Nursery White 〜 天使に触れる方法 7章 1節
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7章 時間と一緒に流れる音

 

 

 

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 “それから”のお話。

 私は何を隠そう、第二手芸部という名のオタサーの解散を宣言した後、悠里とのゆるーい日々に身を投じていった……という訳でもない。

 いや、それもまた事実だったんだけど、学校では授業を受ける以外のことはしない、完全な帰宅部になった訳ではなく、実はある委員に立候補していた。

 当然、委員の選定は学期ごとに行われるから、こんな五月の半端な時期に新たな委員が決まることなんてありえないんだけど、宙ぶらりんなままでいるのはイヤだったし、無理を言ってねじ込んでもらった。ちょうど、人も足りていなかったというから、むしろ私は歓迎されて……。

「ゆたか。返却された本、本棚に戻してきました」

「ありがとう、悠里。……なんか、悠里は図書委員じゃないのに悪いね」

「いえ。お昼休み、他に特にすることもないので楽しいです」

「そう?ならいいんだけど」

 週に二回、私はお昼ご飯をとっとと食べた後、図書室の受付に入っていた。役職はずばり、図書委員。……自分を卑下する訳じゃないけど、まあ、なんというか、私にすごく合っているポジションだと思う。

 ちなみに我が校の図書室は、中々に蔵書が豊富で、一部だけどマンガやラノベもあるなど、色々と幅広いというか、ある意味で現状というものを把握できていると言うか。……受付が暇な時は、読んだことがなかったラノベを軽く読んでいたりするけど、中々素敵な出会いがあっていい。

 後、専門書も充実しているから、手芸関係の本にも目を通しておいた。……こっちはもう、私が当たり前のようにやっていることが多かったから、そこまで参考になった訳じゃないけど、それでも、きちんとしたプロの解説を読むとより理解できた気がする。

「悠里は本を読むのって好き?」

「うーんと、絵が多いのは好きですけど、ゆたかが読んでいるような文字ばっかりなのはちょっと……」

「ああ、ラノベはダメかな。割りと挿絵もあるんだけどね、こんな感じで」

 ぱららっ、とページをめくって挿絵のページを見せる。……ちなみに、今読んでいるのはミステリー色の強いラノベで、挿絵に“ほぼ”お色気シーンとかはないので、安心して悠里にも見せられる。更にこのページは、主人公の高校生探偵に、助手のようなことをしている女の子が可愛らしくひらめいたことを伝えるシーンだった。ショッキングなシーンでもないし、実に人に見せやすい。

「へーっ……あんまり最近の本ってよくわからなくって。家にある小説は本当に最初から最後まで文字だけだったので、そういうのはページを開いているだけで、頭がくらくらーって……」

「ははっ、その感覚は私もわかるよ。でも、ラノベは挿絵も効果的に使われているし、難しい字にはちゃんとルビが振ってあるから読みやすいと思うよ。ほら、こういう感じに」

 今度は適当なページを開いて、「高校生」という言葉にすらルビが振られているのを見せてあげる。正直、ラノベのルビの基準って不思議だと思う……。

「なるほど。あの、言葉に米印とか付いていて、それの解説が巻末にあったりとか、そういうのはないんですよね?それなら、ボクも読んでみたいです」

「ああ、昔の小説とか翻訳系に多い、脚注ね……あれ、読んでるの楽しいけど、ちょっとテンポ悪くなっちゃうんだよねぇ……」

 実は私としては、結構好きなんだけど。そういう脚注を上手くゲームの中に落とし込んだゲームもあったなぁ。

「悠里はどんな物語が好き?やっぱり、音楽関係の?」

「それもいいですが、どうせ読むなら冒険系がいいですね。ゲームみたいな、勇者が魔物を倒しに行く、みたいな……!」

「おおっ、ちょっと意外。けど、王道ファンタジーっていいよね。でも、そういうのはラノベよりは児童文学の方がいいかも。えっと、確かこっちに……あったあった。これ、海外の翻訳ものなんだけど、面白いよ。魔法使いが世界中を旅して回るの。やがて少年魔法使いは大人になって、中年になって、弟子を取るようになる。最後は老人になって……そんな、一人の魔法使いの一生を描いてるんだけど」

