【リリカルなのは】お姫様と王子様 |
お姫様と王子様
バレンタインチョコレートに添えた手紙。それは、私からアリサちゃんへ宛てた案内状。
アリサちゃんに伝えたいことがあります。
明日の放課後、屋上に来て下さい。
月村すずかは、アリサ・バニングスに告白する。この胸に宿った想い――もう、抑えきれないよ。
わがままいっぱいに甘えて欲しい、振り回して欲しい。どこまでも、いつまでも、一緒に歩き続けたい。
そして、時々でいいから……振り返って微笑んで欲しい。
ちょっと贅沢なお願いだけど、全部伝えるよ。
そんな風に考え込んでいた私。それを引き戻したのは、携帯電話の鳴る音だった。
誰からだろう?
そう思いながら画面を見た途端、胸がはねた。
『着信 アリサちゃん』
さっきまで想いをはせていたので、ちょっと慌ててしまう。
「も、もしもし……」
「あ、すずか? アタシだけど、ちょっと良い?」
アリサちゃんの声だ。教室でも聞いていたけど、この場所で聞くと、ドキドキしちゃう。
「う、うん。何かな?」
「えっと……悪いんだけど、ちょっと用事が出来ちゃってね。すぐには行けなくなったの」
電話から聞こえてくる声に混じって、車の排気音が聞こえてくる。
どこか行っちゃうのかな?
「その、たいした用事じゃないから……。ま、また今度でも良いよ?」
うぅ……どうしても今日伝えておきたいのになぁ。なんでおくびょうになっちゃうんだろう?
「行くわよ。パーティーなんかスグに抜け出して、絶対に行くから……。アタシが、すずかの誘いを断るわけないでしょ」
「う、うん。でも、アリサちゃんの都合も考えずに呼んだし……」
「あぁ、もうっ。ゴチャゴチャ言わない! アタシが行くって決めたの。屋上で伝えたいことがあるんでしょ?」
また怒らせちゃった。ごめんね。
「うん。迷惑でなければ来て欲しい……かな?」
「アタシに聞いてどうするのよ」
「そうなんだけど……」
でも、良いのかな?
「それに、迷惑なわけないでしょ? 良い?スグに抜け出すから、必ず待ってなさいよ」
「うん、私待ってるよ。アリサちゃんが来てくれるの、ずっと待ってるから」
ブツっと途切れる音と共に、通話終了。
アリサちゃんの声が聞けなくなったのは寂しいけど、約束をしてくれた。
私は携帯電話を抱えたまま、ゆっくり待つ――
◇
「遅いなぁ……」
屋上で待ち続けて3時間。既に日はかたむき、辺りが薄暗くなってきた。2月の中旬である今は、気温も低く、手足がちょっとずつしびれている。
まだパーティー会場にいるらしく、アリサちゃんの携帯電話は全然通じない。
寒くて辺りも暗くなって来たし、ちょっと怖いな。
「アリサちゃん、まだかなぁ」
さっき確認したらもう7時だった。スグに抜け出してくるとは言ってくれたものの、パーティーだもん。バニングス家の一人娘として出席しているはずだから、身動きが取れないのだろう。子供である私達の都合でパーティーは動かないし、あいさつ回りだけでも大変だろう。……仕方がないよね。
でも、待っていてとお願いされて、待っていると答えたのは私。アリサちゃんとの約束を破るのなんて嫌だから、ここで待ち続ける。遅れてごめんって言いながら、必ず来てくれるから。
どこかでポツポツと音が鳴り出し、ほっぺたに冷たい雫が降ってきた。
雨が降ってきたけど、朝は晴れていたので、傘を持っていない。濡れて風邪を引いちゃっても困るし、校舎の中に逃げようかと思ったけど、止めた。
あたりは真っ暗になっちゃっている……。もし、私が屋上の縁にいなかったら、アリサちゃんが見つけられないかもしれない。もしかしたら、そのまま帰ってしまうかもしれない。
だから、濡れちゃうけどここで待っている。じっと耐えるのは、待っているのは得意なんだ――大丈夫。
降りしきる雨に服が濡れ、段々と体が冷えていく。髪の毛の先からも雫がたれているし、このままだと風邪を引いちゃうかもしれない。でも、私はここを動かない。ずっとアリサちゃんを待ってるの。ちょっとフラフラしてて、頭もぼうっとしてきたけど大丈夫。
時間が経つにつれて雨はドンドンと強くなってくるけど、その中に混じってブレーキ音が聞こえる。
ほら、校庭を駆けてくる姿が見えるでしょ?
