Nursery White 〜 天使に触れる方法 6章 5節 |
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実際問題、学生というのは学校の極限られた場所で生活していると思う。
究極、移動教室がなく、お弁当を持ってきている日は、自分の教室とトイレだけで一日が完結してしまえるのだから。
なので、二年になった今でも、校舎の全てを熟知している訳ではないし、同じ学年にも知らない人はたくさんいる。別学年ともなれば、ほぼほぼ未知の領域だと考えていい。
だから、いくら友達になったからって、華夜さんと学校で会う機会なんて放課後までない。
……そう思っていたんですけどね。
「なんでさらっと会いに来てるんですか、華夜さん」
「だ、だって……ねぇ?」
「ねぇ、って、どうして僕から同意を得られると思ってるんですか」
「……初めて、なのよ」
「はぁ」
「ちょっ、ちょっと、なんでそんな無関心なのよ?私、あんまり個人的な友達っていなくて、自主的に作った友達は莉沙が初めてなのよ。だから、それが嬉しくて……ちょっと、話したいな、って……」
お昼休み。ちょうど僕が食事を終えた辺りで、ひょこっと華夜さんがやってきた。食堂に行く日だったら、空振りに終わってるところなのに……。
結論から言うと、華夜さん。このお人。……デレるとヤバイ人でした。
「あ、あのさ、莉沙。この人、本当にあの月町先輩……?」
ゆたかがそう疑問に思うのもごもっとも。普通に教室には他の生徒もいるのに、厳格な生徒会書記様から甘えたがり、構われたがりに変身しているのでした。……いやほんと、どうしてこうなった。
「……立木さん。勘違いされていると思うから念のために言っておくけど、私は別にそうしたくて、冷たく振る舞っていた訳じゃないわ。ただ、そうすることが他の生徒たちの規範となる上で大切なことだと思っているからそうしているだけ。……今は、普通に友達として。ただの生徒の一人として莉沙に会いに来ているから、こういう感じなだけで」
「そ、それにしても態度がなんていうか、軟化し過ぎに思うのは、私だけですか……?」
華夜さんは、頬を赤らめて、本当にものすごく“女の子”な表情で、僕に会いに来ていた。
見た目からも態度からも、クールな美人という印象を抱かれていた華夜さんがこんな、言ってしまえば可愛い系の姿を見せると、僕も含めてただただ困惑しかない。
それがイヤ、という訳でもないんだけど……。
「あんまり私、わからないのだけど……友達同士って、こういう感じじゃないの?」
「なんて言うか、華夜さんが参考にしてる人って……誰ですか?」
「立木さんと白羽さん」
「参考資料が極端過ぎますよ、それは!!」
「そうなの?」
「そうです!!」
ゆたかと悠里ちゃんは色々と普通じゃないから……!いや、いい関係とは思うけど、それちょっと違うから!
「……莉沙、そんなに私と悠里の距離って、近すぎるかな……?私としては、懐いてくる悠里を遠ざけるのは悪いし、私もイヤじゃないから受け入れてるんだけど……」
「ああもう、今度はこっちが面倒になった!……う、ううん、ゆたかたちはそれでいい。それがベストだよ。でも、華夜さんがいきなりそうする必要はないよね、って」
「でも、参考資料なしだと、よくわからないし……」
「……えーと、思うんですけど、そんな“友達らしい付き合い方”を考えないといけないもんですか?友達って。まあ、僕らは歳の差もありますし、友達だからってあんまり無礼講、って感じにしてもいけないと思いますけど。でも、華夜さんが生徒会としてではなく、いち生徒として僕と接してくれるというのなら、あんまり“正しい”とか“これが一番”みたいなものを模索するんじゃなく、なあなあでいいんじゃないかな、って思うんです。これはちょっとヤだなぁー、とかあったら、その都度そう伝えて、少しずつ修正していく感じで」
「それが正しい友達付き合いなら、私はそれでいいけど……」
「華夜さん、また“正しい”って言ってますよ。これはあくまで僕の個人的な考えです。これが絶対正しいって訳じゃないと思いますし、たぶん人によって最適な形は違うと思います。なので、とりあえずそういう感じでいきませんか?」
「……ええ、わかったわ。やっぱりどうしても、これが一番、っていうのがないとちょっと不安だけど」
「あははっ、ま、それは追々慣れていってください。全然、急ぐ必要はないですしね」
ゆっくりのんびりとやるのは慣れているし、むしろ今まで華夜さんは性急過ぎてたと思うから、ゆっくり落ち着いてもらえたら、なんて思う。
「というか、華夜さんって妹さんいますよね。妹さんの友達との接し方を参考にしたら、結構いいんじゃないですか?姉妹だから、似ているはずですし」
まだ本人に会ったことはないけど、そういえば華夜さんには妹がいるらしい。一年生だから、僕らにあんまり噂は伝わって来ないけど、噂にならないってことは、華夜さんよりはマイルドな性格なんだろうな……。
「妹、ね……。確か、すごくツッコミを入れてるって」
「……ツッコミ?」
僕が理解しているその言葉は、漫才でのボケとツッコミのツッコミ。特攻(ブッコミ)とは違うだろう。
「友達……再会した、小学校の時の子なんだけど、彼女がちゃらんぽらん過ぎるから、いっつもツッコミ入れてるって言ってたわ」
「あ、ああ…………」
なんとなく、この姉にして、その妹あり、という気がしてきた。
お姉さんは規律に厳しいけど、妹さんはツッコミまくってるんだ……。
「ただ、そうなると莉沙にそうするのは難しいですね。莉沙って、ボケでもツッコミでもないニュートラルなんで」
「ゆたかさんや、さらっと人を昼行灯みたいに言わんでください」
「そこまで言ってないけど、中立中庸って感じでしょ?空気読んで、どっちにも回ってくれるし」
「そ、その理屈なら莉沙、私にツッコミを入れさせてくれるような、いいボケをしてくれるの?」
「せんですよ!?というか、今正に華夜さんがボケてるから、僕がツッコミ入れざるを得なくなってるじゃないですか!ボケて欲しいってなら、ちゃんとボケやすい場をセッティングしてもらえないと。ボケにもちゃんと流れはあるんです」
「さすが莉沙、お笑いに厳しい。関西出身だけあるね」
「バリバリ千葉生まれやが!!」
「……ま、またツッコミを……!しかも、“やが”っていうのは、名古屋か広島辺りの方言よね。ボケにボケをかますなんて、さすが莉沙……!」
「なんで訳のわからないところで僕の株が上がってるんですか!?」
……不味い。ゆたかはこの状況、徹底的に僕をいじれると判断したらしい。それはそれで楽しいけど、わざとツッコミをさせてくるゆたかに対し、華夜さんは天然でボケてくる。このままだと、僕のツッコミ体力がまずい!