「面白そうですね!!」

「まあ、こっちはラノベじゃないから、そんな挿絵はないんだけど、文体はかなり読みやすかったかな。後、アニメにもなってるんだけど、そっちはちょっと……かも」

 映像化する時の仕方がないことだけど、色々と重要なものが抜け落ちていて、まあ、映像で表現されるのは迫力もあっていいことではあるんだけども、こぼれ落ちたものがあまりにももったいないと言うか。

「後、冒険ものならこっちのラノベもいい感じだよ。バトルはないんだけど、行商人と神様が一緒に旅して――」

 ……それからひとしきり、悠里とラノベトークを繰り広げてしまった。

 まあ、利用者も全然来なかったから、職務放棄ではない……と思う。むしろ、それまでラノベに興味なかった子をその世界に勧誘できたんだから、読書人口の増加には貢献できているはず……!

「失礼ながら、あんまりゆたかに読書家のイメージってなかったんですけど、すごく詳しいんですね」

「……まあ、ラノベ原作のアニメって多いし、ラノベの挿絵って割りと有名なイラストレーターさんが担当してたりするから、そっち経由でね……。この人とか、ゴスロリ界隈では神みたいな人だし……!」

 そう思って手に取ったのは、割りと中身は過激なラブコメ系のラノベだ。というか、口絵の時点で半裸の女の子が乱舞している。……絶対に悠里には中を見せちゃいけない系だ。……というか、なんで図書室にあるんだろう。

「わぁ、すごくフリフリの衣装ですね!」

「さすがに悠里の私服にもここまでのはないでしょ?」

「そうですね……買おうと思えば買えますが、少し動きづらそうですし、演奏会にはもっとシックなドレスを着ますから。買っても使い道がなさそうです」

「……そっか、演奏会」

 私がまだ一度も見たことのない、いうなれば悠里の“本当の姿”だ。

 時期になれば、テレビ番組になったりもするんだろうか?音楽系のコンサートと言うと、アニソン系のフェスしか見たことがなくて、クラシックには全然興味を持って来なかったので、本当に全くわからない……。

「ゆたか?どうかしましたか?」

「う、ううん。……悠里の出る演奏会に、行ってみたいなって思って」

「っ……!!来て、くださるんですか!?」

「い、いや、そんな感動されましても。むしろ、行きたがらないと思ってたの?」

「……たぶん、退屈ですよ?寝ちゃいますよ??」

「いやいや、自分でネガキャンしなさんなや」

「でも、ボク自身、出番のない時は寝そうになるので……」

「……それ、いいんですかね?」

「ダメだと思います……」

「せやろな……」

 なんというか、この天才天然フルート少女様は……。

「あっ、そろそろお昼休み、終わりですね」

「ん、そだね。じゃあ、帰りますか」

「はい!……でも、ゆたかと同じ教室じゃないのが残念です」

「それはまあ、ね。同じ学年ならよかったんだけど」

「ですよね!!ボク、地味にゆたかとりさ先輩の関係に憧れてるんですよ?」

「ああ、莉沙とは完全に腐れ縁みたいな感じだけど、ずーっとなんとなく一緒にいるからね。……まあ、悠里とは、これからそうなれるでしょ?」

「はいっ!!」

 悠里は嬉しそうに、飛び跳ねるように教室へと向かっていく。……ヤバイ、その後ろ姿を見ているだけで、多幸感でどうにかなりそうなレベルで可愛い。

 オキシトシンだっけ、セロトニンだっけ、ドーパミンだっけ。とにかく、そういう感じのあんまりに分泌され過ぎると、色々とまずいものが溢れ出ている気がする……。幸せで溶けそう。