アリサちゃんが来てくれたんだよ?
ちゃんと笑って伝えないといけないんでしょ?
あ、あれ……どうしちゃったんだろう。体が、うまく動かない。
何とか1歩踏み出そうとした瞬間、私はバランスを崩してそのまま倒れた。
バシャっと水溜りに突っ込んだままの体、頭もフラフラとして立ち上がれない。
「アリサ……ちゃん」
意識を失う直前に見たのは
大好きな人の笑顔だった―――
◇
「スグに抜け出すから、必ず待ってなさいよ」
「うん、私待ってるよ。アリサちゃんが来てくれるのずっと待ってるからね」
いつものように無茶な要求をしたアタシに、これまたいつものように答えるすずか。……また甘えちゃった。
心の中でそう反省をしながら、車に揺られパーティー会場へと向かう。
「―――アリサ、急ですまないがパーティーに出てくれないか?」
すずかの手紙に心躍らせていた私。それを、現実に引き戻したのは、パパからの電話だった。
デビット・バニングス、私の父である彼は会社の経営者だ。業績も良いらしく、我がバニングス家は資産家として数えられ、お金の面では不自由することなく暮らしている。だけど、その分パーティーだったり、会議だったりと、面倒な出来事が付いて回る。
それが、どうしようもないのは知っている。人脈を作る為にも、付き合いが必要なのは子供の私にも分かるんだけど……。
「ねぇ、パパ。アタシ、今日は大切な用事があるんだけど、どうしても行かなきゃダメ?」
今日はだけ行きたくない。貰ったチョコに添えられていたピンク色の手紙は、アタシの人生を変えるかもしれない……いや、絶対に変えてしまうイベントへの招待状だったから。これをきっかけに、すずかともっと親密な関係になれるかもしれない。そう思うと、パーティーなんかに出席する気分になれない。
「アリサ、我侭を言わないでくれ。今回は子供向け商品のプレゼンも兼ねているんだ。主催者の顔を立てる為にも、お前がいなくては困る」
ダメ……か。優しいパパの事だ、出来るなら私を関わらせたくはないんだろうけど、時と場合がそれを許さない。
それなりの資産を持っているからには、必要に応じて見栄を張ったりするのも必要な事。アタシはパパを尊敬しているし、あまり我侭を言いたくはない。それでも今日、今だけは――
「どうしても外せない用事なら、少し時間をずらせないか?パーティーは挨拶回りを済ませたら、帰っても良いから……」
それでも、十分に失礼にあたるだろう。もしかしたら大事な契約を逃してしまうかもしれない。パパの苦悩はアタシには想像出来ないが、子供の都合で帰れる程、生易しいものではない事ぐらいは分かる。
「分かった、パーティーには参加するわ。でも、あんまり長くはいないわよ?」
「あぁ、構わない。鮫島にドレスを持って行かせるから……」
「うん、それじゃあね」
パパからの電話さえなければ――今頃アタシは屋上ですずかと……その色々とあったはずなんだけどね。
「アリサお嬢様、到着致しました」
どうやら着いてしまったらしい。少しは考える時間をくれても良いじゃない。
ドレスが乱れないように降りた先は、中々のものだった。最近大きくなってきた企業の社長だと聞いていたけど、成金趣味もなさそう。少なくとも、変な像が庭に並んでいないだけ、好意を持っても良いかもしれない。
そう思いながら会場に入った瞬間、私は驚かされた。何これ?
