【麻痺の話】
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■■■■■

 

[まひのはなし]

 

 

「ぬおおおおお、っ!!」

 

「ぬっ…、…これしき!」

 

爽やかな晴天の下、場にそぐわない悲鳴が辺りに鳴り響いた。

黒い狂戦士の雄叫びと、青い忍者の強がり。

痺れているであろう悲鳴をあげたこのふたりは、今にもオレを射殺さんとばかりに鋭い目付きで睨みつけている。

怖い怖いとオレは彼らから視線を逸らし、隣の地面に顔を向けた。

まあこっちでも、彼らとはまた違った悲鳴が地を這っているのだが。

 

「チッ…、…ヴぅ…」

 

「くヴっ…!」

 

「………、ヴヴ…」

 

舌打ちをしつつ呻く黒い騎士と、素直に苦痛に呻く白い騎士と、我慢しようとしたものの結局弱々しく呻いた金の騎士。

狂戦士だろうと忍者だろうと王国騎士だろうと麻痺には弱いようだ。

個性的な多種多様の悲鳴をBGMに、麻痺って動けない彼らを眺め、オレは「ほうほう?」と楽しげに声を漏らした。

オレがニヤニヤしているのに気付いたのか、彼らは声を揃えて「「ジーク!お前何のつもりだ!」」と怒鳴り声を上げた。

「べっつにー?」と軽く返し、持っていたクラゲをポンと弄んだあとオレは彼らに背を向ける。

未だ身体が痺れている彼らは、動けないなりに揃いも揃ってオレを睨みつけていた。

そんな彼らに振り向きながら笑顔を落とす。チャっと手を上げ「んじゃ、そういうことで!」とオレはその場から逃げ出した。

 

風に乗って遠くまで移動したオレは、先ほどの彼らと戯れに麻痺らせた他の人たちの姿を思い描き朗らかに微笑む。

どうやら騎士というものは基本的に麻痺に弱いらしい。だいたい素直に呻き声を上げた。

ただ唯一、アーサーだけが耐えた上で小さく悲鳴を漏らしたのには驚きはしたが。

こういうのに耐性のありそうな近衛隊長も「うっ…」と身体を抑え、重装騎士も「あー…」と諦めたように漏らし、火の騎士でさえ身体の自由が効かなくなるや否や「ぬっ…!?」とすぐに呻いていたのだが。

 

「耐えようとしたアーサーは意地っ張りか見栄っ張りか、我慢強いかのどれかだな」

 

あいつらしいなとオレは笑い、次の獲物を視界に捉える。

メソタニアの参謀と覇将。噂じゃ下克上だかクーデターだかをやらかそうとしているらしいが、さてさてどんな反応をするのかな?

こっそり近付き麻痺を撃つ。とたんにその場から悲鳴が漏れた。

 

「んヴっ!?」

 

比較的普通の反応を示したのは参謀。

面白みがないなと思ったが、そもそも彼は防御技を扱っていた。元より耐性がないから、わざわざ防御技を身に付けていたのだろう。

突然身体の自由が効かなくなり戸惑う参謀を尻目に、その隣にいる奴は

 

「…ふん…」

 

と意にも解さない、余裕のある反応を示していた。その目は鋭く、犯人を捜すかのようにゆっくりと動いてはいたが。

流石覇将を称するだけある。彼に麻痺は効果が薄いらしい。

こりゃ反乱されたら苦労しそうだなと、オレはスタンとその場から離れた。

 

■■■

 

綺麗な砂浜をサクサク歩き、波の音と海風に体を任せていると真っ黒い鳥の剣士が目に入る。

似たタイプの白い鳥が王国にいたが、親戚だろうかとオレは首を傾げた。

白い鳥は「コケーー!」と鳴いたがこちらも同じような鳴くのだろうか。

少しばかり気になってトンと麻痺らせてみれば、その黒い鳥は驚きながらも

 

