夜摩天料理始末 32
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「閻魔殿、これはちと告発には弱いのでは無いかな?」

「あら宋ちゃん、そうなのよ、そこが弱みだったのよね、私ってば、繊細だから、あなたみたいに、善導してやるから従えー、なんて、他人に言える程図太くないし」

 閻魔の嫌味に顔を赤くする宋帝を無視して、閻魔は都市王に向き直った。

「という訳で、良心の呵責って奴に頼ろうかなーと思ったんだけど、どう、無実の人を地獄やらに落として、心が痛んだりしない?」

「恥じねばならない点は確かにあったようだ、だが、やましい事は何もありませんな」

 涼しいと言って、これ以上ないしれっとした顔を見て、閻魔はため息を吐いた。

「優しい顔してるのに、頑丈な心臓してるわねぇ」

 困った物ね、ほんと。

 時間も無い事だし、仕方ないか……。

「んじゃ仕方ないか、見る目、嗅ぐ鼻、都市ちゃんの所の良心を連れて来てー」

「……む?」

 都市王の顔に、僅かに困惑の色が混じる。

 やがて見る目、嗅ぐ鼻に引かれて来た、ぐったりした小男の姿を見て、都市王は、その顔から笑みを消した。

「……私の家に押し入りでもしたという事かな、閻魔殿」

「やぁねぇ人を強盗みたいに、冥界の危機を救うために、大義の為にと、誠心誠意、涙ながらにかき口説いて来てもらったのよ」

「う、嘘です閣下、私はそのような!」

「判っておる、狼狽えるな!」

 家令を静かに一喝して、都市王は閻魔に刺々しい目を向けた。

「我が家令が何を言おうと、その裏付けが無ければ、冥府十王に罪を問うなど、如何に閻魔殿とて、許されませんぞ」

「あっそ……」

 はぁ、と閻魔はわざとらしくため息を吐いて、それまでのへらりとした顔を改めた。

「冥府十王だからこそ、こうやって、証拠小出しにしながら、改心の機会をくれてやってただけなんだけどね」

 酷薄とすら言える口調と眼光に、さしもの都市王が、一瞬だがたじろぐ。

「いかに、閻魔殿とて、我ら十王と閻魔、夜摩天は本来同等、その口の利き様は……」

「裏付けって奴を見せてやろうってのよ」

 閻魔は、何か言いかけた都市王を無視して懐から紙片を取り出した。

「ついでに言うと、その男は口を割っては居ないわよ……ただ、こいつを受け取った所を、私に取り押さえられただけ」

 閻魔は、それを読み上げた。

 

「式姫の主の寿命を縮める事が成った上は、一刻も早くその魂の審判を結審させますようお力添えを。以前お願いしたる、彼奴(きやつ)めを地獄送りにする話は、この際問いませぬ故、早くあの魂の始末をお付け下され。我らが大願、この一事に掛かりおります、何卒、何卒」

 

 読み終えた閻魔が、静まり返った廷内を、嫌味な視線で一撫でする。

「いや、切実な感じねぇ。それで、これ、どういう事かしらね、都市ちゃん」

「閻魔……その手紙は一体」

「地上から都市ちゃんに送られてきた恋文よ」

 ひらりと紙を一振りして、閻魔は言葉を続けた。

「私が彼の館にこいつが入るのを見た、という証言も出来るけど……都市ちゃんは納得しないでしょうし、他の十王も半信半疑でしょうから……」

 証言って、基本的に役に立たないわよね、ほんと。

 そう言って、閻魔は夜摩天に、その紙片を手渡した。

 その時、夜摩天が、すでに彼女が頼もうと思っていた物を、手元に引き寄せてあるのを見て、閻魔はにやりと笑った。

 流石。

 一瞬だが、閻魔と夜摩天は、昔、戦場で肩を並べた時のように、鋭い笑みを交わした。

 夜摩天が、その手紙を受け取り、どこか平板な声を発した。

「では、もっと客観的な事実として、浄玻璃で、この手紙がどこから来て、誰の所に送られたのか、その顛末を確認しましょうか」

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「無用」

 

 常に余裕を湛えていた、穏やかだった声が僅かにひび割れる。

「都市王殿……お主」

 周囲から上がる様々な声、そして、隣に居たのが、実は途方も無い化け物だと気付いたように、慌てて彼から距離を離す他の十王たちを、冷笑交じりに眺めてから、都市王は閻魔に鋭い視線を向けた。