そこら中にオモチャや、デフォルメされた動物の人形が転がされている。本人はインテリア代わりのつもりでやったのかもしれないけど、散らかった子供部屋にしか見えないわね。
「アリサよく来てくれた。早速だが挨拶回りを……ん、あぁ驚いたろ? 社長さんの趣味らしい」
その光景に固まっていた私の傍に、いつの間にかパパが来て乾いた笑いをあげていた。
趣味って……部屋を散らかすのが趣味だって人、初めて聞いたわよ。
「おぉ、これはこれはバニングス家のお嬢様。お初に目に掛かります」
誰よ、このオジサン。
「今回のパーティーの主催者、佐藤さん。玩具関係の社長さんだよ」
アタシの視線に気が付いたのか、パパが説明してくれた。
それにしても、佐藤って普通の名前ね。こんなのを趣味って言うぐらいだから、もうちょっと変わった名前だと思ったわ。どうもっと、頭を下げながら、素直な感想が浮かんでしまった。
「あはは、バニングス家に比べればまだまだ。無論このまま終わるつもりはありませんがね」
成程、中々な野心家な上に、ちゃんと考えているのね。はぁ、このタイプの人からは簡単に逃げられないのよね……。
聞いていた話と違うと、抗議の視線を送ったが、パパに気づいてもらえなかった。
◇
「まったく、冗談じゃないわよ!」
あの後も、あいさつ回りに付き合わされたけど、途中で数えるのも止めてしまった。あの社長さん、どんだけの招待状を送ったのだろう。早く帰りたい身としてはいい迷惑だわ。
受付で携帯電話を預けている為、時間の確認すら出来ない。それがアタシのイライラを高めていた。
やっと許可が出て、外へ出たら冷たい雫がアタシの頬を濡らす。雨か……。
なんだか嫌な予感がするわ――
「アリサお嬢様、大変で御座います!」
心の焦りにかられ、走り出そうとしたら見覚えのある車が止まっていた。そして、中から転がり出るようにして、初老の男性が出て来る。
「鮫島?」
いつも落ち着いている彼らしくない。その様子がアタシの胸の不安と合わさって、嫌なものを形作って良く。
促され、車に乗り込んだアタシ、はとんでもない話を聞かされた。
すずかが行方不明?
「ちょ、ちょっとどう言う事よ!鮫島、ちゃんと説明しなさい!」
「お、お嬢様。首を絞められては危険です。どうかお席にお戻り下さい」
はっとして手を放したアタシに、鮫島は続ける。
「先程、ノエルさんから連絡を頂きまして……すずか様がご自宅に戻られておらず、また連絡が取れないそうです」
すずかが家に帰ってなくて、連絡が取れない? 雨も降っているし、時間だってもう遅いのに……。
普段一緒に登下校をしているし、連絡が来たんでしょうね。すずかの家だって学校から遠いし、妥当なところよね。
それを考えると、帰宅するならノエルかファリンに迎えを頼むはずよね。まさか、まだ学校にいるなんて――ちょっと待ちなさい。今日、すずかとどこで待ち合わせをした? どこで待っているようにって、言ったの?
普通はありえない。でも、すずかならありえる。
「鮫島、学校に向かいなさい!」
「学校で御座いますか? 何か忘れ物でも?」
「いいから黙って向かいなさい!今すぐ、なるだけ急いで!」
「……分かりました。飛ばしますので、お気をつけ下さい」
一途に思い続けて、いつでも同じ場所で柔らかく微笑んでくれる。そんなすずかなら……アタシと約束した屋上で待っているはずだ。
◇
―――いた。
いつも以上の速度で進む車。その窓からでも、屋上に立つ影が見える。暗くてよく分からなかったけど、アタシには分かる。あれは絶対にすずかだ。
あの子はアタシとの約束通り、ずっと待っていてくれた。雨が降っていて濡れてしまうのに、屋上でずっと待っていてくれた。それなのに、アタシときたらパーティーの間電話が手元になく、メールすら出来なかった……。
謝らないといけないわね。ごめんなさいって。でも、そんなの全部後回しよ。
「鮫島、ストップ! 止まって!」
アタシの声に反応し、車が速度を落とす。
もう、面倒だわ!