「コケにするなァ!」

 

と敵意を露わに声を荒らげた。

「お?」とオレはつい目を丸くする。

白かろうが黒かろうが外見が似ていれば反応も似た感じになるのに、こいつらは結構違うなと頬を掻いた。

まあコケコケ鳴くのは同じだが。

面白いなと彷徨っていると、青いトゲトゲした青年がひとり砂浜にポツリと佇んでいる。

すれ違いざまに麻痺を打ち込むと

 

「いってて!?」

 

と叫ばれた。

今まで見てきた奴らは唸るばっかりだったが、どうやら麻痺ると痛いらしい。

ふぅんと痺れている青年を砂浜に放置して、オレはふわりと砂浜から離れた。

近くにあった森の中へと入り込むと、奥の方に大きな城がぽつんと立っている。

木々に囲まれているせいか薄暗い。

中を覗くと骨だけの明らかな死神が鎌を担いで浮遊していた。

ひらひらはためくローブの下には、何もない。

「マジモンの死神だスゲー…、あれ?いや、身体無いのにわざわざ顔と手を実体化させてんのか?」とつい呟いたところ、運悪くその死神に見つかってしまった。

白い髑髏がじわりじわりとこちらに向かってくる。

やべえと麻痺を打ち込めば、その死神は

 

「ハハハハハハハ…」

 

と、ただ笑って速度を落とさずオレに向けて鎌を、大きな鎌を振り上げた。

必死に避けるが自慢の白いマントをスパリと斬り裂かれる。

それを気にする余裕もなく、オレは脇目を振らずさらに森の奥へと駆け出した。

やべえ死神怒らせた。

 

森の中を上下左右、縦横無尽に駆け回る。追っ手はオレの姿を見失ったのか、周囲を探っても彼の気配はなくなっていた。

ほっと安堵の息を吐くと、己の吐いた息は真っ白に染まる。

どうやら逃げに逃げた結果、北の果てまで来てしまったようだ。「寒…っ」と思わず己の身体を摩る。

まあ、雪と氷に囲まれたこの場所は真っ白なオレにとっては恰好の狩場。

ほら、すぐ近くにいる3人組ですら、オレのことに気付いていない。

そっと近付き麻痺を撃ち込むと、3人組は「!?」と驚き雪原に倒れこんだ。

 

「ぬ、うう…」

 

「ツレーェ…」

 

「…冷えるよぅ?…」

 

歯ぎしりしながら呻く手甲の戦士と、雪の上に倒れ腹を抑えるスケート靴を履いた奴、同じく雪の中にダイブした水色の騎士は各々素直に感想を述べる。

冷えるってのが、麻痺ったから冷えたのか、雪の上で動けなくなったから冷えたのか判断しにくいなとオレは首を傾げ、その場をすっと後にした。

やっぱ麻痺ってのはツラいんだなとひとり頷きながら。

 

凍死されたら目覚めが悪いと、立ち寄った村にいる身軽そうな紫の奴に「あっちで人が倒れてたぞ?」と教えておく。

ついでに「ヨロシク」と彼の背中を叩くと同時に麻痺を撃ち込むと、ビクンと身体を跳ねさせたが彼は

 

「…っ大したことねぇぜ…」

 

と呟いた。おや効くのか。大泥棒なら多少耐性があるかと思ったが。

まあ他の3人よりは回復が早いだろう。

彼が振り向くよりも先に退散することにしようと、オレは雪原に身を隠した。

 

■■■

 

トンと砂の上に足を落とす。砂浜よりも広く大きな砂原。

昔よりも拡大した砂漠を眼下に捉えながら、オレは「暑っちーな」と首元を緩めた。

日陰を探して砂漠を彷徨っていると、大きなピラミッドが目に入る。日除けさせて貰おうとオレはピラミッドに足を向けた。ついでになんか面白いお宝でも眠ってねーかなと期待しながら。

 

