やさふろひめとの絆語り
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「オガミちゃん、おはよー!」

「…………」

「あれー?まだ寝てるの?」

「…………んあー」

勢いよくスパーンと襖を開けられ、そんなけたたましい声で挨拶されたらどんなに良い夢もたちまち霧散してしまう。

いや、俺もそろそろ起きなければいけない事は分かっているし別に夢を見ていたワケではないのだが、

夕べの深酒が過ぎたせいで今朝に限ってはかなり寝起きが悪かった。布団が恋しくてたまらない。

闖入者は、そんな主の事の事情などおかまいなしとばかりに傍まで寄ってくると眠気にまどろんでいる俺の肩を軽く揺さぶってきた。

「ね、オガミちゃん」

「そんな大声で叫ぶな。聞こえてるって……」

目をこすって無礼者の顔を確認する。黒い髪に、ふりふり尻尾。そして細い瞳孔を備えた式姫は一人しか知らない。

「後でさ、近くの神社に一緒に行かない?」

「あー?」

やさふろひめは目を輝かせている。俺がこれ以上ない程の不機嫌な表情を露わにしても、一向に怯まない。

ここまで来ると、もはや憤怒より羨望の感情が勝ってくる。

何をそんなにニコニコしてるんだコイツは。その首から上だけ俺と取り換えて欲しいもんだ。

「悪いが今日はダメだ、また今度な」

殆ど機能していない脳は、これ以上やさふろひめの相手をしても無駄との判断を下した。

別れの言葉を告げ、布団を被る。あと三十分は寝ていたい。

「えー、ダメだよ。今日でないと絶対ダメ!ねー、オガミちゃーん」

大人しく立ち去るかと思いきや、布団を揺すってきやがる。本当になんなんだコイツは……。

基本的にやさふろひめはさほど強情な式姫ではない。が、恋愛要素が絡むと途端に豹変する。

それは彼女の長所とも短所とも言いにくい微妙な特徴であり、今の俺にとっては面倒くさかった。

 

体調管理も仕事の一環、陰陽師よ健康であれとのモットーを掲げる俺は

うるさい、面倒くさい、うっとうしいの三拍子備えた黒猫を蹴り飛ばしたい衝動に駆られた。

なお、酒を呑み過ぎたお前のせいだろという抗議の声は却下させていただく。

 

「オーガーミーちゃーんってばー」

ちゃん付けはこの際どうでもいいが、やさふろひめは中々しつこい。

そのまま数分間こんくらべをしていたが、とうとう俺は布団を手放した。

大人しく眠らせてくれないなら、もはや選択肢は起きる一択しか残っていないのだ。

「あーもう分かった分かった!朝飯食ったら付き合ってやる」

「ホント?じゃあ、玄関で待ってるからね」

 

ありがとうもごめんねも無しかい。やさふろひめが出て行くと、俺は一人悪態をついた。

のそのそと起き上がり、めくれた布団を見下ろす。もう一度、ここにダイブできたらどれだけ幸せか。

「はぁ……やれやれ」

頭を掻きながら、先程までの出来事をもう一度脳内で再生する。

有無を言わさない強引な誘い方。一緒に行こうと誘っておきながら気遣いの一つもなし。

恋愛要素が絡んでいそうだが、デートというわけでもなさそう。……何か矛盾してるな。何か見落としたか?

古ぼけたパソコンのように、脳が完全に機能するにはまだ時間がかかりそうだ。とりあえず何か食べないと。

「今日は面倒くさい一日になりそうだな……」

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腹を満たすと少しはマシになったが、その程度で収まるような二日酔いではない。

ふらふらしながら玄関に向かう途中、白峯とすれ違う。

「あら、お出かけですか?」

「ちょっと猫の散歩に」

「でしたら傘を持って行かれた方が――」

「要らん要らん。すぐ帰る」

「では、お気を付けて」

 

占い師の示唆したように天候は曇っていたが、結局傘を持たずに出てきてしまった。

生ぬるい風が時折吹きつけ、ただでさえ機嫌の悪い俺の嫌悪感をさらに煽ってくる。

スッキリしないのは俺も同じ。晴れているのは、隣を歩くやさふろひめの顔くらい。

「なぁ、あとどれ位だ?」

「もうすぐだよー。あの山の麓、階段が見えるでしょ?」

「今日は屋台でも出てるのか?」

「違うよ。あそこの恋みくじ、よく当たるって評判なんだって」

「はぁ……」

そんな事だろうと思った。面倒くせぇ、帰りたい。

というか、何でおみくじを引く位で俺が付き合わされなきゃならんのだ。そう思うと、余計イライラしてきた。

あー、今すぐ雨降ってくんないかな。そうすりゃ全部水に流れてくれるのに。

普段の俺なら手ぇ繋ごうか?の一言でも吹っかけてからかってやるのだが、生憎とそんな気分ではなかった。

 