「お、お嬢様?」
止まるのを待っている事が出来ず、アタシは車から飛び出し、すずかの元へと駆け出していた。
「すずか……すずか……すずかっ!」
1階、2階、3階ドンドンと上るけど、ドレスのままだから早く走れない。もう! うっとうしいわね。
やっと階段をのぼりきった――すずかはどこ?
途中で転んでしまい、足に力が入らない。こけるようにして、屋上に飛び出しアタシはすずかの姿を探しす。
居た。私の目に飛び込んできたのは、水溜りに倒れているすずかの姿だった。
◇
どうしよう、私のせいだ。
あの後、鮫島と車に乗せ病院に運んだ。
診察結果は、疲労と寒さによる発熱。2〜3日寝ていれば、治るらしい。
処置が終わった後、自宅へと移ったんだけど、すずかは荒く辛そうな呼吸を繰り返すだけで、目を覚まさなかった。
――アタシが1回でも電話をしていたら
――アタシが1通でもメールを送っていたら
こんな事にはならなかった。
――アタシがわがままを言ったから
――アタシが約束してしまったから
すずかは待ち続けてしまった。雨うたれ、濡れながら……たった1人、屋上で待っていた。
冷たくても、寒くても。1番見つけやすい端っこでたたずんでいたに違いない。すずかはそんな子だ。
「アタシが……アタシが、悪いんだ」
ベッドに寝かせて結構経つけど、熱は一向に下がらない。タオルを取替えて、汗を拭いてあげることしか出来ない。無力なアリサ・バニングスは、月村すずかを助けられない。
でも、そうだとしても……。
「アタシがすずかの傍にいなきゃ……」
すずかはアタシだけを待っていた。暗くて寒くて、雨が降る。そんな屋上で待っていてくれた。
勇気が足りなかった、アタシが悪い。待たせてしまった、アタシが悪い。わがままを言った、アタシが悪い。
すずかを好きになってしまった、アタシが悪い。
「アリサ様、少しお休み下さい」
「ファリン?」
「ずっと看病をなさっていては、アリサ様が倒れてしまいます」
倒れないわよ。
ずっと看病をしていて、ちょっと疲れたけど。
でも……
「アタシが看なきゃいけないの。アタシが傍にいなきゃいけないの」
すずかが目覚めた時に謝りたいから、アタシはここにいたい。
「お願い、傍にいさせて」
こんな事になってしまったけど、すずかの気持ちが変わっていないなら……アタシはここを離れちゃいけない。想いを伝えて、返事を聞いてあげないとね。
「分かりました。でも、無理はなさらないで下さい」
私の思いを分かってくれたのか、ファリンは一礼すると出ていった。どうせドアの外で待機してるんでしょうけど、心づかいが嬉しい。
汗をふき取り、タオルを代える。
それに、すずかが目覚めるまでには、告白の台詞ぐらいは考えておかなきゃね。
◇
どれぐらいの時間がたったのだろう。いつの間にか窓の外は明るく、小鳥達がさえずっていた。あれからずっと看病を続け、すずかの調子も少しは良くなったように思う。
呼吸に合わせて上下する胸と、赤みを取り戻した取り戻した頬。
「すずか……」
それに、名前を呼んで頭をなでると、気持ち良さそうにしてくれる。はぁ、こんな子を待たせしまうなんて、アタシってバカよね。想いは1つしかないのにあれこれ悩んで、何してたのかしら?
アタシはすずかが好き。何もかも忘れてしまうぐらい、彼女のことで頭がいっぱい。
この思い、すずかに受け入れてもらえるのかしら?
