おつのとの絆語り
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「毎度ありー!」

雑貨屋の主人の声を背に受け、店を後にする。

鞄の中には先程購入したばかりの櫛や茶器、香木の欠片などがひしめきあっている。

大半は式姫達に頼まれた物であり、今回は俺自身の為の買い物ではない。

「んーと、他にあったかなぁ」

出かける際に文机の上にうっかり忘れてきたメモをなんとか思い出そうとする。

足の速い式姫でもいれば、おつかいの為のおつかいのメモをおつかいに行かせられるのだが生憎と今日は俺一人。

まぁ仕方ないか。うーむ、あと数種類何か忘れている気がする。

記憶力に自信のある方ではない為、どうしても不安だ。

ブツブツと呟きながら歩いていると、目の前に大きな翼が――

「っと!?」

「わわっ、ごめんなさい。……って、あれー、オガミちゃん」

ぶつかりそうになったところで、ようやく相手がおつのだと認識する。

危ない危ない、下手すると割れやすい代物が傷物になる所だ。

「お買い物?」

「うん、大体は終わったんだが……」

「?」

「いや、肝心のメモを忘れてきてしまってなぁ、あははは」

渡りに船とばかりに足の速い式姫が現れてくれたが、おつかいを頼む気にはなれなかった。

「おつのは一人で散歩?くらかけみやは?」

「私はねー、散歩じゃないんだけどー、うーん何て言ったらいいのかなぁ」

いつも元気一杯、ハキハキと喋りまくるおつのにしては珍しく言い淀んでいる。

見たところ、連れもいないし手ぶらのようだ。一人でいるが故か、少し寂しそうな表情が浮かんでいる。

何か言いにくい事なのだろうか。おつのの返答をじっと待っていると、

「あ、そうだオガミちゃん。今さ、ちょっと時間ある?」

「うん?まぁ急ぐような用事はな――」

最後まで言い終わる前に、空いている方の手をおつのがギュッと握り締めてきた。

 

「えへへ、じゃあ少しだけ付き合ってー」

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おつのに引っ張られてやってきたそこは、例の甘味処だった。

「私はぷりんで」

俺は相変わらずのみたらし団子。

注文が済んだ所で改めておつのの様子を伺うと、多少は気分が晴れた様子。

まぁ甘味は女の子の重要なエネルギー源だしな。

「そういえば先週、あばてんのライブあったんだっけ」

「そうだよー。あ、オガミちゃん見に来てくれてたんだ?」

「いや、俺その時ちょうど体調崩しててな……」

「あー風邪引いたんだって?残念だったねー、ライブ見てたら風邪なんかすぐ治っちゃうのに」

「何言ってやがる、風邪ん時はがっつり食べてぐっすり眠るのが一番いいんだよ」

「あはははは、オガミちゃんらしいねー」

うろ覚えだが、大体あの日の辺りからおつのの様子が少しおかしかった気がする。

そんなに落ち込んでるようには見えなかったし、仲の良いお猫さんがいるのであえて問い質す事もあるまいと思い黙認していた。

「……それで、今日は何があった?」

「んー、そんなに大した事じゃないんだけどねー」

「大した事じゃないなら、ぱぱっと話してみたらどうだい」

ふん、嘘を言え。普段は空を飛びまわる癖に、手ぶらで一人で路上をトボトボ歩いていて。

おまけに俺とぶつかるなんて、何かあったとしか思えないだろうが。

 

「オガミちゃんはさ、ずっと仲良かった人が急に冷たくなったって事ある?」

 

「なんだそりゃ。まぁ、俺にもそういう経験はあるが」

「そっかー、誰にでもあるのかなー」

「人様は気まぐれだから。たまたま虫の居所が悪かったり、ご機嫌ななめだったりするのはよくある話だよ。

もしかして、くらかけみやと喧嘩したのか?」

「…………ううん、別の人」

「別の人?」

話の途中で注文の品が運ばれてきたので、会話はそこで一旦途切れた。

 