「いつから嗅ぎまわっていたか知りませぬが、よくぞそこまで」

「何と、今日一日で全部、私一人で調べたのよ、凄いでしょ」

 とある人の入れ知恵で始まった事ではあるけど、それは言えない約束だし、調べた私自身だって十分偉いから……まぁ、この位は吹いても良いわよね。

(一年を、一日で過ごすいい女……の本領発揮と言った所ですね)

地上の相撲人(すまいびと)は、年に二十日の興行で一年分の金を稼ぎ出す……ある意味、閻魔も、そういう類の存在。

……いや、彼らと違って、稽古すらしてないので、更に稼ぎは良い事になるのかしら……いけないいけない。

 夜摩天は、妙な方向に向きだした思考を打ち消して、改めて都市王に緊張した顔を向けた。

 冥府十王内に、此度の黒幕が居るだろう事は予測していたが、実際に目の当たりにすると、やはり暗澹たる気持ちになる。

 まして、知勇に欠ける所なく、閻魔、夜摩天の位に最も近いと言われていた、彼だったとは。

「ふむ……嘘か真か知りませぬが、流石、閻魔の位を、先代の指名で引き継いだだけはありますね」

「褒めてくれるのは有り難いんだけどね……さて、この落とし前はどう付けてくれるのかしらね」

 閻魔帳の改竄は、すなわち他の生を弄ぶ事に他ならない。

 故に、その罰は、今の生を終える事無く、即時の地獄最下層送りと決まっている。

「落とし前ですか」

 都市王が、どこか投げやりに笑い、腰にした剣の鞘を軽く叩いた。

「それは御免蒙って、手向かいしましょうかね」

 それを見て、閻魔と夜摩天が席を立ち、本来は象徴的な物として、その席の傍らに置いてある、断罪の斧を手にした。

「……大人しく罪に服しなさい、都市王、貴方も判っているでしょう」

 地獄行きは過酷な罰なれど、まだ、その魂に救済の余地は残る。

 だが、この冥府の法廷で、更に彼女たちに背くと言うならば……その魂を滅ぼさねばならない。

「確かに都市ちゃんの武は認めるけどねー、あたしと夜摩天ちゃん、二人を相手に出来るかしら?」

「冥王二人を相手に戦えると……そこまで己を恃んではおりませんが」

 繊細な右手を翳し、手を開く。

「援軍もありますので、何とかなるかな……と」

 その手の中で、昏く、紅い光が煌めく。

 

「そんな、何故、あれがここに在る」

 陰陽師が低く唸るような声を出す。

「あの赤い石……あやつが儂に寄越した、毒消し薬ではないか……」

 自分が騙されて、とんでもない物を飲まされていた事に気が付き、領主が呻く。

 何か、自分たちの手には負えない、大きな話に巻き込まれている事を本能的に感じ取った人間達が、対峙する三人から、距離を取るように後ずさった。

 その拍子に、目に入った光景に違和感を感じて、男は夜摩天の方を……いや、彼女の更に後ろの方に目を向けた。

 厳重な様子の鉄扉と、そこに密やかに近づく……。

「あの野郎、一体何をしてやがる?」

 

「冥府の法廷に、あろうことか殺生石を持ち込むとは」

「……正気、都市王?」

 夜摩天の声が静かな怒りに震え、閻魔の声が、珍しく余裕を失う。

「ええ、強いと判って居るモノを利用しないというのも愚劣かと思いますよ」

 都市王が、それを手の中で弄ぶ。

「私の力とこれを併せると、さて、どれ程の事が出来るか」

「先に待っているのは、あの妖狐の支配を受けて、貴方ならざる存在に堕する運命だけですよ」

 夜摩天の言葉に、都市王は僅かに口を皮肉っぽく捻じ曲げた。

「そこに居る陰陽師程度ならば、ね」

「……む」

 陰陽師が微妙な角度に眉を上げるが、それ以上は何も言わずに、表情を消した。

「自分は大丈夫って思い込みは、失敗への第一歩よー」

「冥王たるべき私ならば、その力をねじ伏せ、我が物とする事も叶いますよ」

「……外道の力に手を出すようなのは、そもそも冥王の資格は無いわよ」

「これまでは、そうだったかもしれませんね」

 くすくす笑いながら、都市王は、その石を手の上で弄びながら、夢見る様に呟いた。

「時代は常に変わる物ですよ、先代冥王のお二人。私ならば、あのように亡者を待たせる事無く、大いなる智と力によって、正しく早く効率よく、裁きを進められるのです」

「そうですか……」

 夜摩天の声に、不吉な響きが籠もり、彼女は斧を手に、都市王の方に歩み出した。

 冥府の裁判長となってからこちら、ずっと戦う事を自らに禁じては居たが、已むを得まい。

「力を以て冥法を捻じ曲げんとするならば」

 背に負った夜摩天の火炎光背が、それまでの穏やかな炎から、赤熱した炎獄の色を宿す。

「冥王の務めとして、私が先ずお相手を」

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「おっと、都市王と戦うのは少し待ってもらおうか、夜摩天殿よ」

