【閑話休題・9】
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■■■■

 

[おとうとのはなし]

 

 

祭儀場にカラッとした風が吹き込んできた。明るく元気なその風は、オレの姿を見つけると笑顔でぶんぶんと手を振ってくる。

その彼の態度に面食らいながらも、オレは彼に近付き何用かと問い掛けた。

 

「遊びに来た!」

 

そう応えた彼は、手土産だとばかりにパンのようなケーキのような食べ物を差し出す。

漂う香りは嗅ぎ慣れないもので、ナンダコレとオレが首を傾げると彼は得意げに「メソタニアの定番メニュー」だと教えてくれた。

 

「アカルって言ってな、ベーグルみたいなもんだと思ってくれ」

 

「…メソタニアは、王子サマが料理なんかするのか」

 

つい思わずそう呟いてしまったが、当の王子はあまり気にせず「材料をテキトーに混ぜて焼くだけだからな」とケタケタ笑っていた。

なんというか、王国の女王に見慣れている身としては気さく過ぎるこの王子はイマイチ理解出来ないと苦笑し、オレはアカルと呼ばれたパンらしきものを受け取る。

ほとんど面識のない、城で見掛ける程度のオレに、何故他国の王子がわざわざ手作りの土産を持って訪れて来てくれたのか。

 

「よくわからねえけど、茶くらいは出せる」

 

オレがそう言いながら私室に足を向けると、王子は嬉しそうに笑いトコトコとオレの後を追って来た。

素直な人にだな。

まあ、王国からは彼を無碍にするなと通達されている。

あとあまり堅苦しくするな、とも。

こういったことは苦手だが、急な客人をもてなすくらいは出来るだろう。

 

■■■■

 

王子を私室に案内し茶と茶菓子を並べると、ほぼ迷いなく王子は菓子に手を伸ばした。予想以上の早さで菓子が消えていく。

彼は呪いで大食いカエルにされていたとは聞いたが、元より腹ペコ王子だったのではないかと呆れながらオレも茶をひと口啜った。

 

「アカル食おうぜ。割と会心の出来だからさ」

 

菓子を手放さず「自信作を食え」と胸を張る王子の言葉に従い、今しがた貰ったパンらしきものを切り分け皿に乗せる。

促されるままにひとつ手に取り口に運んだ。

が、

 

「……なんだこれビール?」

 

見た目食感、もちもちしたパン。後味風味、ビール。

なんだこれ。

他国の王子が持って来たビール風味のほんのり甘い素朴な味に驚きつつ、オレが目を白黒させていると、王子は「アカル、別名麦酒パン」と楽しげに笑った。

 

「薄く焼くとクッキーみたいになる」

 

「…そっちが良かったわー…」

 

今食べているものも悪くは無いが、ずっしりもちもちで凄ぇ重い。

これ夕飯入らなくなるな多分。

ヤベェ勢いで腹に溜まる。

麦酒パンをもちもち咀嚼しながら、オレは王子に「で?」と声を掛けた。

何しに来たのかと問うように。

この王子サンは基本的に城に遊びに来ていたはずだ、それなのにわざわざオレのいる祭儀場に足を運んだ理由とは。

それを問えば王子さんは頭を掻いて少しばかり目を逸らし言葉を紡ぐ。

 

「ああいやだから、ちょっと話したいな、って」

 

主に「姉という生物について」を。

その単語を聞いた瞬間、オレはつい思わず持っていた麦酒パンを机の上に落下させた。

 

■■■

 

姉とはなんだろうか。

いや意味としては理解している。

己より先に生まれた女性のことだ。

知りたいのはそう、

己の幼少時の痴態を全て記憶しており、それでいて親よりも長生きする、なんか逆らえないタイプの生物のことだ。

幼い頃はともかく、互いにある程度大きくなった今なら体躯も体力も武力もどう考えても全てこちらの方が上なのにも関わらず、「敵わない」と認識してしまうタイプの生物。

嫌いかと問われたら「いや嫌いとか言ったら殺される」と脳が危険信号を発するタイプの、なんかよくわからん迫力を持つ生き物。

何故かは本気でわからない。幼少期のトラウマか、それとも洗脳なのか。

逆らえない、勝てない、敵わない。そんな物体だと認識してしまうモノ。

それが「姉」だとオレは思っている。

世の中には姉弟でも仲の良い人間はいるだろうが、なんとなく、姉には逆らえない弟が多い気がしないでもない。

そしてどうやら、その仮説は目の前にいる王子サンにも当てはまっているようだ。

 