「う、う〜ん。あれ……アリサちゃん?」
「ふふ。おはよ、すずか」
湖面のように穏やかな寝顔を、もう少し眺めていたかったけど起きちゃった。ちょっと残念な気もするけど、寝起きでぼーっとしている姿も可愛いから許してあげる。
それに、すずかが起きてくれるのを、楽しみにしてたし。
「ねぇ、すずか。寝起きのところ悪いんだけど……ちょっと良いかな?」
「なぁに、アリサちゃん?」
寝起きでろれつが回っていないのかしら?
それでも、じっと見つめられていたら、どんどんと胸が高鳴ってしまう。頭に血がのぼって、アタシまでぼうっとしてしまいそうだわ。
それも良いかな、なんて思ったけど、今はダメ。
ちゃんと言葉にして伝えないと、すずかに告白しないと……。
「あのね。アタシは……アタシはすずかの事が――」
「待って、アリサちゃん。お姫様が先に告白しちゃダメだよ?」
「え?」
すずかの人差し指が唇に当たり、思わず止めてしまったけど、お姫様って……誰?
驚いているアタシをよそに、すずかは微笑んだまま続ける。
「お姫様を待たせる王子様なんていないよ。私が知っているのは、王子を待たせるお姫様だけ」
確かに、お姫様を待たせる王子様なんていないわね。
「それに、そんなお姫様なら知ってるよ。世界でたった1人、私だけのお姫様をね」
「でも、そのお姫様って随分とおてんばね。どっちにしても、アタシはお姫様ってがらじゃないわよ?」
「ドレスを着た王子様もいないよ? それに、アリサちゃんはいつだって私のお姫様なんだよ」
アタシが、すずかのお姫様?
「明るくて、ちょっとだけいじわるで……でも、温かい笑顔を私にくれるお姫様。お話の中に出てくる、お姫様にも負けないぐらい、素敵なお姫様だよ」
うふふと、笑うすずかの言葉に嘘は混じっていない。えーと、そうなると……。
「も、もう!冗談ばかり言ってないで大人しくしてなさい」
言われた意味を理解した瞬間、アタシは顔から火が出そうになった。あー、もう、恥ずかしいなぁ。
「熱だってまだあるんだから……また、倒れたりしたら大変でしょ」
沸騰しそうな頭を何とか抑え、アタシはなんとかごまかす。そんな冗談を言ってて、また倒れられたら――もうあんな思いはないし、すずかにもさせられない。
「大丈夫だよ……。私はもう大丈夫」
そう言ってアタシの顔に手を伸ばしてくるすずか。もう、ホントに心配したんだからね。
「それにね、愛しのお姫様を待ってもいいのは王子様だけなんだよ? だから、私はアリサちゃんを待ってたの」
「だったら……アタシの王子様なら倒れて心配かけてんじゃないわよ!」
「うふふ、ごめんね」
結局起き上がってしまったすずか。体はもう大丈夫なのかしら?
「どうしても屋上で、アリサちゃんを助けてあげられたあそこで、告白したかったの」
思い出すのは輝く小瓶と、雨の音。そういえば、あの日も雨が降っていたっけ。
「それなら、しっかりと傘をさして、寒くない格好をして待ってなさいよ。倒れて、アタシに看病されて、どうするのよ!」
「ごめんね。でも、倒れちゃっても、アリサちゃんが看病してくれそうな気がしたから……ずっと傍にいてくれると思ったから。わがままばっかり言ってごめんね」
「き、気にしなくて良いわよ。アタシだっていつもわがまま言ってるし……」
そういえば、何ですずかが謝ってるのよ。悪いのはアタシでしょ。いつも困らせてるのだって、アタシなのに……。
「そんな事ないよ。お姫様のわがままを聞いて良いのは、王子様だけなんだから。私はアリサちゃんが大好き。大好きだから、わがままを言って欲しいよ」
だからね、と前置きをして澄んだ瞳がのぞき込む。
「私の恋人に……私だけのお姫様になってくれませんか?」
「ベッドの中の王子様が、薄汚れたお姫様に告白って訳?」
ちょっとは冷静さを取り戻せたかな?