ピラミッドに近付くと見張りなのか、浮遊するミニゴーレムみたいなのと、ミニカーのように走るミニゴーレムがウロついている。

「ちょっとお邪魔しますよっ…と」と声を落としながら、そのミニゴーレムたちを麻痺らせると、浮遊していたのはスペペペペと地面に堕ち「ング!ウグ!?」と鳴き、ミニカーみたいなのは「?!グウ!グン」と地面にひっくり返った。

こいつら玩具みたいだなと笑いながら、オレは涼しい室内へと避難する。

 

涼むついでにピラミッドの中を見学していると、奥の方からバタバタとした足音が聞こえて来た。

静かに涼もうと思ったのに、元気な奴もいたもんだとオレは不機嫌な息を漏らし、走りこんでくるふたりの男を避けるついでにトンと麻痺を重ねる。

その途端「!」とふたりがいやに殺気立った表情を向け、口の形は怒りのものへと変化した。

しかしまあ、もう遅い。彼らの足は麻痺により動きを止め、勢いのままにピラミッドの壁にぶつかっていた。

 

「っくそぉー!!」

 

「チィっ!!」

 

岩のようにゴツゴツした帽子を被っている男は怒鳴り声を上げ、ツギハギだらけの鎧の男はデカい舌打ちをオレのいた場所に響かせる。

ガラの悪い奴らだなと呆れながら、オレは彼らの逆、ピラミッドの奥へと歩みを進めた。

ピラミッドにはあちこちに檻があり、迷路のように入り組んでいる。

とはいえ風が通るならある程度迷わず進めるとのんびり見学していると、奥の道がいやにピカピカしていることに気付いた。

興味を惹かれ覗き込んでみると、黄金の広間の真ん中に黒いナニカが立ち塞がっている。

「?」とさらに覗き込もうとオレが身を乗り出すと、その黒い生き物は「逃げたネズミが戻ってきたか?」と地を這うような声とともに、殺気をこちらに向けてきた。

驚いたのはオレだ。こんなに殺気を浴びせられるほど、悪いことまだバレてねーよと慌てて彼にも麻痺を撃ち込む。

何人かに試し、生きているならばだいたい麻痺って動けなくなると踏んだ。だからこいつも麻痺らせて、その隙に逃げようと画策したのだが、部屋の中から聞こえた声は、

 

「フッ、…効かんな」

 

という、静かな音だった。

どうやら死神と同じく麻痺が効かない生物らしい。すぐさまズドンと壁を殴る音が響き、真っ黒いそれが姿をみせる。

「ってうわ、邪神!?」と目の前に現れた彼に目を走らせ、慌ててオレは来た道を駆け戻る。

ピラミッドの中にあったのはお宝とかではなく、ピラミッドを守る邪神でした。

死んでたまるか。

 

必死に逃げ、なんとか外に到着した。

壁ドンされた際に彼と目が合ったが、なぜか邪神はキョトンとした顔をしていた。誰だオマエと言いたげに。

なんかあったんかねと小首を傾げつあつオレが荒れた息を整えてようやく気付いた。己を取り囲む周囲の異様さに。

ピラミッドの外に出たのだから、ここには砂漠が広がっているはず。

なのに、今オレの目に映るのはドロドロとした毒々しい沼地だった。

 

驚きオロオロと辺りを見渡していると、ふよんと白い羽根が視界に入り込む。

天使と呼ばれる物体だというのは見た感じでなんとなくわかるが、天使がそこらをウロチョロしているのは珍しい。

どうやらその天使は何かに悩んでいる様子で、オレには気付いていないようだ。

「…天使にも効くのかな?」と己の身に何が起こったのか調べる前に好奇心のほうが優った。

こっそり近付きその白い羽根の黄色い天使に麻痺を撃ち込んでみる。

と、その天使は驚いた顔で堕ちはしないがふらっと体勢を崩し、

 

「っ、罰なのか…」

 

