星の糸 もう一人のウルトラマンACE(1)
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星の糸 もう一人のウルトラマンACE

SAVAROG

 

 

私は彼を深く愛している。彼と一緒ならどんな死にも耐えられる。しかし、一緒でなければ、たとえ生きていても生きていることにはならない。

 

ジョン・ミルトン

 

第一話 復讐のフルムーン

 

 

生きるって平和じゃないよ。

誰もが心の奥底に誰とも分かち合えない孤独な沼を抱えているの。それを分かってくれる人と出逢いたくて生きているの。できれば自分の愛する人がそうであって欲しいと願いながら…

私だってそうよ星司さん。

あなたの背中は、まずウルトラマンエースとして地球を守る使命を全うしようとそのことばかり語るけれど、私だって人間だもの、女の子だもの、好きな人には自分の全てを受け入れて欲しい。

私は感じていたのかもしれない。初めて会ったあの日のあの瞬間からあなたは私の運命の人だって、探していた引き裂かれたもう一つの魂に出逢えたんだって。私の中の魂が震えたのよ。だからあの日ベロクロンにタンクローリーで特攻したあなたを追いかけたの。まるで理性を超えた何かに導かれるように必死に、目の前にある自分の任務を人に押し付けてまでも。星司さんはそんな私をどう思っていたのかしら?私を単なるウルトラマンエースとして命を共有するだけのパートナーと見ていたなら、正義感の強いあなたは私を真っ向から非難して軽蔑していたかもしれない。けどあなたは私を同じ運命を共有するパートナーとしてそのことには触れず受け入れた。そう思ったら少しは希望を持てるのかな。

 

「今日から俺たちは運命共同体ってわけか…」

 

ベロクロンのミサイルや火炎攻撃に襲われ、まるで空襲を受けたかのような福山の街の瓦礫から起き上がり手を差し伸べてくれたあなたは笑顔でそう言った。その笑顔があまりに眩しくて私は一瞬であなたに恋をした。

そうね、私たちは運命共同体ね。それだけは確かだわ。運命共同体はどんな時も運命を共にする同志。そんなこと分かってるよ。でも私は、もっと深いところであなたと繋がりたい、私もあなたの全てを受け入れるから、あなたにも私の全てを受け入れて欲しい。

愛してほしいの、同志としての友情ではなく一人の女として。

好きだと言って。

愛してると言って…そんなこと言ったら星司さんあなたはどんな顔をするだろう。今の二人の関係も壊れてしまうの?

バカよね、笑っちゃうわよね、そんな世間並みなことにうつつを抜かしている場合じゃないよね。私たちはウルトラマンエースとして地球を守ることに専念すべきなのだから。

 

ただ私は思うの。

星司さん、あなたは燦々と降り注ぐ太陽のよう。その背中で精一杯の正義と勇気を皆の前で示そうと戦ってる。それでも全ての人がそれを分かって称えてくれるわけじゃない。私はそんなあなたの唯一の理解者として静かに見守りフォローする月。熱い血潮のおもむくままにがむしゃらに正義を追い求めるあなたを私は包み込む愛になりたい。太陽と月がなければ存在しえない地球のように、平和だって正義と愛がなければ存在しえない。M78星雲から遣わされた平和の使者であるウルトラマンエースだって正義と愛から生まれる光の戦士なんだわ。だから私たちは二人で一人のウルトラマンエースなんだと思う。もっとも私の愛は聖母マリアのような万民に向けられた無償の愛みたいな壮大な愛ではなく、星司さん個人に向けられた純粋な恋慕に過ぎないけれど…

星司さん私には分からないの。

私たちは運命共同体の同志という特別な縁で繋がった仲間という一線をこれからも引き続けなければならないの?

それがウルトラマンエースとして地球を守るためになるの?

私、いつも思ってた。あなたはともかく私がウルトラマンエースに選ばれた理由は何なのか?私は私の意志でベロクロンに踏み潰されたタンクローリーの爆風の犠牲になったようなものなのにね。私がウルトラマンエースとして地球を脅かす侵略者や超獣と戦っているのはそれが与えられた使命というのもあるけれど、それにもまして星司さんといつも一緒にいたいから。あなたと共に地球を守る使命を全うすることが嬉しいから。そしてあなたを愛しているから。あなたと一緒ならどんな受難、たとえそれが死でも耐えられる。そんな私がウルトラマンエースであることを許されるなら私はあなたに恋をしてもいいんだよね。私たちが愛し合うことでウルトラマンエースの力は増しこそすれ削がれたりはしないような気がするわ…なんてね。 ?

 

私はいつから欲張りになったのかしら。出会ったばかりの頃は「一緒に東京へ行ってTACに入ろう」と誘って貰えただけで嬉しかったな。福山から東京へ発つ日、あなたは私に「運命共同体だから」と言って黄色のスカーフをくれたよね、あれは私の一番の宝物よ。東京へ行く車の中で私たちは何を話し合ったっけ。二人が同じ誕生日だってこと。私の両親や妹のこと。学生時代のこと。あなたの父親があなたが生まれて間もなく亡くなったというのは後から聞いたけれどそういえば星司さんはあまり家庭の話をしなかったね。

あなたは特に気にもしていないかもしれないけどあなたが私を気にかけてくれる、心配してくれるだけで私はとても嬉しかった、心強かった。あなたが傍にいてくれたから超獣やヤプールに立ち向かう恐怖も感じなかったのかもしれない。本当の私は特別に人間的に秀でたものなど何もないもの。だからかな不安なのよ。いつの日か私よりずっと魅力的な女性があなたの前に現われてあなたに好意を持ってしまったら…星司さん、それでも私たちは運命共同体の同志でいられるのかしら?星司さんにとっては運命共同体はあくまでも同志としての友情だから、他の女性に心を奪われても構わないと思ってるの?

