Nursery White 〜 天使に触れる方法 6章 0節 |
6章 生徒会の冷血女帝(エンプレス)
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「……あなたは私のお姫様なの。お姫様ががんばるのは、私がどうしようもなくなった時だけでいい。……今は、違うでしょ。大丈夫、私にだってあなたを守ってあげるだけの甲斐性はきっとある。だから、悠里は悠里が思う通りにいて。……それが一番、かっこいいから」
私は、何かをしたかったんだろう。
よく、わからない……ただ、悠里が目の前で泣いているという現実を、そのままにはしておけなかった。
こうやってうやむやにしようとすることは、あまりよくないことかもしれない。でも、私は悠里をそのままにはしておけなかった。
「ゆた、か……。ゆたか。…………ボク、こんなのでいいんですか?」
「……逆に、なんでよくないと思うの?私はね、悠里。私そっくりな悠里が欲しい訳じゃないって、言ってるでしょ?」
手が震える。この手の震えはたぶん、心の震えなんだろう。
「私は、今の悠里が好き。……ありきたりな言葉だけど、人は自分と違う人のことが気になって、好きになるんだよ。だから、悠里は悠里のままでいてくれたらいい」
私はもっと強く彼女を抱き寄せようと、そのまま押しつぶしてしまうんじゃないか、と思うほど力を込めていた。
「ゆたか。…………ありがとう、ございます。……でも、ゆたか。今のはボクの、本心です。まだ整理が付いてないところもありますが……でも、もうちょっとしたら、なんとかなりますから」
「……まだ整理が付かないことは、言わなくていいんだよ」
「ですね。……えへへっ、無理、しちゃいました」
「ばかっ……」
私はもう一度強く悠里を抱きしめて、それから、やっと解放した。
「うぅっ……ゆたかのゆたかに押しつぶされるところでした……」
「だから、そういう下品なスラングは覚えんでよろしい」
悠里は本当にふらふらになって、なんとか椅子に座る。
「……なんて言うか、変なところをお見せしました」
公開処刑。会長さんと大千氏ちゃんの前で、主に私の公開処刑が執行されることとなりました。しかも盛大な自爆によって。くっ、殺せ。虜囚の憂き目を見た挙句、恥辱を受けるぐらいなら殺してくれ!!
「…………やっぱり、今言うべきじゃなかったわ」
「会長さんは悪くありませんよ。それに、謝ってくれたんですから」
「ありがとう。……でも、ごめんなさいね。今日はもっと明るい場にしたかったのに」
「暗くなってませんよ。これぐらい、日常の範囲内です。これでも私たち、結構アレな日常送ってますんで」
「はぁっ……あなたも大概、ウソが下手ね」
「根が善良なもので」
「……はぁっ」
会長さんは連続ため息の後、でも、晴れやかな表情を作ってくれた。
「なんというか、あなたたちには本当に迷惑をかけているわね」
そう言うものの、申し訳ないと思いつめるのではなく、友達に言うような軽い調子だったので安心できた。……会長さんにあんまり弱気な表情は似合わない。たとえ虚勢でも、強気の表情でいて欲しい。
「じゃあ、また手伝ってもらえれば嬉しいわ。……あなたたちがいてくれて、本当に助かったわ。ありがとう」
「こちらこそ、貴重な経験をさせてもらいました。まさかボイスドラマのディレクションみたいなことをするとは……」
それから少しお茶をして、解散となった。
ただ、大千氏ちゃんも帰る方向は同じなので、三人で帰ることになる。
「立木先輩、白羽さん。……会長さんのあの姿、意外でしたか?」
もうすっかり元の空気感に戻っていて、大千氏ちゃんは明るく聞いてきた。
「正直、意外だったかな。……もっとこう、浮世離れした人だと思ってた」
「あははっ、あれはあれで浮世離れしてると思いますけどね。……でも、うん。とにかく一生懸命な人なので」
「それは伝わった、というか、学校での姿を見ているだけでもわかるよ。私が基本、責任のある肩書が苦手な人間だからってのもあるんだけど……生徒会長なんて、やれるだけで相当がんばってるんだとわかるから」
「その上で休日は私とレッスンしていますからね。……本当に、あの小さな体でどうしてそこまでバイタリティにあふれているのか、疑問なぐらいです。……やはり、お胸がエネルギータンクだからでは?そう、ラクダのコブのように…………」
