました〜。長かったよ〜!
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