「もぐもぐ。あばてんライブによく来てくれた、もぐもぐ、私のファンの女の子。喧嘩とはちょっと、もぐもぐ、違うかなー」

「食うか喋るかどっちかにしろよ。来てくれてたって事は、今は――」

「その子ねー、昔からずっとあばてんのライブに来てくれてて、終わるとよく差し入れとか持ってきてくれてたんだー」

俺も何度かライブを見せてもらった事はあったが、大半は男のファンが占めているといった感じだった。

熱烈な女性のファンもいるんだなー。流石はあばてん、と言うべきか。

「でも最近、急にその子来なくなっちゃったんだよね。もぐもぐ」

「俺と同じで風邪で寝込んでいたのかもしれない」

「うん、私も最初そう思ってて、特に気にしなかったんだけど、それ以来ライブでその子を見かけなくなって…………」

「心配だから会いに行ってきた、と」

「そうそう。そしたらまるで以前と別人みたいに冷たくあしらわれて」

「ごめんなさい。もうライブに行くお金がないの」

「いや、そんな事は言ってなかったよ」

「ふん、もうアンタのライブなんか見に行かないから」

「…………」

 

図星、か。

 

「なんだろうね。私何かマズイ事しちゃったかなぁ?」

おつのが問いかけるように視線を投げてくる。

俺は口に咥えたみたらし団子の櫛を上下させながら、しばらく考えこんだ。

「んー……おつの、その子とはどんな話をしてた?」

「いつもお疲れ様ーとか、私もいつかおつのちゃんみたいなアイドルになりたいなーとか。普通の会話だよ」

「握手して下さい、とか言われなかった?」

「あぁ、そういう事もあったねー」

「という事は、ファンの中でも心底おつのに惚れ込んでいたワケだな」

「うん、私もそう思うんだけど」

ところがある日からライブに来なくなって、気になってつついてみたら噛みつかれた、か。

「やっぱり妖怪の仕業かな?」

「ん?いやー、それは違うと思う」

そうか、おつのはそう考えるのか。まぁそう考えてしまうのも無理ないが……。

「結論から言うと、別におつのは悪くないよ。確かに一見おかしく見えるが、ちゃんと理屈はある」

「聞かせて」

「俺はさとり妖怪じゃないから人の心は読めないし、あくまで第三者としての考えなんだが――おつのに憧れ過ぎたから、却って憎らしく感じるようになったんだろう」

「……?」

案の定、おつのはキョトンとしている。

「誰かに対する憧れというのは、度が過ぎると憎しみになるんだ」

「どうして?」

それが心の働きだから、なんて言ってもおつのは納得しないだろう。

俺は話のテンポを落とし、噛んで含めるようにおつのに語り始めた。

 

「人間は、特に若い奴は何々になりたいって願望が強いんだ」

それは両親だったり、友達だったり、あるいはテレビの向こうの有名人だったり。

なんにせよ、頭一つ飛び抜けたモノに対して執着を覚えずにいられない。

「そのファンの子も、おつのに憧れて本気でアイドルになりたいって思ってたハズだ」

「…………」

溢れる光と音楽の中で舞い踊るおつのの一挙一動に、我を忘れる位夢中になって。

ライブの後で握手して、差し入れを渡して喜んでくれたおつのの笑顔を目に焼き付けて。

私もそうなりたいと思うのはごく当たり前な感情。

「けれど、人はそう簡単に憧れには追いつけない」

そうなりたいと思う気持ちは、いつでも誰もが持っている。

だが、なりたいという想いだけでどんなモノにもなれる程現実は甘くない。

努力を重ねれば重ねる程に心は磨り減り、理想はどんどん遠ざかる。やがて心を挫かれ、膝を着くのが大半。

ましてや、憧れの相手が手が触れられる距離にあるとするなら尚更――。

 

なりたいのに、なれない。

その苦しみは、恐らく式姫には理解できないだろう。目の前のアイドルにも。

 

「うーん、なんとなく分かったけど、だからってせっかく会いに行ったのに邪険にする事はないんじゃない?」

「一刻も早く忘れたかったんだよ、おつのの事を」

「どうして?」

「おつのになれなかったら、仕方なく忘れる事で自分を誤魔化そうとしたんだ」

あるいは、こう考える事も出来る。

おつのになろうとするのなら、その為には今いるおつのが邪魔になる。

だから、消し去ろうと――は出来なかったから、とりあえず邪険に扱う事で自分を納得させようとした。

 