と空を仰いだ。

麻痺った反応、だよなこれ。

よくわからんと首を傾げ、オレはその天使から離れる。

これじゃ効くのか効かないのかわからないと頬を膨らませながら、オレは沼地をポテポテと歩いた。

多分道に沿って歩けば、街か家か、人のいる場所に辿り着くだろう。

 

その予想は当たっていたらしく、そこそこ大きな街に到着した。祭りでもやっているのか、家屋は彩られ屋台もたくさん出ている。

現状を把握しようと街の中に入ると、青い天使と緑の天使が普通に人間に混ざって祭りを楽しんでいた。

ラッキーと人混みに紛れながら迷うことなくその天使たちに麻痺を叩きつけると、青い天使は「あーらら…」と緑の天使は「あーあ…」と、困ったように小さく呟き頭を掻いた。

なんだろう、痛みはないが動けない、ってところか?

効きはするみたいだと首を傾げつつ、オレは街を後にする。

街はお祭り騒ぎで情報収集が出来なそうだし、街に馴染んでいた天使を麻痺らせたから見付かるとヤバそうだし。

とりあえずおかしくなったのはピラミッドを出てからなんだから、ピラミッドに戻ったほうが良いだろう。

 

来た道をもどり、途中の沼地を「汚ったねーなあ…」と眺めているとピラミッドに到着した。

記憶にあるピラミッドよりも幾分か綺麗な気がするが、多分ここでいいと思う。

不思議なことに見張りはおらず、ピラミッドは静かに口を開いて佇んでいた。

邪神が居たら嫌だなと頬を掻きつつ、入らないことには始まらない。

意を決して、先ほどのように奥まで進んでみた。

のだが、さっき見掛けたピカピカした部屋が見当たらない。

おかしいなと首を傾げ周囲を見渡してみると、またもや不思議なことに檻もない。代わりにあるのはたくさんの朽ちた棺桶。

違うピラミッドに入ってしまったのだろうか。それともピラミッドを歩き回りすぎて別の場所に着いたのか。

首を傾げつつ大きい部屋に入り込むと、突然地面が揺れ金色の骨っぽい何かが現れた。

反射的に麻痺を撃ち込むと、その金色の何かは「ハハは…」と笑い杖をシャランと鳴らす。

またもや麻痺が効かない生物のようです。ざけんな。

気配的に生物かどうかはアヤシイところだけど。

だってコイツから漂う死臭ハンパない。死体だって言われたら信じるレベルで生気がない。生きてるけど。

ここの生き物はピラミッドパワーで麻痺が効かないんだろうかと呆れつつ、オレは慌てて逃げ出した。

 

 

■■■

 

ピラミッド内を駆け戻り、若干迷ってウロウロしてから再度外に出てみると今度はちゃんと砂漠になっていた。

よくわからんが元に戻れたならいいやと、邪神や屍体っぽい何かに見つかる前に場所を移動する。

 

ふらふら逃げて、辿り着いた先は大きな木の立ち並ぶ森だった。

「デッケー木だな」と鬱蒼と広がる森を見上げていると、森の中からいい匂いと可愛い声が聞こえてくる。

ならまあ、行くよな、男なら。

カワイコちゃんでもいるのかと、オレはウキウキしながら森の中へと入った。

 

いた。

もふもふした尻尾が9本ある桃色の髪の女の子と、生足眩しい紫色の髪の笹葉をもった女の子。

どっちが好みか?どっちも良い。

うんと目を細め、オレは彼女たちに麻痺を贈った。きっとカワイー反応をくれるはず。

そんなオレの予想は、見事に的中した。

 

「うふふっ」

 

「いやーん☆」

 

尻尾のある桃色の女の子は驚きながらも妖しく色っぽく笑い、紫髪の女の子は明るくニコニコと身体をくねらせる。

そうだよ、何が悲しくてヤローの呻き声を聞いてたんだろ、オレ。

こういうのだよ、こういうの!

