封鎖された世界と飛び立つ鳥 |
封鎖された世界と飛び立つ鳥
この“世界”が普通じゃないことに気づいたのは、十二歳の誕生日だったと思う。
九年の義務教育に、三年間の高等教育。更に二年、あるいは四年。もしくは六年の追加教育。
私たち学生は、それだけの教育を受ける義務と権利があることを教え込まれていた。
だから、私たちはこの学校で生活していた。
昼間は勉強をして、食事の準備や部屋の掃除は分担してする。
食事を作るのも、もちろん自分たち自身。それも家庭科の勉強の一環なんだと伝えられていて、一切の疑問を持たずに従っていた。
だけど、その誕生日に、ある疑問を浮かべてしまった。
「どうして、お母さんもお父さんも、私の誕生日なのに会ってくれないの?手紙もくれないの?どうして……?」
すぐに私は上級生に「そんなこと言うもんじゃないよ」とたしなめられた。
――私たちは誰も、両親を知らない。
姿はもちろん、名前も。何もかも。
初めは寂しいと思った。でも、その次に私は。
――本当に私に両親なんているの?
そう疑問に思った。
全てウソで。私に両親はいなくて。みんなにもいなくて。
いつかここを出て、家族と一緒に暮らす日が来るのだと思い込み続けている――そう、私は考え始めた。
そうすると、私の生活は激変した。
それまで楽しかった勉強も。友達との会話も。毎日の食事も。
その全てが嘘くさい、価値を感じられないものになってしまった。
私の中が空っぽになっていく。
だけど、私からすればウソの中で生きているみんなも空っぽに見えた。
そう、ここには本物はない。みんな、見た目はしっかりとした人だけど、中は空洞だ。
人形ばかりの学校。ここにこれ以上いたら、きっと私は腐ってしまう。そんな確信めいた予感があって。
そして、私は――。
「ここを出ることって、できないのかな?」
そう、同室の友達に聞いていた。
「ここを出るって……出て、どこに行くの?」
「さあ……とにかく、出たいってだけで」
「そんなの、どうなるかわからないよ?子ども一人で生きて行くなんて……」
「子どもじゃないよ」
十二歳の誕生日から、もう五年が経っていた。
そう。五年間、私は他の仲間たちを小馬鹿にし続けていた。ここにいてはいけないとわかっているのに、五年間も居座っていた弱い人間だ。私も。
だけど、十七歳になった今の私なら、一人でも生きていける。そんな確信があった。
――勉強は色々なことを教えてくれる。
昔の人は、私より幼い頃に結婚をしていた。
私より幼いのに、戦争に行って亡くなった人も数え切れないぐらいいる。
今と当時だと、時代が違うから、人も同じじゃないとはわかっている。特に私は、特異な環境下で“飼育”された人間だ。
だけど、そんな私の冒険を、過去の人々の足跡は励まし、後押ししてくれる気がした。
「けど、ここを出ていくっていうなら……校門はずっと閉じてるけど……よじ登れば外に行けるのかな」
「高圧電流が流れていたり、外に出た瞬間、撃ち殺されたりするかもしれないけどね」
「っ!?」
冗談だった。それも最悪にタチの悪い。
「――ね、本当にここを出たいの?私は、ずっとここにいていいと思ってる。だって、ここは友達もいっぱいいるし、楽しいよ?全く誰も知らない土地に行くなんて、そんなの……」
「お母さんやお父さんがいるかもしれない」
「で、でも、地球の人口って一億人もいるんでしょ?五千万分の一なんて、そんなの引き当てられっこないよ」
「一人に会うのに三十分かかるとして、それを五千万人分の単純計算で、四年もあれば全ての人と会えるよ。もちろん、人は単独で生活しているのではなく、家庭を作っている場合もあるから、その半分ぐらいにはなると思う。そしたらたった二年で全人口の総当たり戦ができる。私が両親を探しているという情報が伝播して、両親にも伝わる可能性を考えると、もっと早くにだって――」
「それ、相当都合のいいことを言ってるってわかってるよね?両親が死んじゃうまでに会えない可能性だってあるんだよ?」
「……それならまあ、その時かな」
「もう、両親は死んでるかもしれない!それなのに、そんな無茶……」