私ちょっとだけ疑ってしまったの。この間のオリオン星人ミチルの事件であなたが私の言うことを信じてくれなかったから…あなたがミチルを懸命に庇おうとしたから…私はミチルの行動のありのままを言っただけなのにあなたは私がミチルを最初から偏見の目で見てると怒ったよね。でもそれは普段のあなたの正義とは違って見えた。私はいつもあなたの味方だったのに少しだけ傷ついた。もちろんあの時、ミチルの仲間のオリオン星人によってピラミットの上の十字架に磔にされた私を、負傷した身でありながら決死の覚悟でタックアローに乗り込み、ピラミットの発する怪光線で撃墜されながらも飛び降りて助けに来てくれたあなたの心根は信じたい、信じたいけれど……それでもそれをどこまで解釈していいのか今の私には分からないの。

 

運命共同体…不思議な言葉ね、私は最初友情はおろか恋愛すら超える大きな魂の絆だと思った。エースキラーとバラバと戦ったあの運命の七夕の誕生日までは。

 

「私たちは一体何なのかしら?」

 

私はものすごく期待して尋ねたけれどあなたは何も答えなかったね。マイナスの裏宇宙という接触不可能な場所にいるあなたとモニター越しでエースになれたのはきっと二人の魂が結ばれているからだと私は信じたかった。一年に一度しか会えない織姫と牽牛よりもずっと素敵で強固な絆で結ばれた運命の二人だと。だってあなたから言ったじゃない「一年に一度牽牛と織姫が逢うんだね」って。だからわざと聞いたのよ織姫と牽牛は恋人同士かって。それに対してあなたは「うん」と何気なく答えたけれど、改めて私たちについて尋ねると答えにくそうに笑って誤魔化した。その答えが何のか分からないけどもう一度聞いたら仲間だよ、友達だよって答えられそうで私は聞けない。あの時はあなたが人の心に鈍いんだ、だから自分の気持ちも分からないんだ、あるいは恋というものに真面目に向き合うのが照れ臭い人なんだ…そうも思ったけど…でも……あなたと出会って三年経っても何も進展しないのは、そういうことなのかなと思ってしまう私もいる。違う、違うよ、夕子。星司さんはウルトラマンエースとして地球の平和を守ることに必死なのよ。あなたも同じ気持ちで戦わなければウルトラマンエースはどうなるの?私は星司さんを失望させたくないのよ。

気が付けばもうすぐ十五夜だ。満月は人の心を狂わせるという。私の心がざわつくのもきっとそのせいだと思った。しかし私の予感とは全く思いがけないところで敵の復讐が目前に迫っていた。

 

 

「…夕子、夕子ってば!」

 

隣で運転していた星司さんの声が私を包んでいた深い心の闇を引き裂いた。どのくらいの時間だろうか、タックパンサーで関東地区を定期巡回パトロール中だった私は、つい一人物思いに落ちていたのだった。タックパンサーは信号で止まったところだった。

 

「らしくないなぁ…勤務中だぞ。我一人ここにあらずって感じで何考えてたんだよ?」

 

星司さんはいつものように不思議そうなというより、いつになく真剣に心配している様子で私を見つめる。私はその視線に戸惑いと心を締めつけられるようなものを感じたけど、でもまさかあなたとの関係で悩んでいたなんて言えなくて「月よ、月を見ていたの。もうすぐ十五夜なんだなぁって…でも見ていたらボーッとしちゃった。ほら満月には人をおかしくする魔力があるっていうじゃない…きっと満月が近いからそのせいよ」と咄嗟に誤魔化した。でも星司さんは納得しかねた様子で首を傾げて空をのぞいた。

 

「そうか…最近君は時々様子がおかしいような気がしていたんだけど…でも月か綺麗な月夜だな。たまには月を見るのもいいもんだね」

私はいつも頑張ってきた。正義のヒーローとして勇敢に運命に立ち向かう星司さんに失望されまいとその一心で気丈に振る舞ってきた。 けどいつもの星司さんは私の様子なんて気にかけていないと思っていた。でも今日はいつもと少し違う感じがした。何より最近の私を気にかけていたというのが意外だった。ミチルの事件以降私たちの距離は縮まらないという以上に遠のいているような気がしていた私には。だから私はついいつもの自分の武装を解いて本当の私の弱さを少し見せたくなった。

 

「そうね綺麗な月ね…でもあまりに美しいと魂を抜かれそうで私はなんだか怖い。それに月と関係してるかよく分からないけど最近不吉な予感が迫っている気がするの。それが何かははっきりと分からないけど…だから心がザワザワしてある事ない事不安が頭をもたげるんだわ」

 

「夕子…」

 

星司さんはタックパンサーをたまたま近くにあった駐車場に停車させると、私の右手に自分の左手を重ねギュッと握りしめてもう一度私を見つめた。

 

「夕子…俺がいるから。一人で抱えないでくれ、俺と君は運命の共同体だろ。だから俺が君を守る」

 

一体星司さんに何があったんだろう。私は思いがけない展開に動揺を通り越し呆然とした。私はこれが夢か現実か分からない中でさらに耳を疑うような言葉を星司さんから聞いた。

 

「今度の日曜にデートしよう。見たい映画とか何かある?」

 

今まで一度たりともデートなんて誘ってくれなかった星司さんなのに、デートに誘うのはいつも私の方だったのに、これはもう運命の神のいたずらか大盤振る舞いとしか思えなかった。あまりの興奮を抑え切れなかった私は周囲の親しい人にそれを言わずにはいられなかった。

 

「えー?本当それ!でも良かったーっあたしお姉ちゃんが三年も脈なし男のために棒を振ってるなんて正気じゃないと思ってたの!でもそう言ってくれたってことはお姉ちゃんも見逃してたことっていうか勘違いしていたことがあったのかもね!」

 

電話越しの妹の朝子は多感な高校生であるせいか感も鋭い。私が見逃したり勘違いしたりした事って何だったのだろう…朝子は私の悩んでいたことの全てが「考え過ぎなんだわ。もっとシンプルに考えるべきよ。だってそのオリオン星人の事件以外では変わった事なんてないじゃない。第一好きでもないならお姉ちゃんがデートに誘っても普通は付き合ってくれないと思うよ。その事件にはお姉ちゃんが思いも寄らない事情があるのよ、きっと」と言い切った。ただその意見は別段朝子特有のものでもないらしく、いつも職場で親しくしている美川先輩も似たようなというかもっと意味深なことを言った。

 

「そう、北斗くんがあなたをデートに誘ったの。良かったじゃない、これであなたたち一歩前進ね。私も隊長もみんな本当は見守ってるのよあなたたちのこと。オリオン星人の事件以来からかしら、北斗くん暇さえあれば夕子ちゃんの様子がおかしいって気を揉んでいたんだから。いつになく変ねってみんなで言ってたわ。もしかすると何か言いたいことがあるのかもね」

 

美川先輩は私よりも知的で美人なのに男運には恵まれないって言うけど何より頼れる良い先輩だ。私と星司さんのことも早くから親身に相談に乗ってくれている。

 

「大丈夫よ、北斗くんは夕子ちゃんのこと大好きだから、自信持ちなさい!」

 

美川先輩はいつもそう言って励ましてくれたけど、今回ほどズシンと心に響いたことはない。やっぱり星司さんは変わってきたんだ、それも私が苦い経験としていたミチルの事件以降に…朝子も美川先輩も私と星司さんがウルトラマンエースだなんて知る由もないけど、それ以外のことは私よりもよく見えている。何も知らなかったのは私なんだ。思えば私は自分の感じた不安にばかり怯えていた、星司さんがあの事件で本当は何を経験したのか冷静になって知ろうともしなかった。