手すりの設置されていない石段を無駄に昇らされ、ようやく目的地に到着した。

誰だ、こんな妙に小高い所に神社建てヤツは。

ところどころ朱色の禿げた鳥居。風化が進んでやや変色している灯篭。

台座には狛犬ではなく、モフモフの欠片もない岩石成分百パーセントの狐が鎮座していた。

おまけに無造作に風に散らばる落ち葉が、境内の景観を格下げている。

当然こんなどんよりした日に参拝に訪れる物好きな人などいるはずもなく、閑散とした雰囲気が漂っている。

大吉どころか妖怪の一つでも出てきそうな雰囲気だ。

チラリと横目でやさふろひめの様子を伺ったが、相変わらずウキウキしている。

おみくじを引く前から何でそんなに浮かれているんだお前は。

 

「あ、あった。おみくじ、ほらあそこ!」

「ちょっと待て」

強引に俺の手を引っ張っていこうとするやさふろひめを制止する。

「どうしたの?」

「俺はいらん。自分の分だけ引いてこい」

懐をゴソゴソやって、やさふろひめの手に硬貨を握らせた。

「えーダメだよ。一緒に引こうよー」

「イ・ヤ・だ」

「一緒じゃなきゃダメなの。ねっ、お願い、このとーり!」

手を合わせて頭を下げるやさふろひめの姿に、少しだけ怒りが収まる。

「…………ちっ、しょうがねぇな」

 

なんだかんだで本当に甘いな、俺も。

 

 

 

おみくじ程度高いモノではないのだが、何故たかが紙きれ一枚に金を払わなきゃいけないのだろう。

馬鹿馬鹿しい。店番の巫女さんも可愛いくなかったし。

こんな状態で引くおみくじなど、いい目が出るワケがない。

 

『小吉』

 

ほーらみろ、やっぱり微妙なのがおいでなすった。

 

待ち人:運命の人に出会う

片思い:口にしない方が良い いずれ成就する

結婚:今は諦めるべし

 

運命の人、ねぇ。

良くも悪くもない、本当に微妙な事しか書かれていない。

 

『辛抱強さが大切です。我慢強く待ち続ければ、良い結果が出ます。白い物を身に付けると運気が上がります』

 

白いモノか。ハチマキでも締めれば妖怪退治にも気合い入りそうだな。

一方やさふろひめの様子を伺うと、あからさまに落ち込んでいる気配。耳と尻尾が垂れている。

「やさふろー?」

雷に打たれたように放心している彼女の方をポンと叩くと、ビクリと飛びあがった。

「ひっ!……な、何?オガミちゃん」

「どうだった?おみくじ」

「だ、だめだよ、内緒内緒」

おみくじに手を伸ばすと、ひょいと逃げられた。

「大方、凶でも引いたのか」

やさふろひめの動きが一瞬ピタリと止まる。どうやら図星らしい。

 

「残念だったな。俺のと交換してやろうか」

「要らない」

今朝の元気はどこへ行ったのやら、すっかり落ち込んでいる。

「おみくじは引いたんだからもう帰ろうぜ。雨降りそうだし」

「…………」

やさふろひめは俯いたまま、動かない。

「もう用は済んだろ?ほら、帰るぞ」

「…………ごめん、先に帰って」

「何?」

「私の事は放っておいて」

は?何だよそれ。自分から誘っておいて今度は放っておいてとかわけ分からん。

自分勝手な態度に、収まっていた怒りがムラムラと湧き上がってくるのを感じた。

俺はやさふろひめの手を取ろうとして――

 

 

 

パシッ!と、振り払われた。

 

 

 

「……っ!勝手にしろ!」

堪忍袋の緒が切れた俺は、捨て台詞を残してやさふろひめに背を向け歩きだした。

背後の式姫が、どんな顔をしていたのかも知らずに。

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かつて白峯と話し合った俺は、占いが必ずしも良い結果をもたらすものではないという事を知っている。