「王国の騎士の、誰だったかな白いヤツから『街の祭司もお姉さんがいるから話が合うかもしれま、しれないな』って聞いてさ。…その…」

 

「あー…」

 

クフリンかな多分。

ぼんやりと騎士の友人を思い出し、オレは落としたパンを手元に戻した。

そうかこの人も「姉のいる弟」か。

そうか…。

目の前の王子をしげしげと観察する。金の髪に隆々とした身体つき。涼しげな服装は他国の風貌を隠しはしない。

確かこの人の姉も似た感じの雰囲気を持つ美人で…。

 

「ん?いやでも王子サンの姉貴は物静かな、どっちかってーと大人しそうな方じゃなかったか?」

 

あまり見掛けたことはないが、城で女王と茶会をしていたのは思い出せる。

笑い方ひとつとっても「微笑む」程度で、ウチの姉と違ってそんな横暴な様子は見られなかったが。

それを問うた瞬間、目の前の王子はふっと遠い目となり小さなく左右に首を振った。

 

「静かに怒られるってのは、恐怖でしかないぞ…?」

 

ふふふと死んだ目で微笑む王子サンは、そのままぼんやりと茶を口に運んだ。

どうやら、姉の性格が元気だろうが大人しかろうが、姉に対する意識はどの弟も変らないらしい。

まあ確かに、物静かな美人が静かに怒る様はちょいと怖い気がするが。

怒りを露わにするタイプには見えなかったが。

そう言うと王子は「オレにだけお説教するんだよ」と遠い目を何処かに向けた。

 

「オレもさ、多少の抵抗はするんだ。言葉遣いがどうだの王族としての態度がどうだの、何回も言わなくてもわかってるから、コドモじゃないんだから、ってさ」

 

「それ尚更こっちの立場が悪くなるやつ」

 

姉からのお言葉に逆らったが最後、怒涛の反論と謎理論のコンボで結局こちらが敗北するのだ。

負けたことで姉の立場がさらに上がり、弟の立場がさらに下がる。

そしてどんどん逆らえなくなる。

反論は全て無駄。無駄な抵抗。

そう指摘すると王子サンはパタリと突っ伏し、「そう…、そうなんだよ…。そんでそのままお説教が長くなるんだよ…」と弱々しい声色で体を震わせた。

つまるところ、説教→抵抗→敗北→立場弱体化→説教の無限ループ。

 

「なんでだろうな、姉さんには勝てない敵わないって感じるのは」

 

喧嘩になったら絶対勝てるはずなのに、同時に絶対に敵わないだろうと無意識に思う。

その感覚の謎はオレも知りたいな、と諦めた顔でオレは茶を口に運んだ。

多分勝てる、けど、絶対敵わない。

オレも、何故かはわからないが、そう思う。

 

「姉さんってなんなんだろ…」

 

そう呟いて、王子はふうと大きくため息を吐いていた。

本当、なんなんだろうな。

 

■■■

 

「そーいやそっちの姉さんは、」

 

「喧嘩中」

 

オレがそう応えると王子サンは目を丸くして「そうなの?」と表情で問うてくる。

恐らく彼は「姉と喧嘩」という状態になることがほぼないのだろう。喧嘩になる前に言いくるめられるというか、早々に抵抗を諦めるというか。

オレも今までそうだった。

「なんでまた」と首を傾げる王子サンに、オレは茶を注ぎながら「そうだな、御伽噺をしようか」と口を開く。

唐突にそんなことを言われた王子サンは、キョトンとした表情を浮かべていた。

 