 

「お姉ちゃんは慎重すぎっていうか気を遣いすぎなのよ!そんなに我慢していると相手はそういうものなんだって思っちゃうから。今回みたいにちょっとでも弱さを見せて甘えてみるのも一つの手よ。男はそういう女に弱いんだから」

 

朝子はご丁寧に忠告してくれたけど、星司さんが私にあまり気を払わないように見えたのは、案外そういうところもあったのかもしれない。

 

“俺たちは運命共同体だろ。だから俺が君を守る”

 

星司さん、私は思えば肝心なことをあなたに聞いていなかったね。運命共同体があなたにとって何を意味するのか一度も聞いたことがなかった。一度もそれを確かめることをせず一人で空想して妄想してジタバタしていたのかもしれない。特にあの七夕の誕生日以降の私は、運命共同体なんて、所詮ウルトラマンエースとして命と戦う使命を共有するだけの同志だと決めつけてその言葉の持つ重さや意義を軽んじていたのかもしれない。それはあなたが私の「私たちは一体何なのかしら?」という言葉に答えてくれなかった意趣返しでもあったのかな。勝手よね、一人で舞い上がったり落ち込んだりして一人芝居していたんだわ。運命共同体という言葉はウルトラマンエースを介して成り立つ言葉だと思ったから周りの誰にも相談できなかった。でも今は、君を守ると言ってくれたあなたの言葉と真剣な眼差しを信じてみたいと思う、運命共同体の同志というだけでは「君を守る」なんて言わないと思うから。ダメね、私はすぐ動揺してしまう、本当はね、普通の弱い女なのよ星司さん。

 

3

 

いつも私が誘っていたデートは私が星司さんを待つのが当然だった。けど、今回は違った。私が到着する前に星司さんは映画館の入り口に来てくれていた。いつにない展開の続きの連続に私の胸の高鳴りはまるでジェットコースターに乗っている気分だった。

 

「…ごめんなさい、待たせた?」

 

「いやほんの少し前に来ただけだよ。昨夜眠れなくて早く起きたのもあるけど」

 

「えっ星司さんも?実は私も昨夜はなかなか寝付けなかったの。星司さんがデートに誘ってくれたの初めてだから」

 

「そっそうか…でも大丈夫かな二人して寝不足なんてな」

 

星司さんも緊張してるんだ。そんな些細なことが今日は久しぶりに嬉しい。私は買ったばかりのレモンイエローのワンピースにいつもより念入りに化粧をしてきたけど、星司さんは最初のデートで着てきた白いワイシャツに黒のジャケットとグレーのスラックスという懐かしい出で立ちだった。

 

「で今日の映画は何て言ったけ?君のおススメの映画なんだろ」

 

「『マグダラのマリアの愛』。マグダラのマリアというのはイエス・キリストの奥さんだったかもしれない女性で、この映画は彼女に関する最新の研究仮説に基づいて、彼女がイエスと出逢って運命的な恋をして結婚して二人で共同して布教してイエスが十字架にかけられるまでを描いてるの。宗教的というより異端的な歴史映画ね…なんか結構ネタバレしちゃったね。大丈夫星司さん?」

 

「いや俺は別に平気っていうか歴史とかあんまり分からないからあれだけど…二人で共同して布教してというところが運命共同体みたいだよな。夫婦ってそういうもんなのかなぁ」

「……」

 

星司さんは何気なく素直に感想を言っただけかもしれない。でも運命共同体=夫婦 という考え方をこの人はするんだということに私は呆気にとられ言葉が出なかった。運命共同体はただの同志だと思い込んできた自分がつくづくバカみたいだと思った。と同時に星司さんにとって私との関係は夫婦のようなものだったかもしれないと胸が熱くなった。

 

「おいおい何ボーっとしてんだよ。さっさとチケット買って席座ろうぜ!」

 

観賞中星司さんはずっと私の手を握ってくれていた。それもまたこれまでのデートでは一度もないことだった。星司さんの胸中に一体どれだけの変化があったのか分からないけれど私は星司さんに出逢って以来今日が一番幸せだと感じた。私たちもいつか映画の中のイエスとマリアのようになれるのかな…って思いながら私はスクリーンを目で追いかけていた。

 

映画が終わった後も私は余韻が冷めないまま夢心地でいたけど、星司さんのスマホにかかってきた電話でその余韻は中断された。「ちょっと待ってな、すぐ終わるから」と言って星司さんはロビーの隅に走っていった。その時だった。後ろから見知らぬだがとっても綺麗な顔立ちの男性に声をかけられた。歳の頃は二十代半ばから後半というところだろうか。少なくとも私や星司さんよりは大人びて見える。

 

「これ、お忘れじゃないですか?」

 

それは私のハンカチだった。

 

「…すみません私ったら」

 

「いえいえ素敵な映画でしたからね。でもこういう映画を見るということはあなたも相当歴史通でしょう。僕もそうなんですが特にイエスとマリアの運命共同体としての絆に感銘を受けました。それだけに最後磔刑によって引き裂かれてしまうのが切なかったですね。あの後マリアは一人でどんな思いで生きたんでしょう。僕もああいう夫婦になりたいですけど無理でしょうねハハハ」

 

「…運命共同体ってやっぱり夫婦ですか?」

「少なくともこの映画の解釈ではね。他にも解釈はあるんでしょうが夫婦ないしは恋人が最も一般的な解釈でしょうよ。何故そんなこと聞くんです?今日は彼氏さんと見にきたんでしょう。僕はたまたまあなた方の近くで観てましたけど結構なラブラブぶりでこちらの方が気恥ずかしかったですよ」

 

そう言うと彼はクスクスと笑った。

 

「…すみません」

 

「いいえ謝ることじゃないですよ。あなた方ならイエスとマリアのようになれるんじゃないかな…僕は本当にそう思います何となく…あなたたちのことをよく知ってるわけじゃないけど直感でそう思うんです、僕の直感って結構当たるんですよハハ。そうだ僕こう見えてもピアニストなんです。ご存知ないかもしれないけど小鳥遊涼平と言って結構あちこちでコンサートやってるんですよ。よかったら彼氏さんと聴きに来てください。もしその気があればお席もご用意しますよ、ここに連絡してくれれば」

 

小鳥遊涼平と名乗った男はそう言って名刺をくれた。

 

「あっありがとうございます。私はTACで働いている南夕子って言います」

 