おみくじも然り。ましてや、よく当たるおみくじなんてのは嘘だろうが本当だろうが気味が悪い。

これは神様の託宣でも予言でもない、寝言と同じ。外れて当たり前なのだ。

大吉を引いた所で自慢にもならない、酒の席で笑い話のネタに取りあげる位がちょうどいい。

 

紙きれ一枚に運命を託すという事がどれほど恐ろしいか、この恋愛上級者は知らないのだ。

真に注意すべきは、書かれている事ではない。書かれている事を信じようとする自分の心。

紙に記された文字も神より預かった言の葉も変わらないが、自身の未来はどうにだって変わる。

 

その事に、お前は気付いているのか。やさふろひめ。

 

 

 

歩き出した途端、彼女の心をそっくり表すかのように雨が降りだした。

みるみるうちに本降り、そして土砂降りへと勢いを増して行く。

数歩歩いた後、俺は足を止めてやさふろひめの方を振り帰ったが、彼女は俯いたまま微動だにしない。

「ちっ……」

知るもんか。自分勝手にしたいなら、気が済むまでそこでカカシになっていればいい。

今度こそ振り返る事なく、俺は足早に立ち去った。

 

我慢強さが大切だと?ふざけるな。

俺はおみくじなんてアテにしちゃいないし、あんなもん鵜呑みにする方が馬鹿だ。

やさふろひめの気持ちなんて知った事じゃないし、嫌な運命を信じたいならそうすりゃいい。

引き返して連れて帰る気など微塵も起きなかった。

「くそっ、傘持ってくれば良かった」

聞く者のいない愚痴をこぼしつつ、足早で石段を下りる。嫌な事があった日には、さっさと家に帰るに限るってモンだ。

ふと、がさがさと脇の藪が揺れた。そっちに一瞬気を取られた俺は、階段の途中で足を滑らせた。

「あ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バランスを崩し、前のめりに倒れ込むその刹那、おみくじの一文が頭をよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『辛抱強さが大切です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ、確かによく当たるおみくじだ。

今日は、本当に、ツイて――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ふと、ご主人様の悲鳴が聞こえたような気がして私は顔を上げた。

が、境内を見渡してみても誰もいない。

「はぁ……」

ため息ですら雨音にかき消され、私の耳には届かない。

どうしちゃったんだろ、私。こんなはずじゃなかったのに。

ご主人様の姿が見えなくなった後、とりあえず軒下に避難した。

膝をかかえてうずくまっても、濡れた体はやはり寒い。

鼻をすすり、小刻みに体を震わせながら私は夕べの出来事を思い出していた。

 

 

 

「…………見えました」

真剣な顔で水晶玉を睨んでいた白峯さんが、ようやく顔を上げた。

「ど、どうかな?」

「明日はご主人様を連れて、××神社へ行ってみるといいでしょう」

「あー、最近恋みくじが出来たってウワサの神社だね」

「そこで二人は――」

「わーストップストップ!うふふ、その先は言わなくてもいいよー白峯さん」

二人でおみくじ引いて、大吉に喜んで、その辺でお茶を飲みながらご主人様といい雰囲気になって……。

「そして最後には……ふふ、うふふふふっ」

「あの、やさふろひめさん?」

「キャー!もう、ご主人様ったらー!!!」

悶え転げまわる私の姿を、白峯さんは呆れたように眺めていた。

 

 

 

そんな一日を期待していた筈なのに、一体どこで間違えたんだろう。

ご主人様の機嫌は悪いし、おみくじは凶、雨には降られて、とうとうご主人様にも見捨てられて。

「うっ……うっ……」

生暖かいものが、私の目尻を伝った。

白峯さんの占いに期待した私が馬鹿だったんだろうか。……そうかもしれない。

この雨はきっと、頭を冷やせというご主人様の心の声。

 

ごめんなさい、ご主人様。私、一番大事な事を忘れてたよ。

占いに頼るあまり、ご主人様の気持ちにちっとも気付いてなかったってコト。

そんな私なんて、見捨てられて当たり前だよね。

とめどなく涙が溢れてきても、私はそれを拭う気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

 

 

聞き覚えのある声にふと顔を上げると、ぼんやりとした視界にご主人様の姿が映っていた。

持ってきていなかった筈の番傘を差している。幻聴に続いて、とうとう幻覚まで見るようになっちゃったのかな。

呆けている私の頭に、ばさりと手ぬぐいがかけられた。夢じゃない…………?

