月の遅れた夜は
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月の遅れた夜は

 

 

 

 その日は、それなりの“覚悟”を持っていた。

 チョコをもらう覚悟。チョコをあげる覚悟。

 もちろん、私は手作りチョコなんて作れないから、既製品だし、相手からも同じようなものがもらえるんじゃないか、と思ってる。

 だけど、美鳥はいつものように一度も、自分からは私のところにやってこなかった。

 いつもなら私から会いに行くんだけど、今日行くと、まるでチョコをせびりに行っているみたいだし、自分からチョコを渡しに行くっていうのも……照れくさい。

 美鳥も同じことを考えているんだろうか?なんて思うけど、でも、結局放課後まで、美鳥と会わないままだった。

 でも、今日一日会わないなんて、そんなのはあんまりに寂しすぎる。

 意を決して、教室まで迎えに行く。

「美鳥……!」

「何を感動の再会みたいな雰囲気で駆け寄ってきてるのよ」

「いやー、だって、今日ずっと会ってなかったし」

「……ホント。あんたならチョコのために必死こいて来ると思ったのに」

「私そんな、意地汚くないもん」

 少し大げさに怒ったふりをして言う。

「いつもは頼んでなくてもぐいぐい来るくせに。……お陰で、もっと早く渡そうと思ってたのに、遅くなっちゃったじゃない」

「自分から渡しに来てくれたらいいのに」

「それだとまるで、お返しを要求しに行ってるみたいでみっともないじゃない!」

「あっ、あははっ…………」

「笑うこと!?」

 やっぱり、美鳥も私と同じことを考えていたんだ。

「いや、やっぱり私たち似てるなー、とか思って」

「……誰があんたなんかと」

「とりあえず、はい。適当に買ったチョコだけど、そこそこ美味しいと思うよ」

「高級なチョコを期待していたのに、その辺のなの?」

「まあ、お嬢様としての生活しないために、こっち来てるんだからね。普通の高校生らしいチョコですよっと」

「……じゃあ、はい。私からも高校生らしいチョコ。千円切ってるやっすいの」

「あははっ、ちょうどいいぐらいだよ。というか、五百円ぐらいなのも覚悟してた」

「あんたのこれは千五百円ぐらいでしょ。あんまり安いと失礼だし」

「私と美鳥の仲なのに?」

「だからこそ、舐められたくないの」

「スカしてんなー」

「スカしとらんわ!!」

 顔を合わせるまでは、なんだか緊張していたのに、いざ顔を見て話し出すと、もういつも通りの感じになっている。

 それが嬉しくて。自分のことなのに、微笑ましくて。ずっと笑顔だった。

「なんだかんだ、もうそろそろ一年ね」

「そうだねー。思えば長く来たもんだ」

「まだ高一だけどね」

「まだ高一、されど高一。来年は高二で、二年後には高三だよ?進路のこととか考えてる?」

「……順当に大学行くわよ。この辺りで一番のあの大学」

「無難な生き方してんねぇ」

「あんたこそ、なんかビジョンはあるの?極端に言って、何をしても許されるんでしょ。……つまらない無難な生き方でも、とことん型破りな派手な生き方でもいい。そんな幅広い選択肢を与えられて、どうするの?」

「よくわかんないなー」

「ウソでしょ。またそうやってぶって。何度も言ってるけど、あんたはバカを演じるには賢すぎるのよ。知性の見え隠れするエセのバカなんて、見ていて不愉快よ」

「にゃはは……そうですかな」

「そうよ。いい加減、私の前でぐらいは本心を隠さないで。……私だって、本音でぶつかってるでしょ」

「……よくわかんないのは事実だよ。ウソ偽りない、真実」

「まだわからないってこと?」

「うん」

 私は大きく頷いた。

「今の私はまだ、いくらでもある選択肢を選べない。どの選択肢を選び取っても、終着点は同じ。人はいつか死ぬんだから、それまでに何をするかって話なんだから。究極、何もしないでもいつかお迎えは来る。けど、それじゃ面白くない。じゃあ、面白いって何?自分のやりたいことをやり続けること?じゃあ、私のやりたいことって?

 ……そんな風に、選択肢をひとつひとつ考えて、でも、答えを出せずにいる、って感じ。きっと、最適解なんてないもんね。他人から見れば苦労の多い、間違った選択肢と思われるような道も、それを選んだ本人にとっては一番の幸せかもしれない。――うん、そうだ。私はまだ、私の幸せすらよくわかってない」

 それは、私の生活が世間一般からすれば“幸せ”なものだったから?