「……んで、妹さんってどんな感じなんですか?」
「あっ、妹に話戻して逃げた」
「妹……ね。美鳥と言うのだけど、実は……よくわからない。すごく真面目で、成績もいいんだけど」
まあ、華夜さんの家系なんで。
「人付き合いはたぶん、私と同じぐらい上手くないんじゃないかな、って。……たくさん友達を作るよりも、一人で勉強したり、読書したり、そういうのがほとんどだったから」
それもまた、華夜さんの妹というのなら、さもありなん、っていうのが素直な感想だ。今の華夜さんをそのまま二歳幼くしたような人物像が出来上がる。……でも、生徒会に入ったりはしていないんだ。
「そのせいかはわからないけど、ちょっと斜に構えた感じに物事を見ることが多くて、たぶん……私の、生徒会役員という立場はあんまり気に入っていないのだと思う。前に、なんで生徒会なんかに入ってるの、って聞かれたから」
おや、意外。真面目一本じゃなくて、ちょっとシニカル入ってる感じ……?そういう点では、あんまりに理想を追い求め過ぎている華夜さんより、大人びた考えの持ち主かもしれない。……もしくは。
『ねぇ、ちょっと中二入ってるのかな?』
『かもね…………』
ゆたかも同じ感想を抱いたようで、そう耳打ちして来た。
ちなみにここで言う中二病とは、アニメみたいなことを言ってるタイプのそれではなく、反抗期にやっちゃう、ちょっと背伸びした行動、言動みたいな、ああいうやつです。本人には絶対に言わないけど、割りとゆたかのスタンスはそれに近かったと思う。僕は……反抗期自体が、なかったかな。
強いて言えば、ゆたかに絶対に陸上で負けたくないと思っていたのが、反抗期……?僕の一番、闘争心が強かった時かも。あっさりとゆたかを追い抜いてしまった後は、ほとんど燃え尽きみたいな感じになって、後はもう人とは競わず、自分自身とだけ戦うようになったけど。……あっ、ちょっとこの表現かっこいい。今度何かに使おうっと。新聞部のインタビューとか。
「でも、旧友と再会してからは、すごく明るくなったのよ。まあ、その子が能天気過ぎるってぐらい明るいところもあるけど、ちゃんとした友達ができたのが大きかったみたい」
「……じゃっ、これからは華夜さんがそうなる番ですね。僕はまあ、明るいってよりはフツーですけど、華夜さんのいい刺激になれたらなー、とか思います」
「そうね。……ええ、そう。あなたと、少しずつ変わって…………」
その時。僕はまた、少し意外な華夜さんの表情を見ることになった。
「もっと他の生徒たちの規範になれるようになりたいわ」
「ははっ、結局そこなんですか?」
「だって私は、とりあえずこの学校を卒業するまではずっと、生徒会役員よ」
華夜さんは、微笑んでいるのだった。……自然に、柔らかく。目を細めて。
……なんとなくゆたかの方へと視線を滑らせると、ぽかーんとしている。絶対、この人はこんな風には笑わないだろう、と思っていた顔だ。
でも、華夜さんだって血の通った人間なんだし、笑いもするし、不安になりもする。……ここのところ僕は、華夜さんのそんな面ばかり見てきた気がする。そうやって、上辺だけの付き合いでは知れないことを知っていくことが、あえて定義を挙げるとすれば、友達になることの定義なのかもしれない。
「ゆたか、来ちゃいました!」
「悠里、よく来たね。今日はちょっと、珍しい人が来てるんだよ」
「わっ、書記さん!」
「……その呼び方、どうにかならないの?」
「えっと、お名前はなんでしたっけ……?」
「月町華夜よ。白羽悠里さん」
「あっ、かや先輩!わかりました。これからはかや先輩で」
「……さらっと名前呼びするよねぇ、この子。僕もいつの間にかに、りさ先輩って呼ばれてるけど」
悠里ちゃんもやってきて、一気に教室はわちゃわちゃムードになっていく。
……こうしているのを見ると、華夜さんも、もうすっかり僕らの輪の中に馴染んだような気がしてくる。
とはいえ、これはまだほんの第一歩。これからどうなるんでしょうね、僕らってやつぁ。
三部 女帝の退位式 完
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