Nursery White 〜 天使に触れる方法 7章 3節 |
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青天の霹靂。
その一通の手紙は、私を動揺させるのに十分な威力を発揮した。
「ありえん……」
そいつを手にしながら、思わず呟く。
「ゆたか、それって――」
「莉沙!莉沙さん!莉沙姉貴!!」
「な、なんか異様にゆたかが僕を慕ってきてらっしゃる……。気持ち悪いなぁ」
少しすると、莉沙が登校してくる。
……改めて、よかった。莉沙が友達で。こういう時は、餅は餅屋に聞くのが一番だ。
「これ、ラブレターっぽいです」
「うひゃあ、やっぱり」
「莉沙、こういうのもらい慣れてるでしょ!?どうすればいいか教えてくれない!?」
「……そういうゆたかは、初めて?」
「うん」
まあ、ずっとオタやってましたし。オタサーの姫ってましたけど、あいつらラブレター書くなんて可愛いことするタイプじゃないし。
「んー、僕もそこまでもらったことある訳じゃないよ?」
「ほんとに?」
「うん。女の子から五通ぐらい、男子から三通ぐらいもらったぐらいだもん」
「十分多いでしょ、それ。んで、女子からのが多いのはすごく納得できる」
「僕としては納得できないんだけどなー。僕、そんな男前なタイプじゃないでしょ?むしろ、男子からもっともらっていいはず!」
「莉沙は見るからに男っぽくて、暑苦しいタイプじゃないからこそ、いいんだよ。実際、私も爽やかだからこそ、莉沙が好きなんだし」
「う、うーん……そっか。じゃあ、なおさら男子から来てもおかしくないんだけど」
「それはわからんでもないけど……ラブレターなしで告られたことは多いんじゃない?」
「んー、どこから告白に入るのかわからないけど、付き合ってー、とか、めっちゃライトに言われたことは数え切れないぐらいあるかも」
「……それだわ」
本当、この無自覚系のイケメンは……別に羨ましくはないけど、なんかこう鈍いところを見ていると、怒りにも似た微妙な感情が芽生えてくるな……。
「んで、どうすればいいの?」
「どうすればって、まあ、読むべきでしょ?で、お断りするなり無視するなり……」
「ネガティブな受け取り方するのは確定なんだ」
「じゃあ、逆にゆたか、OKするの?悠里ちゃんというものがありながら?」
「……さらっと悠里を恋人みたいな扱いしなさんな」
「違うの?」
「ち、違うよ……!」
やっぱり、この手紙は青天の霹靂過ぎる。私の人生設計の全てを打ち壊してくれた気がする。
「無視するなら、読まなくていいんじゃない?」
「いや、無視はオススメしないよ?きっぱりお断りした方が、相手にとってもいいだろうし」
「そ、そっか……そうだよね。うん……」
「しっかし、ゆたかにラブレターかぁ。納得っちゃ納得だけどね。ゆたか、奇麗だし」
「見た目だけで告られるなら、今まで何通でもラブレターもらってると思うんだけど」
「あははっ、それもそっか。……じゃあ、今のゆたかが魅力的だと思う誰かがいたんだろうね」
「……そんなの求めてないのに」
「そういうもんだよ、人からどう思われるかなんて」
はぁ、集団生活ってめんどくさい。完全に一人で生きる動物に転生したい。
「まっ、観念して読むけどね……うん」
「おーっ、男の子?女の子?」
「いや、どうせ男でしょ……」
封筒を開ける。……あえて文面については省略させてください。まあきっと、ラブレターの内容としては実に妥当なことが書いてあって、順当に差出人は。
「男の子、一年の子だね。ざっくり言うと、図書室で見かけて……って感じ」
「おぉー、最近の活動の結果って感じだね」
「……ん。まあ、相手が一年だから、私の過去とか知らないだろうし」
「僕からすれば、別に昔のゆたかって黒歴史でもなんでもないって思うけどなー。むしろ、やりたいことやってたから、充実してたように見えてたとすら言える」
「……充実はしてたよ。確かにしてた。でも、ずっと満腹だったとして……目の前に極上のステーキを出されて、どう思う?」
「ほほう、それが悠里ちゃん、と?」
「…………今は程よくハングリーなんで、思いっきり味あわせてもらってますよ」
「なるほどね。で、お断りするんだよね」
「せざるを得ないでしょ、それは。……正直、人からどう見られようが勝手だけど。ずっと相手をやきもきさせるのは悪いし、図書室を利用してるなら、また顔合わせる機会も確実にある訳だし」
「そうだね。……しっかし、相手が女の子なら面白かったんだけどなー」
「バカ言いなさるな。莉沙はともかく、私は同性から好かれるタイプじゃないでしょ」
「そう?」
「……そうなの」
別に、過去に何かトラウマがある訳じゃない。だけど、私は自分が女子に好かれないという自覚があった。
「とりあえず、放課後の図書室に呼び出されてるから、そこでお断りしかない、か」
「図書室って、下手すれば他に人いるんじゃないの?」
「まあ、本棚の影とかでこそこそっと、とか?後、ウチの図書室は残念ながらそこまで盛況じゃないから、普通に誰もいないタイミングはあるし」
「確かに僕、一度も行ったことないからなー」