憧憬と憎悪は表裏一体。

強い憧れは、負の感情も同時に呼び起こしてしまう。

 

「もう、会わない方がいいのかなぁ」

「その方がお互いの為だと思う」

「そっかー……」

 

 

 

「俺の講釈は以上。少しは助けになったか?」

「うん。オガミちゃん、ありがとう」

「いや、礼を言うのは俺の方さ。少しは信頼してくれたようだし」

悩みを話してもらえるという事は、普段は目に見えない信頼関係の現れでもある。

「むー!少しどころか、一杯信頼してるよー」

「一杯って、どれ位?」

「この空になった器くらいかな?あはははー」

 

「……なぁ、おつの」

「うん?」

「その、俺の前ではさ、あんまり無理しなくていいから」

「オガミちゃん心配してくれてるんだ?優しいなぁ」

「……別に優しくない。あくまで主として言ってるだけだ」

「あー、ちょっと顔赤くなってる」

「赤くない。それから、ぷりんのお代わりもナシだからな」

「う……何でソレ分かったの?」

「陰陽師の勘ってヤツだ」

さっきから目線がちらちらメニューを見ているし、そもそもコイツ一個目をあっという間に平らげやがった。

「食べ過ぎは良くないし、今回は俺の手持ちも余裕がなくてな。それになにより……」

「なにより?」

「…………」

「…………?」

 

 

 

「今のおつのが好きなんだよ。あんまり太って欲しくない」

 

 

 

「うー、ずるいよ。そんな事言われたら、私だって我慢するしかないじゃない」

「我慢できるんなら我慢しような」

「…………ねぇ、どうしてもダメ?」

おつのが上目遣いで甘えてくる。ぐうっ、か、可愛い。

流石にアイドルをやっているだけあって人を篭絡する術を心得ている。

「だ、ダメだ」

「お願い、もう一個だけ」

「ダメなものは――」

じー……。

「そ、そんな目で見ても……」

「……ダメ?」

 

仕方ないので、結局お代わりを許可してやった。

てんで自分の式姫には甘いダメダメな陰陽師である。ホント情けねーな俺……。

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甘味処を後にし、おつのと二人帰路につく。中途半端な買い物は、結局切り上げる事にした。

「別に、俺に無理して付き合う必要はないぞ」

「いいのいいの。たまにはこうやって帰るのもいいでしょ?」

「まぁ、おつのがそう言うなら……」

「はい!」

おつのが片手を差し出してくる。

「ん?」

「ほらほら」

「……あぁ、分かった」

俺はおつのの手に、鞄を渡して預けようとした。

 

「ちーがーうーでーしょー!」

「え?鞄持ってくれるんじゃないの?」

「手繋ごうって言ったの!もう、オガミちゃんったら……」

「はっはっは、冗談だって。ちゃんと分かってるよ」

時折おつのの大きな翼がバサバサとはためくのを観察しながら、二人で並び手を繋いで歩く。

「んー、ちょっと残念だなぁ」

「何が?」

「荷物が無かったら、一緒に飛んで帰れたのに」

「一緒にって、どうやって?」

「こう、オガミちゃんをぎゅーって抱きしめて、そのままびゅーんって」

おつのの大きな胸が、むにゅりと押し付けられる光景を想像してドクンと鼓動が跳ねた。

いかんいかん、何考えてんだ俺は。

「そ、そうか……でも俺高い所苦手でな」

「あはは大丈夫大丈夫、目を瞑ってればあっという間だから」

「いやそういう問題じゃなくて」

色んな意味で魂まで飛んでしまいそうだ。

「あー、また赤くなってる!」

「ゆ、夕日のせいだろ……」

 

 

 

「憧れ、か……」

「ん?何?」

「なんでもない」

 

今こうやっておつのと手を繋ぎ歩く姿も、道行く人々から憧れと憎悪を呼んでいるに違いない。

説明
おつのと甘味処で過ごすお話です。

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