それにしてもお姫様にって、何回恥ずかしい台詞を言えば気がすむのよ。
「そうだね。ちょっとおかしいかもしれないね」
柔らかく、嬉しそうに笑う彼女。
「まったく、化粧をする時間ぐらい、よこしなさいよね――
◇
これは……夢かな?
ベッドで寝ている私。その傍にはアリサちゃん。
パーティーの帰りなのか、ドレス姿のままで看病してくれている。着ているドレスがちょっと汚れてしまってるけど、輝いていて、素敵だね。
でも、アリサちゃんが傍にいてくれるのに、私は目を覚まさない。もったいないなぁ。本当なら、そのドレス姿が焼き付くぐらい、見ているのに……。
ねぇ?
アリサちゃんが、タオルを代えてくれているよ?
ねぇ?
アリサちゃんが、汗を拭いてくれているよ?
それなのに、私は眠ったままなの?
どうして、目を覚まさないの?
――起きて、おはようって言わなきゃ駄目だよ。
◇
あれ? ここはドコかな?
えーと、私は学校の屋上でアリサちゃんを待っていて……暗くなってきて、雨が降り出して、冷たくて。
そっか、倒れちゃったんだ。
でも、今いる場所はふわふわしていて、まるでベッドの中みたい……ベッド?
ヒンヤリと、おでこに触れる冷たさに目を開けると、心配そうにのぞき込んでいる、アリサちゃんの顔が見えた。
あれ? 夢じゃなかったの?
「アリサ……ちゃん?」
「ふふ。おはよ、すずか」
寝起きで、意識がはっきりとしない。それでも、ここが私の部屋であり、目の前にアリサちゃんがいるのは分かった。
何でかなと思ったけど、考える前にアリサちゃんがきりだしてしまった。
「ねぇ、すずか。寝起きのところ悪いんだけど……ちょっと良いかな?」
「なぁに、アリサちゃん?」
アリサちゃんは真剣な顔をしているのに、私はろれつが回らなくて……その、小さな子みたいな返事をしてしまった。
うぅ……恥ずかしいよ。
でも、なんだか、それどころではなさそうな雰囲気がする
「あのね。アタシは……アタシはすずかの事が――」
来た。ついにこの瞬間が来ちゃった。
でもね、これだけはアリサちゃんに譲ってあげられないの。
そう思った時には、アリサちゃんの口に人差し指を当てて、止めてしまっていた。
「待って、アリサちゃん。お姫様が先に告白しちゃダメだよ?」
「え?」
やっぱり驚いちゃったね。うん、分かるよ。
周りから見てもアリサちゃんが王子様で、私がお姫様に見えちゃうみたいだもんね。
でもね、違うの。
「お姫様を待たせる王子様なんていないよ。私が知っているのは、王子を待たせるお姫様だけ」
怒りっぽくて、わがままで、優しいお姫様。
「それに、そんなお姫様なら知ってるよ。世界でたった1人、私だけのお姫様をね」
「でも、そのお姫様って随分とおてんばね。どっちにしても、アタシはお姫様ってがらじゃないわよ?」
「ドレスを着た王子様もいないよ? それに、アリサちゃんはいつだって私のお姫様なんだよ」
キラキラと輝いてみえる姿は、絶対にお姫様だよ。
「明るくて、ちょっとだけいじわるで……でも、温かい笑顔を私にくれるお姫様。お話の中に出てくる、お姫様にも負けないぐらい、素敵なお姫様だよ」
何とか起き上がろうとしたんだけど、アリサちゃんに押し留められてしまった。もう平気なのになぁ。
「も、もう!冗談ばかり言ってないで大人しくしてなさい」
心配してくれるんだよね? やっぱり優しいよ。自分だって無茶するのに、みんなの心配ばかりしてるんだもん。
「熱だってまだあるんだから……また、倒れたりしたら大変でしょ」
「大丈夫だよ……。私はもう大丈夫」
本当は、まだちょっと苦しいけど今はアリサちゃんに触れたい。その涙を、私が隠してあげる。
「それにね、愛しのお姫様を待ってもいいのは王子様だけなんだよ? だから、私はアリサちゃんを待ってたの」
目元をそっとなでて……うん、綺麗になったね。
「だったら……アタシの王子様なら倒れて心配かけてんじゃないわよ!」
「うふふ、ごめんね」
たった1つだけ、譲れない思いがあった。
それだけだったのになぁ。
「どうしても屋上で、アリサちゃんを助けてあげられたあそこで、告白したかったの」
「それなら、しっかりと傘をさして、寒くない格好をして待ってなさいよ。倒れて、アタシに看病されて、どうするのよ!」
もう、泣かないで。私は大丈夫だから、アリサちゃんの目の前にいるから。もう離れないから。
「ごめんね。でも、倒れちゃっても、アリサちゃんが看病してくれそうな気がしたから……ずっと傍にいてくれると思ったから。わがままばっかり言ってごめんね」
「き、気にしなくて良いわよ。アタシだっていつもわがまま言ってるし……」
アリサちゃんがプイっと横を向いてしまっている。すねちゃったかな……?
