再会―されど翼は―
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大佐――男が戦闘機のパイロットを辞め、地上に降りてから二ヶ月が経った。今ではユージア軍による東京侵攻はなくなり、この地は戦前のような平和を取り戻し始めている。

しかし今も尚、ユージアと国連の戦いは続いており、かつて自分がいた東京基地からも時折、航空隊や艦隊の出撃が見えた。

「世界は未だ平和を取り戻せず、か……」

ニュースでは国連軍の活躍として、リッジバックス隊やボーンアロー隊のリーパーの話題が上がる。だが彼の後輩であり、共に方を並べて飛んでいた少佐――女性の名は、当然聞こえてこない。

――アイツはしっかりとやれているんだろうか……。

上空を戦闘機が飛行する音が聞こえると、男は必ず空を見上げ彼女が乗る機体を探す。見えるはずもない、というのは分かっているが。

それでも彼が探すのを止められない理由は一つだった。

「……心配、だな」

それを口にして、残り少ないコーヒーを一気に流し込む。

男が降りてもう二ヶ月、いい加減に気にし過ぎというものである。それに彼女も“ヒヨっ子”ではないというのは、共に飛び続けた彼自身が誰よりも知っているはずだ。それでも男が心配するのはこれが戦争だから、というのが大きい。

彼女はリーパーやリッジバックス隊ほどではないにしろ、腕の立つパイロットだ。それ故に危険な任務が回ってくる事もあれば、敵も彼女を落とそうと((躍起|やっき))になるだろう。

「俺と一緒に飛んでた時だって、それは変わらないはずなんだがな……」

互いに背中を預けあって飛んだからこそ、何度も死線をくぐり抜けてこれた。だが自分がいない今、彼女は無事に飛び続けているのだろうか……と、今までも似たような考えが何度も浮かんでは消えていた。

――俺もアイツと、いつまでも飛んでいたかったのかもな。

それはこの数ヶ月の間に気付いた事だった。最後の任務の日、少佐は自分ともっと飛んでいたかったと言った。それはきっと、自分自身もどこかで望んでいたのではないのか、と。しかしそれは、降りた後になって気付いても遅いというものだ。

「もう前みたいな戦闘機動は出来ないんだがな……」

それは彼女にも告げた、彼が降りる理由。もう自分は、戦闘機に乗っても戦闘に耐えられる身体ではない。もし今でもパイロットを続けていたとして、この身体では墜とされていただけだろう。

今の彼には、少佐と交わした約束を果たすべく、彼女の帰りを待つしかない。ただ空を見上げ、無事に戻ってくる事を祈り続けながら……。

 

     ◇

 

一ヶ月後。

国連軍がユージア軍に対して大規模な作戦を予定しており、その開始が近いらしいという情報を、彼がかつて軍にいた時の友人から聞いていた。

「こんなもんを寄越してくるって事は、((アイツ|少佐))も参加するんだろうな……」

この情報はニュースに一切出ていない。そんな物を友人だとは言え、退役した民間人に流すなど有り得ないのだが、わざわざ男に教えたという事はそういう事なのだろう。ここで彼はふと、ある事を思い出す。

――確か、今はジャーナリスト……いや、情報屋紛いの事をやってるんだったか。

男の友人も軍を辞めて、今はそんな事をやっている、というのは他でもない本人から聞いていた。

「ったく、どっからこんなの聞きつけるんだか……」

しかしこんな情報を知らされたところで、今の彼にはどうする事も出来ない。

「人を不安にさせる様な事だけしやがって……あのバカ野郎」

今度会ったら殴りつけてやる。と、そんな事を考えながら、彼はその資料を机に放り投げた。

 

「ふぅ……」

昼食後、彼はまったりとしながらコーヒーを飲む、というのは軍を退役してから始めた事だ。

いつもならこの時間は、自分が穏やかな時間を過ごしているのだという実感を抱けるのだが、この日ばかりは違う。それは先ほど、自分が机に投げた国連軍の作戦資料が原因だった。