 ただ私は生きているだけで、最高の環境で好きな時間を過ごすことができた。常に幸福過ぎたせいで、自分の幸福というものを見失っている。

 ……難儀な話だ。

「ねぇ、一発殴っていい?」

「えっ!?ちょっ、ちょっと、愛のあるツッコミはいいけど、ガチ暴力は嬉しくないよ!?」

「……だって、ちょっと真剣に怒ってるんだもの」

「な、なんで……?」

 美鳥は普段はクールを気取っているけど、実は表情豊かだし、特に不機嫌な表情はわかりやすい。

 今は、真剣に怒っている……目に見えて不機嫌だ。

「あんたにとって、私との時間って“幸せ”じゃないの?」

「う、ううん。すっごく楽しいよ。美鳥とまた会えてよかった、ってすごく思ってる」

「……じゃあ、わかってるじゃない。あんたの幸せ」

「美鳥と一緒にいること……ってこと?」

「そうよ!進路がわからないなら、私と同じ大学を受けなさいよ。自信がないなら、勉強を教えるし、あんたのレベルに合わせて受験先を変えてもいい。……私は、あんたと別の大学に通うなんてご免だから。それじゃ、どれだけ人から尊敬される大学に入ったとしても、意味ないから」

「み、美鳥っ…………」

 美鳥は私の胸ぐらを掴むような勢いで身を乗り出して、迫ってきている。

 ……そこまでぐいぐい来るかね。

「ごめん、そうだね。私はまだまだ、美鳥と一緒にいたい。せっかく再会できたんだから、どこまでだって傍にいたいよ。……それを、忘れてた」

「全く、あんたはバカなんだから。今度私のことを忘れたら、その時こそ殴るんだからね」

「ちなみに、殴るってどんな感じに?」

「こめかみをグーで」

「……真剣にヤバイ傷を負いそうなんで、やめてください」

「イヤなら、精々私を怒らせないことね」

「はーい」

 そうだ、と思って、早速美鳥からもらったチョコを開封する。

「ちょっと、包装紙もっと奇麗に開けなさいよ。そんな子どもみたいにビリビリに……」

「どうせ捨てるものだからいいじゃん」

「……奇麗な包装紙なら、取っておきたいとか思わない?……はぁっ、そういうところはお嬢様よね」

「美鳥が貧乏性なんだよー……っと、はい」

 適当に一粒チョコを取って、美鳥に差し出す。

「一口目はあんたが食べなさい。誰のためのプレゼントだかわからないじゃない」

「はーい……んっ、値段相応の味」

「今から腹に一発入れて吐き戻してもらっていい!?」

「うぇっー、やっぱり美鳥、食べたいの?」

「あんたに食べさせがいがないってこと!!ウソでも美味しいとか、ありがとうとか、そう言っておきなさいよ!このアホお嬢様!!」

「美味しいよ!値段相応に!!ありがとう!庶民派な美鳥!!」

「だからそれが余計っつってんの!!」

 美鳥は顔を真っ赤にして、ぽこぽこ殴ってくる。い、いや、力はそんな入ってないけど、普通に痛い……特に胸とか、美鳥と違ってクッション性ないから……かさばらないコンパクトボディだから、私っ……。

「ちょっ、ちょっ、ストップ!ストーップ!!」

「私は止まらないわ!止められるもんなら止めてみなさい!!」

「じゃーっ、私も最終手段で止めるからっ」

「何を……んふっ!?」

 大きく開いた口の中にチョコを突っ込んで、更に口づけをして塞ぐ。

「んぅっ……ちゅっ、ちゅぅぅっ…………」

「ふっ、ふぅっ……。ほら、そこそこな味でしょ?」

「うっさい、バカ、落ちろ滑れ落っこちろ破局しろ電撃離婚しろ」

「も、もう二年後に向けた呪詛!?しかも後半なんか恋愛系だし!」

「……あんたねぇ。もっとちゃんとムードとか、そういうの作ってからキスしなさいよ」

「でも、よかったでしょ?文字通りに甘くて、ちょっとほろ苦いキス」

「…………まあね。バレンタインなんだから、これぐらいは許してあげるわよ。名前だけ使われた哀れな聖人サマに免じてね」

「スカしてんなー」

「だからスカしとらんわ!!」

 これが私たち流、ちょっと遅くなったバレンタイン。

説明
少し遅れたバレンタイン
故意に遅らせた……ような気も……
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