「そんな事ないよ。お姫様のわがままを聞いて良いのは、王子様だけなんだから。私はアリサちゃんが大好き。大好きだから、わがままを言って欲しいよ」
私の想いはただ1つ。
アリサちゃんの隣にずっといる事。
何があっても離れない事。
「私の恋人に……私だけのお姫様になってくれませんか?」
「ベッドの中の王子様が、薄汚れたお姫様に告白って訳?」
「そうだね。ちょっとおかしいかもしれないね」
「まったく、化粧をする時間ぐらい、よこしなさいよね。受けるほうにも準備はいるんだから」
日が昇り、だんだんと色を取り戻していく世界。
そんな中、私とアリサちゃんは笑っていた。
◇
アリサちゃんと何でもないおしゃべりをしていて、重要な事に気が付いた。
「アリサちゃん。私、まだお返事貰ってないよ?」
私が告白しただけで、お姫様の返事はまだ貰えていません。う〜ん、告白する時は平気だったのに、緊張しちゃうなぁ。
「んっ、勿論アタシも大好きよ。いつまでも隣にいて。ちょっとでも離れたら、許さないんだからね」
良かった……。あっさりとしてるけど、しっかりとしたお返事を貰えた。
「分かりました」
お姫様からのお願いだもん。大丈夫、私はいつだってアリサちゃんの隣にいるよ。
「あ〜、告白が終わったら、すっきりして眠くなってきたわ」
大きな口をあけて、あくびをしている。
「あっ、一晩中看病してくれてたんだよね。ありがとう、アリサちゃん」
「べ、別にお礼を言われるようなことじゃないわよ。もとはと言えば、私が待たせたから倒れたようなもんだし」
それは良いよって、言ったばかりなのに。それに、赤くなってそっぽを向いたアリサちゃんの目の下には、くまが出来ちゃっている。こんなになるまで頑張ってくれたのに、感謝はしても不満なんてないよ。
「それとごめんね、心配かけちゃって。私が……」
「ストップ、それ以上は言わないでよ」
今度はアリサちゃんが手のひらで、私の言葉を止める番。
そして、ゴホンと咳払いをして口を開いた。
「アタシのわがままに振り回されるのは、王子様の特権かもしれないけど、王子様の心配をするのは……お、お姫様の特権なんだからねっ。アタシにもすずかの心配ぐらいさせなさい」
「アリサちゃん?」
こんなにわがままを言っているのに、私を心配してくれるの?
「それに、王子様が大変な時は一緒にいて、出かけた時は帰りを待つ――そ、そして、帰ってきたら……王子様が帰ってきたら」
なんで赤くなっているんだろう? 風邪がうつちゃったかな?