 そう、もうすっかり悠里と一緒にいることが当たり前だから、私自身が忘れかけているけど、悠里はめちゃくちゃ可愛いのである。

 本当にお人形さんみたいに可愛くて、見ているだけでドキドキして……彼女みたいな子が現実にいるのが、今でも信じられない。

 そしてそのことを改めて感じる度に、私は彼女との出会いに感謝して、悠里のことを大切にしないと……そう感じるのであった。

 

 

 放課後も、図書室の番人をしてから帰る。

 悠里は吹奏楽部があるから、その練習が終わるまでの時間つぶしにちょうどいい。

 ちなみに、テスト期間中、図書室は本来のその機能を失い、代わりに自習室として開放されるようになる……らしい。私はまだその時期に図書委員やったことないし、勉強は自宅でする派だから、自習室になった図書室を使ったこともないので、実際のその雰囲気を知らないけど。

 ……それにしても。

 私は別段、他人から見られた時の自分の評価を気にしている訳じゃない。気にしている訳じゃないけど、受付にでっかい女が本読みつつ、利用者のことも伺いつつ、でいるという図はどう映るんだろうか……。威圧感を与えていたりしなければいいんだけど。

 後、悠里も言っていた通り、私と本というのはどうも結びつかないんじゃないか、という疑惑もある。

 まあ、私がこの図体でドールを愛でていて、そのために衣装を自作しているということ自体が、違和感の塊のような珍事だとは思うんだけども。

 たまに、こうして一人の時間を過ごしていると、自分の体のことについて、いくらかのコンプレックスを“思い出して”しまう。

 今はもう、気にしていないつもりだ。……つもりなんだけど、そう簡単に割り切れるのであれば、初めから悩まない訳で。

 私の高身長という事実は、同性はもちろん、男子の何割かも見下ろすことになる視界という形で、日々そのことを自覚させてくれる。……望んでそうなった訳ではないのに。むしろ、小さく可愛いままでいたかったというのに。

 ……いや。どうしてこんなことを思い出しているんだろう。

 悠里に私の理想を重ねていることへの、後ろめたさ……?自分ができなかったことを、彼女に託そうとしている自分自身を、私は嫌悪しているのだろうか……?

「ゆたか、部活、終わりましたよ!!」

「……あっ、悠里」

「はいっ、あなたの悠里です!」

「いやいや、私が独占するつもりはないよ」

 悠里の元気な声で、無駄に暗い考えの中から抜け出すことができた。

 ……まったく、何をうじうじ考えているんだか。そういうのも全てひっくるめて、私は悠里と一緒に変わりたいんだ。だから、私が見るのはこの子だけでいい。少なくとも今は。

「じゃあ、図書館閉めて帰ろっか。……残っている人は、いないよね」

「ですね。じゃあ、帰りましょう!」

 悠里はまた、飛び跳ねるように私の前を歩く。歩幅の大きさや、運動神経のよさ的には、意識しないで歩くと私が先を行くことになるんだけど、もうすっかり悠里に先を歩いてもらうことに慣れていた。そして、目の前で躍る銀髪を堪能させてもらう。

「そうだ、ねぇ悠里。前に話してた曲ね、スマホに入れておいたから聞く?」

「はいっ!!」

 悠里は積極的に、私の好きなアニソンをフルートで演奏すると言ってくれる。だから私も、これをフルートで演奏しているのを聴いてみたい、と思う曲を色々とセレクトしているんだけど、今回のは音源を持ってなかったので、昨夜ダウンロード購入したところだった。

 スマホにイヤホンをつないで、渡す……直前で、私は“小さくて大きな冒険”の決心をした。

 ……イヤホンの片方を自分の耳に差して、もう片方を悠里に手渡す。

「えっ……?」

「そ、そのっ……たまにこういうことしてる子って、いるでしょ?……私はあんまりそういうの、好きじゃないって言うか、バカやってんなー、ぐらいに思ってるんだけど、一応、その……ね?」