「大千氏ちゃん、若干顔が下品」
「うひひっ……こほん。あっ、ちなみに立木先輩の立木先輩にはノータッチですのでご安心を」
「それは、会長さんにはもうなんかした後ってことなのか!?……後、君までそういうことは言わんでよろしい」
「でも、ゆたかのは魅力的ですよね」
「ですよね!!」
……なんで一年組は意気投合しておるのだ。大千氏ちゃんはわからないけど、悠里が成長することには反対派なので、どうかこれからも下手に豊胸を考えずに生きて欲しい。小さい子は小さいだけで価値があるのだから。
「そうでした。立木先輩と初めてお会いしたあの後、ちょこちょこ先輩のお噂を伺っていました」
「それは、どういう噂なのだろう……」
「あっ、いえ!悪い噂じゃありません!!ただ、陸上部でたまに走っていることだとか、他にもたまに運動部に助っ人で入ったりしていることとか……」
「ああ……そっちね」
そっちじゃない方向でのやらかしがあるので、ついつい人の噂には敏感になってしまう。
……一応、もう吹っ切れたつもりではあるんだけども。
「それで、あの小見川先輩ともお知り合いなのですよね!一年の時から、大会で記録を残している!!」
「ああ、莉沙ね。うん、一応は幼馴染の親友……みたいな感じになるのかな」
「そうでしたか!私は見ての通りの文化系なので、本当にすごいなぁ、って憧れます」
あの、大千氏ちゃん。あなた一応、バレーボール部でしたよね?今もやめてませんよね?
けど、実は莉沙の友達以外から、初めて莉沙の名前を聞いた気がする。まあ、陸上部のエースとかさんざ言われてるんだから、噂になっていて当然なんだけど、普段はあれだけゆるい子が尊敬の眼差しで見られているっていうのは……。
「(大千氏ちゃんから見た会長さんもそんな感じなのかな)」
ちなみに悠里に関しては、すごすぎて実感湧いてない感じ。莉沙がなんだかんだ「高校生」という枠組みで戦っているのに対し、悠里は日本、なんなら世界っていう枠で評価されてるんだから。
「そういえば、ボクもりさ先輩のこと、あんまり知りません」
「そう言う割には名前呼びなんすね、悠里さんや」
「あんまり名字で呼ぶのって好きじゃないので。ゆたかも最初からゆた先輩でしたし」
「でしたね……」
ちなみにこの会話中、大千氏ちゃんはめっちゃにやにやしております。やめれ。
「莉沙、か」
ふと、なぜだかずっと上手くいっている“友達”である彼女のことを考えてみた。
最近、私には悠里という大切な友達ができた。もう、莉沙以外の、莉沙以上の友達なんて絶対に現れないと思っていたのに、尋常じゃない勢いで距離を詰めてくる悠里は、早くも私にとっての“一番”の座に到達しつつある。
なんだか、莉沙に申し訳ない……という訳ではなく、むしろ私は、それが自然なことなのかもしれない、と思っていた。
私は体育も好きで得意だけど、根は完全に文化系、インドア派だ。
それに対する莉沙は、普段はふわふわと文化系みたいな雰囲気を醸し出しているけど、グラウンドに出るとスイッチが入る、完全な体育会系。
似ていない私たちは、だからこそ上手くいっていたのかもしれないけど、それぞれ全く異なる時間の過ごし方をしている。
だからきっと、莉沙には莉沙の、新しい人間関係ができている。私に悠里や、会長さんや大千氏ちゃんとのつながりができたように。
別に秘密にする訳ではないけど、タイプの違う自分の友達だから、莉沙ともタイプが違う。引き合わせれば、なんだかんだで上手くいくのかもしれないけど、双方にとっての負担を考えて、そういうことはしない。
ただ、今も確実に私と莉沙は友達でいる。
……不思議な気持ちがした。
切ないとか悲しいとか、そういうネガティブな気持ちではなく、ただ無邪気に不思議に思う。
莉沙は一体、どんな出会いを経験しているんだろうか?
「――華夜先輩。やるなら1セットマッチって言ったじゃないですか。3セットとか、露骨にバテてきてる僕をいじめて楽しいんですか?」
「でも小見川さん、しっかり食らいついて来てるじゃない。今までは序盤だけ私が押されて、中盤以降は楽に逆転勝ちできていたのに、ギリギリまで勝負が見えなくなってきている――」
「試合内容では僕のボロ負けですよ。……ったく、生徒会の冷血女帝(エンプレス)なんて言われるのも納得ですよ、ホント」
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