ミラーズウィザーズ第三章「二人の記憶、二人の願い」15 |
「失礼します!」
事後承諾の声。勢いよく開け張った扉の音で、既に注目を集めていたクランだが、そこに更に明快な大声をあげたものだから、講堂にいる全員が彼女に驚きの視線を向けざるを得なかった。
「何事だ、ファシード嬢?」
最初に疑問の声をあげたのは講義を行っていた講師だった。講義の最中、乱入してきた生徒会長に、ただならぬ気配を感じてエクトラ師のが問うた。
「講義中失礼します、エクトラ先生。生徒会運営則第六条第二項に基づく特例執行です」
「ほう、緊急事態特例か。学園長権限で何の用です?」
先を急かされたクラン会長は、教壇のところまで歩みを進めると、ぐるりと講堂内を見回した。
その様子は何やら品定めをするように鋭く、物々しい視線を放っていた。
生徒会長としての威厳と強硬な空気に、皆、気圧される。そしてクランは目的の人物を見付けたのか顔を強張らせて動きを止めた。
「エディ・カプリコット。あなたの身柄を預かります。神妙に付いてきなさい」
「へっ?」
素っ頓狂な声を上げたのは当のエディ本人。彼女の手からノートに走らせていたペンが音を立てて落ちた。
「どうしてですか? どうしてエディが!」
何事かさっぱりわかっていないエディに代わって、いつものように隣に座っていたマリーナが声を上げた。マリーナとて頭が混乱していが、名指しされた本人よりは冷静だった。
「あなたには関係ありません、マリーナ・クライス!」
「か、関係ないって、エディは私のルームメイトですっ!」
クランに一刀両断に言い切られたマリーナは、感情を高ぶらせた声を上げた。
クランは教壇の上で更に一歩踏み出す。それは言い返してきたマリーナを挑発すような仕草だった。
生徒会長として組織をまとめる能力に長けている彼女だが、意外に短気なのだ。彼女の正確をよく知るユキヤがクランの更に前に出て、生徒会長をさり気なく制していた。この有能だか、やり過ぎる嫌いのある生徒会長のブレーキ役こそが、自分の役目であるとユキヤ・ハルナは自覚している。
エクトラ師の緊急事態特例という言葉や、何やら苛立っているクランの態度を見せつけられて、講堂にいる全員が何かよくないことが起こっているのだと容易に想像出来た。
「クライスさん、詳しい事情は話せませんが、事は急ぎますので。さぁ、カプリコットさんも早く」
そんな悪い空気を、出来るだけ和らげようと、ユキヤは甘い声を出した。時が時なら、講堂中から、女性陣の黄色い声が帰ってくるところだが、異常事態を察した生徒達はざわめき立つ。
「え? え?」
未だに状況を飲み込めないエディは視線を泳がせるばかりで、なんとか席から腰を浮かせて立ち上がるが、狼狽(ろうばい)するばかり。
〔エディ、何をやらかしたんじゃ?〕
クランによる講義乱入の一部始終を講堂の天井近くから見下ろしていたユーシーズが、エディの脇に降下してきた。幽体の魔女の声が切っ掛けとなったようにエディの思考が回り出す。
(学園長権限の異常事態って、そんなの、あんた関係に決まってるじゃない!)
心中、ユーシーズに言い返すエディに、魔女はいつものしわがれた笑いを漏らす。
〔くくく、主、人の所為にするのはよくないのぅ〕
(だって、他に)
「エディ、行きますよ」
クランに大声で急かされ、ユーシーズへの苦情も中断される。
クランの乱入から講堂の時間は止まったまま。何事かもわからぬまま、その場にいる生徒達全員がエディの一挙手一投足、全てを見詰めていた。
息が詰まりそうな感覚。視線という魔力がエディを縛り上げてしまう。クラン会長に逆らう気はないのに、エディの足は思うように講堂の階段を下りていなかった。
それがエディの無言の反抗ととられてしまったのか、エクトラ師が
「エディ・カプリコット。ファシード会長に従いなさい。講義は友人にノートを後から見せてもらえばいいでしょう」
と、わざわざ命じた。講師にそうまで言われては、慌てて歩みを早めるしかない。
エディがしずしずと段上の講堂を下りていく間、講義を受けていた他の生徒達は、我関せずを決め込んでいた。講義の最中に生徒会長が直々に乗り込んで来るなど、聞いたこともない状況だった。
生徒会の二人に付き従い、講堂を後にするエディは、講堂に取り残された形のルームメイトの方に、ちらりと目をやった。
心配そうな、それでいて何も出来ないでいる不安な瞳が見えた。しかし、マリーナはエディを一瞥すると、すぐに目を机上に伏せてしまった。いつまでも見送られるのは、エディも後ろ髪引かれるように感じると思ったのだろうか。
講堂を出たエディは、先々と行く生徒会の二人の硬い空気に、質問の声すらあげられなかった。ただ無言で二人に付き従って廊下を行く。
いつもは見とれるクランの黒髪が、今は不吉な色に見えた。
「誰か先生の部屋を借りた方がいいかしら?」
「そうですね。秘匿性ならそれが一番だと思います。防御性を考えるなら宝物庫もありじゃないですか?」
「そこまで必要かしらね。どちらにせよ、一度許可申請に戻らないと」
前を行く二人の会話。エディが関係しているはずなのに、未だに理解不能だ。二人は何の相談をしているのだろう。
「あの……、何がどうなっているのか、教えて欲しいんですけど」
エディの問いに、前を行くクラン会長の顔が何とも言えない表情をした。さっきまでは苛立ちだったのに、困惑色と悲しみが混在した顔だった。しかし直ぐに、まるで睨みつけるような表情に戻り、エディはたじろいでしまう。何も言えないでいるクランの代わりにハルナが答えた。
「僕たちも詳しくは聞いていないんですけど、カプリコットさん、あなた、何かやらかしましたね」
「えと、何かと言われても……」
と口を濁したエディだが、やはりと言うか何と言うか、心当たりは今も連行されるエディの後をふわふわと漂いながら付いてきている。
エディの心当たりは勿論、ユーシーズ・ファルキンその人。不死の魔女と謳われる幽体の口元が笑っているのが腹立たしい。
説明 | ||
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。 その第三章の15 |
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