草むらの陰で彼女たちの余韻を楽しんでいると、突然隠れていた草がガサリと開けられた。

「見ぃーつけた」と妖艶な声が落とされ、「見っけ☆」と天真爛漫な声が重なる。

恐る恐る目を見開きながら振り向くと、先ほどの彼女たちが笑顔でオレを見下ろしていた。

彼女らのその表情には完全に「こっそり身体の自由を奪いやがったヘンタイ発見、死すべし」と書かれている。

同時に「妖狐に、女神に、チョッカイだすとはいい度胸だ」とも。

やべえ手出ししちゃいけない娘に手出ししちゃった臭い。

オレを捕まえようとする彼女らの手が到達する前に、オレは脱兎の如く逃げ出した。

 

広い森を走って走って、闇雲に走りすぎてよくわからなくなってきた頃、変な場所に来たことに気付く。

ふわふわした風が止まる場所。

けれども風は流れる場所。

箱庭に入り込んだという表現が一番合うだろうか。止まっているのに動いている場所。

なんだここと探っていると、誰かが会話する声が耳に届いた。

こっそり覗き込むとふたりの人影が楽しげに談笑している。

「人、に見えるけど、なんか耳のカタチおかしいな…?」と、彼らの顔を眺めつつオレは首を傾けた。

なんだかんだで仕事柄いろんな人種と接しているこのオレが、初めて見たカタチ。緑の森のエルフたちみたく、引きこもり性質のある人種だろうか。

まあいいやとオレはお決まりのように慣れた手つきで彼らに向けて麻痺を落とす。

と、「!!??」と他の奴らと比べても異様なほどに驚かれた。

 

「きつぅー!?」

 

「ったく…!」

 

黄緑色の腕に刃を付けた青年は元気な悲鳴を上げ、色とりどりの羽の装飾を身に付けた派手な青年は不機嫌そうに声を漏らす。

ふたりがギャンギャン騒いでいると近くにあった小山がもぞりと動き、「なんじゃあ?」と欠伸をひとつ生み出した。

驚いたのはオレだ。あれ生き物だったのか。

「なんか急に動けなくなったぁー!」と黄緑色の青年が山のようなデカブツに訴えると、それはイカンとデカブツは倒れているふたりをひょいと抱え、

 

ぽんと重竜の姿に変わって

動けなくなった彼らを背に乗せたまま立ち去っていった。

 

……。

………、変幻か獣おろしの使い手かな。

変幻にしては持続時間が長いし、獣おろしにしては正気を保っていたけれど。

でもそうでもないと、人が竜に変わるなんて芸当出来っこないし。

そもそも竜騎士ですらない人間が、竜を御せるはずないし。

うん。

なんか変なもん見た気がすると頭を掻いて、オレは今見たものを忘れようと彼らとは反対の方向へ歩き出した。

 

ふと気付けばいつもの森の中。

さっきのはやはり夢だったのだろう。

確かに今日は朝から移動しっぱなしだ、疲れていたんだと己を言い包めていると近くから酒の匂いが漂ってきた。誰かが森の中で酒盛りをしているらしい。

香りを追うと雷神がご満悦な様子で杯を傾けていた。

そういや麻痺ってピリピリしてたよな。痛いとか辛いとかみんな呻いていたし。静電気とかに似てるのかな?

…だったら、雷の神にも効くのかな?