「あまり気が進まないんだがなぁ……」

と((零|こぼ))しながら資料を手に取り、目を通していく。

大まかな概要としては、未だ多数のユージア軍が展開しているドバイや石油関連施設、モスクワ、パリ、そしてアルプス山の各五ヶ所を同時に攻撃して完全解放するという事らしい。

――個別の作戦内容は……見なくてもいいか。

彼は後を託した自分の((後輩|少佐))が所属する、アジア極東方面部隊が参加する作戦を探す。

「……これか」

モスクワ解放作戦に参加する部隊の中に、J4Eアルファ隊とJ4Eブラボー隊を見つける。なんと他にも、タスクフォース118「アローブレイズ」のボーンアロー隊とリッジバックス隊も参加するようだ。

「あの二つの部隊と一緒に飛べるなら、アイツもちゃんと帰って来れるだろうな……」

両隊はこの東京を解放する作戦において、((蝶使い|カーミラ))と((重巡航管制機|アイガイオン))を撃破している。国連軍のエリート部隊であるリッジバックス隊に、国連の地上部隊から“死神の下は安全地帯”とまで評されるリーパー率いるボーンアロー隊。彼らと共に飛んでいれば、きっと無事にここに戻れるはずだろう。

――リボン付きの死神に一本線のエリート集団、か……アイツを守ってくれよ。

そんな事を考え、しばらくしてからふっと一人、笑みを零す。

「何でよりにもよって死神なのかねぇ……」

 

     ◇

 

更に二ヶ月ほど経ったある日。男はこの日の夕食の買い出しから戻る途中だった。

一人の生活にも慣れた彼は、自分が軍にいた時では考えられないような、平和な日々を送っている。

「そろそろ慣れてきたとは言え、まだ不思議な感覚だな……」

彼はそう言いながら、空を見上げた。

――もう((あれ|・・))から結構経ったんだな。

それは例の国連軍が予定していた、大規模作戦に参加する部隊の出撃を見送ってから過ぎた時間だ。あの作戦資料が届いてからあまり間を置かず、作戦の為に各隊が出動して行った。

作戦が開始されると各メディアもそれを報じ、連日その事が報道されていた。

結果として作戦は成功、というところだった。少佐が参加したモスクワ解放作戦はボーンアロー隊やリッジバックス隊の参加もあり、もちろん成功。その他、ドバイとパリも解放された。

石油関連施設は((敵の潜水空母|シンファクシ級))が出現。そのため完全とはいかなかったが、ユージア軍を一時的に退却させる事には成功した。

しかしアルプス山は山脈自体が天然の要塞になっているという事と、超大型の((火力支援機|ギュゲス))と((電子支援機|コットス))の出現もあり、攻略する事は((疎|おろ))か撤退を余儀なくされた。

これにより石油関連施設とアルプス山は別途、解放作戦が展開される事になる。

また今回の作戦に現れた潜水空母や超大型航空機以外に、ユージア軍には“((宙|そら))の欠片計画”によって建造された軌道清掃プラットフォーム((OLDS|オールズ))を転用した宇宙兵器の存在もある。これはアドリア海にて実施されたバンカーショット作戦において使用され、国連軍に甚大な被害をもたらした。宇宙条約によってOLDSの破壊も出来ず、現在でもその驚異に晒されている状況だ。

これらは一般に公表される事はないのだが……。

「まだ平和になるには程遠いな」

そう口にした彼は((哨戒|しょうかい))の為に飛行する二機の戦闘機を目にし、やはりまだ自分が現役なら……と、もどかしさを抱えずにはいられなかった。

 

