通りすがりの同人作家 |
「あぁ……原稿が間に合わん! 落ちる〜〜……」
修羅場モードを全快で由宇は今月のこみパのマンガの原稿を書き上げていった。
だが、残りの原稿は仕上げを含めても、十枚以上あった。
印刷所の締め切りは残り、二日。
現実的に考えれば、まず間に合わないペースであった。
「ウチとしたことが、原稿を落とすとは〜〜……」
ベシッと情けなく机にうな垂れる由宇の背中に威勢のいい少女の声が響いた。
「手伝いますの!」
「うん……?」
背中を振り返ると由宇は絶句した。
「だ、誰や、あんた?」
獣をイメージしたマスクをかぶった少女は由宇の言葉に一枚のカードを取り出し、叫んだ。
「ただの通りすがりの同人作家ですの!」
カードを腰のベルトに装填し、セットした。
「発動!」
『修羅場モード』
「って、ことが先日あったんや?」
「……」
由宇のあまりに突飛な原稿完成物語に和樹は呆れ返った顔でため息をついた。
「下手な作り話だな?」
「なんやて!?」
バンッとイベントサークルの机を叩き由宇は和樹を睨んだ。
和樹もビシッと由宇を指差し、つぶやいた。
「そんな都合のいい展開があるわけないだろう……どぅせ、俺をからかってるんだろう?」
「なんやと!?」
ガルルと唸り声を上げる由宇に和樹の隣にいたすばるが慌てて止めた。
「ケンカはよくありませんの!」
「うぅ……」
「だが……」
キッに睨まれ、二人とも押し黙ってしまった。
「あ〜〜はははは!」
「出た」
「出たな?」
和樹と由宇はホトホト呆れ返った顔でため息を吐いた。
「同人界のクィーン……大庭詠美ちゃん様が挨拶にきてやったわよ!?」
「はいはい……これ、ウチの新刊やから、大馬鹿はさっさと帰りぃ?」
「なんですって……!?」
一瞬、顔を真っ赤にする詠美だが、すぐに気を取り直し、余裕の笑みを浮かべた。
「今日の詠美ちゃん様は一味違うんだから?」
「はいはい、どぅせ、いつも通りペラペラな内容なんやろ?」
渡された新刊を開き、中身を読み出すと由宇の顔がカッとなった。
「お、面白い……なんでや、あの大馬鹿の描いた本やなのに?」
「ふっ……今月はある助っ人のおかげでネタ出しに時間を作れたから、自信があるのよ」
「ふん……助っ人に頼んでようやくこれかい?」
若干、悔しそうに鼻を鳴らす由宇にすばるは不思議そうに詠美に聞いた。
「助っ人って誰ですの?」
「え……名前は知らないけど」
目線を泳がせ、詠美は恥ずかしそうに小声でつぶやいた。
「通りすがりの同人作家……」
「はぁ……嘘つくなや!」
「なんでよ!」
詠美の怒声の言葉に由宇も怒声で返した。
「通りすがりの同人作家はウチの味方や……まず、悪の味方やない!」
「誰が悪よ……ムカツクムカツクチョームカツク!」
「お、おい、二人とも……」
掴みかかろうとする由宇と詠美に和樹は慌てて二人の間に入り、止めようとした。
「あんたは黙ってろ!」
「ぶべっ……」
鼻血が出るほど、強く殴り飛ばされ和樹は弧を描くように吹き飛ばされていった。
「ぱぎゅ?」
鼻血をだらだら出す和樹を元のイスに座らせるとすばるは少し怒った顔で怒鳴った。
「二人とも、ケンカはやめるですの!」
「あんたは……」
ぶんっと迫りくる拳にすばるは腰を軽く下げ、気合をためた。
「流牙旋風投げ!」
「ぎょわ〜〜〜……」
「ぴぎゃ〜〜〜……」
天井高く星となっていく由宇と詠美を見て、すばるは誇らしげに胸を張った。
「正義は勝ちますの」
「おやめくださ〜〜い!」
「ぱぎゃっ!?」
遠くから聞こえてくる南の声にすばるは慌てて和樹の後ろに隠れ、辺りを見回した。
幸い、南の叫びはすばるに対してでなく、別のサークルの騒ぎだったらしく、安堵した。
「心臓に悪いですの」
たまたま、逆方向から来る一般参加者を捕まえ、すばるはなにがあったかを聞いてみた。
「なんでも、太い奴と細い奴が新人サークルを荒らしてるらしくって、スタッフが対応に回ってるらしいんだ」
そぅいい、すばるの用意した同人誌に目を通し、五百円を払うと男は満足そうに笑みを浮かべた。
「次も買いに来ます」
「ありがとうございますですの!」
ニッコリ微笑み、男を見送るとすばるは慌てて騒ぎのあるサークルまで走っていった。
「拙者らは、ごく当たり前に本の内容を指摘してるだけでござるよ!」
「そ、そぅなんだな……これぐらいで音を上げるんじゃ、同人誌はやっていけないんだな」
「そんな言い訳、通じるわけないでしょう?」
ホトホト呆れ返った顔で南はデブとガリを見た。
だが、デブとガリは一向に反省する気はないらしく、その濁った目をキランッと光らせ、叫んだ。
「いくらスタッフでも、我々の自由な行動を邪魔するなら、容赦しないでござる!」
「だな〜〜〜!」
「キャッ……」
