心を繋ぐ紋章 後編
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『ロキシス?そんな奴しらねぇなー。』

ミルトの頭の中にこの返答が響いたのは、これで幾度目になるだろうか。

ロキシスという男性が自分に会いに来ると約束してから、もう2ヶ月が経とうとしていた。

その間、毎日と言っていいほど”自室のベットの上”で、彼の行方を捜している。

ミルトが使う頭の中の会話は、紋章術と呼ばれる力によるものだ。

紋章の女神レクエンシェル様に祈りを捧げることで発現する奇跡のような力で、自室のベットの上にいたままでも彼の行方を捜すことが出来た。

そんな偉大な力を使って捜しているというのに、ロキシスに関する情報が全く入ってこないことにミルトは落胆を感じていた。

「お嬢様。また、ため息ですか?」

「―――!?」

ミルトは、突然耳元に聞こえた声に驚き身じろいだ。

いつの間にこんなに側まで来ていたのだろうか。

声の主は、意地悪げにくすくすと笑いながら、近くの椅子に腰掛けた。

「王子様探しも良いですけど、程ほどにしませんと奥様が心配されますよ。」

「そ、そんな、ロキシスさんはその、王子様では無いですよ!」

「ふふ、意地にならなくても良いのに。」

「もうっ!ニアンナのいじわる。」

ニアンナと呼ばれた女性は、ミルト専属の使用人だ。

幼い頃から面倒を見てくれている姉のような存在で、普段はとても優しく頼りになる。

だがここ最近は、事あるごとにロキシスの名を口にするミルトをおもしろがって、毎日のようにからかってくるのだ。

「さぁ、お嬢様。気分直しに、本を読んで差し上げましょう。」

「うん…。」

「今日は何冊か持って参りましたよ、恋愛、絵本、それから冒険もの。どれにします?」

恋愛ものは昨日読んでもらったし、絵本はあまり好きでは無かった。

残るは、―――冒険。

確か、ロキシスさんは冒険者だったな。

きっと、色々な場所を自分の目や足で感じながら探検しているのだろうな。

それに比べて私は、とミルトは小さく細い拳をきゅっと握り締めた。

「どうして、どうして私は目が見えないの…。目が見えれば、自分の力でどこにだって行けるのに…。」

「お嬢様…。」

そう、ミルトは目が見えない。

理由も分かっている。

幼い頃患った病気が原因だ。

でも、どうして自分がそうならなければならなかったのか、その理由を知りたかった。

その答えを知っているのは、隣に座っているニアンナでもなければ、父親でも母親でも無いことはわかっている。

ミルトは、時々この質問をニアンナに投げては彼女を困らせてしまう自分が嫌いだった。

「…。」

2人の間に重い沈黙が流れた。

互いに言葉を発せられないでいると、それを見かねたかのように屋敷の門にある呼び鈴の音が響いた。

「…お母様が帰ってきたのかもしれないわ。」

「すいません。それでは失礼しますね。」

「変なこと聞いてごめんね、ニアンナ。」

「いえ…。」

ニアンナは足早に部屋を立ち去っていった。

心なしか彼女の声は、震えていた。

自分のために心を痛めてくれる人が側に居てくれているというのに、どうして満たされないのだろうか。

どうすれば満たされるのだろうか。

その答えをロキシスがくれるかも知れない。

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あの時は、なぜかそう思えた。

彼と話しをした次の日は、呼び鈴がなる度に胸が躍った。

その日は会いに来てはくれなかったが、きっと遠くにいるから会いにくるのに時間が掛かっているのだろう。

そう自分に言い聞かせて次の日、また次の日と待った。

それでも彼は現れなかった。

呼び鈴の音も1日1日と過ぎるにつれ、ただの呼び鈴の音に戻っていくのを感じた。

それが嫌で、あきらめたくなくて自分で探すようになった。

そしてまた、時間だけが過ぎた。

今では待つのがただ辛いだけの時間に成りつつある。

「どうして、私達をあの時会わせたの、レクエンシェル様…。」

ミルトは、一人部屋の中で呟いた。

その返答を返してくれるものはいない。

いつの間にか涙が込み上げていた。

―――リーン。

突然、鈴の音が聞こえた。

屋敷の呼び鈴とは違う、頭の中に響く音。

誰かが紋章術を使って、ミルトに交信してきている。

多分、母親だろうとミルトは思った。母親は父親と何かがあるとすぐにこうやって愚痴をぶつけてくるのだ。

「…お母様、今そういう気分じゃないの。」

『お母様?違うよ、俺だよ。ロキシス。忘れちまったか?』

「えっ!?」

ミルトは今頭の中で起きていることが理解出来なかった。

『あれっ、覚えてないか?女神様。』

忘れるはずが無い。

あの日、同じ様に女神様と呼ばれて以来ずっと待ち続けていたのだから。

先ほどまで堪えていた筈の涙が溢れ出るのを感じた。

「本当の、本当に、ロキシスさんなんですね。」

『あぁ、遅くなっちまった。』

「あ、頭の中に会いにくるなんて、ず、ずるいですよ。」

本当の所は、頭の中だけで充分嬉しかった。

嬉しさで頭の中が一杯になって次の言葉が浮かんでこない。

何を話せばいいのだろう、考えているうちにロキシスが話し始めた。

『ミルト聞いてくれ!あの日以来、君に会うために色々勉強したんだ。頭の中で話す方法が紋章術だって知って、それで俺も同じように話せるようになりたくて。』

「はい。」

『そしたら、他にも色々なことが出来ることも知って。』

「はい!」

ミルトは、一生懸命話すロキシスの言葉に精一杯の相槌をした。

『ミルト、君に見せたいものがあるんだ!』

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ロキシスがそういうと、ミルトの頭の中に突然映像が映し出された。