「…TACってあの超獣攻撃専門部隊ですよね。いつも僕ら一般市民のために戦ってくださりありがとうございます。まさかこんな場所でそのような方に出会えるとは思っても見ませんでした。では彼氏さんと素敵な一日を!愛しい人との時間は限りなく尊いものだからとお伝えください。こっちも連れが帰ってきましたから」と小鳥遊涼平は向かって走ってくる小学生くらいの女の子を指差した。愛らしい顔立ちをしているが小鳥遊涼平と似通ったところはあまりない。姪か歳の離れた妹なのだろうか。

 

「涼平兄ちゃん何してるの?」

 

「何ってこのお姉さんと映画についてお話してたんだよ。でもそろそろ僕らは行こう。大事な日を邪魔しちゃいけないからね」

 

小鳥遊涼平は女の子の手を引くと「では」と軽く会釈して足早に去っていった。話し上手ないい人だな、それが私の小鳥遊涼平という人に対する第一印象だった。

 

「キザな野郎だなぁ」

「星司さん!いつ戻って来たの?」

 

「いつって今だよ。君もさー自分が名乗られたからってペラペラ自分の名前なんて初対面の男にいうものじゃないぞ。本当にピアニストかどうかなんて分かったもんじゃないぜ」

 

なんだ結構前から聞いてたんだ。ブツブツふて腐れてるのはもしかして嫉妬してる?

「何もそこまで…ナンパとかセールスマンとか強引な勧誘とかじゃないんだから。そもそも私たちだって…」

 

「夕子!俺たちの出逢いと他の男との出会いを一緒にすんなよっ」

 

「……」

 

一瞬の静寂が私たちを包み込んだ。

 

「夕子…頼むから真剣に聞いてくれ。俺昨日実は悪い夢を見たんだ。君が他の男と一緒に現われ、この人が本当の私の運命共同体だと告げてどうしても去らねばならないと言ってどこかへ行ってしまう夢…男の顔はよく見えなかったけど…夢の中で君は、遠い星から来たその男から自分の使命を知らされもうすぐその戦いが始まるのだけれど、そのことでずっと悩んでいたと言ってた。俺夢なんて信じる質じゃないけど妙にリアルな夢で…ただの夢であってほしいけど最近君が悩んでいたのは事実だし」

 

「えっ何それ私身に覚えはないよ。どうして私がそれも他の男の人と一緒に星司さんの前から消えなくちゃいけないの?…そんなの嫌っ」

 

私の言葉を聞いた星司さんはギューと私を抱き締めた。

 

「離さないよ…俺たちは運命共同体なんだから…離さない絶対」

 

私たちはそこが多くの人々が行き交う場所であることも忘れしばらく抱擁していた。私は初めて抱かれた星司さんの腕の中で目を閉じしばしの間現実を忘れた。この幸福を絶対に逃すまい、もう後ろを向いて歩くのはよそう。そう心に決めた。

「…ミチルの事件の時はごめんな。あの時は君の嫉妬めいたものに動揺してたんだ。俺、子供の頃から心のどこかで正義のヒーローに憧れてて実際になれたことに興奮していたんだと思う。俺ずっと思っていたんだ正義のヒーローが恋愛なんかしちゃいけないんだって。確かに初めて君と出逢った時運命みたいなものは感じたけど、恋なんてしたらウルトラマンエースが弱くなるんじゃないかって疑ってた。だから運命共同体ってしか言えなくてでも俺たちの関係は普通の恋愛でもない気がしてやっぱり運命共同体だなって思うんだ。訳分かんないよな…俺も訳分からないけど君は俺のかけがえのない唯一のものなんだ。あの事件でそれが分かった。運命に逆らうことはできないって。俺はあの時、ミチルがV9の破壊工作に失敗して君が彼女を追跡していると知って、慌てて後を追ったけど見つけられたのはミチルだけだった。俺はV9のことよりも夕子の行方を無意識に聞いてた。その時思ったんだああ俺も夕子のことが好きなんだなって。君に代わりうる存在なんてないんだって。ミチルは夕子のこともV9のことも知らないと突っぱねるから俺はついカッとして彼女を殴った。それから何があったか分からないが、俺に何度も助けられたのに嘘ばかりついていたことを許してくれと懇願してきたけど、俺は最後まで許すって言えなかった。それが愛ってやつなのかな…」

 

「星司さん…本当に…夢じゃないのね」

 

愛してる、大好きじゃなくて私はあなたを愛しているのよ、星司さん。これから何が起きようとそれだけは変わらないわ。そして運命共同体として生ある限りどんな時も運命を共にするわ。でもそれが今は言葉にならない…言葉にならないほど愛してるの…それはきっとあなたも同じだと信じたい、いいえ信じてるわ。

「復讐するは我にあり…か。まいったな…僕にできるだろうか」

 

夢うつつの中で愛に酔っていた私はそれが誰の声か確かめることができなかった。

 

4

 

「それじゃあね、星司さん。今日は一日付き合ってくれてありがとう!久しぶりに楽しかったわ」

 

「いや待てよ、俺車で来たから送ってくよ。ただ俺君の家行ったことないからナビしてくれ」

 

「え…いいの?ありがとう」

 

「女の一人夜道は危険だからな…時間が押しちゃったし」

 

こうして私は星司さんの車で送られ家路につくことになった。

 

「今日も空は晴れてるな…十五夜って明日だったけ?もう満月と見分けがつかないくらい膨らんでて俺には分かんねぇな」

 

「本当ね綺麗な月だわ今夜も…」

 

「…今日はザワザワしない?」

 

「…うん、今日は大丈夫。だって星司さん守ってくれるんでしょ?」

 

「そっか…そうだよな」

 

星司さんは安心したというように微笑むと何気なくカーラジオのスイッチを入れた。

 

《えー今夜も綺麗な月夜ですね。気象庁によりますと明日の十五夜も綺麗な満月が見られそうです。そんなわけで次のリクエストは小鳥遊涼平さん演奏のヴェートーヴェン『月光』です、この曲は何でもヴェートーヴェンが最初の恋人ジュリエッタに贈った曲と言われておりまして月夜の下の恋人たちに是非お送りしたい名曲ですねぇ》

 

「…今小鳥遊涼平って言ったか?」

 

「ええ、あの人だわ多分…」

 

私と星司さんは思わず顔を見合わせた。

 

カーラジオから流れてくる音楽は哀愁に包まれ聞く人を悲しみの底へ引きずり込むような狂気すら感じられた。これが彼の持ち味なんだろうか。そう言えばさっきもちょっとだけ寂しげに笑ってた。あんなに綺麗な顔立ちで才能があって人当たりも良さそうな人が何故そんなに寂しいのだろう…周りがほっとかないだろうにあまりにも恵まれ過ぎて理想が高いのだろうか。