「いつまでぼーっとしてんだ、風邪引くぞ」

 

こんなに雨が降っているのに、何故かその声ははっきりと私の耳に届いた。

 

 

 

「ふぇ……ご主人様……ご主人様ぁ……」

私の中で止まっていた時間が、再び動き出した。

 

「うわああああぁぁぁん!」

体を拭く事もしないまま、私は思いっきり目の前のご主人様に飛びついた。

雨と涙と鼻水でぐしょぐしょになった顔を押し付ける。

 

泣きじゃくる私の頭を、ご主人様の温かい手が優しく撫でてくれた。

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着替えを済ませて居間に入ると、白峯が待っていた。

「今日はお疲れ様でした、オガミ様。ほら、お茶を淹れておきましたよ」

「おっ、サンキュー」

濡れた頭を手ぬぐいで拭きながら、白峯の隣に座る。

「ずずずず……あちゃちゃっ!」

「あら、すみません」

「いや、冷えた体にはこれくらいでちょうどいい」

「……やさふろひめさんは?」

お茶をすすりながら、俺は風呂場の方角をチラッと見た。

「お茶より熱い風呂に入ってます」

「そうですか」

「ずずず……はぁぁ、うまいのう」

「私も頂きましょう」

主に倣って、白峯も茶をすする。

その一連の動作が終わるのを待って、俺は本題を切りだした。

 

「白峯さん。あの黒猫に何を言ったのかな?」

「……何を、とは?」

「とぼけないで下さいよ。何か焚き付けるような事を吹き込んだんでしょ」

「今日の出来事を少し占ってみただけですわ」

「あー、やっぱりね」

「もっとも、やさふろひめさんは最後まで聞かなかったようですが」

「……やっぱりね」

その内容はもはや聞くまでもない、大体の見当はつく。

「どこで気が付きました?」

「石段で転びかけた俺を助けてくれた時に。どうにも都合が良すぎると思って」

 

 

 

あの時、咄嗟に藪から飛びだしてきた白峯が助けてくれなかったら、間違いなく骨の一本は折れていた。

何度も感謝する俺に対して番傘を渡し、そのままヒーローのように白峯は颯爽と飛び去っていった。

 

 

 

「ずっと見張ってたんですか?」

「……ふふ、それはご想像にお任せしますわ」

むう、はぐらかされた。

「私は出かける前に言いましたよ。お気を付けて、と」

分かるかそんなもん。ずっと雨の事だと勘違いしていた。

とはいえ、なんだかんだで彼女に助けられた事は間違いない。

俺は改めて感謝の言葉を述べると、

「夕飯には冷奴でも出しておきましょう」

「あら、ありがとうございます」

「白い物を身に付けろっておみくじに書いてあったんで」

「豆腐は食べ物ですよ……?」

「……ですよね、あはは」

 

 

 

やさふろひめが凶を引いた事は、なんとなく分かっていた。

彼女がおみくじを信じているなら、災いはどうあがいても回避できないだろう。

だから俺は感情に流されるフリをして、雨の中に彼女を置き去りにしたのだ。

わざと痛い目に合わせてやれば、恐らくそれ以上の辛い出来事は起きないと踏んで。

小凶を以て、大凶を退ける。得体の知れない不幸に飲み込まれる前に、自身の手で傷つけてやるという滅茶苦茶な理論。

 

たまには雨の日に出かけるのも、悪くない。

転禍為福――――雨の力で地を固め、絆を深める。面白い、実に面白い。

 

 

 

バタバタという足音が響き、襖がガラっと開けられる。そっちに目をやると、バスタオル一枚の湯上り猫が。

ぎょっとしている主に対して、モジモジしながら小声でやさふろひめが呟く。

「オガミちゃん、今日は、その……ありがとうね」

「お、おおう……とりあえず着替えてこい、な」

濡れた黒髪に火照りと艶を帯びた肌が、実にけしからん。

「う、うん!」

バタバタという足音が遠のいていくと、俺は大きくため息をついた。やっぱあいつ、こっちの事情なんも考えてねーな。

 

「えっくしっ!」

「オガミ様、大丈夫ですか?」

「あぁ、石段から転げ落ちて首の骨を折るよりは大丈夫」

 

白くはない白峯を傍に置いておくだけも、運気が上がるのかな。

……けれどやはり、よく当たるおみくじなんて気持ち悪い。

 

「……運命の人に出会う、か」

「はい?」

「いや、なんでもないです」

 

 

 

あぁ、確かに白峯は――――運命の人だ。

説明
やさふろひめと神社に行くお話です。公式ネタを参考にアレンジ。

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