男の自宅前。彼はポケットから鍵を取り出して、扉を開けようとしていた。

「――あの」

しかし後ろの方から、女性に声を掛けられて振り返る。

「はい、何か御用で――」

男はその女性の姿を見て、最後まで言葉を続ける事が出来なかった。何故ならそれが、自身が退役したあの日以来、ずっと気にしていた人物だったからだ。

「この近くに、パイロットだった元大佐が住んでるって聞いたんですけど、ご存じですよね?」

「お、お前……!」

男の驚いた表情を見て、彼女――少佐は以前と同じく子供のような笑みを見せる。

「ふふっ、作戦成功です!」

確かに男は驚きはした。だがそれよりも、彼には気になる事があった。それは目の前の彼女が、あの日とは違う格好をしてるからだ。

私服姿である、という事もそうなのだが、何より――

「少佐……その脚は……」

「……ええっと、やられちゃいました」

車椅子に座る彼女はそう言って、苦笑いを浮かべる。

――ッ!

男はそれを見て、思わず少佐を抱きしめた。内から溢れ出る感情のままに。

「よく……よく生きて戻ってきた」

「……はいっ!」

突然抱きしめられて驚いたものの、彼女はそれを受け止め、男の言葉と涙に自身も涙を流す。

 

「――で、どうしてお前がここにいるんだ?」

しばらく抱き合って涙を流していた二人だが、次第に落ち着きを取り戻した男が、少佐を家へと招き入れる事にした。車椅子のままでは玄関までが限界だった為、彼女を――“お姫様抱っこ”で――抱えてリビングへと運び込み、今はソファに座らせている。

「なんでそんな平気そうにしてるんですか?私、凄く恥ずかしかったんですけど」

「……俺だって恥ずかしかったに決まってんだろ」

わずかに赤くしたその顔を逸らしながら彼はそう口にする。それを見た少佐も赤面しつつ、嬉しそうな表情を見せた。

男は咳払いをして、彼女に質問をする。

「それよりもどうしてここに――いや、まずはその脚の事を聞いてもいいか?」

「ええ、構いませんよ。……ご覧の通り、私も翼を失った一人になりました」

少佐は右脚を((摩|さす))りながら、自分が何故こうなったのかを話し始める。それはJ4Eアルファ隊が参加した、モスクワ解放作戦での出来事だった。

「私達は予定通り任務を進めていました。ボーンアロー隊とリッジバックス隊も参加していて士気は上々、そのまま行けば優勢どころか圧勝です」

ですが、と彼女は続ける。

「突然、奴が現れたんです。――蝶使いが」

少佐が蝶使いと言った瞬間、男の全身が((強|こわ))ばる。

「味方機が何機か墜とされて、次が私でした。蝶使いだと気付いた瞬間には、私の機体は被弾してましたよ」

そう言って彼女は再び苦笑いを浮かべた。更に少佐は続ける。

「急いでベイルアウトしたんですけど、その直後に機体が爆発して、運悪くその時の破片が刺さっちゃいまして……」

彼女は座りながらロングスカートの裾を掴み上げ、膝下辺りまでを((露|あらわ))にした。

両脚ともそれぞれが包帯を巻かれていて、実際に傷を見る事は出来ない。しかしその様子は、それがどれほどの傷だったかを物語っているようだ。

「歩けるようにはなるのか……?」

「しばらくは無理と言われましたが、リハビリ次第で日常生活に支障が出ないレベルまで回復するかもしれない、とも言われました」

裾を戻しながら答える少佐に、男はひとまず安心した。

ここでふと、彼はある事を思い出す。

「確か蝶使いが操っている無人機は、ベイルアウトした人間も狙うと聞いたが……」

「……ええ、私もバッチリ狙われましたよ。でもギリギリのところで、ボーンアロー隊とリッジバックス隊に助けられました」

それを聞いた男は、あの時の祈りが無駄でなかったのだと思い、心の中でそれぞれに感謝をする。

「地上に降りた時も当然これで動けませんでしたけど、そこは運良く、味方の地上部隊がいるところで助かりましたよ」

少佐は笑いながら言うが、男にとっては笑えない話だ。

「はぁ……とりあえず脚の事は分かった。それで、どうして俺がここに住んでるって知ったんだ?」

「あぁそれなら、隊長のお知り合いの情報屋さんが教えてくれた上に、近くまで連れてきてくれました」

「あの野郎……」

これは一発追加だな、と男はどこかでほくそ笑んでいるであろう友人に、いつかまとめて借りを返す事を誓うのだった。

 