 

「なんだか哀しくて淋しい弾き方だな…あいつも淋しいのかな…」

 

「あいつもって星司さんも淋しいの?」

 

「うーん、昔はな、色々あったな…母子家庭だったし何か満たされないやり切れなさみたいなものはあったよ。つい周りの同級生と比べちゃってさ。父親がいないことで随分からかわれたし。君の家は羨ましいよ誰一人欠けてないし家族仲が良さそうで。まるで正反対の人生を歩いてきたんだよなぁ俺たち」

 

正反対…そっかそうだよね、星司さんにとって私はまるで別世界を生きてきた人間に見えるのね…でもね、私には私なりの悲しみはあるの。人間なら誰しもが生きてる以上心の何処かに悲しみがあるのは当然じゃない。

 

「…そんなことないよ。私には私なりのやり切れなさが一杯あったよ。星司さんより分かりにくいかもしれないだけ…」

 

「え?何があった?そんなに説明しにくいもんなのか…」

 

「そうね告白するには勇気がいることだわ…私のような経験をした人にとってはね」

 

「夕子…俺たち恋人になったんだろ。俺、そう言えば君の上っ面しか知らない気がする。話してくれよ夕子…俺君のことなら何でも知りたいんだ」

 

普段の私ならこんなこと告白する勇気はなかったかもしれない。でも好きな人に愛されてるって不思議ね…今なら何でも話せる気がする。

 

「…なら言うわ。でも軽蔑したりしないでね。星司さん私ね、いじめられっ子だったの。子供の頃の私は、コミュニケーションが下手って言うか学校とか大勢の人がいる場所で話すことが苦手で、やっと友達ができても距離の取り方が分からなくていじめのターゲットにされてしまったの。私の家は転勤族であちこちに転校したりしたけど環境が変わっても結果は同じだった。何度も何度もいじめられたの私…だから私は自分の存在価値が分からなくなって何度も死にたいと思った。周りが恋愛にキャピキャピ言ってても私には遠い世界の出来事のように見えたの。私には人から愛される価値はないんだ、愛されちゃいけないんだってそう思ってた。だけどね…本当はこの絶望的な孤独から救ってくれる王子様じゃなくて救世主を待ち望んでいたの、そう、今日の映画のマグダラのマリアのように。真実の私は誰かに愛して欲しかったの、守って欲しかったの、心の何処かでずっとそう願ってたの、それが私の夢だったの。バカな夢だと思っていたけどいつかそんな人に会えるんじゃないかって思うことが私の儚い生きる支えだったの。ううん会える予感が私には不思議とあったの。バカにされたくないから誰にも家族にさえ言わなかったけど、その日のために自分を磨こうと心に決めたら少しだけ強くなれたわ…登校拒否にもなりかけたけど私自分の人生を台無しにはしたくなかったの。いつか私を愛してくれる人にどうしても逢いたかったの。それが私を名実共に死の淵から救ってくれたの」

 

「…それで?」

 

星司さんは穏やかな眼差しで聞いていた。

 

「逢えたよ星司さんに…。あなたに逢えた時この人が運命の人だって直感したの。でも星司さん、ベロクロンにタンクローリーごと突っ込んでちゃうんだもの…私理性も何もなくなって追いかけちゃったの。ウルトラマンエースやウルトラ兄弟が何故私まで救ってくれたのか分からないけど、星司さんと共に地球を守る使命を与えられて星司さんとは違う意味で嬉しかった。いじめられっ子だった私が社会を守る使命を与えられたのよ、おかしな言い方だけど子供の頃の借りを社会に返せたような気分で胸がスッとしたの。そしてあなたに『運命共同体だな』って言われて死ぬほど感動した。もう一人で誰かの顔色を伺いながらビクビクしなくていいんだ、私には友情も恋も超えた魂の絆があるって思ったんだよ。それはウルトラマンエースとして日々戦う度に強くなっていく絆だと思ってたんだけどね…」

 

「…ごめん、何も知らなくて。俺自分の事しか見えてなかったな。…でもさ、これからは心配すんなよ、俺はずっと君の味方だし、ずっと守ってみせるよ必ず…何があっても」

 

ああ運命の神様、私の人生最大の夢は叶ってしまったみたいです。こんなにも幸せで私はいいのでしょうか。どうかこの幸せを誰にも壊されませんようにお守りください。

 

長いような短いような夢の時間が過ぎ車は私のアパートの前で止まった。

 

「それじゃ…ありがとう星司さん。また明日ね」

 

「…ああお休み…でもちょっと待って夕子」

 

「え?何」

 

振り向いた私の唇に星司さんは自分の唇を重ねた。それが私のファーストキスだった。この夜も私が興奮のあまり眠れなかったのは言うまでもない。

 

5

 

翌日は十五夜だった。私と星司さんは三日前と同じように竜隊長に定期パトロールを命じられて出かけた。命じられた時、私たちはつい昨日のことを思い出して照れてしまったけど、周りの皆も何かを察したらしくニヤニヤしていた。

 

「みんな何か感づいてるな」

 

「知られたら困る?」

 

「困るってわけじゃないけどやりづらいよな…でも仕方がないかな、俺が選んだ道だからな」

 

「そうね…私もそう後悔はしてない」

 

「だな…後悔なんてできないよな…これが運命なんだから」

 

「……」

 

そっか、運命か、私は改めて星司さんの言葉を噛み締めた。

 

「あっ星司さん見て、綺麗な満月ね…雲一つないわ」

 

「…本当だ。まさに吸い込まれるような満月だな。夕子、気をおかしくすんなよ」

 

星司さんは冗談っぽく笑った。

 

「大丈夫よ!でももしおかしくなったら星司さん守ってくれるんでしょ?何があっても」

 

「まあな」

 

星司さんは昨夜と同じように微笑むと何気なくラジオをつけた。

 

《えー今夜は一際美しい十五夜ですねー。そんな今夜もリクエストが届いております。小鳥遊涼平さん演奏のドビュッシー、『月の光』。しかし小鳥遊涼平さんという方は本当に人気がありますねw。あれだけの美男子で才能があってジェントルマンですから世の女性たちがメロメロなのも無理はありませんが…ちょっと経歴が変わった方で三年前に突然彗星の如く現われたピアニスト界の寵児…その前の経歴が全く分からないんですね。そんなミステリアスなところも魅力なんでしょうかw》

 

「三年前?俺たちがTACに入隊した頃だよな。しかし世の中にはいるんだな突如現われるなんて化け物みたいな天才だろ」

 