どこかの部屋の一室であろうか。

これも紋章術の一種だと直ぐに理解した。

自身の視界で見ている景色を他人に見せる術。

この紋章術を習得するのにミルトの両親は半年以上の歳月を掛けた覚えがある。

それをロキシスはこの短期間で覚えて来てくれたのだ。

『見えるか?ミルト…。』

「ふふ。ちゃんと見えてますよ。」

自信なさげに聞いてくるロキシスがおかしくて、ミルトは笑ってしまった。

その笑い声に、彼は彼で照れ笑いをした。

ロキシスは少しの間目を閉じて移動し、瞳を開けた。

次の瞬間、視界には男性の姿が映し出される。

年齢は20代中盤だろうか、中々に凛々しい顔立ちをしている。

不揃いに伸びた黒髪の間から見える額には、獣に付けられたものだろう傷跡がある。

服装は、胸元までしか見えないが軽鎧を身にまとっていた。

視界の端に木の枠が見える。

どうやらロキシスは鏡を見ているらしい。

『…ずっと、黙ってるけど。その、がっかりしたか?』

「いいえ。思っていたより、ずっとずっとかっこいいです。」

『な、なんか照れるな。どんなの想像してたんだよ。』

「冒険者さんと聞いていたので、もっとがっしりしていて、顔も怖い方かと思ってました。」

ロキシスは恥ずかしくなったのか、鏡から目を逸らしてしまった。

『それじゃ、もう俺の顔は良いよな。』

「もう少し、見させてください。」

『俺の顔なんかより、もっと良いもの見せてやるよ。』

そういうと、ロキシスは一度視界を切り別の場所へと移動を始めた。

次に、映し出されたのは扉の前だ。

『ミルトに会わせたい人がいるんだ。』

「え?」

ミルトが聞きかえす前に、ロキシスは勢いよく扉を開く。

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扉の先の部屋には窓から暖かな日差しが入り込んでいた。

部屋にはベットがあり、一人の少女が座っていた。

年齢は10代の後半だろうか、長い金色の髪は日の光を反射し美しく輝いている。

ロキシスが息を飲む音が聞こえた。

「う、嘘。…私?」

ミルトは驚きのあまり口を手で覆った。

それと同時に目の前の少女も同じように動く。

そう、今目の前にいる少女は間違いなくミルト自身なのだ。

そして、ここに自分が映し出されているということ、それは…。

「ロキシスさん。本当に、本当に会いに来てくれたんですね…。」

「あぁ、約束しただろ、絶対に会いに行くって。」

ミルトの耳に直接、ロキシスの言葉が伝わってくる。

それが間違いのなく彼がここにいることを教えてくれた。

ミルトの目から溢れる涙はもう止まることはなかった。

「わるい。もう、紋章術が切れそうだ。」

ロキシスがそういうと、目の前の少女は視界から消え、ミルトはまた元の暗闇の世界に戻ってしまった。

このまま、ロキシスが消えてしまったのではないかと心配になったが、彼はミルトのすぐ傍らに座り、手を握り締めてくれた。

ごつごつしているが、とても暖かくやさしい手だ。

「来てくれないんじゃないかって、ずっと、ずっと不安だったんですよ。」

「俺も直ぐに会いに行きたかったんだ。けど、そうも行かなくなって。」

そういうとロキシスは、ミルトと出会ったあの日のことを話してくれた。

自身が瀕死の重傷を負っていたこと、そこにミルトが話しかけてきたこと。

その後、1週間生死を彷徨っていたこと。

「ミルトに会いに行く、その約束があったから俺はこの世界にしがみ付いていられた。君は俺の命を救ってくれた。本当にありがとう。」

ミルトの手を握るロキシスの手に一層力が入った。

「俺が君にしてやれることはないか。俺に出来ることだったら何でもする。」

「本当に何でもいいんですか?」

「あぁ、約束する。」

ミルトは頭の中に浮かんだ返答に、少し躊躇した。

それでも、ミルトにとってこれ以外に望むことなんて無かった。

「ロキシスさん、私は―――。」

 

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小さな街の通りに歌が聞こえる。

歌声はどこまでも澄み切っていて、この世のものとは思えないような美しい旋律を奏でていた。

通りを行交う人々は皆、その歌声のあまりの心地よさに足を止め、時間を忘れ聴き入った。

歌声の主は長旅をしているのであろう。身に纏う衣服は所々ほつれ、砂埃で汚れていた。

それなのに、なぜか女神を連想させる美しい女性だ。

その傍らには、共に旅をしているのであろう男性が優しく寄り添っている。

彼女の歌は旅人の冒険について歌われていた。

はるか遠くで出会い。

そして、共に同じ世界を見て、共に旅をするようになった。

たった一人の男性の為に歌われる旅人の詩を―――。

 

説明
オリジナルファンタジー作品の短編の続きです。
前編をご覧になってから、お願いします。
http://www.tinami.com/view/93998

偶然であった二人。
ひとときの邂逅が二人の運命を大きく変えて行く。
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紋章の女神 オリジナル ファンタジー 短編 小説 紋章術 

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