『I Wanna Be Your Lover』 |
説明 | ||
眠気というものは、家から出た途端にやってくる。 頭のあたりに重力がかかって、身体よりも一歩前に出る。 しかし肝心の身体が思う通りに動いてくれない。 完全に、夜更かしのせいである。 (やァ〜〜ッぱよ、ず〜〜っと欲しかったCDが手に入るとよ……興奮して寝らんねェよなァ〜〜) 夜更かしを、あこがれのアーティストのせいにする。 彼がかっこいいからいけない。 彼のつくる音楽が、仗助の心をわしづかみにするからいけない。 (今日はちゃんとネヨ) 小さな後悔と決意が、仗助の中の眠気に入り込む。 この調子だと、おそらく今日も夜更かしをする。 仗助はそのことに薄々気付いてはいたが、知らないふりをして歩みを進めた。 うとうとしながらロータリーで立ち尽くしていると、バスがやってくる。 ぷしゅう、と音を立てながら車体を傾け、ドアが自動的に開かれる。 仗助がバスの中に足をかけると、少しだけバスの傾きが角度を変えた――気がした。 乗客は、パッと見て5人ほどしかいない。 ここに岸辺 露伴がいないことを確認して、ホッと胸を撫で下ろす。 朝から奴に鉢合わせるのはごめんである、諸々あったので。 「……ン」 ――見ない顔だ。 大体この時間にバスに乗ると、ほとんど乗客のメンバーは見知った顔だったりするのだが――しかし、本当に顔を知っている程度で、名すら知らない。まったくの赤の他人だ――。 杜王町で見かけるには珍しい、ラフだが清潔で、地味だが目を惹く男が、バスの席に座っていた。 耳にはイヤホンをつけている。 (……音漏れ……) 仗助は若干顔をしかめた。 男と優先席の距離は非常に近い。 この先さらに乗客が増え、バスは混み合う。 仗助は良い子ぶるつもりはないものの、気付いたものは気になってしまうし、注意をしないわけにはいかない。 何よりたまたま怒鳴ることしか能のない老人とこの男が出くわしたら、なんだか男がかわいそうに思えてきてしまう。 仗助は男に近寄り、彼の肩を指でちょんちょんとつつく。 「あの」 その時だ。 “I want to be your lover. I want to be the only one that makes you come, running……” 「……」 男のしているイヤホンから、歌詞が聴こえてきた。 仗助が昨日の夜、何度も何度もくりかえし聴いていた曲。 幼い頃、この曲を聴いて救われたような気がした。 一生懸命英語を勉強して、やっと歌詞の意味がわかった時は、なんだかドキドキしたけれど――いつかお金を貯めたら、絶対にほしいと思っていた、長い間焦がれていた曲。 「I Wanna Be Your Lover」 曲の名前が、仗助の口からこぼれ落ちた。 肩をつつかれた男は目を丸くしながら、仗助の顔を見上げている。 自分の耳からイヤホンを外した男が、以降口を動かそうとしない仗助を気づかいながらも、「あの」と、少々混乱したように声を漏らす。 仗助はそんな男の様子にやっと気が付き、慌てて居住まいを正した。 「! ああ、あの、スイマセン。音漏れ……」 「……あ! すいません! うるさくして……」 「ア、いや……好きなんスか、プリンス」 思わず口をついて出た。 実は仗助自身は、まったくの赤の他人にコミュニケーションを持ちかけられるほど、明るい性格ではない。 もちろん非常時は関係ないが、基本的には“我関せず”でいたい人間なのだ。 なのに、なんでこんな、男につながりを求めるような言葉が出てしまうのだろう。 男はジッと仗助を見た。 言葉の意味をやっと理解したのか、彼はその細い目をさらにキュッと細めて、平均よりは大きい口を三日月型にして――文字通り、顔を“フニャッ”とさせて、笑った。 「はい。好きです、プリンス」 口元のホクロが印象的な、妙に惹かれる男だった。 |
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