「…化け物って。でもピアニストなんて誰に知られることなく一夜で大成とかするものかしら?私も習ったことあるけどあれにはものすごく努力が必要よ」

 

「へぇ…なんか匂うな。案外人間じゃなかったりして」

 

「ええ?まさか…」

 

私は昨日会った小鳥遊涼平を思い浮かべようとした。確かに何もかも浮世離れした人だったけど悪い人には見えなかった。どこか寂しげな影はあったけれど。一体彼はどんな過去を背負ってきたんだろう?そんなこと聞いてくれる人もいないのかな…だとしたらすごく淋しいよね。

 

ラジオから流れる音楽は今日も哀愁が深い。そしてしばらく時間が経ってタックパンサーは箱根山付近を通過しようとしていた。

 

「あれ?あんなところに人がいる。何やってんだ」

 

その人は満月を真っ直ぐ見つめると誰かに合図を送るように月に手を振った。そして月の方でもそれに呼応するようにキラリと光るものがあった。

 

「何なんだ一体…」

 

星司さんはタックパンサーのブレーキを引くとその人物に詰め寄ろうと降りて行ったので私も慌てて降りた。

 

「おい、こんなとこで何してるんだ?…あれあんたは確か…」

 

彼はおやっという表情で我に返ったかのようにこちらを見た。

 

「ああ…あなた方は昨日の…南さんに彼氏さんじゃないですか。今日はお仕事ですか?」

 

気まずそうな顔で微笑したのは昨日会った小鳥遊涼平だった。

 

「それはこっちが聞きたい。こんなとこで月に手を振るのもピアニストの仕事か?俺は北斗、北斗星司だ。あんたは本当に人間なのか、誰かに合図を送ってるように見えたしあの月の光は何なんだ?」

 

「…言い訳はしませんよ。僕は確かに宇宙人だ。でもあなた方の敵ではないですよ」

 

「は?」

 

「僕は三年前にある目的と使命を帯びて地球にやってきた宇宙人です。地球が属する銀河系の隣りにあるアンドロメダ銀河には、かつて惑星ヤハウェという地球そっくりの環境と地球人そっくりな人々が住む星がありました。ヤハウェは超高度な科学文明を享受し人々の暮らしはより豊かになっていくはずでした。ところが…」

 

小鳥遊涼平はそこで言葉を区切ると表情を曇らせた。

 

「ところがどうしたんだよ?」

 

「恐ろしい革命が起きたのです。自分たちの力が万能であると確信した一部の科学技術者たちは、社会に存在するありとあらゆる身分や差別は不公平だと主張しクーデターを起こしたのです。それも自分たちが製造した超獣たちを使って。多くの主要都市が火の海となって灰となりヤハウェ星は地獄の星と化してしまいました。おかげで多くのヤハウェ星人は死に絶え、生き残った一握りの人々は宇宙を放浪することを余儀なくされたのです。地球人からすれば太古の昔のことですがね」

 

「それでそのヤハウェ星とあんたは何の関係があるんだ?」

 

「僕はテロリストたちの子孫が恐れるヤハウェ王家の末裔で王位継承者の資格を有する者。王族の大半は革命時腐敗の象徴として捕らえられ処刑されましたが、ごく少数の王族は脱出に成功しました。それでもテロリストたちは王家に主権を奪還されるのを永久に阻止するため王家の生存者に追っ手を放ちました。僕らは日々ヤハウェ星のテロリストたちとの情報戦を生き抜いてきたのです。僕は今冥王星にあるヤハウェ星コミュニティの出身です」

「それで何故あんたは地球に来た?」

 

「テロリストたちはヤハウェ星を我が物にすると周辺の星々にも覇を唱え始めたのです。皆が自由で平等な宇宙連邦を築くと謳って。銀河系も侵略しはじめた彼らがヤハウェ星に瓜二つの地球に目をつけるのは当然のこと。僕としては見過ごすわけにもいかず地球の皆さんに是非お知らせしなくてはと思い来た次第です。それにもう一つ目的がありました、これは絶対に果たさなければならないのです。僅かに生き残ったヤハウェ星人たちの悲願であり希望なのですから」

 

「悲願であり希望?何なんですかそれは…」

 

「古来からヤハウェ星に伝わる神の預言です。『ヤハウェ星は最大の繁栄を迎えた後、内側からの造反により滅びる。だが王家の末裔である王位継承権を持つ王子が、遠く離れた双子星に逃げ延びた王妃となるべき運命のプリンセスとめぐり逢い心を一つにした時、ヤハウェ星より出る一切の悪は殲滅され宇宙の秩序は回復される。そしてこの新たな王と王妃の下でヤハウェ星は再建されるだろう』と。生き残ったヤハウェ星人はこの預言を心の糧に今日まで生きてきました。そして僕は見つけたんです。預言のプリンセスを。それは南夕子さんあなたです。あなたと僕にはテロリストたちの陰謀を挫き、ヤハウェ星を再建する義務があるんですよ」

 

「な何を根拠にそんなことを?そんなことを言われても困ります。私には…」そう言いながら私は星司さんの隊員服の袖口をほとんど無意識に掴んだ。

 

「夕子…」

 

「北斗さんがいると?でもそれは僕と出会う日までの愛のレッスンだったと思えばいいんです。運命の恋なんて案外実らないものですよ。その運命の相手の次に出会った人と結婚するってこの星でも言うじゃないですか」

 

「いい加減なことを言わないで!ならば何故昨日はあんなことを言ったの?」

 

「ああ、あなた方がイエスとマリアのように愛し合いながら引き裂かれるという言葉ですか。僕はそう言ったつもりでしたがあなた上の空で何か勘違いしたんじゃないですかね」

 

「そんな嘘よ…お願い嘘だと言って」

 

「嘘?これは使命であり運命です。神が決められた定めなのですよ」

 

「いい加減にしろ!大人しく聞いていればいい気になりやがって。俺はお前の話を信用したわけじゃないぜ。お前はどこぞの侵略者のエージェントだろ。俺はお前になんか夕子を渡さない!それにあの月の光は何なんだよって聞いたじゃないか!」

 

「あっそうそうそうでした。月には今冥王星から僕の部下たちが来ていて、今夜にもテロリストたちの地球侵略は開始されると教えてくれたんです。今夜にも彼らは超獣を放ってくると。あなたが見たのはそのテレパシーの信号です。そして超獣を倒すためには北斗さん、あなたの協力も必要です、ウルトラマンエースであるあなたにも。ヤハウェ星の時はウルトラマンエースのような存在がいなかったから超獣を武器とするテロリストたちに思いの儘にされましたが、今度こそは大丈夫です。ヤハウェの神の預言が叶うお膳立ては完璧に整ったのです」と小鳥遊涼平は自信に満ちた表情で語り微笑んだ。