「キ、キスで迎えてあげるのが、勤めってもんでしょうが!」
「えっ? ……んっ、んん」
キスされちゃった。アリサちゃんに押し倒されて、キスされちゃった。
「ふぅ。こ、これですずかは私のだからね」
「うふふ、そうだね」
嬉しいなぁ。アリサちゃんとキス。手とかほっぺたとかじゃなくて、唇にキス。……はぅ。
折角熱が下がってきたのに、また上がっちゃいそうだね。
◇
「ねぇ、すずか」
「なぁに、アリサちゃん?」
疲れたと言うアリサちゃんと一緒にベッドに入ったところ、突然真剣な顔で聞いてきた。
「アタシがすずかを好きで、すずかがアタシを好き。それは良いんだけどね。すずかは、アタシのどこが好きなの?」
「え?」
「ほ、ほら、顔が綺麗だからとか、髪が気に入ったとかあるじゃない? すずかがアタシのどこを好きになってくれたのかな〜と思って……」
同じ女の子として、とても大切な質問なのは分かるんだけど、それっていじわるな質問なんだよ? でも、お姫様がお望みなら、答えてあげるのが王子様の務めだよね。
「えっとね。う〜ん、特にココが好きっていうのは、ないの」
「えっ? じゃ、じゃあ、何でアタシの事を?」
口に出してみてはっきりしたけど、やっぱりここが好きっていうのは分からない。仕方ないよね。
「私の好きはね、小さな好きが集まったものなの。初めは手を引いて歩いてくれたこ事、輝く笑顔を見せてくれた事、透き通った声で呼んでくれた事……。でも、他にもいろんな好きがるの。だんだんと1つになって、どんどんと大きくなって、抑えられなくなって……」
初めは我慢出来た。近くに、傍にいられるだけで良かった。満足出来たの。
でも、時が経ち、気持ちが大きくなるにつれて、苦しくなってきちゃった。
「もう、爆発しちゃいそうになって、どうしようもなくなって……。だから、バレンタインチョコレートに手紙を付けて贈ったの」
「そうなんだ」
ごめんね。はっきりと答えられなくて。
「こんなのじゃ、王子様失格だよね?」
お姫様のお願いを、1つすら聞いてあげられない王子様なんて、聞いた事がない。こんな素敵なお姫様に、情けない王子様じゃダメだよね。
「ふざけないでよ? すずかはアタシの王子様なのよ。それに、アタシはすずか以外は認めないわ」
どういうことかな?
「だって、今言ってくれたでしょ。小さな好きがどんどん大きくなったって、だんだん抑えられなくなったって」
言ったけど……どこが好き、ってはっきり分からない。好きだって気持ちはこんなにも大きいのに、ちゃんと言葉にして伝えられない。
「つまり、アタシはすずかにいっぱい愛されてるって事でしょ?」
……そうなのかな?
「ふ、ふん、良いわよ。すずかがどれだけ相応しくなかったとしても、アタシがすずかを離さないから、絶対に離してあげないんだからっ!」
そう言うと、アリサちゃんは私を胸元に抱き寄せた。
「く、苦しいよ。アリサちゃん」
それに、その……頭を抱えられると……。
「良いから、黙って寝なさい。私の胸で寝られるなんて、もうないんだからね」
「……うん」
力いっぱい抱きしめられていて少し痛いけど、嬉しかった。ずっとずっと、こうして欲しかったから。
「アリサちゃんは、温かいね」
「変な事言わなくて良いから寝なさい。……お休み、すずか」
頭の上でボンッて音が聞こえたような気がする。でも、ぎゅって抱きかかえられてしまって、確認出来ないのが残念。
でも、見えなくても、温かくて柔らかい。夢でも幻でもないのに、アリサちゃんはこんなにも優しい。
これならぐっすりと眠れそう……。
「おやすみ、アリサちゃん。大好きだよ」
この先にはきっと、山があって谷があって、おまけに壁まである道が待っている。
待ち構えている困難を思うと、気分が沈んでしまいそう。でも、私は後ろを振り返らない。立ち止まらない。
愛おしい人の隣が私の居場所――
説明 | ||
魔法少女リリカルなのはシリーズより すずか×アリサ 【お姫様と王子様】です 【欠けた天秤】の次の話になります 愛情表現は違っても、想いは同じ、ただ1つだけ…… |
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