「そう言えば、これからお前はどうするんだ?」

「この脚じゃパイロットも出来ませんから……そうですね――」

二人はコーヒーを飲みつつ会話を続けていた。

男がこれからについての質問をすると、少佐は口を付けていたマグカップを机に置いて少し考える。彼女は周りと眼前にいる男を見て一言。

「また隊長の隣でずっと付いていく、なんてのはどうでしょう?今度は空じゃなくて地上勤務ですけど」

男がこれを聞いた瞬間、タイミングが悪い事に飲んでいたコーヒーが気管に入り((咽|むせ))てしまう。

「ごほッ!ごほっ……お、お前……!」

――それじゃあまるで……。

「あの時のお返しですよっ!」

少佐は顔を赤らめながらも笑顔を見せる。

「けほっ……。はぁ、んじゃぁまずは、家のリフォームでもするかな……」

彼は観念したかのようにそう口にしながら立ち上がった。

「え、それって……」

「いつか歩けようになるって言っても、今はまだ必要なんだろ?」

「――はいっ!」

嬉しそうな彼女の返事に、男はこれから先の事を考え始める。

 

「とりあえず、まずは夕飯にするか」

「なら私もお手伝いを――」

「いいからそこで大人しく座ってろ。お前の手料理は、脚が完璧に治ったら振舞ってもらうからな」

「むぅ……分かりました!それじゃあ、隊長の一人暮らしの成果、見せてもらいます!」

「あんまり期待すんなよ?」

二人で過ごす、これからの未来を――。

 

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キャラ設定

大佐:J4Eアルファ隊の元隊長。45歳。男性。最終的な階級は大佐。機動性能を限界まで引き上げた機体を愛機としていたが、身体が戦闘機動に耐えられなくなった為に、パイロットを降りる。

モチーフは様々な事情により、最後まで飛び続けられなかったプレイヤー。

 

少佐:J4Eアルファ隊の二番機パイロット。23歳。女性。大佐が退役した後にアルファ隊隊長を引き継ぐ。元々大佐とは違う部隊だったが、ある作戦で互いの部隊員が全滅した為、急遽作られた部隊に臨時として編成された。大佐に対して特別な感情を抱いている。

アルファ1として国連軍のモスクワ解放作戦に参加するが、そこに現れた蝶使いによって撃墜される。直後に少佐自身もMQ-90L クオックスに狙われたが、同作戦に参加していたボーンアロー隊とリッジバックス隊によって助けられる。機体から脱出はしたものの、その際に負傷しており、それが原因でパイロットを降りる事になった。

こちらはACEINFサービス終了まで飛び続けたプレイヤーをイメージ。

 

独自設定

J4Eアルファ隊:日本国、旧首都「東京」にある旧国際空港を利用している国連軍の航空隊の一つ。これは国連軍の作戦等において他のアルファ隊と共に運用される場合の呼称であり、東京上空やこの部隊のみが運用される場合は、単にアルファ隊とだけ呼ばれる事もある。大佐が隊長を務めていた時から四人体制であったが、長らく部隊員は大佐と少佐の二人のみであった。少佐がアルファ1を引き継いだ後、パイロットが追加補充されて再び四人体制となる。

モスクワ解放作戦において隊長である少佐が撃墜された後も、アルファ2が引き継いで作戦に貢献した。

 

J4Eブラボー隊:アルファ隊と同じく、東京に駐留しているブラボー隊。モスクワ解放作戦時に出現した蝶使いによって全滅させられる。

 

説明
前話(https://www.tinami.com/view/938761)のアフターになります。
ACEINF終了。改めて、共に飛んだ戦友達に感謝を。
またいつか、どこかの空で……。
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