「無茶じゃない。それが私のしたいことなんだから。一生をかけてでもしたいこと。……こんな牢獄でずっと勉強し続けるより、ずっといいもの」
「けど、ここで勉強し続けてたら、両親の方から会いに……」
「先輩たちの内の誰か一人でも、そんな人はいた?みんな、大人になったら先生になっていっている。そして、この学校に中年以上の歳の大人はいない。この意味、わかるでしょ?」
「……ここは、実験的に作られた“巨大な学校”。その中で全ての生活が完結する、勉強のためだけに作られた牢獄――」
「そう。大人が教師にしかなれないのは、ここがしょせんは実験場でしかないから。実用化されるとなったら、あなたが言うように大人になったら、普通に社会に出ていけるんだと思う。だけど、私たちは違う。きっと私たちに両親なんてものは、もういない。孤児や育児放棄された子どもたちが、実験用のモルモットとして飼育されているに過ぎない。だから、私たちに未来はない。偉大なる計画の実験体となって、そして、死んでいく」
私は、大きく口を開いた。
「私たちの人生に、意味はない――!」
「ち、違うっ……!」
「違わない。ねぇ、思えばおかしくない?あなたは出席番号30番。そこから“ミオ”って呼ばれてる。私は出席番号35番。“ミコ”って名付けてくれたのはあなただった。でも、これってまともな人間の呼ばれ方じゃないでしょ?私たちに個体名なんてものは、それほど重要じゃない。この実験施設内で、出席番号という名の被検体番号として識別されている。それだけ。そして、35番はこれから脱走する。30番を始めとした他の被検体たちには何の影響も出ない。だから――」
「私は、ミコのこと、好きだよ?ミコは私のこと……嫌い?」
「好きだよ、ミオ。でも、私はあなたたちの同類として死にたくはない。自分の道を自分で選んで、自分の足で歩んでいきたい」
「……それで、死んじゃっても?本当にあの校門の上には、高圧電流が流れているかもしれない。門を乗り越えた瞬間、銃殺されるかもしれない。それじゃ、自分で生きたことにならないよ!?」
「ううん。たとえすぐに死んでも、それは死のタイミングを自分で選べたということになる。何もかも管理されていた私が、人生の最後で自分の意志で死に場所を選べる。それに、私は価値を感じる」
「そんなの。そんなの、おかしいよ。意味がないよ。生きてこその人生でしょ?」
「生きるということは、死に続けること。生まれた瞬間から、人間は死に一直線に向かっている。だから、生きるということは死ぬことだよ。死は、怖くない。むしろ嬉しい。私にとっては――」
「ウソっ!!だって、ミコ、泣いてるじゃない!」
「それは、あなたがそう願っているだけ。私はもう、残念ながらあなたたちのためには泣けない。だって、あなたたちは人形。私は意志を芽生えさせた人形。同じ人形でも、もう私とあなたは違う」
「……でも、泣いてるよ。あなたは、あなた自身のために泣いてる」
「……そ。そうなのかもね。でも、私は行くよ」
「止めないよ、ミコ。もう、何を言っても無駄なんだよね?」
「わかってくれて、ありがとう」
「……バカ」
「まともな人間はバカなものなんだよ」
「……じゃあ、私はまともじゃなくていい。自分が可愛いから、バカなことはしない。ここで一生を終えることになっても、それでいい」
「うん。ミオにはそれが合ってると思う」
そして、私は部屋を。そして、学校を出ていくことを決めた。
「――ミコ」
「……………………」
これが、最後の会話なんだろう。
「もしも両親が見つかったら、その時は……また、私に会いに来て?私も、両親に会いたい…………」
「気が向いたらね」
「…………バカ」
そして私は、私の一歩を踏み出した。
校門をよじ登って、その上に立つ。私の心は翼を得て、どこまででも飛んでいくことができる気がした。
説明 | ||
以前から書いてみたいと思っていた「封鎖された学園」というテーマです もしかすると、続くかも……? その要素は薄いですが、一応、女の子二人のお話なので、百合ってことで |
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