ふとそう思い立ち、ほろ酔いでご機嫌の雷神に向けて麻痺をぶつけてみる。

すると、

 

「はっは!」

 

雷神は気付いているのかいないのか、それともマッサージ程度にしか効果がないのか、朗らかにただ笑うだけだった。

強いわー…。

 

■■■

 

気付けばオレはいつもの場所。王国にある城下町に辿り着いていた。

まだマズいかなとも思ったが、腹も減ったしそろそろほとぼりが冷めただろうとポジティブに考え、腹ごしらえのため街中に足を向けた。

途中、霊媒師と祭司の姉弟が珍しく並んでいるのを見掛けたので戯れに麻痺を浴びせてみると、ふたり仲良く膝をつき、霊媒師のほうは「はぁ…、はぁー…」と苦しそうに吐息を漏らし、祭司のほうも「はあ……はぁ…」と青い顔をして似たように息を吐く。

身内ってのは麻痺ったときの反応も似た感じになるのかね、と知っている数人の兄弟を思い描いてみた。

…、まあ似てた奴らが多いかな?

ああただ、風隠の森の親子兄弟は、親父は「喝ァーーーッ!」と怒鳴り散らし、兄は「ぬううっ!」と呻き声を上げ、弟は悟ったように「濁りし風よ…」と呟いていたが。

バランバランだなこの家族。

 

まあある程度把握したし、今日は食い物買って帰って寝ようと未だ麻痺っている祭司たちに背を向ける。

と、

「確保ぉぉおーー!!」と聞き覚えのある声がオレの耳に木霊した。

その瞬間、朝イチで麻痺らせた野郎どもが怒りの形相のまま現れ飛びかかってくる。

唯一白い騎士はオレには向かって来ず、祭司たちに駆け寄り「大丈夫か?」と介抱していたが。

「囮を引き受けたのはオレだし」と祭司は笑い、ポンポンと服に付いた砂埃を払っていた。

つまり祭司たちがあんなところでぼんやりしてたのは罠か。ヒデーな。

オレは頬を膨らませながら「トモダチを罠にかけるとか酷くねーか」と襲いくる友人たちに苦情を漏らしたが、それを聞いた金色の騎士は「早朝急に呼び出して、突然麻痺らせ身体の自由を奪った上で放置した奴のどこが友達か!」と噛み付かれた。

どうやらとてもご立腹なようで。

怒りに任せて武器を振るう友人たちをなんとかギリギリ避けていく。しかし流石のオレでも3人を相手取るのはキツい、

 

…ん?

3人?

 

オレを取り囲んでいるのは金色の騎士に、黒い狂戦士、黒い騎士。

んで、祭司の傍に、白い騎士。

オレが最初に麻痺らせたのは、

友人5人のはず

 

ひとり足りないとオレが気付いたときにはもう遅かったらしく、隙を伺っていた青色の忍者がキンと刀を鳴らしていた。

その音と同時に、青い忍者の「シビレ斬り」という淡々とした声と、ヒュンという風を切り裂く一閃がオレの身に届く。

シビレ斬りは麻痺を付与する剣技。ああなるほど、麻痺らされたから仕返してやろうということか。

だが、残念だったな。

 

「効かねえよ」

 

斬られた勢いを利用して囲みから抜け出しオレは薄く笑う。

オレの言葉に麻痺が効かないのかと全員驚いた表情を浮かべていた。

 

あっはっは!

効くわけねーだろ!

これでもオレってば

ちょー有能なアサシンだぞ?

 

だから、知りたかった。

麻痺ったらどうなるのか

どう感じるのかどう思うのか

痛みはあるのかそれともないのか

もうオレには

わからないことだから

 

「いやいや、お前らがあーんな声で呻くとは意外だったな!オモシレーもん見たわ!」

 

笑みの形を崩さず、クラゲの残骸を放り投げてオレは友人たちに声を落とした。

普通に麻痺ることの出来る、普通の友人たちに向けて。

さてさて、良い風が吹いてきた。

 

「んじゃ、オレは風と共に去るぜー」

 

残念ながら人間で想いを共有出来る奴はいなかったが、人間に限らないならば麻痺を屁とも思わぬ輩は数人見付けた。

しばらくそいつのところに転がり込むかと、オレは友人たちの怒号を背にその場から逃げ出す。

 

少し喉が渇いたなと苦笑しながら。

 

 

END

 

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