襲い掛かろうとする二人に南は一瞬、短い悲鳴を上げそうになった。
だが……
「そこまでですの!」
「え……?」
デブとガリの鼻っ柱を殴り飛ばし、すばるは南を守るように立ち塞がった。
「だ、誰でござるか……ヤングウーメン!」
「い、いきなり殴るなんて、名を名乗れだな!」
「……」
すばるは腰にベルトを巻き、一枚のカードを取り出すと意気揚々と叫んだ。
「通りすがりの同人作家ですの!」
カードを裏返し、「発動!」と叫ぶとすばるはカードをベルトに装填した。
「修羅場モード!」
すばるの顔に獣をかたどったマスクが装着され、自分を指差した。
「すばる……参上!」
「す、すの字が通りすがりの同人作家だったやなんて!?」
「考えれば、あの日はすばるが家に泊まりにきていた日だったわ」
「ウチの旅館もそぅやった」
たまたま、騒ぎを聞きつけ近くのサークルにやってきていた由宇と詠美はお互い自分がバカだと今更気づき笑いあうと修羅場モードを発動したすばるは新たなカードを装填し、セットした。
『アタックライド、クロックアップ』
すばるの姿が一瞬で消え、デブとガリの身体に殴られたような後があっちこっちに現れ、天井高く吹き飛ばされた。
「とどめですの!」
風と共に現れたすばるは新たなカードをベルトにセットし、由宇と詠美を呼んだ。
「なんや……」
「詠美ちゃん様になにかよう?」
「ちょっとくすぐったいですの!」
「え……?」
二人の背中に手を回し、物を開けるように腕を広げると由宇と詠美の身体が魚とパンダの姿に変わった。
「いきますの、二人とも!」
さらにカードを一枚、装填し、詠美はジャンプする姿勢をとった。
『ファイナルアタックライド、由宇&詠美』
パンダになった由宇はすばるの身体を持ち上げ、デブとガリに向かって投げ飛ばすと魚になった詠美の口から、大量の水がジェット噴射のように吐き出され、勢いをつけた。
「ですの!」
すばる(とパンダになった由宇と魚になった詠美)の合体必殺技をくらい、大爆発を起こすデブとガリを一瞥し、すばる床に着地し軽く鼻をさすった。
「正義は勝ちますの!」
「はい、すばるちゃんとついでに元に戻った由宇ちゃんと詠美ちゃん?」
パコンパコンパコンと減点と彫られたハンコを押すと南は晴れやかに笑った。
「助けてくれたのはありがたいですけど、他のサークルさんに迷惑をかけたから、減点ね?」
「そんな〜〜……」
ヘタリと腰を抜かす三人に遠くで見ていた彩はなにか言いたげに頭を下げた。
「あの、私のところも原稿、助けてくれてありがとうございました」
その日の夜……
「なるほど、通りすがりの同人作家ってすばるのことだったのか?」
「ぱぎゅ……すばるはただ、お手伝いしただけですの」
心底不思議がるすばるに和樹は苦笑した。
「そもそも、家に泊めてあるなら、すぐに気づくだろうに……あの二人もバカだな?」
「人のこと言ってる暇があるのか、マイブラザー?」
「ギクッ……」
ゆっくり首を回すと和樹は嫌な笑顔を浮かべた。
「よ、よぅ、大志……ど、どぅしたんだ、いきなり?」
「今月の出来にたいしいて、批評を述べよう」
バンッと本を叩きつけ、大志は大声を上げた。
「キャラクターのタッチはよしとして、肝心はこの背景の手抜きさ加減は頂けんぞ、千堂和樹!?」
「あ……やっぱりそこ?」
本を一瞥し、大志は指を差した。
「ストーリーは王道を貫いてよいが、肝心の背景がお粗末では買い手の反感を買うぞ?」
両腕を組み、大志は冷たい目で和樹を見下した。
「普段から、同士すばるにアシスタントを任せているから、このような結果になるのだ」
「言い返す言葉がありません……」
「ぱぎゅ……すばるが悪いんですの?」
「いや、違うよ……俺にも通りすがりの同人作家がきてくれないかな?」
「すばるがなってあげますの〜〜!」
「本当!?」
ギュッと手を握りしめる和樹に大志は本当に呆れたようにため息を吐いた。
「懲りていないな……マイ同士は?」
それからこみパではある伝説が生まれた。
優れた同人作家がピンチのとき、人知れず現れる伝説のマンガ家の話を……
人はその人を『通りすがりの同人作家』と呼んだ。
まぁ、正体は知ってる人は知っているけど……
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半年前に書いた、ディケイドネタです。 すばるが大活躍しますので、すばるファンはお読みください。 |
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その名は……(スーサン) | ||
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