 

6

 

「正夢だったって言うのかあの夢が…」

 

星司さんは絞り出すような声でつぶやいた。そうだわ、星司さんは昨日、私と他の男の人が運命共同体だったと言って地球を去らなければならないという夢を見たって言ってた。それがこの事だったの。でも私は絶対嫌だ、漸く結ばれた星司さんと引き離されて、この人の王妃となってヤハウェ星という遠い星に行かなければならないなんて…誰か教えて!私と星司さんはこの人にどう対応すれば良いの?単に小鳥遊涼平がアンドロメダ銀河にあるヤハウェ星という星の王家の末裔で、ヤハウェ星を造反して我が物にしたというテロリストたちが彼の命をつけ狙いついでに地球を我が物にしようとしていると言うなら私たちは彼の話を素直に信じられるのに。でもヤハウェ星を救うために何故私がやっと掴みかけた自分の夢も人生も犠牲にしなくちゃならないの…こんなの理不尽よ、でもそれは私のエゴだと言うの?正義のために我が身を捧げるのが正しい人生だって言うの?

 

「夕子、大丈夫か?…」

 

星司さんは私を心配そうに見つめるとしばらく考え込んだように見えたがやがて意を決したように言った。

 

「いいだろう。お前の話がもし本当で、お前のいうテロリストたちが地球に超獣を送り込んで地球を侵略しはじめたら、俺はTACの隊員としてウルトラマンエースとして全力で戦う…」

 

「星司さん?」

 

「だがな夕子のことは別だぜ。俺は夕子を愛している。お前が想像できないほどに。出会った頃からずっと好きだったんだ。素直になるのに時間はかかったけど俺たちは運命とウルトラマンエースが結び合せた生きる時も死ぬ時も運命を共にする運命共同体という恋人同士なんだ。俺たちは二人で一人のウルトラマンエースだ。その俺たちを引き裂くのか。もしもそれでも夕子をヤハウェ星に連れていきお前の王妃とすると言うなら俺はお前が地球人の味方でも撃ち殺す。俺はヤハウェの神の預言など恐れはしない。預言は預言であってそれを信じている人間が実現するものだからだ。むしろ俺はお前に断言してやる、お前は夕子を俺ほど愛すことはできないし、守ることも幸せにすることもできない」

 

星司さんはそう言って私を強く抱き寄せた。まるで小鳥遊涼平にあてつけるかのように。

 

「そんな…ヤハウェ星の民はどうなってもいいと言うのですか?メシアを待望して待っているヤハウェ星人たちの気持ちはどうでもよいと?僕と南さんが心を一つにしなければヤハウェ星から出る悪は一掃されないんですよ。あなたは預言など作り事だと言いたいようだが僕らヤハウェ星人はヤハウェの神の実在を信じているし、預言は予言ではなく神の意志の啓示ですよ。それは神が人間に与えた警告であり希望です。現に預言は確実にヤハウェ星の歴史を物語っているのです。恋に盲目になっているあなた方の気持ちは分かりますが、それはあまりに自分勝手ではないですか?それが正義のヒーローとして許されるんですか?もしもあなたがウルトラマンエースとして誇りを持って使命を全うしようとしているなら恋に盲目になっている場合ではない。愛ではなく正義こそあなたが大切にすべき理念だ。ウルトラマンエースだってそう望んでいるはずです。…こんなことは言いたくありませんがあなた方は愛し合ってはいけないお二人だったんですよ」

 

バシッという音と共に小鳥遊涼平はバランスを崩して崩れ落ちた。

 

「…お前に夕子が今までどんな思いで生きてきたか分かるのかよ。生まれながらの王子のお前には分からないだろうが、人の幸福を軽々しく踏みにじるなんて俺には許せない。それもヤハウェ星人たちの悲願だの希望だの神の預言だのと同調圧力をかけて潰そうとするなんて俺はそんなやり方大嫌いだ。ヤハウェ星と地球は似てるというがこの星には人権ってものがあってな、その人権を踏みにじることは犯罪なんだ。お前の言ってることは脅迫だぞ。この宇宙はヤハウェ星中心になんか回ってないんだ!夕子は地球で生まれ地球で育った地球人だ。どこにも行かせはしない俺の恋人だ」

 

小鳥遊涼平は殴られた?をさすりながらやれ切れないというようにため息を吐いた。

 

「どうやら何を言っても平行線ですね。いいですよもう…そのことについては後でじっくりと時間をかけて分かってもらいます。その話がどうしても不愉快だと言うなら棚上げしましょう。どうせ緊急の問題ではないですから。大体議論している時間はないんです。それよりも今は奴らテロリストが放ってくる超獣に警戒すべきです」

 

そう言うとは小鳥遊涼平はもう一度満月を見上げ手を振った。そして月の方でももう一度キラリと何かが光った。そして今度はゴーっという音と共に地面が強く揺さぶられた。

 

「なっ何?」

 

「…夕子、あれを見ろ!超獣だ」

 

グワォーンという雄叫びと共に現われた超獣は、頭から腹部にかけて赤い目をランランと光らせた狼で、胸元にはミサイルを発射する器官があり全身は宇宙怪獣のような硬い皮膚で覆われていた。

 

「ルナサウルス…こいつです!こいつですよ、ヤハウェ星をテロリストたちの走狗となって死の都にした一匹は!」

 

「夕子、本部に連絡だ」

 

「分かったわ」

 

星司さんはタックガンを取り出し、胸元のミサイルで近隣を焼き尽くそうとするルナサウルスというらしい超獣に向かっていった。

 

私がTAC本部へ連絡すると間もなくタックファルコンとタックアロー二機がやってきた。しかしルナサウルスはファルコンやアローの攻撃にビクともせず、赤い目から発するレーザー光線と胸元のミサイルで全機を撃ち落とし隊員たちは脱出した。

 

その時地上でタックガンで応戦していた私と星司さんのウルトラリングが光った。

 

「夕子ーっ」

 

「星司さーん」

 

私たちはお互いを求めて駆け寄りジャンプして一つになった。そしてまばゆい閃光が光ると地上にはウルトラマンエースが登場した。

 

『…本当だったのね小鳥遊さんが言ったこと』

 

『いや待て…見ろルナサウルスは小鳥遊に攻撃一つしかけてないぞ。あいつの話が本当ならあいつは超獣の標的になっておかしくないのに。むしろ小鳥遊を避けているように見える』

 

『それじゃ小鳥遊さんは自分で超獣を呼び出したって言うの?』

 