「そういうもんだよ。今は電子書籍が相当来てるしね。私も家では基本、電子書籍だし」
別にそれがいいとか悪いとか、特に感想は持ってない。ただ、便利だから電子書籍で読むし、紙の本だって読む。
「まっ、そういう訳だから悠里には知られないで秘密裏に処理できるかな」
「悠里ちゃんは別に気にしないと思うけどね。むしろ、ゆたかすごいです!とか言いそう」
「……割りと想像できるね、それ。というか、あの子はあの子で告白とか受けないものなのかね?普通に見た目はいいし、性格も……性格も…………」
表面上、悠里は無口でちょっと不思議な感じ……だと思う。それなら、普通に男子のせいよ……じゃなかった、興味の対象になってもおかしくはなさそうだけど。
「うーん、僕からすると、あの子は高嶺の花オーラ強いかなー、とか思う」
「まあ、お嬢様っていうのは雰囲気でわかるしね」
「会長さんからも割りとするよね。あっちはどっちかと言うと、芸能人としてのスター性って感じだけど」
「スター性か……一般庶民とは決定的に違うものを感じるよね」
思えば、そんな人たちと私は普通に関係を持っている。本来なら、一生、直に会うこともなかったのかもしれないのに――。
そう考えると、いかに学校というものが不思議な施設なのかがわかる。それぞれ、住む地域も家族構成も、何もかもが違う。中学校までは受験をしなければ、地域ごとに通うべき学校が通っていたから、前からの知り合いも多いし、共通の話題が多い。ただ、悠里と話していてると、自然と二人の家庭の違いを意識させられる。
こんなに何もかもが違う二人が出会いを果たし、友達になったのは……本当に数奇な運命の賜物だ。
ただの友達相手に大げさだと思われるかもしれないけど。でも、本当にとんでもない偶然の結果だと、私は思っていた。
「とりあえずまあ……行ってくるよ、放課後。断らなきゃと思うと、気が重いなぁ」
「部活がなかったら、僕が応援に行くんだけどねー」
「来ないでよろしい。莉沙に見られてるかと思うと、無駄に緊張するから」
「あははっ、そうだよね。まっ、がんばれー」
「ん、できるだけ相手を傷つけない断り方を考えておきますよ。……はぁっ、なんで私なんかに告白しちゃうかねぇ」
「相手にとっては“なんか”じゃなかったんだよ」
莉沙は、ものすっごく優しげな表情をする。……さすが、告られ慣れてる方は違いますわ。
「立木先輩。その、いきなりお手紙をしてしまって……ごめんなさい」
「ううん。気にしてないよ。……えっと、あんまりもったい付けて言うのもアレだろうし、単刀直入に……言っちゃうね?」
「はい…………」
「あなたの気持ちは、すごく嬉しく思います。ほとんど話したこともない私に興味を持ってくれて、本当に……嬉しかったです」
ああ、気が重い。
「だけど、あなたの気持ちを受け取る訳にはいきません。私はまだ、男の人とお付き合いするだけの余裕がないから。……まだ、そういったことは考えられないから」
「…………そう、ですか」
相手の子は、私の言葉を噛みしめるように……目を瞑った。
胃がキリキリと痛む。こんなの、何回経験すれば慣れるんだか……!相手、決して容姿的には悪くないし、たぶん性格的にもそう悪くない、自分にそれなりの自信を持っていそうな子を、フるんだぞ……!?私、逆ギレされて刺されないか……!?
「ありがとうございます。立木先輩の素直な気持ちを伝えていただいて、嬉しかったです」
「……え、えっと。本当にごめんなさい」
「いえ――立木先輩にはやっぱり、白羽さんが一番お似合い、ですよね」
「…………はひ?」
「それはわかっていたんです。だけど、あの気難しい白羽さんと話している立木先輩を見ていて、いつしか立木先輩の方に惹かれてしまうようになっていて――一応、僕、元は白羽さん狙いだったんですけどね、ははっ……」
「お、おお……そうだったんだ」
「どうぞ、白羽さんとお幸せに……!立木先輩になら、白羽さんを任せられます!!」
「え、ええっ!?き、君どこ目線!?悠里にとっての何!?」
「白羽さんファンクラブの創設者です!」
「…………マジかい」
ゆ、悠里、そんなものを作られていた……!?
いや、絶対、本人に自覚はないな……というか、そういうものが作られるってことは、やっぱり莉沙が言ってたように、高嶺の花として密かに憧れられているのかもしれない。……仮に告白したとして、玉砕以外の未来しか見えないしな、あの子に関しては。
というか、そこ経由で、よりによってファンクラブ作った子が私に流れてくるって、なんなんだ。
というか、悠里がダメなら、私なら行けると思ったのか……?それはそれでなんか、ムカついてくるっていうか……。
「ちなみにそのファンクラブ、どういう活動してるの?」
「遠くから白羽さんを眺めたり、写真を取ったり、国語の時間の朗読や音楽の時間の歌声を録音したり――」
「ファンクラブ、解体で。もし続けるようなら、社会的に潰してもらうんで」
「はいいいっ!!?」
悠里、厄介なやつを集め過ぎでしょう、あの子……。
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