【とある姉が弟に、大事な取引相手に会いに行ってくれとお願いした。

弟は断る理由もなく了承し、言われた通りにその人を訪ねる。

その取引相手は弟を歓迎し、もてなしてくれた。

が、そのもてなし方法が肌に合わず、うっかり不快な感情のままに弟はその取引相手を殺してしまう。

しまったと弟はとりあえず姉に報告しに帰った。

『かくかくしかじかで殺しちゃいました』

『なんて事を!』

『いやでもかくかくしかじかで生理的に無理でした不快でした気持ち悪い』

『それは知ってるけど、殺さなくても!』

報告すると姉は弟を非難し怒鳴りつけてくる。

しかし、ぽろりと漏らしたその姉の言葉に弟は眉をひそめた。

その姉の言葉は、取引相手が不快なもてなしをすることを知っていたかのような口ぶりだったからだ。

『姉上?もしかしてあの人んとこ行くの嫌だったから、俺に行かせたんですか?』

『あ』

だってあの人気持ち悪いんだもんと目を逸らす姉を見て、弟はふざけんなと怒鳴りかえした。

忙しいから仕事を代わってくれとか、そういう理由ならばまだ許そう。しかし、己が嫌だから代わりに行ってこいとは流石に我儘が過ぎる。

しかもそれに失敗したらお説教の謎コンボだ。嫌なことを無理矢理勝手に押し付けたくせに、それを非難し罵られるされる道理はない。

積もり積もった姉への不満も重なって、弟はとうとう牙を剥いた。

『ホントマジふざけんな糞姉貴、アンタの顔なんざ二度と見たくねえ!』

そう叫んで弟は姉の元から飛び出し、二度と帰って来なかったという。

姉は太陽、弟は月。

それ故その世は、太陽の出ている昼間には月は隠れ、月の出る夜には太陽が隠れるようになった】

 

とまあ、そんな話なんだが。

今のオレもだいたいこんな状態だ。

姉貴とは喧嘩して完全に別居中。住んでる場所も働く場所も遠く離れた場所にいる。

オレは王国、姉貴はどっかの森。

まあ若い男とワイワイやってたから、オレのことなんか一切気にせずやってるみたいだけど。

オレがそう締めくくると、王子サンは「それ御伽噺なんだよな?なに?弟ってどこもそんな立ち位置なのか?」と苦い顔を作ったが、すぐに「…ん?」と不思議そうな表情に変わった。

 

「どうした?」

 

「…いや、…ああそっか、太陽と月だからか」

 

王子サンの妙な口ぶりに今度はオレが不思議そうな表情を作る羽目になる。

そんなオレに笑顔を向けて、王子サンは爆弾を投下してきた。

 

「何でお前、別行動中の姉さんのこと知ってんだ?」

 

「……あ?」

 

「さっきの御伽噺と同じっつーなら、二度と顔見たくないんだろ。顔見に行ってんじゃねーか」

 

…。

……………あ。

いやそれはあの横暴な女の被害者が居たら大変だと思って、あの女なにしでかすかわからないし、別に他意はない、し。

実際、熱血バカと気弱そうなヤツを捕まえてたし、何回か同じ面子で組んで森の中で狩りしてて、

 

「ほら、何回も、見に行ってんだろ」

 

「いやだからそれは、」

 

「なんで急に変な話持ち出すのかと思ったら、太陽と月か」

 

オレは逆かなと王子サンは笑う。

夜中お日様が顔出すことはほとんどないけど、昼間に月はたまに見る。

つまりさっきの御伽噺に例えるなら、弟であるお月さまは、姉であるお日様がのことが心配で、たまにチラチラ見に行っている。

つまりはそういう自白だな?と王子サンはニッと歯を見せた。

違うという言葉は、喉に詰まって出て来ない。

 

「オレと同じだ、姉さんのことは苦手だけど嫌いじゃない、ってさ」

 

逆らえなくて、勝てなくて、敵わないけれど

嫌いじゃない

 

なんせ、

ほとんど歳が変わらなくとも「お姉さん」だから

自分と同じ子供だったときも、

自分と同じ大人だとしても、

どう足掻いてもあの人は「お姉さん」だから

 

眠れない日は傍にいてくれて

退屈な時は遊んでくれて

転んだら手を差し出してくれた

「お姉さん」だったから

 

少しばかりの無音の時間がオレの私室を緩やかに包む。

多分オレと同じく、王子サンも姉貴のことをぼんやりと考えているのだろう。

昔世話をしてもらったなとか、子供の頃はこっちが我儘言ったよなとか。

そのんな静寂は王子サンの座る椅子が鳴らした音で破られた。

その音に我に返り顔を上げると、王子サンはなんとも言えない顔をして頭を掻く。

もごもごと口を動かし、照れ臭そうに

 

「…なんとなく姉さんにお土産買いたいんだけど、なんかオススメあるか?」

 

「気が合うな」

 

買いに行くかとオレは椅子から立ち上がる。

別に仲直りする気はないけれど、たまにはこっそり監視に行かず堂々と会いに行っても良いんじゃないかと思っただけだ。

だから別に他意はない。

祭事場から外に出て賑やかな城下町へと向かう道すがら、オレは王子サンに声を掛けた。

 

「…また来いよ。色々あるだろ王子サンってのは」

 

「ははは、言われなくても押しかける気だったぞ?」

 

姉を持つ弟の気持ちを共有出来るのは、アンタだけだろうから。

どちらともなく同じ言葉を、笑顔で同時に相手に伝えた。

 

 

END

説明
適当に。よくわからないなにか。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け
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