 

 嘲るような声が、夜摩天の後ろの方から響く。

「……!」

「宋帝、あんた?!」

 夜摩天と閻魔が、慌てて振り返る。

 冥王二人の席の後ろ。

 黒く鈍い色に輝く鉄扉に手を掛けた宋帝が、二人をニヤニヤしながら眺めていた。

「常にあんたが守ってるこの扉に、ようやく近づけたぜ」

 油断も隙も欠片も無かったからな、いや、大したもんだ。

「……何の心算です?」

 いや、聞くまでも無く、夜摩天には判っていた。

 あの扉が持つ意味は、一つしかない。

 そして、それに手を掛けているという事は。

「これを開けられたくなければ、武器を降ろして貰おうかな……なぁ、先代夜摩天と閻魔殿よ」

「……アンタ達、仲間だったの」

 物騒な視線を向ける閻魔に、宋帝は愉快そうに声を掛けた。

「大した調べだったよ、閻魔殿、ただ、私の存在を見いだせなかったのは、手落ちだったな」

「時間が無かったもんでねー」

 共犯者に関しては、考えぬでも無かった……だが、冥府十王の二人までがあの妖狐の企みに乗るなど、正直、検討するのも馬鹿馬鹿しいと思っていた。

 甘かったと言われればそれまでだが、時間の無かった閻魔にしてみると、可能性を考慮した上で、最初に排除した考えだったのはやむを得ない。

「成程、実際の工作は都市王が行い、法廷での弁論なり誘導は宋帝が実行していたという訳ですか」

 思い返してみると、なるほどと言う感じではある。

 ここ、冥府の法廷の仕組みを知り尽くした二人が意を合せていたのでは、腹立たしいが、夜摩天に気付かせずに不正を行えていた事も頷ける。

 周到な。

「お判りでしょうが、それを開けば貴方達二人も滅びますよ……その覚悟は?」

「どの道、閻魔帳の書き換えに手を染めた以上は、この先の運命は大差ない、ならば、道連れが居た方が良かろうよ」

 宋帝の言葉に、都市王も頷くのを見て、閻魔が肩を竦めながら、斧を放り出した。

「やだやだ、宋ちゃん都市ちゃんと無理心中とか冗談じゃないわね」

「全くですね」

 その眼光に鬼気を宿しながらも、夜摩天もまた、こちらは静かに斧を足元に置いた。

 

 まだ冥府十王や見る目嗅ぐ鼻は、辛うじて法廷に留まっているが、既に獄卒たちは、恐怖の表情を浮かべて、我勝ちに法廷から逃げ去っていた。

「あの扉の奥に、一体何が」

 陰陽師が、自分も知らない事を目の当たりにして、疑問の言葉が思わず口をついた。

 がらんとした廷内に、彼の声が虚ろに響く。

 冥王二人を大人しく退かせる程の、何が、あの奥に。

「あの扉は、とある魂の牢獄」

 夜摩天は呟くように声を出した。

「魂の牢獄?」

 不思議そうに、そう繰り返した男に、夜摩天はちらりと視線を向けた。

「強大すぎるが故に滅ぼせず、故に転生させることも敵わない、仕方なく、その悪意に汚されてしまった肉体と魂を別々に、天の武神と冥界の長がそれぞれ封じた大いなる存在」

「ちょっと待ってくれ、天の武神って……それは」

 雷神にして、武を司る、天界最強を謳われた存在、建御雷。

 あいつが封じて居たって事は。

 男の顔色が、何かを悟って青くなる。

 その言葉に頷きながら、夜摩天は、顔を宋帝に……彼が手を掛けた扉に向けた。

「そう、今は貴方が、あの大樹の力を使って抑えている、あの黄龍の魂を封じた牢獄です」

説明
式姫プロジェクトの二次創作小説になります。

前話:http://www.tinami.com/view/945849
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閻魔 夜摩天 式姫 

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