 どんだけやねん。いや、どんだけ同じ音楽を聴こうとするだけで、緊張しまくってますねん。

 でも、悠里も基本的には私のすることを全部受け入れてくれるのに、ものすっごいきょとん顔をしているものだから、私まで一瞬、真顔になってしまった……と思う。

「え、えっと、ゆたか、その……」

 それから悠里は、頬を赤く染めて、もじもじし始める。え、えっと……。

「ボク、こういうのに憧れてました……!」

「そっ、そうなの?……そ、そっか。うん……私も、ちょっとは…………」

 二人して顔真っ赤にしてますよ、この子ら。その内の一人、私ですけども。

「じゃあ、いただきますね……!」

 悠里は嬉しそうにイヤホンを受け取って、片耳にはめる。

 …………二股にわかれたコードで、私と悠里はつながっている。それを意識すると、なんだかすごくこそばゆくて、でも、すごく嬉しくて……。

「ゆ、ゆたか?早くその、再生を……」

「う、うんっ……!!」

 しかも、このアニソン、割りとラブソング寄りだというのが、なんかすごく、こうっ……!!

「わぁっ、すごくいい曲です!」

「そ、そうかな……?オープニングのアニメと一緒に聴くと、もっとよくて、こう……」

「へぇっ……その動画を見ることってできませんか?」

「い、いいけど……アニメの定額サービスに契約してるから、そこに入ってるし……」

「じゃあ、ぜひ見せてくださいっ。よければ今!」

「い、今っ……い、いいけど、いいけどっ…………」

 イヤホンを共有したまま、同じスマホの画面を覗けと……!わずか五インチちょっとの画面を、二人で……!

 マ、マジですか……?

「は、はいっ……出したよ……」

「こんなに可愛い絵柄のアニメだったんですね!」

「朝の……えっと、九時半ぐらいにやってたアニメだからね。いわゆる女児向けの作品に入るんだと思う……私は中学生の時にめっちゃ見てたけど」

「そうだったんですか。……うーん、ボクもゆたかに色々なアニメを教えてもらっている内に、興味が出てきました。今やっているアニメでいいのがあったら、見たいと思うんですが……!」

「本当?あっ、いや、でも私が今見てるのは、ちょっと……」

 小学生の女の子と色々やるアニメとか……。高校生とは思えない幼い絵柄で、よりちょっと過激なことをしちゃうアニメとか……。

 ああ、どうして私はここまで、見るアニメまで男性的なのか。だって、女性向けアニメって女の子の数少ないんだもん……!私は女の子を見たくてアニメを見てるのに!!…………ごめんなさい、極論でした。

「私のオススメする名作のDVDを借りて見るっていうのはどうかな。私みたいに配信サービスに登録するのもアリだけど」

「配信サービスって、有料ですよね?……ボク、あんまりお小遣いとかそういうのってないんで、あまりに高いものはちょっと。音楽に関係あるんだと言えば、許してもらえるかもですが」

「私の登録してるのは、五百円ぐらいだよ。見れる幅は狭くなっちゃうけど、もうちょっと安いのもあるかも……」

「そんなに安いんですか!?てっきり、アニメが見放題なのだから、一万円ぐらいはかかるのかと……!」

「……うん、そんなに高いと庶民は絶対払えないから、高いのでも千五百円とかだよ。それですらありえない価格だって私とかは倦厭しちゃうけど……」

 時々忘れそうになるけど、この子、超お嬢様です。金銭感覚とかは、まだまだ私が教育してあげないと、余裕で三つぐらいはゼロが多い金額を口走るんで、失神しそうになる。なお、私もドール関係では五桁の出費はそこまで珍しくないんだけども。うっかり六桁に踏み込みそうになった時は、めちゃくちゃ焦ったけど。

「ありがとうございました。……なんか、思ったよりもドキドキしますね、こういうの」

 悠里はイヤホンを抜いて、私に返してくれる。いや、あなた割りと平気な顔でしたやん。ずっと顔真っ赤だった私がアホみたいですやん。

「そ、そうだね……」

「でも」

「……んっ」

「また、したいです。ゆたかがよければ、毎日だって……」

「な、何言ってるんだか、この子はっ……」

 毎日こんなことしてたら、私の身が持たないっての。

 …………できれば、そうしたいけど。

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いつもの二人を、いつもよりも甘く

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