『あいつが月に合図してそれに月が光ってその直後に超獣は出たよな… あとで必ず正体を暴いてやる、行くぞ夕子!』

 

地上ではTACの隊員たちが小鳥遊涼平を保護するとともに事情を聞いているようだった。私はまた変なことを言わなきゃいいなと思いながらウルトラマンエースとしてルナサウルス目がけ突撃していった。

 

一分くらいの鍔迫り合いの後、ルナサウルスは赤い目から放たれるレーザー光線を鎖状にしてウルトラマンエースを身動きできないようにするとミサイルの一斉連射で苦しめた。しかしその時ルナサウルスは地上から放たれる青い光線に目を潰されレーザー光線を使えなくなった。そこでウルトラマンエースは再びミサイル攻撃で闇雲に突進しようとするルナサウルスに、サークルバリヤーで飛びかかるとそのミサイルがルナサウルス自身に当たりルナサウルスは苦しがって倒れた。エースはルナサウルスを持ち上げると思い切りよく地面に叩き落とした。グワァオーン、グワァオーンと苦しがるルナサウルスは誰かに助けを求めているようでもあった。だがルナサウルスに加勢する動きはなくエースはミサイルを発射する火薬庫となっているルナサウルスの胸元にメタリウム光線を放った。するとルナサウルスの身体は大爆音と共に四散した。

 

変身を解いてみんなが集まる場所へ行くと皆が神妙な顔で私と星司さんを見た。星司さんは小鳥遊涼平を横目で見やると竜隊長に向かって言った。

 

「隊長、こいつは宇宙人です。しかも超獣を操っていたのもこいつです。彼が月に合図を送った瞬間月が光って超獣が現われたんです。超獣は意図的に彼への攻撃は避けていました。彼は宇宙難民ではなく侵略者の先兵です!信じてください!」

 

「…北斗。お前の気持ちが分からぬわけではないが、小鳥遊さんの話が嘘だという証拠がどこにある?現にウルトラマンエースを救ったのは小鳥遊さんの持っていたレーザー銃だ。少なくとも彼は敵ではないと思う。地球の最先端の科学ではヤハウェ星という星はアンドロメダ銀河に発見されていないがね。彼の話では月に部下の先遣隊がいて超獣出現を教えてくれたそうではないか。お前が見たのはその部下とのテレパシーのやり取りではないか。世間で謎とされてきた彼の経歴もこれで納得がいく。彼が宇宙人ではあるが敵だと見なせない以上我々は彼の話を聞きアンドロメダ銀河にあるヤハウェ星というものの動きを見極めなくてはならないんじゃないかね」

 

「そんなじゃあ私はヤハウェ星に?」

私は震え声で聞いた。

 

「夕子ちゃん…混乱しているのは分かるわ。ただヤハウェ星の神の預言のことまでは…TACは何とも言えないの。預言は科学じゃないけどヤハウェ星の人は皆それを当たり前だと思ってるしその通りに実現してるのよね。私だって引き裂きたくないのあなたと北斗くんのことはずっと応援してきたんだもの。できるなら私が代わってあげたいわよ。私も困惑してるのよ」

 

美川先輩が心底同情するという顔で私を制した。

 

「北斗…大切な人を奪われそうになって逆上した気持ちは分かる。だがな、彼を宇宙人の先兵と見なせばそれこそテロリストたちの思う壺じゃないか。ヤハウェ星の神の預言だって正鵠を射ているんだ。本来ならそんな非科学的なものは信じられんが」

 

副隊長格でかつて婚約者をメトロン星人に殺された山中隊員が複雑そうな面持ちで言った。

 

皆が小鳥遊涼平の話を信じ切っているように思えて私の頭は真っ白になった。小鳥遊涼平は満足しているというような表情で「大丈夫ですよ。いきなり言われて信じろっていう方が確かに無理ですよね。時間をかけて分かってくれればいいんですから」とその場を収めようとした。

 

「もういい!分かってくれないなら証明するまでだ。行くぞ夕子!」

 

星司さんは私の手を引くと前方にあったタックパンサーに乗せ走り出した。

 

「何なんだ、みんなあいつの言いなりかよ…」

 

 

「今に始まったことじゃないわ。今までだってみんなに分かってもらえなかったことはいっぱいあったじゃない…ただすぐに誤解は解けたけど」

 

私の?に生温かいものが滴り落ちた。みんな私が小鳥遊涼平の言ったヤハウェ星のプリンセスだと思ってるんだ。そして小鳥遊涼平と心一つに戦って悪のテロリストたちを倒し、ヤハウェ星に帰るべきだと。私はそんなことは一ミリたりとも望んでないのにどうして知らないところで運命が決められなくちゃならないの。私の幸せなんてどうだっていいって言うの。

 

「夕子…離さないって言ったろ。たとえ君の味方が俺一人でも、俺は死んでもあいつに君を渡さない!」

 

「星司さん…一緒よ、もしも死ぬ時は。だって私たちは運命共同体なのだから」

 

「夕子…」

 

星司さんはタックパンサーを人気のない路肩に止めると戦闘用のヘルメットを脱いだので、私も慌ててヘルメットを脱いだ。星司さんは私の顔を両手で持ち上げ私の目を見つめた。

 

「畜生…今すぐにでも結婚できたらな…」

 

「結婚?」

 

「そう結婚だよ、結婚して子どもができたらあいつだって諦めるかもしれない…だけど今の俺たちには許されない。ウルトラマンエースとして戦う以上それはあっちゃいけないんだよな」

 

星司さんは私の涙を拭うとその口を口で塞いだ。そしてゆっくりと舌と舌を絡めた。ねえ星司さん…分かってる?私たち二人ぼっちの世界に落ちてしまったみたいだよ。二人だけの孤独に…私たちの愛はどうして誰にも祝福してもらえないの…私だって普通の女の子として好きな人と幸せになりたい、それだけなのに。

 

[第一話 復讐のフルムーン/終わり]

説明
ウルトラマンエースをメロドラマ風に展開したウルトラマン史上究極のラブストーリーです。南夕子を主人公に本編では描かれなかった夕子と星司の恋の行方に主眼を置き(特撮シーンは端折り気味ですが)、第28話以降のパラレルワールドの世界を描きます。夕子と星司の恋に割って入る落ちこぼれヤプール人の王子の哀しい復讐にも注目。もちろん夕子はここでは地球人という設定です。大人に贈るウルトラマンエース=南夕子と北斗星司の究極の恋の物語です。『星の糸 夕子と星司のものがたり』と対をなす作品でこちらはより好きなように書かせていただきました。
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北斗星司 南夕子 特撮 ウルトラマンエース ラブストーリー 

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